サイトマップ

社会的影響力 [社会心理学講座] Social Power


担当:今井芳昭

社会的影響力とは


(1) 社会的影響力とは
 私たちは、ふだん自由に行動しています。自分の好きなように、自分の望むように行動しています。でも、そうは言っても、ある人から決められた行動を取るように働きかけられることもあります。

   来週の月曜までに企画書を書いてきてほしい。
   今度の日曜日に仕事を手伝ってほしい。
   長生きしたければ、今後は、禁煙するように。
   今後、毎日30分間ずつウォーキングをするように。
   来週までにレポートを書いてくるように。提出しない人は単位が取れなく
   なります。

 こうした働きかけがあった場合、その通りに行動する場合もあれば、そうでない場合もありますが、人からいろいろ依頼や指示を受けていることも事実です。
 この場合、私たち自身が依頼や指示の受け手、相手が与え手となっていますが、私たちが相手の言う通りに行動した場合、なぜ与え手は受け手である私たちに影響を及ぼすことができたのでしょうか。それを示す概念が社会的影響力(あるいは、社会的勢力, social power)です。その与え手には受け手に影響を与えるための資源があると捉え、それを社会的影響力と呼んでいます。社会的影響力とは、受け手の行動,態度,感情などを,与え手が望むように変化させうる能力のこと」(心理学辞典、有斐閣)です。

(2) 社会的影響力の種類
 それでは、社会的影響力にはどのような種類があるのでしょうか。言い換えると、どのようなもの(資源、源泉)をもっていると、人に対して影響力をもてるようになるのでしょうか。この問題に取り組み、よく引用されている研究がFrench & Raven (1959)によるものです。彼らは、社会的影響力を5種類に分類しました。すなわち、賞影響力、罰影響力、専門影響力、正当影響力、そして、参照影響力です。その後、Raven (1962)は、情報影響力を付け加えて6種類としました。今井(1996)は、さらに魅力影響力、対人関係影響力、役割影響力を付け加えることを提案しています。それぞれについて簡単に見ていくことにしましょう。

@賞影響力(reward power)
 私たちには、人によってそれぞれ違いはあるかもしれませんが、手に入れたいと思うものがあります。ある人は、金銭をたくさん手に入れたいと思うかもしれません。別の人は、レアもののギターやフィギュアを欲しいと思っているかもしれません。さらに、別の人はそうしたものではなく、大切な人から誉めてもらうことを望んでいるかもしれません。これらのものは、私たちが手に入れたい、欲しいと思っているものであり、一般に賞、報賞、報酬(reward)と呼ばれています。
 そして、受け手が欲しいと思っているこれらの報賞を与え手が受け手に与えることが可能であれば、その報賞を与えることと交換に、受け手に対してある行動を取らせることが可能となります。このとき、与え手には賞影響力が存在していると捉えることができます。受け手の望む賞をコントロールすることによって、送り手が望む行動を受け手に取らせることが可能となるからです。
 「アメとムチ」で人を動かすという言い方をしますが、この場合は「アメ」を使うことになります。ただし、受け手が何を報賞と思っているかを確実に捉えておき、その報賞を自分がコントロールできなければ、賞影響力をもつことはできません。多くの人はできるだけ金銭を多くもちたいと考えているでしょうが、金銭に執着のない受け手に対して金銭をちらつかせても何の効果もないからです。
 また、通常は、与え手が望んだ行動を受け手が取った場合に受け手に対して報賞を与えることになりますので、受け手がきちんとその行動を取ったかどうかを与え手がモニター(監視)する必要がありますので、与え手には報賞を受け手に与えるだけではなく、そうしたコストもかかってくることになります。もし、受け手の望む報賞を与え手が持ち合わせていない場合は、受け手の望むものを新たに作り出して、自分の賞影響力を高めるという方法もあります。

A罰影響力 (coercive or punishment power)
 「アメとムチ」のうちの「ムチ」にあたる部分です。具体的には、身体的攻撃、所有物の奪取や破壊、精神的攻撃などがあります。賞影響力の場合とは逆に、与え手の望む行動を受け手が取らなかった場合に、受け手に罰を与えると脅す場合です。誰でも罰を受けるのは嫌ですから、罰を回避するために与え手の言われた通りに行動するという場合、与え手には罰影響力があると表現できます。罰も賞の場合と同様に、人によって何が罰となるのかについては異なってきますので、受け手に対応した形で罰をコントロールできなければ、罰影響力を保持することにはなりません。
 また、多くの場合、罰を与えると受け手には、それに対する反発(副作用)が生じますから、実際に罰を与えることは、長期的に見ると人間関係にあまり好ましくないことになります。効果的なのは、罰をちらつかせることによる効果を狙うことでしょう。

B正当影響力(legitimate power)
 私たちが所属するグループや組織では、各人の経験や知識、技能に基づいて地位が設定されています。一般に高地位の人が低地位の人にいろいろな指示、命令を出すことが認められています。そして、自分よりも高地位の人からの指示、命令には従うべきであると低地位の人が認識している限りにおいて、高地位の人は低地位の人に対して正当影響力をもっているということができます。したがって、いくら自分はこのグループのリーダーと主張しても、その他のメンバーからリーダーとして認めらていなければ、リーダーとして他のメンバーに影響を及ぼすことは不可能になります。その意味で、この正当影響力は、次の専門影響力と同じように、受け手の認知の基づいた影響力と言うことができます。ただ、ひとたび受け手から正当影響力を認められると、その影響力が及ぶのは、専門影響力の場合とは異なり、広い範囲になると考えられます。

C専門影響力(expert power)
 ある領域で専門的知識や技能が高ければ、その領域内のことには限られますが、その専門的知識や技能に基づいて、人に影響を与えることが可能となります。医師、看護師、弁護士、会計士、不動産鑑定士、ブティックの店員、旅行代理店の店員など、それぞれの職業において卓越した知識をもっています。そうした人たちから提案されたり、アドバイスを受けたりすれば、われわれはその通りにしようという気持ちになります。このとき、そうした専門家は専門影響力をもっていると捉えることができます。
 ただし、この場合、いくら与え手の側が自分には専門的知識が豊富にあると認識していてもあまり意味がありません。受け手の方が与え手の専門的知識の豊富さを認識しない限りは、与え手の専門影響力は「絵に描いた餅」状態になってしまいます。また、与え手が自分自身の利益のために専門影響力を発揮しようとすると、受け手は与え手の信頼性に疑問をもち、いくら専門的知識が多いと判断しても、その与え手からの影響には従わなくなります。専門影響力を用いる場合は、受け手から信頼を得ることも必要になってきます。

D参照影響力(referent power)
 「参照」という表現は、少々、聞き慣れないものかもしれません。これは、何か問題が生じたときに「あの人ならどうするだろう」というように、ある特定の人を参照して、自分の判断を決める場合があてはまります。このとき、その特定の人は、自分にとっての理想像であり、「あのような人になりたい」という認識をもたらします。そして、受け手の理想像となるような存在である場合、受け手の方から進んで(つまり、与え手の方から働きかけなくても)、同じような行動パタンを取ったり、ものを考えたりするようになり、影響を与えることになります。こうした影響の背景にあると考えられるのが参照影響力です。
 受け手の側が一方的に与え手に対して片思い的な感情をもち、与え手からの働きかけがないにもかかわらず、与え手と同じようにしようと自分自身を変えていくという場合です。したがって、参照影響力の場合は、特に与え手から受け手への働きかけが想定されません。それが想定されるのが、後述の魅力影響力と言えます。

E情報影響力(informational power)
 人にいろいろ働きかける際に、私たちは多くの場合、その理由(根拠、論拠)を示して受け手の同意を得、受け手の行動を変えようとします。その際、その理由をたくさん提示できればできるほど、受け手の賛同を得やすくなります。したがって、そうした理由をたくさん挙げることができるほど、影響力があることになり、それを情報影響力と呼んでいます。
 専門的知識が多ければ、それだけ情報影響力も大きくなることになる場合もありますが、専門影響力との違いは、影響力の持続性にあると言うことができます。専門影響力の場合は、ひとたび専門家であると受け手から認識されれば、余程のことがない限り、その専門家としての影響力を受け手に対して発揮し続けることが可能となります。しかし、情報影響力の場合は、各影響場面において、そのたびに価値のある情報を提供し続けなければ影響力を発揮できません。

F魅力影響力(attraction power)
 私たちは、好感度の高い、あるいは魅力的な人からの働きかけには応じやすい傾向があります。言い換えれば、受け手に対して魅力的な存在であることは影響力をもつことになるということです。もちろん、魅力的であればすべての場面で影響を及ぼせるかというと、そうとは限りませんが、魅力的でない与え手に比べれば、影響力をもちうるということです。これは、先に述べた参照勢力とも関連する影響力です。しかし、参照影響力の項でも述べたように、参照影響力の場合はどちらかというと、受け手の方が進んで与え手の行動パタンを真似、影響を受けようとするのに対して、魅力影響力の場合は、与え手が受け手に働きかける場合に効果を発揮する要因の1つであると捉えることができます。

G対人関係影響力
 いわゆるコネクションに基づいた影響力です。自分に上記のような影響力が備わっていなくても、影響力をもっている人物と知り合いであり、その人物から力を借りることができるならば、その人物を通して影響力を発揮することが可能となります。それが、ここで言う対人関係影響力です。つまり、自分には影響力となる資源、源泉が備わっていないのだけれども、他者と知り合いであることによって間接的に影響力をもちうるということです。

H役割影響力
 与え手に資源がないという意味で、対人関係影響力と同様に、残りの影響力とは異なっているのが、この役割影響力です。これは、言わば正当影響力の逆パタンです。正当影響力の場合は、社会的にある高い地位についていて、そのことにより他者(低地位者)に影響を及ぼせる場合でしたが、役割影響力の場合は、逆に、低地位者の方が、自分と相手との間にある社会的に認められた役割関係に基づいて、自分よりも高地位に相手に対して影響を及ぼすことができるという場合です。例えば、警官と一般市民、役人と住民、教員と学生というように、両者の役割関係に基づいて、場所を教えてもらったり、苦情を聞いてもらったり、特定の知識を提供してもらったりすることができます。

 こうして種々の社会的影響力を見てみると、社会的影響力は受け手が与え手に与えた力であることがわかります。受け手がある人には社会的影響力がないと思えば、その人にはないことになります。逆に、たとえ、その人自身が自分には受け手に対して何の社会的影響力ももっていないと思っていても、受け手の方がもっていると認知すれば、もっていることになるのです。この点のことをアメリカの法廷弁護士であるSpence(1995)は次のように述べています。
「相手がもっている影響力は、私が相手に与えたものです。相手の影響力は、私からの贈り物です。信仰の厚い人が宇宙のすべての力を神に与えているのと同じように、私は相手に絶大な影響力を与えているわけです。多くの場合、自分に対する子どもの影響力を全く認めていないように、相手によっては、私たちは何の影響力も与えようとしません。もし相手が実際にはもっていない影響力を私が相手に与えてしまっているならば、私は自分自身が作り出した影響力の幻影に直面していることになります。私の認識した影響力が、私の敵になってしまっているのです。逆に、相手が実際には影響力をもっていても、私に対して何の影響力ももっていないと私が認識しさえすれば、相手は私に対して何の力も及ぼすことができなくなるのです。」(p. 33)