フォーレの曲にはどんな魅力があるだろうかと考えてみた。 和声やメロディに心奪われることは一番多いだろう。 そして、メロディや内声を線としてとらえたときに、 複数の線のからみの見事さに感心することもよくある。 そこで、線のからみをフォーレはどのように設計し、実現したのだろうかと考えることにした。 手がかりとなるのは、カノンという、昔から良く使われる技法だ。 まずここから始めてみよう。
フォーレ研究家であるオーリッジの研究書では、カノンが出てくる時期は、初期の曲からあるが、 顕著になるのは後期の曲で、特に大戦時の曲に多いという。この研究書をもとに、 カノンが使われる曲を調べた。 以下の曲は、カノンが比較的長い範囲(4小節以上)で使われている。
この中で意外なのがヴァイオリンソナタ第二番の第1楽章である。 何度も聞いていて、しかも何度も頭の中で反復している曲であるのに、 気付かなかったとはなんという間抜けなことだったのか。それにしても、 第1楽章の終わり近くがほとんどカノンとして実現されているのには驚いた。 おまけに、後でネクトゥーの本(明暗の響き)を調べてみたら、 すでにこの楽章にはカノンが含まれていると書かれていた。 だから私の発見は初のものではないことがわかり、がっかりした。 それにしてもなぜ、気付かなかったのだろうか。
私がなぜ気付かなかったかはさておき、カノンについて調べてみよう。 カノンとは、同じメロディを時間をずらして重ねることで、メロディの響きを楽しむ技法である。 同じメロディをずらすことをもっと体系的に発展させたのがフーガであり、 こちらはバッハを頂点として多くの作曲家が多くの曲の至るところで用いている。 しかし、フォーレにはフーガの曲は数少ない。公になったのは小品集に2曲あるだけで、 他の曲にフーガが途中で出てくることもない。 厳格な対位法という縛りのあるフーガは、フォーレの好むところではなかったのだろう。 だから、フォーレが採用したのは、単純なカノンだった。
では、なぜ私がヴァイオリンソナタ第2番のカノンに気がつかなかったのだろう。 そのカノンを MIDI と譜面で示そうとしてみた。譜面は下の通りである。
MIDI は以前作ったが、もう聴く人もいないと思うので消去した(2020-08-01)。
私が上記のカノンに気がつかなかった理由が2つある。 一つは、分散和音が一拍あたり6つの16分音符からなり、 ピアノのメロディーが知覚しにくかったことがある。もう一つは、 カノンの拍が伸び縮みしていて、厳格ななぞりではないために気がつきにくかったことがある。 上記の譜例でいけば、2小節め、ヴァイオリンの2拍めと3拍めは E のタイである。 ところが、これをなぞっているピアノ左手の低音部を見ると、2小節め4拍めはタイにはなっていない。 同様に、3小節めヴァイオリンの H は1拍めだけだが、ピアノの H は2拍めと3拍めがタイになっている。 そのため、またここから2拍遅れのカノンに戻っている。
このように、ピアノの分散和音と微妙な伸び縮みに隠して、第2主題を増強していた。 このような下ごしらえがあったからこそ、第3楽章でのこの第2主題の登場が効果的になるのだろう。
夜想曲第13番では、中間部で、高声部の旋律を低声部が受けているが、 完全な形ではない。しかし、付点音符の応答はカノンであるかのような錯覚を受ける。
第9番では、再現部のあと、高声部のあとを中声部が追いかける。 これは「和声的な階段」でも出した例でもある。
第12番では、再現部で、ソプラノのあとをテナーが追いかける。
独奏版のバラードでは、第1主題の提示で、1拍遅れのオクターブ上の模倣を右手のみで奏する。 ここは難しいので、オーケストラ版では、ピアノのあとの模倣はフルートが奏する。
ヴァイオリンソナタ第2番は、 第1楽章は、先に触れたとおり。 第3楽章でも第1主題の回帰でカノンが用いられている。
ピアノ五重奏曲第2番の第3楽章では、第2主題による展開部のカノンが感動的だ。
ピアノ三重奏曲では、厳格なカノンはない。 第1楽章では、自由なカノンが見られる。
弦楽四重奏曲の第3楽章では、何箇所かでカノンが出てくる。たとえば、 155小節からの第1ヴァイオリンと156小節からののチェロがそうである。 第2ヴァイオリンと合わせ、ピアノ譜で記載している。(ヴィオラは休み)