トラは吠えるに決まっている。だから、こんなこと訊くまでもない。だけど、「トラは吠えるか?」の疑問文をシンハラ語でどう言うか? これは確認しておいたほうがいい。この言い回しを知っておくとシンハラ文法がぐっとわかりやすくなる。
|
「トラは吼えるか?」 これをシンハラ語で表現しましょう。
吼える=カェーガハナワකෑගහනවා
か?=ダ?ද?
犬のようにキャンキャン吠える程度ならブラナワබුරනවා 程度で良いけど、トラが大口開けて凄まじく吼えるならカェーガサナワකෑගසනවා 。雷鳴の音のようなのでゴラワナワගොරවනවා とも言います。
コティヤー カェーガハナワー ダ?
කොටියා කෑගහනවා ද?
シンハラ語ではこう言います。さて、ここからです。
これを古日本語の疑問文に比べてみましょう。シンハラ語は古い日本語と較べることで深く理解できてしまうことが多いのです。
万葉集に「小角(くだ)の音(ね)も 敵(あた)見たる トラか吼ゆると 諸人の おびゆるまでに」
「トラか吼ゆる」は「トラか? 吼えているのは」という疑問文です。これは「吼えているのはトラか?」をひっくり返した言い方で、トラを文の出だしに持ってきて際立たせるレトリックが働いています。
「吼えているのはトラか?」を古文体にすると「吼ゆるはトラか?」。
耳に据わりが良いのは、上記をひっくり返した「トラか吼ゆる?」かな。
さて、この「-か … 吼ゆる?」の言い回しは係り結びと呼ばれます。疑問の係助詞「か?」に対応して「吼ゆる」の動詞連体形が呼応します。
さて、ここからシンハラ語と日本語をつなぐ文法処理のだいご味が始まります。「トラか吼ゆる?」の係り結びを踏まえておいて、これをストレートにシンハラ語へ訳してしまいましょう。
コティヤーダ カェーガハンネ?
කොටියා ද කෑගහන්නේ?
日本語の「か?」とシンハラ語の「ダdha ?」は疑問マーカー。「吼ゆる」は動詞連体形で、「カェーガハンネ」は動詞の「-ンネ」止め。「-ンネ」止めと呼ぶのは、この動詞活用形に適当な名称がなく、シンハラ語文法書でも「-ンネ」止めと呼んでいるからです。ちなみに米国の言語学者はE-ending(E止め)と呼んでいます。
古日本語では助詞の「か?」に動詞連体形が呼応する。これに平衡してシンハラ語ではニパータの「ダ?」に動詞「-ンネ」形が呼応する。ニパータは助詞のことです。つまり、これは古日本語の係り結びのルールが、シンハラ語でも行われる、ということを表しています。日本語の係り結びは遠い昔に消えてしまいましたが、シンハラ語の係り結びは今でも健在で、「ダ?」には必ず動詞「-ンネ」形が対応しなければなりません。
シンハラ語はガラパゴス文法か
日本語では係り結びが消えてしまいましたが、シンハラ語では今も使われている。シンハラ語はガラパゴス文法か? いえ、「-ダ?---ンネ」の係り結びがシンハラ語から消滅しないのは、「ダ?」に動詞「-ンネ」形が寄り添わなければ疑問文が成立しないという決定的な理由があるからです。呼応する動詞を「-ンネ」形ではなく「-ナワ」の終止形で結んでしまうと、シンハラ文は平常文になってしまいます。「ダ」は疑問を表す接辞から「~もまた」という並列を表す接辞に意味を変えてしまうのです。
コティヤーダ カェーガハナワ(終止形)
කොටියා ද කෑගහ නවා
この場合の「ダ」は「あれだ、これだ」「トラだ、ライオンだ」と名詞を並べ立てるときの並列の「だ」に当ります。
シンハラ動詞の「-ンネ」形を文のトップに持ってきて主題のコティヤを従えれば、その主題は強調されますから、次のように言えば平常文の取り立て表現になります。
カェーガハンネー コティヤー
කෑගහ න්නේ කොටියා ද ?
主題(トラ)と述部(吼える)を動詞の「-ンネ」形で入れ替えて倒置話法を作るわけです。日本語でも「吼ゆるはトラ」のように言えますから倒置話法の仕組みは同じです。
この文末に「ダ?」を付けると主題を強調した疑問文になります。
カェーガハンネー コティヤーダ?
කෑගහ න්නේ කොටියා ද ?
この例文6は例文3の倒置話法です。
このように「トラか吼ゆる?」「吼ゆるはトラか?」という言い回しは古日本語とシンハラ語とで同じように作ることができます。