フランス近代の作曲家のピアノ連弾作品は、 他の時代・国のものより親しまれているようだ。 たとえば、ドビュッシーの「小組曲」、 ラヴェルの「マ・メール・ロワ」、 ビゼーの「子供の遊び」が代表だろう。 フォーレの組曲「ドリー」もこの系列で親しまれている。
組曲「ドリー」(Op.56) は、1893年から1897年にかけて作曲された。全6曲からなる。 ドリーという名前は、フォーレが当時おつきあいしていたバルダック家の娘、エレーヌの愛称である。
第1曲は「子守歌」ホ長調、2/4拍子。あのヴァイオリンで有名な「子守歌」とは違うが、 子守歌特有のくり返されるリズムは守られている。 1893年作曲。日本でも、各種のコマーシャルで使われることがある。
第2曲は「ミ・ア・ウー」ヘ長調、3/4拍子。私はネコの泣き声かと思ったが、それは違うらしい。 こんな背景がある。 ドリーは、兄ラウルをどうしてもうまく呼べない。 ムッシュー・ラウルと呼ぶべきところ、メッシュー・アウルになってしまう。 フォーレはそこで「ムッシュー・アウル」という名前でこの曲を作ったのだが、 楽譜出版者の意図で擬音語に替えられてしまったのだ。 快速かつ楽しいワルツにときどきヘミオラが入る。
第3曲は「ドリーの庭」ホ長調、3/4拍子。第5曲と似ている。こちらのほうが流れる感じが強い。
第4曲は「キティ・ワルツ」変ホ長調、3/4拍子。第2曲と同じワルツ。こちらのほうが優雅だ。 もとの名前は「ケティ・ワルツ」。ケティは前述のラウルが飼っていた犬の名前。 ヘミオラが中間部で多用されている。
第5曲は「優しさ」変ニ長調、3/4拍子。一番地味な曲。 一拍ずつ和音を確かめつつ、転調で彩りながら進んでいく。 中間部は典型的なカノン。下に楽譜を示す。ヘミオラの味があること、 繰り返しがリディア旋法になっていることがおもしろい。
第6曲は「スペイン舞曲」ヘ長調、3/8拍子。フォーレにしては賑やかな作品。 ただしアルベニスの作品を想定すると大はずれで、あくは強くない。 手の交差があるので、 男女でこれを弾くのであればよく考慮すべきだろう。
全体を通して、フォーレにしてはやさしい書法で書かれている。 Primoはほぼオクターブですむし、Secondaも難しい箇所はほとんどない。 また彼独自の予想外の転調もマイルドである。 奇数番の曲はゆっくりで、カノンをうまく歌うように心がけるとよい。 偶数番の曲は急速なので、ヘミオラの効果を意識するといいだろう。
さて、このドリーを駄曲という人がいた。 その方はフォーレの他の作品をけっこう買っていたところからすると、 この曲集に感じられる、どこか微温的なところが気に食わなかったのだろう、 と今となっては想像する。 私はこの意見に与するものではないが、 ではこの曲集を全面的に賛美するのかというと、そうともいえない。 もちろん、フォーレの資質はこの曲でも十分感じることはできるけれど、 さらに奥の深い世界があるのだ、ということは付け加えておきたい。 たとえば、第2曲から第5曲は 3 拍子だが、この 3 拍子を生かした世界にヴァルス・カプリスや さらには複合拍子に発展させた舟歌がある。
フォーレの連弾作品はドリー以外にもある。
これは フォーレの友人であるメサジェとフォーレとの共作である。 そのためか、フォーレ独自の個性は感じられない。 ごく軽い、内輪向けの音楽である。 「バイロイト」とは、もちろんワーグナーのお膝元。 曲名からわかるように、ワーグナーの曲を いくつか取り入れているのだけれど、 私はワグネリアンではないので、引用されている曲は 「ワルキューレ」しかわからなかった。
こちらはもともとオーケストラを予定して 書かれたものであるためか、ピアノ曲としての香気に欠ける。
オーケストラ曲のピアノリダクション版で、フォーレ自身の編曲でもある。 曲目については管弦楽曲のページをどうぞ。
私たち夫婦の披露宴で、自分たちで何か芸をしないと、というので選んだのが、 この「ドリー」の「優しさ」だった。 フォーレを選んだのは私の意思である。スカルラッティは連弾曲としてはどうもいいのがない。他の作曲家は全く考えず、フォーレの作品だけにしぼった。 フォーレの連弾曲の中でどれを選ぶかということにして、他の連弾曲(バイロイトの思い出)もあるけれど、あれはメサジェとの合作だし、 まだ手に入れていない、 ということでドリーを選択した。どの曲を弾くべきかと考えて、 フォーレの特徴が最もよく出ている (とどこかに書いてあったような気がする)第5曲を選ぶことにした。 実際、他は難しいか、物足りないのだ。 いざ相方であるつれあいと練習していみると、なかなかまとまらない。 本番はよろけながらもなんとか弾き通すことができた。
ちなみに、私は学生時代けっこう連弾をしてきたが、 女性と本格的に練習して披露したのはこれが初めてであった(練習なしでぶっつけ本番で女性と連弾をしたことは一度あった)。
この有名な作品は、オリジナルのピアノ連弾版だけでなく、 アンリ・ラボーによるオーケストラ版や、 アルフレッド・コルトーによるピアノ独奏版でも知られている。
アンリ・ラボーは、フォーレの後を継いでパリ音楽院の院長となった作曲家である。 アルフレッド・コルトーは、フランスの有名なピアニストである。
私が所持しているのは下記5枚である。
カサドシュ夫婦の演奏は、 バランスより流れを重視した演奏である。
私が想像しているテンポとは合わない。
音は美しいが、妙に鋭すぎる解釈が気になる。
この演奏が一番安心して聴ける。締まりの程度が私好みだ。
音が割れていて音質の面では最悪だが、音楽の呼吸のしかたがいい。第2曲と第6曲は高速だ。
他に、次のCDがある。筆者はまだ聞いていない。
ピアノ連弾版より遅めのテンポで、楽器の特色がよく出ている演奏だ。
(後で書きます)
村治佳織によるギター版がある。私はまだ聴いていない。