満開のキタダケソウ・北岳 2005年6月24 - 26日 山小屋利用

6月24日 曇り

伊那市

飯田線の伊那市駅を降りたのは地元の親子連ればかりで、登山客は我々だけだった。おそらくほとんどの登山者は仙流荘まで車でくるのだろう。
6月の北岳登山のネックは交通だ。今年の場合は夜叉神 - 広河原間は6月いっぱいは通行止めで、広河原には戸台口から入るしかない。しかもその戸台口に行くのが、公共交通機関を使うと一苦労なのだ。
2年前に使ったことのある茅野 - 高遠間のバスがいつの間にか桜の時期だけの季節運行となっており、関東から戸台口へ行くには飯田線でぐるりと回って伊那市からバス利用となる。新宿から仙流荘へ直行するJRバス「南アルプス号」もあり、これが一番便利だが、新宿発が8:20。平日のそんな時間にザックを背負って新宿に行くことを考えるだけでもうんざりする。早い電車でラッシュに巻き込まれずに出発した方がよっぽどマシだ。

高遠

伊那市からバスで高遠へ向かう。高遠で40分ほど時間が空いたので、近くの料理屋で昼食にうな重を食べた。食べ終わって店を出ると、目の前をJRバス「南アルプス号」が通った。ふと気になって高遠のバス案内所の係員に聞いてみると、南アルプス号は高遠からでも乗ることができるという。げげっ。高速バスって普通は目的地近くだと降車しかできないから、高遠からは乗れないもんだと思ってた。これに乗っとけば北沢峠に早いバスで着けたのに。そうすれば峠を散策できたのに・・・
仕方なく戸台口行きの村営バスを待っていると、発車時刻が迫っても一向にバスが来ない。どうしたんだとやきもきしていると我々の格好を見た係員が「山に行く人はこのバスに乗ってください」と声をかけてくれた。それはJRバスの車両で、行先が「杉島」とかになっていた。実はこれが村営バスで、長谷村がJRバスに運行を委託しているのだった。行先表示もネットでチェックした「伊那里」と違ってるし、これじゃ全然ワカンネー。いやーアブナイところだった。

広河原へ

村営バスは村内巡回で、どこまで乗っても200円。仙流荘で降りたのは我々のほかに若い男性登山者だけだった。
ここで北沢峠行きに乗り換えるが、待ち時間がなんと1時間。戸台口だと炎天下の道路の真ん中だが、ここなら日陰にベンチもあるし、飲み物の自販機もあるのでまあマシだ。しかたなくベンチで昼寝するが、暑くてよく眠れない。南アルプス号に乗っていれば今ごろは涼しい峠を散歩していたかと思うと悔しい。
さて、北沢峠行きのバスに乗ったのは20人程度。つまりほとんどが車で仙流荘まで来た人ということだ。北沢峠で待っていた人を合わせて、広河原行きの南アルプス市営バスに乗ったのはほぼ定員の30人ほどだった。
広河原には15:55着。バスの運転手は、どうせ乗客はみんな広河原山荘だろうということで、バス停の手前、登山口の吊橋の前で車を停めてくれた。そのとき聞いた話では、なんと今シーズンからバス停がアルペンプラザの奥の駐車場に変更になったということだった。

広河原山荘

バスを降りた人のほとんどは広河原山荘の宿泊者だった。我々もそのうちの2人だ。他にはテントの人が数名、そしてなんとこの時間から登り始める人もいた。おそらく御池小屋に泊まるのだろうが、それにしてもこれからじゃ早くても18時過ぎだ。
山荘の宿泊者は30名ほどで、布団ひとり1枚はもちろん、それぞれのグループの間にひとり分の緩衝地帯もできて、余裕。予想通り空いていて、ほっとした。でも、ちゃんと客のいる(周りに大勢の人がいる)小屋に泊まるのは久しぶりで、少々緊張した。
翌朝は早いので、1泊夕食のみで泊まった。暖かい夜で、掛け布団1枚で快適に眠れた。

6月25日 晴れのち曇り

3:40頃起床。周りはまだ寝静まっていた。1階の食堂の隅で朝食を摂る。朝食はマジックライスのドライカレーとえびピラフ。前夜に沸かした湯を淹れて15分放っておけばできあがるので、朝は重宝する。お世辞にも美味いとは言えないが、根性で胃に流し込む。
我々が出発準備を終えたころ、ようやく人々は起き出したようだった。山荘前の木のベンチはほとんど乾いていてじかに座れるほどだった。やはり雨が少ないのだろうか。

5:00 広河原山荘発(高度計:1500m, 温度計:21.5℃)

クリンソウ
クリンソウ
山荘からすぐは少し急登。しかしすぐに緩くなる。明るく開けた草原にはクリンソウがあった。今回のルートは過去に何度か歩いているので概要はわかっているが、いずれも8月だったので、花は見慣れないものが多いようだ。

5:21 お池分岐(1615m, 19.3℃)

小屋泊まりで荷物が軽いためか、歩きは快調そのもの。御池小屋への分岐を過ぎ、水浸しの道や桟道など、ポイントも覚えているので気分も楽だ。小さな沢ではいつも掛かっている小橋がなかったが、これはシーズン前だからだろうか。
気にせず沢にざぶざぶと入っていくと、左の靴が浸水した。しまった、そういえばベロの部分が破れていたんだった。そこから浸水したのだろう・・・と思っていたら、後ろを歩いていた相棒が「踵から泡が出ている」という。よくよく見ると、なんと靴底が踵からはがれかかっていた。実は水は靴底から入ったのだ。体重がかかったときに靴の中から空気が押し出され、底から泡が出るようだ。ただ、はがれはさほど大きなものではなく、すぐに大事に至ることはないだろう。張り替えてからまだ2年も経っていないのに、こんなこともあるのだ。

6:17 崩壊地下(1875m, 19.0℃)

登り
北岳を見ながら林間を登る
左岸に付いていた道は崩壊地で右岸に渡り高巻くが、その橋もまだかけられていなかった。本来橋のかかるあたりより少し上流を石伝いに渡る。もう少し水が多かったらヘタすると渡れないこともあるかもしれない。雨のときは御池小屋経由の道の方が確実だろうと思った。

6:29 崩壊地上(1935m, 19.9℃)

高巻き道を10数分行き、再び左岸へ渡り返す。やはり、こちらの橋もかかっていなかった。ここは広くて休憩適地。軽食をとりつつ10分ほど休んだ。

7:16 二俣着(2160m, 22.9℃)

大樺沢
二俣からの大樺沢のようす
プロトレックの温度はさほど高くないが、ムシムシして不快な感じだった。大岩の手前あたりからは、雪渓渡りの風が心地よかった。
大樺沢を八本歯へ登っているパーティが見えた他は、二俣には誰もいなかった。かなり雪が残っているので大樺沢は登らないように、と前夜しつこいくらいに広河原山荘で言われたが、それでもやはり登る人はいるのだ。
なお、二俣の公衆トイレはまだ設置されていなかった。

7:37 二俣発(2190m, 28.1℃)

二俣からは右俣コースを選択。いきなり急登になる。しかし花が見事で楽しく歩けた。キバナノコマノツメがちょうど盛りで、シナノキンバイがぼちぼち咲き始めといったところだった。ヤマザクラやハクサンチドリなんかもあった。イワカガミというと湿原の花というイメージがあるが、ここではシナノキンバイの大きな葉を日傘のようにしてひっそりと咲いている姿があった。やはり暑さが苦手なのだろうか。
暑さといえば、誤算だったのは木陰がないことだった。このルートは日をさえぎる木が多いというイメージがあったが、その主力のカンバはまだ芽吹き始めたばかりで葉っぱがないのだ。ちょっと休憩するにしても暑くてまいった。

8:31 雪田(2505m, 30.9℃)

雪田
雪田から上部を見上げる
1時間ほども登ると雪田に着いた。ここが右俣コースのほぼ中間点だ。盛夏には木陰が多く涼しげな休憩スポットも、やはり木々にはまだ葉がなかった。ここは雪解けあとにすぐ咲くというサンカヨウが群落を作っていた。
このあたりで下りの人に数人遭遇した。そのうちの一人の話によると、キタダケソウは満開で、稜線からは甲斐駒や仙丈がよく見えるということだった。

9:22 草すべりへの分岐(2675m, 28.5℃)

登り
キンバイの花畑の中を登る
雪田からは、比較的緩やかな道をだらだらと登っていく感じ。キバナノコマノツメが少なくなり、ミヤマキンバイらしき黄色い花が増えてくると、草すべりの分岐だ。
雪田の近くで人に会ったきり、また人通りは途絶えていた。奇妙なくらい静かな北岳だ。

9:40 小太郎分岐(2765m, 26.7℃)

甲斐駒
甲斐駒と小太郎山
丸太の階段が見えてくるとすぐに小太郎分岐だ。分岐には雪が残っていた。数m雪上を歩く。天気はいいものの視界はさほどなく、仙丈や甲斐駒といった近所の山々しか見えない。
稜線に出て西からの風が強くなるかと思いきや、風はあまりない。とにかく暑く、最盛期の夏山を歩いているようだ。かつりんは寒さ対策も兼ねて下半身はサポートタイツとズボンの2枚穿きで、ムチャクチャ暑い。ここ数年は夏はタイツに短パンで歩いているのだが、魔が差したというか、今回は何故か短パンを持って来なかった。激しく後悔。

小太郎尾根

花畑
花畑の中の道
花畑
オヤマノエンドウやキンバイが咲き乱れる
小太郎尾根の花の美しさは素晴らしかった。分岐を出てすぐの岩場を越えてからが凄い。右俣ではほとんど姿を見せなかったオヤマノエンドウが華麗に咲いている。それまで白と黄が中心だったが、ここで紫が加わって鮮やかさが増したのだ。誰が植えたわけでもないのに、見事に補色で構成されているのだ。

10:31 北岳の肩着(2905m, 23.6℃)

今日は山頂がよく見える。さすがに肩には人がいたが、それでもわずか2組だけだった。
テント場は雪に埋もれていて、崖っぷちの方だけ地面が露出していた。そのためか、テントはみな稜線に張っていた。水場には行けるんだろうか。

10:52 肩発(2915m, 26.2℃)

山頂
山頂が見えた
肩からはザレた急登になる。道が錯綜していて、クサリなどが張ってあっても内側を通ればいいのか外側を通ればいいのかわからない感じだ。
両俣小屋への分岐がだいたい半分あたり。小さな広場になっていて、肩の小屋が見下ろせる。ここから道は緩くなる。多少のアップダウンを繰り返し、肩から見えたピークを回り込むと山頂が見える。

11:32 北岳登頂(3060m, 22.0℃)

山頂
山頂には誰もいなかった
そして誰もいない山頂に到着。4度目の北岳だが、山頂に誰もいなかったのは初めてだ。やはりこの時期は人が少ないのだろう。軽食をとって休憩していると、15分くらいしてようやく一人の人が来た。
晴れてはいるが展望は今ひとつ。甲斐駒・仙丈・鳳凰はよく見えたが間ノ岳は雲の中。それなのに塩見は見えた。富士山や中央アルプス、八ヶ岳といった山々は見えなかった。

11:55 山頂発(3090m, 30.1℃)

ハクサンイチゲ
ハクサンイチゲと仙丈ヶ岳
ベンチでのんびりしていると暑くなってきた。
この山行のメインであるキタダケソウの自生地を目指し、山頂を後にする。登りと同じようなザレザレの道を下る。岩はちょっと赤みを帯びている。やはり登りと同じように踏み跡が錯綜している。
稜線にはハクサンイチゲがそこかしこに咲いている。

12:12 八本歯分岐(2970m, 22.4℃)

八本歯への分岐は山頂から15分ほど下ったところだった。自生地は八本歯から北岳山荘へのトラバース道の周辺という話だ。いよいよ核心が近づいてきた興奮に包まれる。
分岐から引き続きザレた道を慎重に下っていく。5、6歩ごとに立ち止まって周囲を見るが、白い花といえばハクサンイチゲばかりだ。右俣コースで会った人はキタダケソウが満開だと言っていたが、ひょっとしてハクサンイチゲと間違えてるんじゃないのか? と一抹の不安が胸をよぎった。

12:31 キタダケソウ自生地(2900m, 25.0℃)

キタダケソウ
たくさん咲いていたキタダケソウ
しかしやがてキタダケソウは見つかった。斜面にわんさか咲いていた。瞬間、頭の中に「アルプスの少女ハイジ」の主題歌が鳴り響いた。初めて見たキタダケソウは、予想どおり清楚で可愛らしかった。
やっとのことで探し当てたような気がしたが、見上げると、思いのほか分岐から近いところだった。また少し下ると今度はトラバース道が見え、カメラを構えた人々がいるのが見えた。どうやらそのあたりが群落になっているようだ。
トラバース道の分岐で右折。分岐周辺には花はなく、ハイマツばかりだ。10mも行くとキタダケソウがたっぷり咲いていた。ロープが張ってあるが、すぐそばで見られる。早速岩の上にザックを降ろして撮影開始。間ノ岳をバックにしたキタダケソウ斜面という構図がセオリーだが、今日は残念ながら間ノ岳が雲の中だ。まあ翌日も好天の予報なので、明朝もう一度ここを通ればいい。

キタダケソウを堪能する

キタダケソウ
キタダケソウの群落
桟道
桟道
再びザックを背負い歩を進める。さらに10mほど行くと桟道になるが、その手前あたりが一番密度が濃かった。というわけでここでまたまたザックを降ろし、のんびりと景色を楽しんだ。
夕立が怖いので、遅くならないうちに小屋に向かうことにした。

14:06 北岳山荘着(2805m, 29.7℃)

ハクサンイチゲ
咲き乱れるハクサンイチゲ
桟道に入ってからもキタダケソウの群落は続いたが、あるところでパッタリ途絶えてしまい、その後は白はハクサンイチゲばかりになってしまった。やはりキタダケソウの自生地はかなり狭い範囲のようだ。
歩きにくい丸太のハシゴ混じりの桟道を慎重すぎるほど慎重に進む。桟道が終わるとゴーロと小石の混じった、見た目よりも歩きにくい道になる。ハクサンイチゲやシャクナゲがきれいだった。特にハクサンイチゲは、ひとつひとつの花も大きく、一株にたわわに咲いていた。稜線の東側で、この地域特有の強い西風が当たらないからだろうか。
ゆーっくりと歩いて北岳山荘到着。この日の行程はなかなかキツく、かなり足にきた。結局夕立はなかった。

山荘にて

北岳
18:20 北岳に雲が湧いてきた
北岳山荘の宿泊者は40人くらいだったろうか。我々の部屋は10人部屋で、そこに6人が入っただけで余裕だった。ちょっとほっとした。到着が早かったので夕食までは外で寛ごうと思っていたが、部屋に入ると途端に気分が悪くなってきた。相棒が何か話し掛けてきても応える気力がない。そのまま寝てしまった。相棒も寝たようだった。
夕食は17:30。準備ができたという呼び声に目覚めるが、まったく食欲がわかない。こんなことは初めてだ。しかし食堂に行ってお茶を飲んだら俄然元気が出てきて、もりもり食べることができた。そういえば、行動中にあまり水を飲まなかったので、軽く脱水症状に陥っていたのかもしれない。食後には、デザートにいちごミルク(牛乳で溶かしてできあがり)を食べ、コーヒーを飲むほど復活した。
小部屋だったせいか夜は暖かく、毛布もいらないほどだった。
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