QアンドA80
スラ~ンガニ、スラ~ンガニ

 スリランカで生まれた歌なのに、この歌はインドで流行った。日本でもゲームの歌として唄われているらしい。いたずらに陽気で楽しいリズムとメロディは誰もに好かれる。ただ、その歌の意味は伝わらず、その歌に横たわる彼らの暮らしの文化もちょっと悲しい歴史も日本へは伝わって来ない。


No-80 2008-Mar-03 2015-Apl-23 2015-Apr-26
 40年近くも前にスリランカで流行った歌なのに、今でもときどきウェブ新聞へのメール投書などで話題に上るのがスランガニという歌。オーストラリアの女の子が「私の名前もスランガニ。スランガニと言う歌があると訊いたので誰かMP3をメール添付して送って」とか、インドからは「この歌の真の意味はナンだ?」とか、「スランガニってどんな意味?」とかの書き込みが”教えてサイト”に載って、何かと話題になっている。

 スランガニ සුරඟනි はスリランカ生まれの歌。だけど、スリランカから世界へ広がることはなかった。
 バイラの旗手A.E. マノハランManoharanの歌で1970年代にスリランカで大ヒット。すぐにインドへ伝わった。マノハランという名から彼がタミルであることはすぐにわかるが、彼は同時にセイロン・マノハールというシンハラ人にも受け入れやすい名も持っている。
 インド大陸でシンハラ語の歌詞がタミル語に訳され、タミル人にはチンプンカンプンだった歌詞の意味が明快になって、この歌はインド・タミルの巨大なファン層を掴んでしまう。おまけにタミル映画のテーマソングにもなって、更にタミル語以外のバージョンをいくつも作ってしまい、大いに流行った。どういうわけか、今では日本でもワークショップなどで意味のわからぬままに本家本元のシンハラ語版が歌われるという。誰がスランガニを日本へ運んできたのだろう。

 スランガニはසුරඟනි Surangani。シンハラ語のසුර sura とඅඟනි angani を組み合わせた造語で、文字通りには「神+魅惑的な女性」のこと。「女神」を言う。元はDuwyaanganaawaという厄介な発音をする言葉だと”教えてサイト”にあったけど、ユーチューブに投稿されたタミル版スランガニ―への書き込みでシーワーンタ・ラトゥナーヤカShivantha Rathnayakeが、

  スランガニは「妖精」、「神性を宿す女性」のことを言う

と記している。スランガニが表す意味としてはこれが一番、納得できる。
 sura + angani は「素晴らしい+肉体」という原義を持つ。難しそうだけど、なにか色っぽいような。アンガは「肉体」という実体を表すけど、その先に「存在の精神性」を言及する高尚な言葉でもある。

 この歌、スラ~ンガニ、スラ~ンガニと繰り返すフレーズがとても馴染みやすい。マール、マール、マールと音階を上げながら繰り返す簡単なメロディは誰だって口づさんでしまう。
 ちょっと聞いていればわかるけど、この歌のメロディはフランス民謡の「クラリネットこわしちゃった」に近い。J'ai perdu le "do" de ma clarinetteのクラリネットclarinetteの歌い回しがスラ~ンガニsurangani のサビの部分そのままだ。

 スランガニにマール(魚)を持って行った。だけど、彼女は「要らない」と言って受け取らない。困っちゃった、というのがリフレインされる歌詞の要点。3分間の歌にこのフレーズが3度繰り返される。女神には花をささげようなものだけど、魚を持って行った、のだから、何か変だな?
 でも、この歌詞の可笑しさが受けた。スリランカのシンハラ人にもタミル人にも。インドのタミル人にも。意味もわからずこの歌を口ずさむ日本人にも。

 ところで、この歌の形式はバイラと呼ばれる。ポルトガルが16世紀にスリランカへもたらした音楽様式だ。スリランカのバイラの生い立ちには植民地経営という歴史の悲惨がかかわる。
 大航海時代、アフリカの喜望峰を回ってインドとの直接貿易を始めたポルトガル。そのポルトガルの東インド会社がスリランカで交易を始めたとき、彼らは南アフリカから奴隷(嫌な言葉だ)を連れてきた。ポルトガル語で彼らはcafrinhasと呼ばれた。シンハラ人は彼らをカーピリヤーකාපිරියා と呼び、英語ではKaffir(カェファ/蔑称)とさげすむ。

 スリランカ西海岸のプッタラムを中心にして彼らは定住した。その彼らがギターとウクレレで始めた音楽がスリランカのバイラの起源だ。南アフリカの人々の音楽とカリブ海のカリプソが混じり合って、そこに南アジア・シンハラの陽気を加えてスリランカのバイラは生まれた。
 バイラはとことん陽気だ。生活の喜怒哀楽、すべてのエピソードを歌に代えて笑い飛ばして歌う。カリプソの風刺を取り入れたと言われるが、カリプソにある洗練されたリズムも、ときに足元のおぼつかないようなふらふらする陰気な風情もない。リズムは時々不整脈を呈して、アラック(もしかするとガンジャかも)で酔っ払う人々の陽気がみなぎる。バイラにはきつい政治風刺が付き物だけどマノハランのスランガニーにはそうした意図もない。

 スランガニの歌詞は以下の通り。歌はSuranganiで検索を入れればさまざまなバージョンが聞ける。
 さまざまなバージョンを楽しんでいると、シンハラ・オリジナルではサビの部分が「スランガニ・タ・マール・ゲーナワ」となっているが、タミル・バージョンでは「スランガニ・カ・マール・カナワ」となっている。さて、これってタミル語なの?という質問がウェブに流れている。みなさんには、お分かりでしょう。
 スランガニの日本語バージョンがないのがちょっと悲しいかな。

[youtubeで聴けるスランガニー]



スランガニ 歌詞と意味

スラーンガニ、スラーンガニ / スランガニ・タ マール ゲナワー /
マール、マール、マール / ダン、ゲナープ マール /
スランガニ・タ マール ゲナワー


スランガニ、スランガニ、スランガニにマール(さかな)持ってきた/
さかな、さかな、さかな / いま持って来た魚 /
スランガニに魚持って来た


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ラッジャ ナェッダ / メー パーレ ハンダンネー /
ワティン ピティン バーラ シティナワー /
オヤーハンダナワー / オヤーゲ アス ラトゥウェナワ /
バラー シティナ マタット ハェンデナワー /



恥ずかしくないの / こんな道で泣いて /
周りが取り巻いて見てるよ /
君が泣いてる / 君の目が赤くなっちゃう /
見てる僕だって泣けてきちゃうよ/


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モカダ マンダ メー マール ノガンネー 
ケンティイェン ワゲー インナワ 
エパー キヤナワー ゲナープ ヒンダ バニナワー
マゲー アンゲー マール ナタナワ



何で?なぜ、この魚受け取ってくれないの?/
怒っているって感じだよ /
(彼女は)要らないって言う、持って来たからって怒ってる /
(困っちゃうな)、僕の体の中で魚が躍っちゃう /

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 ところで、リフレインの「マル、マル、マル」、これを深読みする人がいる。
 ジャフナでこの歌が流行った1970代、女生徒の乗ったバスが男子生徒の乗ったスクール・バスと接近すると男子は「マール、マール、マール」とはやし立てた。と言ってもこれだけでは何だかわからないだろう。
 「マール」はマラヤーラム語、テルグ語を話すケーララの人のことを言う言葉でもある。「ハァイ、わたしはマールです」とブログにあれば、「インドのケーララ出身だよ」ということ。
 それから「やつはマールだ」と言えば「あいつは夜の女を斡旋するポン引き、と言うこと。ポン引きをマールと呼んだりする。インドの裏サイトではマールが野放図に出て来たりする。こちらは「合体」のこと。
 シンハラ語のバイラ・スランガニはインドの巨大なマーケットでヒットした。そして、言語も文化も多様な中でマールのような単純2音節語は異義語をたくさん生み出してしまう。これ、ダイバーシティのツボ。