フォーレ:チェロソナタ第1番

作成日 : 1998-10-24
最終更新日 :

激しいチェロソナタ第1番

多楽章形式のフォーレの室内楽作品は全10曲ある。その中で、チェロソナタ第1番は、 知名度が最も低いのではないか。 その理由はなんといっても、第1楽章の激しい表現から来ていると思われる。

第 1 楽章

まず目につく点は第1楽章のきつい表現である。 叩き付けるようなピアノに、不規則な拍で跳躍進行するチェロのメロディーが乗る。どこかぎこちなく、 聞く者を遠ざける。

この楽章は3/4拍子なのだが、ピアノのリズムは8分音符が2つのあとに4分休符が1つとなっており、 小節線を無視してこのリズムが進んでいく。つまり、伴奏は3拍子が 2 小節続くというより、 2 拍子 が 3 小節続くという気持ちである。 一方、チェロのメロディーも拍子感があるのだかないのだかわからない。 和音の構成音を上下するだけであり、メロディーの美しさという観点ではほめられるものではない。 こういったことが、ぎこちない、という感想を抱く理由である。 よっぽどショスタコーヴィチのチェロの同じニ短調のソナタの出だしのほうがフォーレ的である (これはやはり渡辺さんの本にあった)。でも、そんなぎこちない感じを抱くのは一部である。 間に添えられる旋律は落ち着いている。

私が好きなのは、第二主題の始まりである。チェロが38小節めで一番低いCで始まって、 徐々に音程を上げていき、 44小節目でついに一番低いCから数えて4オクターブ近いBまでいくところである。 この落差の激しい楽章はフォーレの中ではもっとも理解されにくい楽章だろう (自分が理解できないからというのは棚に上げて)。

もう一つ好きなところは、再現部のあとすぐ、ピアノによるシンコペーションの刻みで、 チェロがゆったりと歌う箇所だ(練習記号8から、130小節から)。 フォーレは数多くの美しい旋律と和声を作ったが、かっこいいリズムを作ることはめったになかった。 その珍しい例がここにある。

この部分を、ネクトゥーは次のように記している。

両者(第一主題と第二主題)の融合は、第一主題が再現された後の、 旋律とリズムと和声の三つの面で魅惑的な美しさをそなえた箇所においてようやく行なわれる。

そこで、次の疑問が生じる。

まず、第一主題と第二主題は、どのような形で融合しているのかを考えよう。 第一主題の特徴は不規則なリズムであり、特に、伴奏部の低音の後打ちと、 チェロの長短短(八分音符+十六分音符+十六分音符)の刻みが印象的だ。 このリズムは、融合部では伴奏に現れる。後打ちは伴奏の第1拍の高音に現れる。 このとき、音価は半分になり、より切迫した印象が強まる。 また、長短短のリズムは伴奏の第3拍で表現されるが、ピアノでは低音が八分音符2つ、 高音が付点八分+十六分音符と分散するため、気付きにくい。

もう一つ、第一主題と同じであるのは旋律である。 第一主題のチェロの d-a-f の音型は、融合部ではピアノが扱う。 低音部では第1拍から第2拍、高音部では第2拍から第3拍が、 第2音にシンコペーションがあるところまで忠実にされている。

次に第二主題の特徴は、ゆっくりとした上昇する旋律である。 これは融合部のチェロのリズムと旋律にあてはまる。 ただし、この融合部では旋律は上昇と下降を繰り返す。

以上が第一の疑問に対する答となる。 次に第二の疑問に対してであるが、旋律とリズムについては、美しいという観点を除いては既に述べた。 問題は和声をどのように説明するかだ。

130小節からの和声構造は、小節ごとにコード名で書くと次の通りとなる。
Gm Gm C C Gm Gm C7 C7/B♭ E♭7+ E♭7+ G♭m7 E♭7+ Am F7+ F7+ F7 ...

もちろん、この中に経過音がいろいろな形で入ってくるから、この枠には収まらない。

132 小節、133 小節は、古典的には Cm で書くところである。 Cm の場合の和声構成音は E♭であるが、C の場合は Eナチュラルである。 チェロに現れるEは、わざわざ括弧つきで注意を促している(括弧がなくても同じ音である)。 このナチュラルが、いい。 和声の世界では、ドリアの6度(ドリアの6)と呼ばれる響きである。 フォーレは、他にもピアノ五重奏曲第1番の冒頭で用いている。

そして、C を経過し Gm に解決したあとで、次の進行では C7 を経ても 自然な Gm に解決せず、遠回りのE♭7+ に留まり、和声はひたすら流れる。

まだこれでは第二の疑問に答えたことになっていないが、なぜ自分が心を惹かれるのかを説明しようとして、 改めて形を整理できたことは収穫だと思っている。

第 2 楽章

さて、今まで述べてきた第1楽章はフォーレの中では例外に属する。第2、第3楽章はあのフォーレが帰ってくる。

第 2 楽章は3/4拍子。非常に落ちついていて、前楽章での疲れを癒すかのようだ。 実際、フォーレの曲を集めた「癒しのフォーレ」の CD にこの第2楽章が入っているのを見たことがある。

第1主題はチェロによる。11:1 という、複付点音符よりさらに息の長い付点音符をチェロが歌う。 このチェロの長い付点音符を軸に、ピアノが和声の微細な移り変わりを担う。 3小節から4小節のピアノの右手に現れる G-D-C-D はここでは対旋律として添えられる。

11小節から始まるチェロの第 2 主題は五音音階の日本の子守歌とそっくりだ。半音の推移を伴わないことからペンタトニックの味がする。

このペンタトニック風旋律である D-C-D-F-D-C-D は、実は第1楽章の終結部で予告されている。 チェロのオスティナートが D-A-F-D-C を繰り返すところ(練習記号 12 、210 小節)に似ている。この A を除けば第2楽章の第2主題とそっくりだ。

なお、フォーレが五音音階を使うことはほとんどない。このほかはピアノ四重奏曲第1番の冒頭や、 歌曲集「優しい歌」の第1曲「後光に包まれた聖女」の冒頭ピアノ伴奏などぐらいだ。 これら二つは最初に提示されてその後現れない。

元に戻すと、このペンタトニック風のメロディーはこの第2主題の繰り返しの中では G を主音とするフリジア旋法のように見える。

さて、この第1主題と第2主題が交互に出てきて展開される。 フォーレの得意技である、4連音から3連音への突然の切り替え、 およびその復帰も一度だけだが効果的に用いられている。 伴奏の後打ちもやはり得意技である。

第3楽章

第 3 楽章は4/4拍子。ニ長調の流れるメロディーにはうっとりしてしまう。 フォーレの全室内楽の中で私がもっとも好きな楽章である。 出来がいい楽章は他にもたくさんあるが、自分の好みというのは理屈では言い表せないものだ。

この第3楽章の速度表示は、手元のデュラン版で Allegro Commodo. ♩ = 80 である。 このメトロノームの速さの指定はフォーレのものなのだろうか。そしてそれより、この Commodo という指定が難物である。 Commodo には「気楽に」の説明が充てられていることもあるが、私にとっては「心地よく」という意味が似あっている。

なお、もう一つ小声で言うと、フォーレの大規模室内楽のうち、 フィナーレが短調のものは長調のものに比べて質が落ちると思う。勢いが空回りする感がする。

演奏評

1. ポール・トルトゥリエ(Vc)、ジャン・ユボー(Pf)

1998年までは ERATO のポール・トルトゥリエ(vc)とジャン・ユボー(pf)の演奏で聞いていた。 第1番は特に第1楽章のピアノに重さを感じるが、 私にはこの重さがぴったり来る。第2楽章もよい。 第3楽章の速さは、私にとっての最善だ。 第2番の評はリンク先をどうぞ。

2. ポール・トルトゥリエ(Vc)、エリック・ハイドシェック(Pf)

ポール・トルトゥリエ(Vc)、エリック・ハイドシェック(Pf)は、ユボー伴奏と比べて、より歌心にあふれている。 それはテンポのゆらしがわずかに多く、程度も強いから、ということでわかる (拍の頭より伴奏がずれて乗るなど。第1番第3楽章の一部で顕著)。 ただ、私の現在の好みからすれば、ハイドシェックの伴奏よりはユボーの伴奏をとる。 ユボー版との比較では、第1番第3楽章の快速なテンポは心地よく、ハイドシェック版に軍配が上がる。 第2番の評はリンク先をどうぞ。(この項、2009-05-14)、(2020-01-22 追記)

3. フレデリック・ロデオン(Vc)、ジャン=フィリップ・コラール(Pf)

EMI からフォーレ室内楽全集として出ているフレデリック・ロデオン(Vc)、 ジャン=フィリップ・コラール(Pf)の演奏を聴いていると、 厳しい表現と優しい表現の差に気づき、あるときは心が動かされ、あるときは狼狽する。 第1楽章は少し遅めのテンポで、鋭角性がはっきりしている。 第2楽章は標準的な演奏だ。 第3楽章は、少し速めのテンポだ。少しチェロの濁った音が気になるが、 それを除けば音の景色に漂うことができる。 第2番の評はリンク先を参照。

4. スティーヴン・イッサーリス(Vc)、パスカル・ドゥワイヨン(Pf)

1998年12月ごろからは イッサーリス(Vc)のCDで聞いている。 世界初録音というオルガン伴奏版の「ロマンス」があったので買ったのだが、ソナタも出色であった。 あのソナタ第1番の第1楽章でさえ、厳しさよりは温かさが支配する、そんな演奏である。 第2楽章も歌心がすばらしい。第3楽章は速い。 チェロのオクターブ跳躍の後の音の発音が少し遅れるのが残念だ。
第2番の評はリンク先を参照。

5. ロラン・ピドゥー(Vc)、ジャン=クロード・ペヌティエ(Pf)

1999年には、ロラン・ピドゥーのチェロ、 ジャン=クロード・ペヌティエのピアノによるフォーレのチェロソナタのCDを買ってきて聞いてみた。 第1楽章はイッサーリスの対極にあるのではと思える厳しさがある。 ただ、特に、第3楽章は音の流れがときどき途絶えてしまい、 落ち着いて聞けないのが残念。
第2番の評はリンク先を参照。

6. アルバン・ゲルハルト(Vc)、セシル・リカド(pf)

第1楽章は、テンポの取り方に特徴がある。 第1主題のテンポより、第2主題のテンポが少し遅い。 これはそれぞれの主題の強調したためだと思われる。私はあまり好まないが、 主題の性格作りとしてこのような方法も認める。 残念な点を挙げれば、再現部から第2展開部、上記の「かっこいい」リズムの箇所だ。 まずこのリズムがピアノで奏でられ、 ついでチェロにわたろうとするそのつなぎ目(練習記号9の直前の小節)の、 ピアノのかけはしの分散和音がペダルで濁ってしまっていることだ。

第2楽章は表情付けが淡々としている。チェロのポルタメントはほとんどなく、 リズムも一定だ。このようなアプローチは好みだ。

さて、この音盤の最大の特徴は、チェロソナタ第1番第3楽章の演奏が二種類収められていることだ。 楽譜の版が違うのではなく、 演奏の速さを変えていて収録している。これにはなるほどと唸った。 本線に収められた版はゆっくりとした演奏のほうで、バランスがよく、間延びもしていない。 別トラックにあるのが速い版だ。どちらもいい。 第2番の評もどうぞ。

余談だが、演奏者が同じでも速さを変えて2種類聞きたい作品がある。 同じくフォーレのヴァイオリンソナタ第1番の第1楽章である。

7. ゴーティエ・カプソン(Vc)、ミシェル・ダルベルト(pf)

Virgin CLASSICS の箱入り5枚組の CD2 に、チェロとピアノの作品集が入っている。 チェロはゴーティエ・カプソンが通して弾いているが、 ピアノはソナタ第1番と小品をミシェル・ダルベルトが、 そしてソナタ第2番をニコラ・アンゲリッシュが担当している。

さて第1番であるが、全体的に太く雄渾である。第1楽章の破天荒な楽想をうまく自分のものにしているようだ(2018-11-17)。

8. フランソワ・サルク(Vc)、エリック・ル・サージュ(Pf)

フランソワ・サルク(Vc)、エリック・ル・サージュ(Pf) の演奏は、 特に第1楽章と第3楽章に特徴がある。 第1楽章は、軽い。チェロの伸ばしはすぐ減衰させる。ピアノもペダルの使用がごく少ない。 ことばは悪いが、ポキポキ折れそうな演奏である。 それが病みつきになるかもしれない。 第2楽章はゆったりとしたテンポであり、弱音を中心として、骨組みを露にしている。 第3楽章は、かなり遅い。ピアノのアルペジオを一音一音ゆるがせにしない演奏といえばいいだろうか、 伴奏だけで見るとバッハの平均律第1巻第1番前奏曲のように和声の彩を浮き立たせているようだ。チェロはその周りをまわっている。 うーん、こういう演奏もあるのだろうか。私にはまだなじめない (2018-12-03)。
第2番の評もどうぞ。

9. マリア・クリーゲル(Vc)、ニナ・ティックマン(Pf)

NAXOS のマリア・クリーゲル(Vc)、ニナ・ティックマン(Pf)は、テンポを揺らし、またリズムの強調もつけている。 特にソナタの第1番にその傾向が強い。ただ、私には少し度が過ぎているように思える。 なお、音とは関係ないが、 CDに入っているトラック名のNo.1が誤って Après un rêve (夢のあとに)となっている。 正しくは Elégie (エレジー)である。 (2009-05-16)

久しぶりに聞き直してみたら、以前感じたほどのテンポの揺れは感じなかった。 ただし、リズムの強調は他の奏者の演奏より度合いが高い。結果として、 それほど度が過ぎているようには思わなかった。 なお、第2番の評はリンク先をどうぞ。 (2020-01-20)

10. イナ=エスターユースト・ベン=サッソンとアラン・スターンフィールド

NAXOS からはもう一種類、イナ=エスターユースト・ベン=サッソン(Vc) 、アラン・スターンフィールド(Pf) による演奏もある。 こちらはテンポは比較的堅実だ。ただ、チェロよりピアノのほうが優越しているように感じる。 チェロは雄渾に歌うというより、節回しを短くしながら抜くタイミングの技巧で勝負している。 第1番はチェロの音が切れ切れになるのが残念と書いたが、今ではそれほど悪くないとも思う。 画像や音響のことばを借りれば、分解能が高いという印象だ。 第1楽章は比較的遅めで、迫力というよりリズミカルな面が強調されている。 特に、再現部以降の(第2)展開部の音の細やかな動きは、その分解能の良さがあらわれている。 第2楽章もよいが、クライマックスでの音の輝きがほしい。 第3楽章は演奏によってテンポはまちまちであり、この演奏は遅めのテンポに分類されると思うが、 その中では流れがあるほうだ。音型が跳躍する場合、チェロが音をスタカートで切っているのは独特だ。 ただ、チェロの音程が少し甘いようにも感じる。 第2番の評はリンク先を参照。

11. ペーター・ブルンズ(Vc)、ログリット・イシャイ(Pf)

2002年に手に入れた、ペーター・ブルンズ(Vc)、ログリット・イシャイ(p)を聴いてみた。 第1番のソナタの第1楽章は軽い。運動性を全面に出している。 特に再現部すぐにピアノが 16 分音符で刻みながらチェロが歌うところ、 そして役割を交代する経過部がかっこいい。 ピアノがエラールということからか、少しぽくぽくしている感じがする。これはまたいい。 第3楽章の遅さは気になる。私は速いのが好みなのだが、速いと時間がすぐに経ってしまって、 じっくり味わうことができない。そうすると遅いことにも一理ある。

12. トーマス・イグロイ(Vc)、クリフォード・ベンソン(Pf)

Brilliant Classics から出ている5枚組のCDには、 Thomas Igloi (トーマス・イグロイ)のチェロ、 Clifford Benson(クリフォード・ベンソン) のピアノによるチェロソナタの演奏が収められている。 第1番は、第1楽章の切れ味が鋭いが、それだけに横のつながりが弱いように感じる。 第2楽章の歌はよい。 第3楽章は少し遅めで、歌がよく聞こえるが、 流れが滞ってしまうのが残念。22小節で、チェロの3拍めの Gisis 音が 半音低くなっているミスもある(明らかに譜読みミスだろう)。 第2番の評はリンク先をどうぞ。 (この項、2009-05-10)。

13. ルカ・マガリエッロ(Vc)、チェチリア・ノヴァリーノ(Pf)

第1楽章の冒頭がぬるい。単に音を置くだけで精一杯のように感じられる。また、ミスもみられる。 第2楽章は少し持ち直すが、第3楽章の流れは表現できていないようだ(この項、2020-11-25)。

新たな発見

チェロソナタ第1番は、出だしがDとA、つまり主音と属音しかない。 これは 五重奏曲第2番の冒頭と同じである。 また、舟歌第11番も、冒頭が主音と属音だけである。 この3曲に共通するのは、フォーレが全力を出している、ということだ。 ストロング・スタイルということばがふさわしい。(1999 10/25)

この第1番に限った感想はとても少ない。 フォーレのチェロ・ソナタ第1番をゴーティエ・カプソンとダルベルトで聞く (suisse.exblog.jp) は、そんな数少ない評のなかで、このソナタのすばらしさをよく表していると思う。

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MARUYAMA Satosi