塩見岳 - 北岳縦走 2003年8月21日 - 24日 テント縦走

8月21日 曇り一時雨

いつもの高尾6:15発の松本行き各駅停車に乗り込む。勝沼からの南アルプスの眺めを楽しみにしていたが、今日は厚い雲に覆われていた。上諏訪で豊橋行きに乗り換え。3両編成の電車は特急あずさの到着を待って出発。あずさからはかなりの登山客が移ってきたが、その多くは伊那と駒ヶ根で電車を降りてしまい、三伏峠への下車駅である伊那大島まで乗っていたのは20人ほどだったろうか。
予約しておいたタクシーで鳥倉林道へ。いきなり8人乗りくらいのジャンボタクシーが来てびっくりしたが、車が全て出払っているためらしい。当然だが、普通のタクシー料金で乗せてくれた。11,000円ちょい。駅前に数台あったタクシーはみな登山客が予約した車のようだった。伊那大島は無人駅でもあり、タクシーを使うなら予約した方が確実だろう。塩川行きのバスに乗るのは見たところ学生風のパーティがほとんどだった。

12:38 林道ゲートを出発(高度計:1630m, 温度計:29.3℃)

ゲート前でトイレを済ませ(工事現場によくある移動式のトイレだった)、ポストに登山届を入れ、水を汲んで出発。空は雲に覆われていて展望はない。
いきなり熊注意の看板があり、鈴を持ってきていなかったのでちょっとびびったが、人の多そうな道だし大丈夫だろうと歩き出す。事実、我々がゲートに到着したときちょうど「南アルプスダイナミック縦走 塩見岳・間ノ岳・北岳 ご一行様」の看板のついたバスが林道を下ろうとするところだった。ツアー客を降ろしたばかりらしく、車内は空っぽだった。つまり、前に20人も歩いているのだ。
なぜ20人と分かるのだろう? 実は今回の山行にあたり事前にWEBで情報を収集していたところ、ちょうど1年前、今回の我々の行程とほぼ同じ登山ツアーが組まれていたことを知った。そのツアーの募集人数が20人だったのだ。しかしまさか、今年も同じツアーがあり、しかもそれが同じ日にバッティングしてしまうなんて。なにかとてもイヤな予感がした(不幸なことにこの予感は的中し、この縦走を通じて最後の最後まで団体登山に苦しめられることになった)。

13:14 登山道入口(1745m, 28.5℃)

登山道
マルバダケブキ咲く樹林帯の道
舗装された林道をずっと歩き、ここで標高を100mほど稼ぐ。渡りをする蝶として有名なアサギマダラがひらひらと舞っていた。30分ほどすると道がダートになり、登山道入口に到着した。工事車両が頻繁に入っていたので、そのうち登山口まで舗装されるのだろう。林道自体はもっと奥に伸びていた。
水を飲み、ストックを出し、靴紐を締めなおして出発。すぐに、植林されたカラマツの深い森に入る。ところどころにある樹の切れ間にはマルバダケブキが大きな黄色い花を咲かせており、薄暗い森の中にひときわ明るい印象だ。地図では出発直後が一番等高線が混んでいるが、大きな段差もない土の道は歩きやすく、さしてきついとも思えないままジグザグにだらだらと登っていく感じだ。
気付くと「三伏峠まで1/10」という真新しい札が木に掛かっていた。峠までに10目盛りあるということだ。少し進んでから計算してみると、我々はひとつ進むのにだいたい18分前後かかっていた。ということは×10=180分で、峠までの標準コースタイムの3時間とぴったりでほっとする。16:30くらいには峠に着けそうだ。
少しすると小雨がぱらぱらと降ってきた。まだ気にならない程度の降りだったが、遠くで雷鳴が響いているのが気にかかった。いつ本降りになってもいいように、ザックカバーをつけ、すぐに取り出せる位置にカッパをパックしなおす。

14:29 コル(2080m, 23.0℃)

ジグザグが終わるとトラバース気味に登るようになる。時折立ち止まってみるとかなり大きな雨音がする。なおも進むと前方に集団を発見。コルで休んでいる「南アルプスダイナミック縦走」ご一行様だった。客20+ガイド1+添乗員1の総勢22名のご一行様はザックを下ろし、カッパを着ているところだった。休憩中なので先に進むようにとしきりに添乗員が言うが、我々も休むと告げ、ご一行様の傍にザックを下ろした。
雨はさらに強くなってきた。遠くで雷も鳴っている。塩見岳では1年前、中高年のツアーが落雷に遭い死亡者が出る事故が起きている。ご一行様の面々は、雷が来たらストックは離したほうがよいのかなどとガイドに質問を浴びせていた。盗み聞いたところでは、近年ではストックを持っていた方が、ストックから電流が逃げて心臓を避けるので、持ったままの方がよいという考え方になってきているという。
カッパ完全装備のご一行様が去ったあと、上から年配の夫婦が降りてきた。この先は樹林が続くのかと尋ねると、そうだと言う。そして「雨具は着なくても平気じゃないかな。暑いよ」と言った。我々が何を考えているのか察したようだ。かつりんは半袖Tシャツのまま、相棒Kはカッパは上だけ着て登ることにした。ここから道は尾根の上を行くようになる。

ゴルジュ帯を通過

登山道
雨上がりの清々しい登山道
少し登ると雨は止み、ぱーっと明るくなった。軽い夕立だったのだ。しっとりと濡れた森に木漏れ日が差して清々しい。道は尾根から次第に外れ、北斜面をトラバースするようになる。前方に、立ち止まってカッパを脱いでいるご一行様を発見、相棒も少ししてカッパを脱いだ。道は小さなゴルジュを3回くらい横切る。いかにも落石が多そうに見えた。
ついにご一行様に追いついてしまった。我々もゆっくりなので追い抜きたくないのだが、休憩中なので先に行けとしつこい。仕方ないので抜くとすぐさま「ではしゅっぱーつ」で、今度は我々が追い立てられる番になった。ご一行様はゆっくりだがしかし立ち止まらず着実に進む。逆にかつりんは、ご一行様よりは少し速いがしょっちゅう立ち止まり休む。しかしすぐ後ろにご一行様がおりじわじわとかつりんを追い詰めてくる。相手は20人もいるので、抜きつ抜かれつ、というわけにもいかない。おかげでかつりんはすっかりペースが乱れて一気にバテてしまった。たまらず休憩宣言をしてご一行様に道を譲った。相棒は元気ですいすいと登っていくので先に行ってもらうことにした。こういう団体が相手だと自分たちが余計に気を遣わないといけないのが理不尽だなあといつも思う。

16:10 塩川との分岐(2350m, 21.5℃)

登山道
峠までもうちょっと
歩きづらい桟道や木のハシゴ(多くは不必要と思われるところについていた)を何度か渡り、ちょっと坂が急になったな、と思ったところを乗り切ると塩川からの道を合わせる。そのちょっと上に9/10の目盛りがあった。8/10の目盛りから22分かかった。

16:48 三伏峠着(2480m, 21.2℃)

最後のひと目盛りを30分近くかけてようやく峠に到着した。峠にはベンチがたくさんあった。ふと看板を見ると「三伏沢幕営禁止 幕営は峠で」とある。なぬっ。三伏峠小屋のWEBサイトを見てもそんなこと書いてなかったぞ。沢のテント場はここから40分下らなければならないが、水場も近いし、峠より塩見岳寄りなので翌日の行程が20分短縮できるため、そちらでキャンプするつもりだった。不本意だがしかたない。まあ、情報収集が足りなかったということだ。というわけで、思いがけず今日の行動は終了となった。

テント場にて

テント場はきれいに整地されていて快適だった。その日のテントは15張り程度だった。風向きによってはトイレのかほりがほのかに漂ってくるのが南アルプスらしいと思った。そして南アルプスらしいと言えばやはり、水場が遠いこと。テントを張ってすぐに水汲みに行く。ここは往復30分ほどだが傾斜が緩やか。途中できれいな花畑を通る。それはあのカレンダーの花畑だ。花畑には予想通りマツムシソウとシシウドが咲いていたが、肝心の塩見岳があいにく雲の中で、憧れの景色を見ることができなかったのが残念だった。水場からさらに下ると三伏沢の幕営地だが、その道はすでにあまり歩かれていないような雰囲気だった。
夕食は穴子めし。水場を往復してからの調理となったので、食べ終わって寝ようとしたら19:30をまわっていた。明日はこの縦走の核心で、もっとも長い一日となるはず。塩見岳までの標高差500mを登って400m下り、その後標高差100m程度の細かいアップダウンが延々と続く。標準コースタイムは実に9時間。休憩時間を含めるとおそらく12時間はかかるだろう。早目に出発したいところだ。

8月22日 晴れのち曇り

2時起床。テントの中は15℃もあり暖かかった。棒ラーメンに燻たまと焼豚を入れて朝食としたが、塩分がきつすぎたのか食事中から喉が渇いてしようがない。 4時出発を目指したが、峠の周辺は山の陰に入っているため暗かった。暗闇の中を水汲みに行くのはイヤだなあと躊躇していたら4時頃から少し明るくなってきたので、相棒とともに水場に向かった。空はとてもよく晴れており、花畑からは塩見岳のシルエットがくっきりと見えた。漆黒の鉄兜、といったところだ。
そんなこんなで5時を回ってしまった。熊ノ平まで12時間かかるとなると到着は17時を過ぎてしまう。一番困るのは、塩見岳手前の天狗岩の岩場でご一行様の渋滞に巻き込まれること。なんとしてもご一行様より早く登頂しなければならない。こういう団体がいると自分たちが余計に気を遣わなければならないのが理不尽だなあといつも思う。

5:14 出発(高度計:2550m, 温度計:17.4℃)

三伏山より
三伏峠小屋と恵那山
峠からわずか10分の登りで三伏山の上に出る。周囲が森に囲まれている中でこの山頂のごくわずかなスペースだけが森林限界を越えており、この山旅初めての眺望に歓声をあげる。中央アルプスはもとより、北アルプスまでばっちりだ。そして塩見岳の右肩から朝日が差し込んできた。結構人が多く、みなザックを置いて写真撮影に余念がない。荷物の大きさからすると、頂上をピストンする人が多い。我々は、まだ10分しか歩いていないし、ご一行様に先を越されるとたいへんなので、先を急ぐことにした。
三伏山からすぐに再び樹林となり、どんどん下る。小石混じりの道は木の根の張り出しなどもなくたいへん歩きやすい。まだまだ下る。ついに高度計は2500mを下回ってしまった。峠よりもずいぶん低いところまで下りてしまったのだ。登り返しがきついなあ。本谷山との最低鞍部から少し登ると三伏沢との分岐点があった。ここには塩見小屋幕営禁止の看板はあったが、三伏沢のテント場のことには触れていなかったようだ。

6:34 本谷山(2625m, 19.2℃)

本谷山山頂
本谷山山頂
塩見岳
塩見岳のシルエット
本谷山へは南斜面の緩やかな登り。木がまばらになっているところにはマルバダケブキやトリカブトの花がたくさん咲いていた。
三伏山と違って本谷山の山頂は潅木が生い茂っていた。しかし一部に切れ目があって、中央・北アルプスが見渡せた。そして目指す塩見岳は迫力満点のシルエットで聳えていた。ここではザックを下ろして休憩。100Lの大ザックを担いでいるソロの人もいる。この人はおそらく縦走するのだろう。

樹林帯のトラバース

登山道
道はここからジグザグの登りに変わる
本谷山からはまたもや下りだ。道は最初尾根を下りるが徐々に外れ、右(つまり東)にカーブしながらほとんど平坦にトラバースするようになる。そしてどこが最低鞍部か判然としないまま、シラビソ林のジグザグの登りにかわる。たまらずザックを背負ったまま路傍の石に腰掛け小休止。相棒は一刻も早く進みたかったようだが、今日の我々はなかなかよいペースで歩いている。その証拠に、心配されたご一行様の姿はまだ見えない。
シラビソのジグザグはあまり続かず、道が北向きになると尾根に乗り上げる。そこが塩見新道との合流点である。さらに尾根を登りつめ小さな広場に踊り出ると、目の前が塩見小屋だ。

8:50 塩見小屋着(2750m, 26.1℃)

塩見岳
塩見小屋付近からの塩見岳
とうとう塩見岳が天狗岩を従えていかつい姿を現した。白根三山も揃い踏みだ。ここから眺める塩見岳はずいぶん険悪そうで、間ノ岳あたりから見える鉄兜とはだいぶ違う印象だ。「牙城」とか「要塞」とか、そんな言葉が似合う。
ここで道が縦走路本流と小屋方面に分かれていたので広場にザックを置いて小屋に向かった(実は小屋の先で再び合流するのだった)。塩見小屋は小さな凹地に這うようにして建っていた。空は見事に晴れ渡り猛烈に暑く、小屋の影に身を潜める。今日は水の消費が激しいので、ここでポカリスエットのペットボトルを買って飲んだ。この小屋はトイレが独特のシステムになっている。男性の大と女性は、小屋で便袋を購入し、小屋前のトイレで用を足す。トイレは施錠されているので開けてもらう。用便後の袋は専用ドラム缶に捨て、あとでまとめてヘリで搬出するのだ。男性の小用はすぐ裏に専用トイレがあり、こちらはフリーだった。
ここまで休憩を含めてもほぼコースタイムどおりに歩いていた。この時点で、塩見岳登頂が何時になるかわからないが、山頂を出発するのは遅くとも12時にしようと決めた。その後はおおむね下りだし、これまでのようにコースタイムどおりに歩ければ16:30には熊ノ平に着けるだろう。

9:20 塩見小屋発(2795m, 35.3℃)

天狗岩の岩場
天狗岩の岩場
小屋からはちょっと下り、すぐに天狗岩にさしかかる。とは言っても南側を巻いていく。心配していたほどの厳しい岩場ではなく、手を使うところもあまりない。意外とたいしたことなくてよかった、と思いつつペンキ印に従って無難にクリアしていく。塩見岳本峰はまだ見えないが、あの大きな岩を越えれば、次はいよいよ本峰への登りだ。
・・・しかし、大岩に立って愕然とした。目の前には垂直とも思える壁が聳え立っていたのだ。ここを登るのか。というより、登れるのだろうか。考えてみれば、三伏峠と塩見岳は標高差が500mあるのに、塩見小屋まで3時間半歩いてたった200mしか上がっていなかった。小屋からわずかな距離で一気に300m登るのだ。

10:05 難所にとりつく

塩見岳の岩場
塩見岳の岩場を見下ろす
最下部でザックを下ろし休憩。水を飲み軽食をとって気分を落ち着かせる。ウエストバッグが邪魔になりそうなので、外してザックにくくりつけた。出発。深く考えずにただ目の前の岩を攀じる。登りやすそうなルートは上に岩が突き出ていたりして、幕営装備の大きなザックが引っかかって登れない。やむなく段差の大きな方を選ぶと消耗が激しい。もっと荷物が小さかったらなんということもなさそうな岩場なのだが。
山頂をピストンしてきたパーティが下りてきた。さっきこんな場所歩いたっけ、などと言いながら、尻から滑るように下りている。ここは登りより下りがたいへんだ。大きなザックだったら引っかかって尻から下りることもままならないだろう。もう登れない、と途中で諦めて座り込んでいる中年女性もいた。あまり岩に慣れていないのだろう。
夢中になって攀じ登っていたらいつしかシオガマとトウヤクリンドウが咲き誇る道となり、やがて山頂標識が見えてきた。見下ろすと天狗岩がはるか下に見え、高度感満点だった。今日の第一の難所を越えたのだ。

10:58 西峰登頂(3020m, 26.1℃)

仙塩尾根
仙塩尾根と間ノ岳・農鳥岳
山頂からの展望はあまりなかった。間ノ岳・農鳥岳は見えたが、北岳と仙丈岳は本峰に差しかかったあたりから雲に覆われてしまったし、南はほとんど雲の中で、一番近い烏帽子岳くらいしか見えない。下はよく見え、これから歩く仙塩尾根が美しい。・・・あっ。なんと尾根を下っている22人のパーティを発見。ご一行様だ。彼らは我々よりずっと早く三伏峠を出発し、すでに塩見岳を通過していたのだった。道理で一向に追いつかれなかったわけだ・・・
山頂からずっと尾根筋が見渡せたが、熊ノ平方面へ向かう登山者はご一行様以外に見当たらない。逆方向からこちらを目指してくる人は何人か見えた。いずれも単独か2人くらいのパーティのようだ。三伏峠方面から登ってくる人もみな、元来た道を引き返していった。仙塩尾根はものすごく静かに違いない。

11:56 東峰を出発(3030m, 28.7℃)

塩見岳東峰頂上
東峰山頂標識と蝙蝠岳
塩見岳西峰
東峰山頂より西峰の眺め、左に天狗岩が見える
塩見岳は三角点のある西峰が標高3047mで、もう一方の東峰が3052m。西峰に座り込んだらなんとなく東峰に行くのが億劫になってきて、そのままずっと西峰で休んでいた。東峰よりも西峰でくつろいでいる登山者の方が多いようだった。ザックを担ぎ、東峰へ。東峰の山頂は狭かった。なるほど人が少ないわけだ。記念写真などをひとしきり撮っているとあっという間に出発予定の12時になってしまった。ここからいよいよ仙塩尾根の始まりだ。まず北俣岳の分岐に向かう。

12:25 北俣岳分岐(2935m, 29.7℃)

下り
ザレザレの下りを見下ろす
西側で岩だらけだった登山道は東で一転してザレになった。道端にはシオガマやトリカブトなどが咲いていた。緩やかに下って最後に少し登りかえすと分岐に着く。分岐にはザックがひとつデポしてあった。蝙蝠岳を往復する人のものだろう。 しばらく急な下りが続くので長めに休憩をとりたかったが、ハエがうざかったのであまり休まずに出発した。ザレザレでとても滑りやすい道をひたすら急降下。途中、階段の踊場よろしく平らになった地点があり、座るのにちょうどよい大きさの岩があったので、足を休ませながら相棒が追いつくのを待つ。そして相棒が休むのと入れ替わりに立ち上がり、再び急降下。相棒は靴底がかなり磨り減っており、おっかなびっくり歩いている。

12:50 下りきった・・・

塩見岳
急坂を下りきって塩見岳を振り返る
下り切ったところは広々としており、ここでようやく一息つけた。高度計は2700mを示しており、分岐から一気に200m下ったことになる。この下りに25分費やした。休んでいると山頂で一緒になった単独行者が下りてきた。聞くと今日は北荒川岳のテント場止まりにするという。我々もそうしたいのは山々だったが、翌日以降の行程を考えるとなんとしても熊ノ平まで行かなければならなかった。それに、北荒川のテント場はきちんと管理されておらず、水場が糞尿で汚染されている危険性があるという話も聞いたことがある。

13:05 尾根道を進む

尾根道
尾根道と間ノ岳・農鳥岳
単独行者に別れを告げ出発。小さなアップダウンが続くザレた尾根道をうだうだと進む。雲はこのあたりだけ晴れていた。周辺はまだ森林限界の上で、じりじりと暑い。相棒が空腹を訴えるが暑くて止まる気がしない。次の目標の北荒川岳まであと少しなので、じわじわと進む。
しかしなかなか着かない。道は突然尾根から外れ、東斜面をトラバース気味に下り始めた。周辺はカンバの林になっていた。倒木が多く、明るく開けたところはマルバダケブキが群落を形成している。さらに下る。どんどん下る。ちょっと不安になったので、途中の木陰で休憩することにし、軽食をとりつつ地図を再確認。どうやらこの道で間違いないようだ。この辺りで100m近く下ってしまうのだ。このとき、すでに予定時間を10分オーバーしていた。果たして17時までに熊ノ平に着けるのだろうか。

14:02 北荒川岳(2655m, 27.1℃)

北荒川岳
ようやく北荒川岳が見えた
登山道
マルバダケブキの登山道
それから少し歩いてようやく北荒川岳が見えた。テント場の、もう何年も無人のままらしい管理小屋も見えた。小屋の周りはマルバダケブキの花で黄色く染まって見えた。道はさらに下っていき、小屋が最低地点であった。小屋の前からふたたびザレた砂の道となり、トラバースを止めて直角に曲がり尾根に出る。その一番高いところが北荒川岳だ。ここまでで予定時間をなんと40分もオーバーしていた。暑さのせいか疲れが激しく、ほとんどザックを放り出すようにして座り込んだ。熊ノ平18時着もあやしく思えてきた。

14:24 北荒川岳発(2710m, 26.6℃)

タカネビランジ
北荒川岳頂上付近に咲いていたタカネビランジ
北荒川岳の山頂付近は広くザレている。そんな中にタカネビランジが可憐に逞しく生きていた。まもなく樹林帯に入る。水が自由に飲めないのがきつかった。森の中に1ヶ所、ぽっかりと木がないところがあって、コゴメグサのような小さな白い花の大群落があったのが印象的だった。
最低鞍部まで150m下り(泣)、新蛇抜しんじゃぬけ山へ再び100m登る(泣)。じりじりと暑く、水が心配になってきた。朝3.9Lあった水は、途中塩見小屋でポカリスエット500mlを補充したにもかかわらず、残りがすでに1.5Lになっていた。まだこれから3時間は歩かなければならないのだ。

15:50 小岩峰(2630m, 23.5℃)

ひょっこりと森が切れたところが小岩峰だ。眺めはいいが、景色を味わう気力はすでにない。気持ちはすっかり萎えていた。ビバークも考えたが、水がないのではビバークするほうが辛い。なんとしても熊ノ平に行かねば。
残りがちょうど1Lになった水を、ここで二人で半分ずつに分配した。このあと2時間かかるとして、3回休むとなると150mlずつ飲めるな・・・気が付くと、先ほどから水のことばかり考えていた。やはり参っている。
次の目標は安倍荒倉岳で、標高約2690m。上がらなければならないのに、ずっと平坦な道が続く(泣)。ひょっとして次のカーブで下りになるんじゃないかとびくびくしながら歩く。下ればその分登り返しがキツいので、頼むから登りになってくれぇと心の中で叫びながらのろのろ進む。標準タイム通りに歩けば17:30までには着けるからと、相棒はものすごいスピードでカッ飛ばしていった。
森の中でやたらと速い単独行者がかつりんを抜き去っていった。見覚えのあるザック。北俣岳分岐に置いてあったヤツだ。彼には朝、三伏山で会った。すると我々と同じコース+蝙蝠岳ピストンか。蝙蝠岳って分岐から往復6時間じゃなかったっけ。凄い人がいるもんだ。

17:05 安倍荒倉岳あたり

安倍荒倉岳付近より
森が途切れ下りの道が見えた
平坦だった道は徐々に登りになり、またしても森が途切れると、どうやらその辺りが安倍荒倉岳らしい。相棒がはるか彼方で手を振っているのが見えた。小岩峰以来1時間近く相棒の姿を見かけなかった。もうこれで熊ノ平へ下るだけだ。あと少し、と思った。
心穏やかに水を飲んで休み、下りにかかった。岩塊を下りきって土の道になり、平坦な道を・・・うっウソだろ、登るのかよ!! 呆然と立ち尽くしたが、登りはごくわずかですぐに平坦になった。平坦がしばらく続き、そのあと一気の下りになって少しすると、手を振っている相棒と、熊ノ平小屋の建物が木々の間に見えた。ほっとした。

17:31 熊ノ平着(2580m, 21.1℃)

到着はしたが疲労困憊。しかしなんだかんだ言って北荒川岳からは標準タイムをちょっと超えた程度で歩けた。自分を誉めてあげたいと思った。
えらく疲れているし、熊ノ平小屋は評判もいいので小屋泊まりでもいいなあと思ったが、受付の女性は「今日は団体さんがいるからテントの方がいいですよ」と言う。相棒もテントの方が寛げると言うのでキャンプに決定。しかし時間が遅すぎた。よいサイトは埋まっているし、方々を探す気力もない。そこで登山道のすぐそばの学生4人パーティの隣りに張らせてもらった。ずいぶん傾斜していたが、水場がわずか5mと目の前にあるのがサイコー。水場がこんなにも近いと泣きたくなるほど嬉しくなる。
よほど夕食抜きですぐ寝ようかと思ったが食欲は旺盛。寝静まったお隣りさんに遠慮しながらハヤシシチューを食べ、この日も20時頃就寝。行動時間12時間の長かった1日はようやく終わったのだった。
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