フォーレ:弦楽四重奏曲ホ短調 Op.121

作成日: 1998-11-21
最終更新日:

1. 弦楽四重奏曲 Op.121

クラシックの作曲家はたいてい弦楽四重奏曲を書いている。 フォーレはたまたま最後の作品としてホ短調の弦楽四重奏曲を残した。 彼の室内楽では唯一ピアノを欠いていること、 また晩年の作品は中音域中心で書く傾向が強いことから、 この四重奏曲は非常に渋い。それがために聞くものを遠ざけてしまうとすれば残念だ。

なおこの曲の原型は、彼の若いころの未完成作品ヴァイオリン協奏曲Op.14によっている。

2. 各楽章について

2.1 第1楽章

第1楽章はヴィオラのためらいがちな問いかけと、 チェロの追尾から始まる(主題A1)。 そして、5小節めから入る第1ヴァイオリンの旋律は、 ヴィオラの問に対する答のように奏される(主題A2)。この旋律は、 フォーレ得意の教会旋法、 しかもフリギア旋法(フリジア旋法)を用いている (7小節め第1拍のFナチュラルに注目)。 その不思議な感覚は、何物にも替え難い。

たんたんと進む音楽はちょうどバッハを聞いているようだ。たとえば、 バッハのオルガンコラールとか、また、 やはりバッハの楽器指定なしの「フーガの技法」 とかを弦楽四重奏で再現したかのようだ。

第2主題は、第1ヴァイオリンにより奏され、 上行音階と下行音階からなる。

もちろん、第1主題も、第2主題も旋律は若々しい。 彼自身が書いた昔の ヴァイオリン協奏曲を借りているからだろう。 メロディーラインは順次進行に従っていて、素直な印象がある。

昔の主題とは異なる点もある。 「ヴァイオリン協奏曲」の主題は、独奏ヴァイオリンの奏する主題にはいずれも三連符が挟まれていたが、 こちらでは符点四分+八分または符点八分+十六分の組み合わせになっている。 これは、弦楽四重奏曲という、縦のラインにも考慮を払った結果だろう。

私がいつも寒気がするところは二個所ある。 最初は104小節の2拍目と106小節の2拍目で、 どちらも1オクターブに満たない広がりの和音を4つの楽器が奏すところだ。 不協和音ではないのに音の軋みを感じる。 下の譜面は103小節からである。

もう一個所は151小節から152小節にかけての和音の解決で、フォーレにしては 美しくない。ここも晩年のきしみを感じる。 下の譜面は150小節からである。

2.2 第2楽章

第2楽章も落ちついた音楽。しかし和声はより巧妙になってきて、 まじめに和声学の知識を持ち込んで解析しても混乱するだけだろう。 緻密な部分と素朴な部分の対比がほのかに現れていて、少しだけ考えながら聞くにはいい音楽だ。

第2楽章は、3種類の主題によって展開される。 第1主題は、教会旋法のロクリアンを用いた上昇音型で、 第1ヴァイオリンにより提示される。 しかし、ロクリアンという旋法によることもあり、 主たる調性は曖昧である。 第5小節から同じ主題がチェロにより提示され、徐々に気分が高まっていく。

第2主題は、ヴィオラで奏される単純な上昇音型である。

リズムは、五重奏曲第2番第3楽章の第2主題と似ている。 下がその主題である。

第3主題は、やはりヴィオラで奏されるが、 半音階とシンコペーションを含む音型は不安をかきたてる。 吉田秀和は、 この主題とピアノ四重奏曲第1番第1楽章第2主題との類似性を指摘している。

この後、これらの主題が、カノンや和声的な階段、旋法の交代などを伴い、 変容していく。最後はイ長調で結ばれる。

2.3 第3楽章

第3楽章の第1主題はチェロから始まり、順次進行にのっとっている。 下手をするとメリハリのなくなるところを、 三連符とピチカートを効果的に使って、駆動力を出している。 さらに、この駆動力をピアノでなく弦楽によって表現していることで、 この曲は余計な力みから解放されている。

この楽章に限れば、ピアノがないことがいい方向に作用しているのだろう。 しかし、やはりフォーレはピアノが欲しかったのだろう。たとえば、練習記号22から、 ヴィオラが後打ちのオクターブの分散和音を弾いているところは、 ヴァイオリンソナタ第2番第3楽章のピアノの右手に現れる音形そのものである。 その外、 ヴィオラにはかなり刻みのための音形が多い。 しかし、フォーレはヴィオラに、否、 すべての楽器に歌を歌わせたかったに違いない。実際、 そこかしこで主題の断片が出てくる。フォーレ自身はこの楽章を書くのに かなり疲れていたにもかかわらず、音楽は本当に生き生きしている。

この楽章では、カノンが効果的に使われている。 たとえば、155小節からのヴァイオリンで奏される主題を、 156小節からチェロが追いかけるところがある。

私が好きなのは、練習記号31(256小節)からの場面である。 今までの駆動力が落ちてきて 空に上がる凧の糸が切れて浮遊する感じが何ともいえない。

3. 演奏評

昔のこの音盤はヴィア・ノヴァだけで、その後もパレナンしか出てこなかった。 最近ではいろいろな演奏が手に入るようになった。ありがたい。 このような渋い曲でも演奏によってかなり変わることに気がついた。 私のお勧めはどれ、というものではない。最初は、最近の録音による演奏(ヴィア・ノヴァ、 パレナン、アド・リビトゥム)のどれかを買うといい。気に入ったら遺産となっている演奏 (パスカル、クレットリ)を聞くことを勧める。 その演奏態度に対する違いに驚くに違いない。 この機会に演奏の持つ意味について考えるところが増えるだろう。

3.1 クレットリ四重奏団

冒頭でいきなり驚いた。主題提示はヴィオラで提示されるはずなのに、 あたかもチェロのように響いてきた。このヴィオラの響きはすばらしい。という一方で、 妙に鳴り過ぎるのではないかという不安もかきたてる。 全体はテンポがかなり揺れ動き、いい意味でもわるい意味でも即興的である。 リズムもいいかげんなところがある。昔のプロというのはおおらかだったのだ。 ポルタメントは多用されているが、つぼを押さえている。 第3楽章はゆっくりめ。これが残念。

3.2 パスカル四重奏団

軽めではあるが、落ち着いている。特に第3楽章がすばらしい。

3.3 アド・リビトゥム四重奏団

普通に聞くと特に濃淡がわからないが、よく聞くと細かなメリハリが効いていてこしがある。 第1楽章に対してはよい側に作用しているが、 第3楽章に対しては律動感を抑えるように働いていて、フォーレの意図とは反しているようだ。 しかし、この捉えかたは美しい。

3.4 ヴィア・ノヴァ四重奏団

全楽章を通して速めだが、それほど極端ではない。 個々の節々を歌うよりむしろ流れを重視する演奏であるため、速く聞こえるのかもしれない。 そのため、音の美しさという面では他の音盤に半歩劣る。 しかし、私はこの演奏を基準に今でも聞いてしまう。

3.5 パレナン四重奏団

現代的ではあるが、テンポを小刻みに揺らし、陰影付けをしている。 こくのある音も美しく、現代の一つの模範演奏であろう。 第3楽章は中庸な速度で、ややメロディーの重きをおきつつも動きも失っておらず、 いいバランスであろう。

3.6 レーヴェングート四重奏団

演奏は1965 年と古いのだが、クレットリ、パスカルとは違い、ほとんど崩れがない。 楷書で描いたフォーレという趣で、まさに第1楽章はバッハを思わせる。 (私はこういうのが好きだ)。第3楽章も、そのリズムの端正さから、 快適に進む。(以上 2001年11月30日)

3.7 アマティ四重奏団

第1楽章のヴィオラの歌い出しは、朗々としている。クレットリ四重奏団の行き方に近い。 しかし、リズムはあまり崩れない。 第3楽章は、速めのテンポであり、 音の強弱とアーティキュレーションの対比が他の演奏に比べて非常に強い。 まるでブラームスを弾いているかのようだ。しかし、このような演奏の作り方もあっていい。 (この項、2004年10月27日)

3.8 イザイ四重奏団

全体的に速いテンポで進む。ウィグモア・ホールでの生録音ということからか、 乾いた独特の響きが快い。 (この項、2012 年 6 月 16 日)

3.9 エベーヌ四重奏団

全体的に速いテンポで進むのはイザイ四重奏団と同じ。スタジオの性質によるのか こちらは湿った音で、妙につややかな音色で聞こえる。 音を抜く加減が絶妙なのは最近の弦楽四重奏団に共通のものなのかもしれない。 第3楽章のテンポが速いのはいいが、多少前にのめりぎみになるのが少し気になる。 (この項、2012 年 6 月 17 日)

3.10 ベルネード四重奏団

ベルネード四重奏団(Quatuor Bernède)の演奏は、すがすがしく妙なこだわりがない。 第3楽章は遅めだが、味わいを感じる速さだからかまわない。

1969 年の録音。ベルネード四重奏団は 1963 年に設立され、1991 年に解散。 この曲の録音時のメンバーは、第1ヴァイオリンがJean-Claude Bernède、 第2ヴァイオリンがGérard Montmayeur、ヴィオラがGuy Chêne 、チェロがPaul Boufil である。 どうも私は、この曲に関してはこの演奏も含めて昔の楽団の昔の演奏が好きだ。

ただ、その後この演奏を聞いたら、どうも粗が目立つ。どうしてだろう。(2023-10-02)

その他まだ聞いていない演奏

4. 実演を聞いて

私が実演を聞いた最初は東京文化会館小ホール、フォーレ協会主催の演奏会だったと思う。 第3楽章でどれかの楽器が速くなってしまい、第1ヴァイオリンのお姉さんが楽器を弾きながら 速くなった楽器の奏者をにらんでいたことを思い出す。

その後、2012-07-13(金曜日) ティアラこうとう小ホールにて、 東京藝術大学の在学生・卒業生らによるコンサートでこの曲が演奏されるというので行ってきた。

フォーレに関しては、第1楽章、第3楽章はすばらしかった。第2楽章は多少音程が微妙にずれてところがわずかにあったが、 幸福な時間を味わえた。 この曲全体を通して、中低音、特にヴィオラの音色に魅了された。 主宰者のチェリスト曰く、このフォーレの曲はFFっぽいのだそうだ(FF とはファイナルファンタジーのことだろう)。

参考リンク

まりんきょ学問所 フォーレの部屋 > 弦楽四重奏曲


MARUYAMA Satosi