QアンドA81
バイラの真髄、ザ・ジプシーズ
「アイ・ドント・ノゥ・ホワイ I don't know why」と「ランカーウェ Lankave」


 スリランカにアミーン・イザディーンAmeen IZZadeenというジャーナリストがいる。名前でわかるだろうけど彼はモスリムだ。その彼が切り取って見せてくれるスリランカ社会の姿はいつも新鮮で示唆に富む。やわらかな文体と、対象を見つめる視点の細やかさはタミル・ネットの元編集者ターラカを思わせる。
彼がバイラの王者ジプシーズにまつわる出来事を書いている。おそらくジプシーズ晩年の最高傑作になるだろう「アェイ?(なんで?)」の歌のことを。


No-81 2008-Mar-03 2015-Apl-23

 

ヒルトン・ホテルのディナー・ショーで

 2002年12月13日、バイラを歌うジプシーズのスニル・ペレーラは紅茶輸出協会が主催するコロンボ・ヒルトン・ホテルのダンス・ディナー・ショーで2曲のバイラを歌った。
 スニル・ペレーラの歌は下品で聴くに堪えないとか、バイラは亡国の音楽だとか、とかくに批判の矢面に立たされる歌い手がスニルなのだが、スリランカのパーティにはジプシーズの歌が欠かせない。
 ジプシーズは地道な演奏活動を積み上げて40年近い経歴を持つが、その力強いエナジーは衰えることなどない。最新作では「ハレ・ラーマ Hare Rama」に見られるような質の高い曲作りが目立つようになっている。
 バイラは人々のエナジーをメッセージにして伝える。恋を歌い、庶民の料理を歌う。おおらかで、胃袋も大きい。そして、政治家を揶揄して社会を風刺する。普通の人々のエナジーを発散する音楽。それがバイラだ。加川良の「教訓1」をポルトガルの速いテンポの曲で歌ってみればジプシーズのスニルの歌声になるかもしれない。
 社会風刺はジプシーズの神髄だ。彼のだみ声を嫌っても彼のメッセージに共感するスリランカ人は多い。彼は人々をいたぶる政治と社会の不正に断固、抗議する。

 その夜、ヒルトンでスニル・ペレーラが歌ったのは「この国の人はいつでもアホッたれ」Me Rate Minissu Nitarama Kelinne Pissu と「シグノア」Signore。パーティでは即興でその歌にスリランカ軍のヘリコプターを送迎車代わりに使う大臣やスリランカ軍のイスラム虐殺を風刺する歌詞を入れた。
 彼が歌い終わった後だった。食事を取りはじめたスニルはパーティ会場で男に襲われる。ホテルのトイレに連れ込まれ暴行を受けたのだ。
 その襲った男がチャンドリカ政権の軍副長官アヌルッダ・ラトワッタ(チャンドリカの叔父)の息子マヘン・ラトワッタだと分かったところからスリランカのマスコミが大いに騒いだ。いわくつきのチンピラだったからだ。ターラカのタミル・ネットさえもこのヒルトン事件を数度にわたって掲載している。ここからこの暴行スキャンダルが単なる酔っ払いの事件、私恨の事件でないことが窺えてくる。

 暴行事件は警察沙汰になったが、その後マヘンが親と共にスニルの邸宅を訪れ謝罪したことで事態は収拾した。だが、この事件には裏がある。
 スニルを急襲したラトワッタ副防衛長官とその息子には、政治犯罪の嫌疑がその前年からかけられていた。ラトワッタ防衛副長官はチャンドリカの政権時代に起こった政府軍の兵によるイスラム人10人虐殺事件の首謀者ではないかと疑がわれていたのだ。
 それから5年後、昨年1月のことだが、虐殺事件は証拠不十分で彼を無罪放免とした。しかし、この虐殺事件をを裏で命じていたのがラトワッタ元防衛副長官だという噂は今も絶えない。それと言うのも虐殺の実行犯は防衛副大臣のボディガードたちだったからだ。ボディガードだけが有罪の判決を受けている。

 ラトワッタ防衛庁副長官には醜聞が絶えない。汚職で摘発されたときなど、彼の銀行口座から引き落とされた金が逐一報道されて、防衛副長官という職はそんなに儲かるのかと、みんなが唖然とした。親族で政権を固める政府というものは必ず腐敗が横行するということをこの事件でイヤと言うほど知らされた。

  I don’t know Why / Torana production
I don’t know Why ඇයි? youtube

 スニル・ペレーラは政治の腐敗を皮肉る。権力を批判して人々からヒーローとして喝采を浴びている。バイラごときの戯言の歌をうたって「何がヒーローか」と揶揄されもするが、もの言うことの自由がなくなったスリランカで彼が果たしている役割には大いなる意味がある。

 今もユーチューブでは「アイI don't know why」や「ランカーウェLankave」を普通に聴くことができる。「シグノア」Signoreでは、そこに現れるマヒンダ大統領の愛用のクラッカン色をしたマフラーがボロボロの紐になっている。たとえバイラのシンハラ語がわからなくとも、そのコミカルな風刺映像が何を訴えているか、誰もがすぐに合点するだろう。スリランカの腐敗がバイラの曲と動画が伝えている。

社会の病理と矛盾を歌い上げる

 コロンボ・ヒルトンでの事件から3年が過ぎたとき、チャンドリカからマヒンダに政権の座が移された。そのマヒンダ大統領の政権が1年半ほど前から極右に偏った軍事国家運営を行ったことでスニルのバイラは更に磨きがかかった。
 そのスニルをジャーナリストのアミーン・イザディーンは「社会的病理と社会的矛盾」を歌い上げる歌手と評した。ヒット曲「アイI don't know why」をカーリージ・タイムスKhaleej Times online/12July2005で詳しく紹介した。
「選挙で不正がまかり通り、金持ちは更に金満家となり貧乏人は更に困窮にあえぐ。学位を取った博士は乞食となるしかなく、一方で無能の輩が政治家になって満腹の暮らしをする…」

アェイ?ඇයි? 何でそうなるの?
私にゃ、わからない。  I don't know why.

 アミーンは続ける。
「このアルバムのテーマであるシンハラ語の”アェイඇයි?”は英語でWhy、この疑問を表す単語の、その音のニュアンス。”アェイඇයි?”とは社会システムを貶めることへの疑問である。選挙で不正がまかり通る、学者は乞食同然の暮らしをさせられる。無能な政治家ばかりが金満生活の貪欲に明け暮れる。貧しいカップルが街中のゲストハウスに泊まれば警察がやってきて捕まえるのに、五つ星のホテルに泊まる怪しい連中の不法には何ら手出しをしない。
 不法と不公平がまかり通るから社会は混乱する。政治家と警察と官僚と、そして彼らが作るシステムそのものが腐敗している」アミーン・イザディーン・カーリージ。・タイムス2005-June-12

 同じCDに収められたペレーラの「ランカーウェ」はシンハラ社会の欠陥を自虐的に歌うバイラだ。歌詞に「高速道路に穴が開いて、象さえも落ちちゃうのはどこの国?」とある。答えは「我等がスリランカ、我等がスリランカ」。
 ちなみに、私の知るところの一部では「ランカーウェ」をスリランカ国歌にしようという声が高い。

 ※「この国の人はいつでもアホッたれ」Mee Ratee Minissu Nitarama Kelinne Pissuは、マヒンダ大統領のクレームもあってか、「この国」ではなく「その国Ee ratee minissu thanikara kelinne pissu"」にタイトルが変更されている。それでも、「この国Mee Ratee」でいいのだ、という声が後を絶たない。