この曲は 1982 年から折に触れて練習してきている。 しかし、未だに満足できない。 中間部が終わる前の右手の上昇する音階を未だに間違えてしまうからだ。 微妙に半音階がまじっていて取りにくいことこの上ない。 わたしは素人だからこれでいいと思っている。
と書いただけでもう4年以上も放置しておいた。 この曲はフォーレの最高傑作であり、 何も書くことがないと思っていたからだ。ところが、 「超絶技巧的ピアノ編曲の世界」を開拓してこられたことで有名な夏井さんが、 『 フォーレ 夜想曲第13番 』(www.wound-treatment.jp)というすばらしい賛辞を送っていたのを知った。 今さらながら知った、というのが恥ずかしい。
楽譜は夏井さんのページで掲げられた小節を(楽譜は別に起こしているが)ほぼそのまま踏襲している。 というのは、夏井さんのページでは一時楽譜が見えなくなったため(私だけかもしれない)、 楽譜が見えなくなったのを補完するためにまず楽譜を起こし、それだけではおかしいので私なりの解説を新たに付け足したためである。 ありがたいことに、夏井さんのページの楽譜の画像はその後見えるようになった。ということは、 私の楽譜と私の解説は全く意味がなくなってしまった、ということである。 すなわち、解説は夏井さんのページで尽くされている。 しかし、せっかく書いた解説を単に引っ込めるのももったいないので、そのまま拙文を残しておく。
楽譜入りで曲を追ってみよう。 3部形式であるが、再現部の変容が大きいことを初めに申し添えておく。
まず、下は本作品の冒頭8小節である(A1)。ピアノを聞いても美しいが、 下の譜面を見ても美しいと感じないだろうか。 3オクターブに満たない音域の中で、 4声の旋律が、絶妙な掛留音を伴って緩やかに流れる。
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しばらく4声の流れが続いた後で、 右手が古代旋法を思わせるメロディーを歌い、左手が活気づく(A2)。 左手は、例によって拍の頭が休符である。そのため、 弾く側としては、つんのめりぎみにならないように注意しなければならない。
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この後すぐに、付点のリズムからなるメロディーが登場する(A3)。 このメロディーは大活躍する。
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A3 の後で、より幅広く和声も装いを新たにしたA2が登場する。
その後一旦静まり、
A3 の断片が左手のみ、次に左と右のオクターブ、
そして左と右合わせて2オクターブのユニゾンまで高まり、 緊張を迎える。
再度A1が再現するが、テナー声部のみがシンコペーションで動き、不安感は増す。
この不安が収束したあと、A3による断片が組み合わされ、前半が終結する。
前半の終結から中間部の入りは、蓄えていた力が爆発するかのようだ。
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この55小節からのメロディー(B1)は、さほど特徴のあるものではない。しかし、 よく観察すれば、A1とかなり似ていることに気付かないだろうか。 左手の推進力の制御によって、冷静さも、情熱も表現できるとは。
Allegro に突入する左手も、ありきたりの分散和音のようでいて、 そうではない。 Gis-Dis-Dis-Gis-Dis-Dis-H-Dis...の音型からわかることは、 調性を決定する音 H を最後に出していること、 そしてDisとGisを同音連打させていることである。 これはどちらも、 ピアノ五重奏曲第2番第1楽章で用いた左手伴奏音型の名残りであろう。 五重奏曲は主音の C を連打する趣向だったが、 この夜想曲ではまず主音の Gis を連打し、 さらに属音の Dis も連打するところが違う。 このように調性決定音をぼかすことで調性からの縛りを少なくし、 自由な飛翔を可能にしている。 このような、ささやかではあるが効果的なフォーレの工夫を知り、 驚いてしまう。
もう一つ、私がひっかかった点を明かそう。 このB1は、55小節めからの4小節すべてを跨いで、 スラーがかけられている。私はこのスラーを見落としていた。 自分が弾く時には、 3小節の単位で構成してしまっていた。なぜか。 58小節めが55小節めと酷似していたからである。 つまり、58小節が55小節と似ているなら、58小節は新たな動機の先頭であり、 55小節からの動機の末尾ではないと勝手に解釈してしまっていたのだ。 それに、ここには掲載していない59小節は、 テンションノートが多くあり、 不安定である。 だから、動機の先頭にはなり得ないという思い込みもあった。この見直しから、 フォーレの動機の作曲法に畏怖を覚えた。
ここからずっとフォルテで力強く推移するが、 しばらくしてA3のメロディーが高音部と低音部でこだまのように歌われる。 個々の歌は短いがこだまの回数は長い。 このこだま(エコー)を、フォーレは初期の曲からよく使っている。 この夜想曲においては、 こだまの効果を短い時間でよりよく演出することに成功している。
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その後、B1がフォルテでしばし再現されるが、再度ピアノで歌われる。 右手はB1とA3を独立して歌う。この100小節めから105小節めまで、 2小節ごとで短3度の「 和声的な階段」を作っている。この手法も、 舟歌ほかで何度も確かめられたフォーレの強力な手法である。
左手は100小節、102小節でそれぞれFis、Aを連打している。これは、 メロディーのD, Fisにそれぞれ6度の関係で対応するものであり、 後の盛り上がりの伏線となっている。
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この和声的階段で増した力は、106小節で頂点に達する。 冒頭主題A1が高らかに鳴り渡り、うねりを巻き起こす。 ここでは、3小節ごとの和声的階段が用いられている。
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さらに、A1とA3との絡み合いが続くが、最後に6度の上昇音階で解放される。
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100小節で、FisやAの同音連打でメロディーとの6度を強調したのは、 きっとこの6度の上昇音階をより効果的にするはたらきがあったのだろう。
再現部はA1はほぼその通りなぞられる。ただし、A2は再現しない。 A3は、形を変えてため息のようにあらわれ、終結の雰囲気を作る。 (2003-05-13)
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