KhasyaReport さとやま食らいふ 008

冬のしじま

 山を登って当家を訪ねてくれたご夫婦と話をしていたら、雲の切れ間から月が出た。窓の向こうに冬の月が顔を覗かせた。夕暮れだった。冬のしじま。しばし、見とれて話が止んだ。

 この月の下には蔵王山系の山々がある。
 その下には街がある。奥羽本線が通っていて駅と駅の近くのノッポビルが普段なら目の高さに見える。だが、今は何も見えない。街の灯かりも見えたりするが、今日の夕暮れは冬だと言うのに霧が立ち込めたように柔らかにぼうっとして視界のすべてを覆ってくれた。
 ずうっと山里に暮らしているのに山に入ったことがない。山の下の民家が幾つもあるところから来た婦人がそう言う。山里暮らしをこうして月見てたのしむなんて知らなかった。思いもしなかった。満月を見ながら、そう言った。
杉ッ葉を採りに行った帰り道で。
 焚き付けの杉っ葉を採りに山へ行った。今年は雪が少なくて山に入りやすい。晴れた日には新雪の上に杉の枝先が落ちたままでいる。つやつやしい。背負子にまとめて背負って里山を下りる。
 冬の青い空。遠くの蔵王山系の雪山。葉を落とした木立ち。あとは何もない。去年はウサギの足跡が少なかったが、今年は雪の上をあちこち歩き回っている。
 この風景、味覚に例えれば、いつもの冬よりもこってりとした食感がある。舌に載る晴れの日の大気はすっきりとした味わい。足取りが軽くなる。

冬、夕暮れる山の柔らかさに。


 満月を見た同じ窓からは普段、山と杉林と杉林の間から街が見える。この様子も実に静かなのだが、ここにしじまはない。私は茫漠とした冬が好きだ。雲と霧がもやいで満月が透き通る夕暮れが好きだ。  2014-02-11


さとやま食らいふ目次山里ライフ かしゃぐら通信から

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