KhasyaReport さとやま食らいふ 014
お茶の時間

今年は日中の温度が上がって茶葉には最適。夜間が冷えるから夜露で茶葉が初々しい。

 これは暑い。30度を超える日が3日も続いた。3日も続くはずはない。湿度70%。これも高い。ここは東北の山里だ。こんな熱帯じみた環境が生まれるはずがない。
 おかげで今年のお茶の葉はきれいに軽やかに育っている。

 茶葉を摘んで笊に広げる。風通しのいい日陰に置く。当家では玄関が最適。ランボダあたりの茶園の自然の快適さと同じ具合なのが当家では玄関なのだ。ここで川風にそよがれながら茶葉には半分しんなりするまで休んでもらう。

 茶葉がしんなりしたら、両手の中で揉む。ぐっときつめに揉むと茶葉の汁が出てきて石鹸のように泡立つ。掌が茶色く染まった。ぐいぐいと力を入れて入念に茶葉を揉んだら、再び玄関で休ませる。湿気を含んだ風にあててゆっくりと冷やす。茶葉が発酵するには湿り気が必要だ。

 日本茶の葉が紅茶になるとはTOMOCAを始めるまで知らなかった。アッサムとかダージリンとか、特別な茶ばしか紅茶にできないと、恥ずかしいけど思い込んでいた。昭和の戦時中に発行された「茶の科学」で紅茶の生産法を知るまでは紅茶は何か特別なものと思い込んでいた。
 だが、そんなことはない。紅茶は特別な機械仕掛けもなくだれでもつくれる。
 昭和の高度成長時代以降、山は荒れ放題だ。杉の植林で一山当てる目算が狂って植えられて放置された杉がツタを巻かれ枯れ果てている。
 平安時代のころ、かしゃぐら山中には茶畑があった。藤九郎の寺山の西斜面に「茶畑」という字名が残っている。4,50年前まではかしゃぐら農家が畑のわきにも茶木を植えて番茶を自家用に作っていた。囲炉裏に紙を広げて茶葉を広げて炭火の暖気で焙じる。かしゃぐら村の寺の庭にはその時代を知らせる中国種の茶木が何本かある。ランボダの茶葉はインドの細長い種だが探してみると中国種の丸い葉形の茶葉も残っている。スリランカの茶の木は交配種だ。それよりももっと小さな丸い葉の茶木がかしゃぐらにある。ここでは茶の木の交配はない。
摂氏20度ちょっと。湿度は60パーセントちょっと。黒いOPになった。1、2ケ月置いて後発酵を待って飲む、なぁんて余裕はなくて、製茶した翌日にさっそく茶を淹れた。

tomocaのときはスリランカのプッセルラーワ茶園で茶を仕入れていた。今はかしゃぐらの自家の庭に一本育つ茶木から紅茶を作る。四谷のビルの上で夢見た自分の手で作る紅茶に出会った。 2014-6-06

 朝どりの茶葉を昼頃に揉んで、腰の折れた茶葉を丸めたまま玄関の涼しい川風が通るところに置いておくと、夕方頃、茶色く色が変わっている。鼻を近づける。かすかにセイロン茶の香りが見える。この作業を毎年繰り返すけど、いつもなら生臭い青い臭いでとてもウバ茶の雰囲気なんか望めないのだけど。あれ、今年は違う。甘いリキュールの香りだ。少し遠いけど、スリランカの山の中の茶園で楽しんだ紅茶の香りがする。はあ、18年かかったね。この香りをこの山里で作るまで。


さとやま食らいふ目次山里ライフ かしゃぐら通信から

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