その4
8/11(水)
妙義山からの爽快な下りを楽しみ(でもキャリアの事は心配していた)、県道51号へ合流し、県道51号をさらに南下していく。大型車を含めて車がけっこう通っていたので、それまでの妙義山に比べたらだいぶ車に気を遣う道だ。他の一般的な道と比べてそれほど変わらないんだけど。R254に出るとさらに交通量が増し、大型車に気を遣う。道幅が十分あれば問題ないのだが、路側帯がほとんどないので車は対向車線に出ないとおれを抜く事ができないのだ。
R254から県道45号に入ってしまうと補給ポイントがなくなるため、なんとしてもR254で補給しておかなければならない。幸い、ちょうどいいところにコンビニ(セーブオン)があったので、何の迷いもなくここにピットイン。
時刻は午前11時半前。水分や食料の補給はもちろんだが、ちょっと早めの昼食もとる。太陽が高い位置にあるので、完全な日陰がなく、足が日なたに出る形で座って休憩した。足がジリジリ照り焼きになるようだ。
ようやくまともな休憩となったので、少しゆったりと休憩していた。この辺りはコンビニもあまりなさそうで、地元の人がけっこう来ていた。その中に、すごくきれいな女性がいて、ちょっと気になった。それにしても、ものすごい暑さで、再び走り出すのが嫌になるほど。もちろん、だからといってここにいつまでもいるわけにもいかないので、重い腰を上げ、セーブオン下仁田小坂店を後にした。
下仁田の街中(といってもかなり田舎だけど)から県道45号へ曲がり、ここから約10km、南牧村の県道93号との分岐点まで緩やかな上りが続いた。上り自体はさほどきつくないのだが、日陰がほとんどなく、とにかく暑さで滅入りそうだ。時間的にも昼時で、気温がどんどん上がってきている。
桧沢橋を渡ると、そこに待ちかまえていたのはどこまでも続く日陰のない急坂だった。S720iのこの日のデータでいうと、妙義山を下った後に緩い上り坂、そして塩之沢峠に上るところで角度が急になっているところがあるが、正にここだ。それまでの勾配とは明らかに違うのがよくわかる。勾配は10%の急坂になり、この荷物、この暑さ、それまでの疲労が重なり、すごくきつい。
一番きついのが、暑さだ。気温は体温と同じくらいまで上昇していて、ジッとしているだけでも倒れそうなくらいだが、そんな中を荷物付きの自転車でこの急坂を上ろうというのだ。しかも日陰が全くと言っていいほどない。ここは地獄か? と思うような状況だった。
S720iの表示で、気温37℃を確認。ちなみに、メイン表示は高度で、下が心拍数、上が時刻。フライトデッキは上段が速度で下段が走行距離の表示。汗が絶え間なく、滝のように流れ落ちる。熱中症になるのは体温調節がうまくいかないからで、その点おれは体温調節機能がかなりいい。しかし、その分汗として水分がどんどん失われていく。携帯している水分には当然限りがあり、そして補給できるような場所はこの先峠を越えるまでない。
ヘロヘロになりながら上っていると、分かれ道にやってきた。新しい道のようで、マップルには点線になっている。「湯の沢線」という道で、トンネルで9kmもショートカットできるらしい。ここで、かなり葛藤した。この暑さの中、塩之沢峠を上っていくのは非常に困難であり、この調子では水分が保つかどうかも怪しい。困難というか危険ですらある。地図を見ると峠はつづら折れでかなり距離が長いが、トンネルなら一直線でかなり楽に山の向こうへ行ける。
あまりにも辛い。異常な暑さ、疲労、急坂、十分とは言えない携帯ドリンク。ここでトンネルを選んでも、誰にも文句を言われるわけでもない。この状況を説明したら、むしろ納得すらするだろう。しかし、2年前の似たような状況が頭をよぎる。
2年前の、北海道〜神奈川を走った1ヶ月のロングツーリング。最終日の山梨から自宅への道中で、R137の御坂峠を上っている途中、新御坂トンネルへの分岐点で、迷った。長野で痛めた足、それに1ヶ月の疲労が溜まっている。今日と同じような猛暑。ひたすら上り。きつく長い上りの道と、楽にショートカットできる道が目の前にある。
「ここまでがんばってきたんだ、最後くらい楽したっていいだろう」という気持ちと、「ここまできつい道でもがんばってきたのに、最後にずるして楽な方を選ぶのか? そんな終わり方でいいのか?」という気持ちが心の中にあった。
しばらく悩んだ末、おれは御坂峠への上りの道を進んでいった。そして、今回も、おれはよりきつい方を選んだ。この旅にふさわしい道は、塩之沢峠を正面から越える道だ。困難を乗り越えてこそ、この旅の意味があると思った。たぶん、めちゃくちゃ辛いと思う。でも、不可能ではない。そして、きついほど、上りきったときの達成感は大きいと思う。
小屋の日陰で考えていたが、意を決して塩之沢峠への道へ出た。日なたに出たとたんにくじけそうになるほどの暑さが襲ってくる。「行くんだ、行くんだよ!」と自分に言い聞かせる。再び猛暑の激坂を上り続けた。
10%くらいのきつい勾配がどこまでも続いていた。荷物なしでもきつい勾配だ。キツイ分、高度がどんどん上がっていく。ふと振り返れば、そこには今まで上ってきた道や、周りの山々がよく見える。峠道の醍醐味だ。
工事をしている区間があり、そこには砂利道区間があった。こんなところでパンクしたくね〜と思いながらダッシュで駆け抜けた。日頃の行いがよいからか(?)パンクすることなく、無事に通り抜けられた。
工事区間もかなりの勾配だったが、その後に壁のような上りになり、勾配は15%近くまで上がり、荷物のせいでフラフラになりながら、ダンシングでなんとか上っていった。予定を組んでいるときは特別苦戦するような峠ではないだろうと思っていたのだが、この暑さもあり、この勾配、先が思いやられる。
貴重な日陰で小休憩。急勾配のため、立っているだけでも変な感じだ。こんな坂がこの先どこまでも続いているとしたら、いったい何時間かかるのかと心配になってくる。やはりトンネルを選んだ方が正解だったのだろうか…。
気合いで激坂を上っていく。ちょっと勾配が緩くなったところで撮影。奥の方で道が見えなくなっているのは、そこから勾配がきつくなって道が「落ちている」から。上ってくるときは壁のようだった。
それにしても、日陰の要素が全くなくて暑さで滅入りそうだ。しかし、半ば開き直っているので気分は意外にもよかった。暑さで頭がおかしくなってきているのとの境界線は難しい。気温はさらに上昇、最高で40℃まで上がった。もう37℃とかが当たり前に感じてきて、36℃で「ちょっと涼しくなってきたな」とか思うようになった。
先ほどの激坂はさすがにあの区間だけだったようだが、その後も7%ほどのきつい勾配がどこまでも続いた。つづら折れの道をひたすら上っていく。どこまでも続く上り坂を、いろんな事を考えながら上っていく。気が付けば、ずいぶんと高いところまでやって来ていた。
驚く事に、こんな山奥の辺鄙な場所までやって来ても、民家がチラホラあった。人気はなく寂れた感じだった。今までいろんな所を走ってきていて、こういうシチュエーションは初めてでもないのだが、いつもながら感心してしまう。(自分だったらこんなところには住みたくないが)
あまりにもつづら折れが続くので、地図上で今どの辺にいるのかもよくわからなくなってきた。たぶんこの辺だろうというのはわかるけど。たま〜に車が通るが、基本的には車が滅多に通らない、自分だけしか走っていないような感じだ。皆トンネルの方を走るだろうから、当然か。
ついに民家もなくなると、それまで日陰がなかった道が木々に覆われる道となり、日陰が現れるようになった。これは嬉しい。日陰と木々が密集している効果で、気温が少し下がった。
それまでは暑さと激坂で地獄のような道だったが、急に天国に来たような変化。勾配はやや緩やかになり、日陰が続き、木々の間を通る気持ちの良い道を走っているうちに気分がよくなってきた。苦労してきた分、ご褒美が待っていたようだ。
自然の中を走るときにいつも感じるが、木というのはとても不思議な存在だ。木はもちろん生き物だが、本当に自分を見下ろして、見守っているかのようだ。耳を澄ませば「よくここまで上ってきたな」とか「がんばれよ」という声が聞こえてきそうだ。
勾配はそれほどきつくないし日陰も増えてきたが、代わりに路面が荒れてきて、走行に支障が出てきた。車があまり通らない分、整備が疎かにされているのだろう。黄色い車両(環境だか土木系の公共車両)とすれ違ったから、一応見回りはしているようだけど。
峠まで後数キロというところで、疲労がピークに達し、ヘロヘロになって上っていたら、後ろからやって来た車が追い越し際に「がんばれよ!」と声を掛けてくれた。それをきっかけに元気が出てきて、峠までラストの区間をなんとか気を持ち直して走って行けた。いつも思うのだが、こういう状況で人に応援されると急に元気になるが、この力はどこから沸いてくるのだろうか。
思っていたより上りは続き、そしてついに、14時頃、塩之沢峠(1020m)に到着。きつかった分、達成感もひとしお。やればできるんだ。おれはやったんだ。平均38℃の猛暑の中、あの激坂を、荒れた路面を、自分の力のみで、ここまで走りきったのだ。
峠の塩之沢トンネルにはちょうど環境整備関係と思われるおじさんが一人いて、ちょっと話したりした。背の低いトンネルの内側にはタイルが貼られていて、反対側から入り込む光りで輝き、出口付近は独特の光景だった。
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