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影響力を解剖する **「はじめに」**

『影響力を解剖する −依頼と説得の心理学−』


 

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 私たちの生活は、自分の周囲の人たちに頼みごとをすることで満ちあふれています。たとえば、家族に「車で迎えに来てくれない?」と電話し、友だちには「来週の日曜日、買い物につき合ってくれない?」と頼むことがあります。子どもも「今度、そのテレビ・ゲーム貸してよ」と友だちに頼み、親には「今年の夏休みは、北海道に連れて行って」とねだります。大学では、先生が学生に「来週のゼミ(演習)までにレポートをまとめておくように」と指示し、企業では、上司が部下に「今度の会議までに企画書を作成しておいて欲しい」と命令します。街中では、通行人を呼び止めて高価な化粧品を売ろうとするキャッチ・セールスが行われていたり、あるいは、「ちょっとアンケートに答えて欲しいのですが」と言葉巧みに通行人に話しかけ、新・新宗教への勧誘が行われたりしています。
 本書では、こうした例のように、人が他の人に対して何らかの働きかけを行っていること、もう少し硬い表現を使えば、「他者に影響を与えること」に焦点を当てていきます。専門用語を使えば、「社会的影響」ということになります。「他者に影響を与えること」の中には、ちょっとしたことを「依頼」する、人が考えを変えるように「説得」する、自分の地位よりも低い人に「指示」したり「命令」したりすることなどが含まれます。

 本書では、多くの研究結果を見ながら、次のような問題に対する答えを見つけていきたいと思います。人に影響を及ぼすということは、どのような仕組みになっているのでしょうか。どのようにすれば、人に自分の願いを聞き入れてもらえるようになるのでしょうか。影響力をもてるようにするには、どのようにすればよいのでしょうか。人に働きかける際に、何か効果的な手段はあるのでしょうか。
 こうした問題を扱う学問は、心理学、社会学、文化人類学と関連の深い社会心理学です。社会心理学は「他者の存在」をキーワードにして、質問紙を使った調査や実験室での実験を通して、人と人とのやりとりにおける法則性を明らかにする努力をしています。この本の中で紹介する多くの研究は、社会心理学の領域で行われたものです。したがって、この本を通して、社会心理学という学問の一部をかいま見ることにもなります。
 本書は、人に影響を与えるという現象や社会心理学に関心のある方々を対象としています。そのため、できるだけ平易に書くように努め、さらに、紹介した研究の原典にあたれるよう引用文献も掲載しました。
 読者の皆さんがふだん何気なく人と接している中に、本書で扱うことがらは埋もれています。社会心理学者が人と人とのやりとりをどのように科学的に分析してきたかを皆さんに見ていただくと同時に、皆さんもふだんの生活を社会心理学の視点から捉え直してみていただけると、また、違う世界が現れてくることになると思います。

 本書は、全部で7章から構成されています。まず、最初に「人に影響を与えること」の仕組みを見ていきます。1章において、人に影響を与えるとはどのようなことなのか、どのような行動が含まれるのかを考えていきます。そして、人に影響を与える行動にはどのようなプロセス(過程)があるのかをまとめます。
 次に、2章、3章において、人に影響を及ぼせるのはなぜか、影響力の源は何かという問題について考えていきます。これは、社会心理学において「社会的影響力」(社会的勢力)という概念で捉えられている問題です。従来の諸研究に基づいて影響力を分類し、それぞれの影響力に関連する実験も紹介していきます。
 実際に、人に影響を与える際には、単に影響力をもっているだけでは意味がありません。その影響力をアレンジして、人に影響を与えるための道具にしなければなりません。その道具が影響手段(働きかけ方)と呼ばれるものです。4章、5章では、コミュニケーション学の成果も取り入れながら、影響手段を分類していきます。また、受け手が応じるように巧みに仕組まれた、テクニカルな影響手段も紹介します。
 人に影響を与えるといっても、すべての人が周囲の人たちに影響を与えているわけではありません。そこには、個人差があります。つまり、人に影響を与えたいという欲求が強い人とそうでない人がいます。こうした側面は影響力動機として研究されています。6章では、影響力動機が高い人の特徴は何か、影響力動機はどのように測定するのかという点から説明します。

 影響力動機は影響を与えようとする人(与え手)に関わることです。7章では、逆に影響を受ける人(受け手)に焦点を当てます。人から影響を受けた場合、どのような反応(応諾、服従、反発など)があるのかをまとめ、それらがどのような条件のときに生じやすいかを見ていきます。
 また、各章の間にはトピックとして、わたしたちの生活に関連する、具体的な影響力の現象をみていくことにします。夫婦関係、教師・生徒関係、上司や部下との人間関係における影響力をかいま見ることにします。
 このように本書の目的は、影響力(社会的勢力)、影響手段、社会的影響という言葉をキー・ワードにして、社会心理学的な見地からわたしたちの生活を理解していくことです。