フォーレは、和声と旋法の作曲家であり、旋律の作曲家でない、 という意見を聞いた気がする。ひょっとして、自分で言っていたのかもしれない。 「夢のあとに」のように、最初から最後まで筋の通った朗唱としての旋律を聴くと、 旋律の作曲家ではない、という意見はおかしいと思う。 しかし、旋律が主体となるフォーレの曲は、他にどんなものがあるのだろうか。 今回、新たにWebページを設けたのは、 自分がどんな答ができるのか調べたかったからである。
フォーレの曲について、私のWebページをいくつか改めてみた。 このとき、もう少し旋律について書いてみようと思った。具体的には、 ピアノ四重奏曲第1番で明らかにした旋律である。
ミシェル・ネクトゥーの研究書である評伝フォーレ、p.359 では、 「五度または四度の下降跳躍音程の後に上行形の順次進行をたどる動機は、 比類なき叙情性を示そうとしているといえる」としている。
以降、 この旋律を、ネクトゥーの研究書の記述をとって 「叙情的な旋律」と呼ぶことにする。 この叙情的な旋律がどの程度あるか、調べてみた。作曲年代の古い順に並べている。 言及者の欄で、オはイギリスの研究者オーリッジによるものを、 ネはネクトゥーによるものを表す。 無印は私である。(夜想曲第4番の例は2005-12-29追加)
作品番号 | 作品名 | 譜例 | 言及者 |
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Op.19 | バラード(1879) | ![]() |
ネ |
Op.15 | ピアノ四重奏曲第1番(1883)第4楽章 | ![]() |
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Op.36 | 夜想曲第4番(1884) | ![]() |
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Op.57-5 | 「シャイロック」より「夜想曲」(1889) | ![]() |
オ・ネ |
Op.69 | ロマンス(1894) | ![]() |
オ・ネ |
Op.83-2 | 夕暮(1894) | ![]() |
オ・ネ |
Op.89 | ピアノ五重奏曲第1番(1905)第1楽章 | ![]() |
ネ |
Op.103-6 | 前奏曲第6番(1910) | ![]() |
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Op.106-1 | 閉ざされた庭より聴きとどけ(1914) | ![]() |
オ |
Op.115 | ピアノ五重奏曲第2番(1921)第2楽章 | ![]() |
このように見てみると、フォーレが生涯にわたって、いかにこの旋律を大事にしてきたかがわかる。 特徴としては、旋律が3度から5度下降した後で、順次進行で上昇するパターンである。 主な特徴は次の通りである。
これだけの作品の旋律が似ているということは、 フォーレは無意識のうちに、このような旋律を偏愛するようになっていた、ということだろう。
なお、フォーレ研究者が取り上げず、私が紹介した4曲は、 厳密な意味ではこの範疇に入らないかもしれない。 ピアノ四重奏曲第1番は、第4楽章のテーマの一つではあるが、 冒頭には出て来ない。 しかし、 ヴィオラで歌われる旋律は簡素ながら美しい。 そして更に、後の展開部でチェロ、 そしてヴァイオリンがこの主題を短調でのびやかに奏でる。 このヴァイオリンの個所になると、私はいつも胸がいっぱいになる。 そして、 演奏者に「もっと切なく、もっとえげつなくポルタメントをかけてもいいよ」 と心の内でお願いをしている。
夜想曲第4番では、最初に属音のDesを導くEsがあるので雰囲気が少し異なる。 それはともかく、 この中間部も私が偏愛している旋律だ。思わず、あまーい、と声に出してうめきたくなるほど、 甘さが横溢している。
また、前奏曲第6番はリズムの変化がなく(すべて8分音符)、 和声も対位法的に処理されているので、表出力という点で他の例には劣っている。 そしてピアノ五重奏曲第2番の第2楽章では経過句的な扱いを受けている。しかし、 後には多少旋律の展開に寄与している。なお、譜例では示さなかったが、 ピアノ五重奏曲の例では、直前の旋律も含めてここではpで奏される。
最初の下降度の広さ、冒頭の音の長さを時代順に辿ると、 旋律の幅が狭くなっている印象を受ける。 しかしこのことが実証されるわけではない。 まして、フォーレは年を取るにつれ創作意欲が衰えてきたとか、 作品の質が低下してきたとか、そのような結論に至るはずもない。 私にできることは、フォーレが偏愛したであろう気持ちを汲み取って、 フォーレの音楽をいろいろな人々に聴いてもらえるように伝えることである。
動機(モチーフ)の使い方が優れているのはワーグナー(ヴァーグナー)である。 そのワーグナーの「ジークフリート牧歌」で、「愛と平和のモチーフ」、 あるいは単に「平和のモチーフ」と呼ばれるメロディーが、 このフォーレの叙情的な旋律によく似ている。下記は、ジークフリート牧歌の4小節めから、 第1ヴァイオリンである。(2009-06-20)
このページを書いて公開した後で、Pierre さんから「叙情的な旋律とは逆に、 最初オクターブで上昇し、 そのあと下降する旋律もありますが、どんな意味があるのでしょうか」 という意味の質問を頂いた。 Pierre さんによる例は、フォーレのピアノ四重奏曲第2番第1楽章の冒頭である。 私は、他に類例を思い出そうとしたが、できなかった。 最近、思い出した例がある。パヴァーヌop.50 の中間部だ。低音が鳴り、 その2オクターブ上からリディア旋法で下降する、印象的な場面だ。 この音形は更に2回、 全音下げられて繰り返される。いわゆる「和声的な階段」を構成している。 まだまだ、音形にこめられた象徴を表すには、類例を探す必要があるだろう。
付記:「水のほとりで」Op.8-1 は、冒頭6度の上昇から、 下降進行を伴う。(2006-12-10)
とはいえ、次の指摘もある。フォーレ研究家のオーリッジは、 オクターブ上昇を伴わない下降する音形はフォーレの生涯にわたって書かれていたという。 まだまだ研究の余地はあるだろう。(2005-12-29)
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