月のすきま(2001年6月)

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2001/06/01(金) 21:50:00   ムクドリ

 

 もう6月だぁ…。

 今日はバリカンでオオムラの刈り込み。
 バリカンにはバリカンの職人芸がある。
 肩掛けには肩掛けの芸があるように。

 きのう刈った芝を掃除していると、オレンジ色の脚と嘴をした鳥が、人を恐れる様子もなく近づき、チョッチョとミミズなどを啄んでいる。
 帰ってインターネットで検索してみたら椋鳥(ムクドリ)だった。

 この仕事、植物や虫だけでなく鳥類とも結構顔なじみだ。スズメ、カラス、ハト、モズ、トビ、ツバメ、サギ、ヒバリ、ヒヨドリ、ムクドリ、…ひとつひとつに関わったエピソードがある。ああそうか。鳥はヒトだったんだな。

 ムクドリは陽気な鳥だ。スズメなんかと大違いだ。スズメは何か必死な感じだ。必死に群れて、必死に生きている。

 

2001/06/03(日) 23:02:00   真摯な生

 


 よい天気。薫風。

 半日、GUAN!の「同一性の彼方」の感想文書き。
 夜、「日のすきま」の過去の記述のテキスト整形。
 MEMORIZEの過去ログは見づらいので、月ごとにまとめ見が出来るようHPに載せることにした。自分のため。

 昼、妻の古いディスプレイを「HARD OFF」に売りにいった。ゲートウエイの17インチだったがジャンク品扱いで1000円だった。1000円でも、粗大ゴミに出すまで狭い部屋に保管することを考えればありがたい。
 この店に、自分が愛したPC9821の類似機種が7000円で売りに出ていた。おれのは押入の奥に眠っているが、おれはこいつは売りに出さないぞ。酒と涙と埃にまみれた思い出がたくさん詰まっているからな。

 「ぬ」は最近鉢植えに凝っている。ホームセンターに出かけると目をらんらんと輝かし、素焼きの鉢や、腐葉土などを見比べている。ベランダや窓際は中小の鉢でいっぱいだ。このごろはオレの知らない農薬や病害虫の名前をふいと、料理の最中に口に出したりしている。(料理の最中はやめてください)そのうちプランターデザイナーになるんだという。伯母がバラ園をやっているので、そのオンラインショップを作る準備もしている。こちらは本気のようだ。

 ゆうべ、カンヌの新人賞を数年前最年少で受賞した仙頭直美、現姓、河瀬直美のドキュメンタリーを見た。こころに残る真摯なひとだった。真摯な生はいい。真摯な不埒は色っぽい。ひとはやっぱり色気だ。

 

2001/06/04(月) 19:31:00  夏は捨てゴロ

 

 真夏日。30度を越した。
 午前中、法面芝張り。午後、役所打ち合わせ。書類作り。
 年度末工事の会計検査があるというので、役所は終わった工事の書類の整合性にまた汲々している。会計検査は役所が検査されるからだ。

 とにもかくにも今日は夏だった。
 夏は嫌いじゃない。細胞が動いているのがよく解る。暑さは不埒だ。どうなるかわからない不埒さが好きだ。夏は捨てゴロ。

 「ぬ」は歯医者でキバを抜かれてきた。近くで火事があったのに野次馬にも行かず神妙にしていたそうだ。
 この歯医者はせっかちでお喋りだが腕がいい。今時予約を取らずアバウトに来る客を治療する。不思議に全部の客の名前と特徴を覚えている。去年、声をかけられて庭の手入れに行った。奥さんがすごい美人だった。三階建ての鉄コン筋クリートの家に住んでいるのに、手入れ代が安くあがったと喜んでいた。なんだか庶民なんだか金持ちなんだかわからん医者だ。今年はお声がかからないが、「ぬ」の親知らずキレイに抜いてくれたから許してやる。

 

2001/06/05(火) 18:44:00  カミサマトンボとザンパノ

 

 春に作った緑地の池を見に行った。
 アメンボが湧いて、カミサマトンボが飛んでいた。
 カミサマトンボは図鑑で言えばカワトンボの一種で、ハグロトンボと一般に言われる黒い羽を持ったイトトンボだ。
 子どもの頃、小川でこの蜻蛉を見ると、ガキどもはなぜかしら敬虔な気持ちになった。「カミサマトンボ」がいなくなるまで静かに見送り、遊びをやめた。
 川面をついついと行く黒い羽はタマシイのようでこの世の外を思わせた。
 この世はいつもあやうくこの世を保っているだけで、少し気を許せば即座にあちら側へ連れ去られる。子ども心には当たり前の摂理だった。

 きのうアンソニー・クインが死んだと夕刊に出ていた。「道」「その男ゾルバ」、確か「ノートルダムのせむし男」のせむし男もアンソニーだった。「道」の大道芸人ザンバノ役は、観た物の心の中で自由に成長し、棲み着くので、あの映画の世界以外の生は考えられないという種類の演技だった。ジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナもそうだった。「道」はハタチの頃、新宿の名画座で観た。スクリーンに吸い付けられるように映画の世界に入った。もうそんな映画の見方は出来なくなった。どうしてだろう。

 あやういあちら側。不可知にさらされる生の日々。はじまりの感触。不安を一所懸命喰らうことで、なんとか息をつないだ。気が付いたらおっ死んで、もういない。

ついついと川面をゆくカミサマトンボ。
ザンパノはあの世でジェルソミーナにわびることができたろうか。
   

2001/06/06(水) 23:57:00  小山俊一

 

 今日はズル休みをした。雨の窓辺で一日、小山俊一を読んでいた。
 Google検索をしてみた。
 「小山俊一」はソフトプログラマーだったり、大学のテニス部員だったり、不動産屋だったり、金融関連出版社の社長だったりした。
 わずかに「EX-POST通信」「プソイド通信」と吉本の「情況への発言」がからんでくるだけだった。
 こうしてだんだん忘れ去られてゆくのだろう。魚売りの老婆や暦売りの男、印半纏のあんま、片足の男、ネゴロのおばんちゃ…、これら小山が記した受苦のものたちもみな忘れ去られてゆくのだろう。

 世界と魂というのはどういう位相にあるものなのか。あるのは(残るのは)言葉で、こころで、群れであるだけだ。そしてその形式をひきついで、新たな、言葉とこころと群れが形成される。

 梅雨入りした。今日はズル休みをした。しとしとしとしと考えた。
 

2001/06/07(木) 20:22:00   そういう当事者

 


 マンションの生垣刈込み。じりじりと真夏の日差し。
 昼は自転車置き場に新聞紙を敷いて寝た。
 夕方、雷雨。西の方の空から黒くなり墨を流したようになった。
 墨の底を逃げるように自転車で帰った。

 世界と心ゆくまで対峙するのに「隠遁」するという方法。
 そこでは主体という個が窮められ、世界という全体が透視される。
 だが主体も全体も、個と世界という予め枠づけられた二項対立の中で思考されているにすぎない。
 主体ははじめから他へ開かれているから、あらためて群れる必要はない。
 ひとは群れるのではなく、複数性としての「わたし」に気づくのだ。
 それはそういう出来事なので、そういう当事者としてひとびとの中にあるだけなのだ。
 と、Dr.マシリトに似た小泉総理がオレに語った今朝の夢。
 

2001/06/08(金) 22:28:00   無条件の未来

 

  公園の剪定。
 午後になると近くの小学校から子供たちが帰ってくる。
 ヤマモモの中に入って中枝を抜いていると、「わっ、面白れぇ、木がひとりで揺れて枝が落ちてくる」と喜んでいる。そのうち掃除を手伝いだした。パッカー車の操作ボタンを押させてやると興奮している。木の枝に引っかかっていたテニスボールをやるとうれしそうに礼を言った。

 ラジオで大阪の37歳の男が、いきなり小学校に乱入し、出刃で切りつけて、8人の児童を殺したと伝えていた。帰宅してテレビをつけるとその事件のことで持ちきりだった。
 風景に暗い紗が入ったような気分になった。民放は精神障害者(禁治産者・被保佐人)の疑いがあるが、あまりに残虐な犯行なので実名報道に踏み切ったと言っている。一社が踏み切ると、各社がぼかしの入った顔写真をしだいにクリアにさせ、わずか半日のうちに元の職場の同僚、上司、アパートの近所の住人らからコメントを取って、犯人像を肉付けしていった。いまNHKも実名報道に踏み切ったと家人が伝えてきた。

 ふざけるなと思う。被保佐人、禁治産者って何なのか。何を隠蔽して、何を暴くと言うのか。すべて犯行はやった奴が一番悪い。時代のせいでも親や社会や病気のせいでもない。やっちまったらやっちまった奴の責任だ。でなければ被害者は誰に拳を振り上げればいい。子供を殺された親はどう自分を収める。気が狂いそうなのはこっちだ。

 また、犯行が残虐なら規を超えてもいいなら、法は世間のリンチと何の変わりがあるのか。マスコミは事件直後の低学年の子供たちに直接インタビューし、恐怖でこわばり麻痺している子供の言質を取り漁っている。さらに、またもや精神障害者の犯行というストーリーを構成し、病歴者の犯罪率が上がっているとデマを振りまく。非病歴者の犯罪率の上昇というデータや、病歴者の犯罪率が非病歴者の犯罪率にくらべて極めて低いというデータは隠蔽される。キチガイはますますキチガイにされ、テレビの前の私は時代の不安を共有して癒し合う。

 もはや真実は精神病院でも語られない。そんなロマンはどこにもない。血が流され、こども達の未来が閉ざされ、群れは全体を感知する能力を失い、前後左右の位置感覚も失い、個は個へ貧血し、群れは群れへ錆びる。

 オレは子どもが嫌いだ。かっては好きだったが今は嫌いだ。けれど子どもの未来には畏敬の念を持つ。無条件の未来。それが子供の属性だ。37歳は死刑にして欲しかったと言う。なんというだまされかただろう。自分の死も自分のものにできないとは。こんな奴のために8人の未来が閉ざされた。
 

2001/06/11(月) 20:56:00   さらすこと


 終日ひとりで生垣手入れ。
 ドウダンツツジ、ツバキ、アオキ、…。
 緑に手入れされて、今朝の不安の汀を濡らす。
 不幸の感覚、久しぶりの…。
 軽トラのラジオから、前川清の「噂の女」が流れ来た。
 情動。

 あ、詩だ。

 詩が欲しかったんだな。
 詩いたかったんだな、少年みたいに。

 

2001/06/12(火) 19:14:00   喉を鳴らす「ぬ

 

 肩掛けで草刈り。生垣手入れ。

 きのうはオレ、ナイーブだったな。
 と、小梅に言うと、
 ナイーブというよりナルシスだよ。
 どこが?
 「不幸の感覚、久しぶりの…。」の「…」のところなんか。
 異議なし。

 朝の食事中、吉本の「初期歌謡論」はだめだよ、と言う。
 どこが?
 土橋寛のパクリのようなことをやっているくせに、土橋寛を正当に評価していない。白川静や土橋寛にくらべて対象(資料)に向かう真摯さがない。自分の理論の都合のいいように利用しているだけだよ。文学の発展を喩の発展と見るのはいいけど、時代考証もせずにひとつひとつの歌をそれに当てはめて並べ替えるのは乱暴だよ。
 
 風呂上がりに身体を拭いていると、カーテンの向こうにパンツをくわえて、「ぬ」が立っている。
 どこからきたんだ。
 ぬぅ…。
 なんでこの家に来たんだ。
 いい匂いがするから…。
 置いてほしいのか。
 かあさん…。
 パンツ受け取って頭をなでてやると、ごろごろ喉を鳴らす「ぬ」。

 

2001/06/13(水) 20:58:00  ベニカナメ

 

ベニカナメの生垣刈込み。
 悪鬼のようにバリカンぶんぶん振り回す。
 舞い上がり飛び散る赤い葉。

 異和としての生は楽しむため。
 むしろそれは貰ったもの。
 どう開くかはオレの自由。
 ありがたや。ありがたや。


2001/06/14(木) 22:28:00  アオスジアゲハ

 

 雨のなか庭の生垣を刈っていると、下暗がりにアオスジアゲハが雨宿りしていた。爪先で軽く触れても逃げない。静かに羽を瞬きながら雨音を聴いている。暗がりに青緑の炎が微かに燃えるようだ。蝶を見たのはいつ以来だろうと、鋏を動かしながら考えていると、ついと空に浮いた。雨に打たれ、よろけながらそのままどこかへ消えていってしまった。
 

2001/06/15(金) 20:59:00  犬も歩けば猫も歩く

 


 雨はもういい。

2001/06/16(土) 21:29:00  海をみた

 

 仕事帰り、海をみた。幕張から東京湾。
 広い風景は好きだ。
 三日ぶりに空から薄日が差し、海の色を変えていた。
 なにごともない日々。
 ブルースを聴く。
 

2001/06/18(月) 20:35:00  

 

 木のてっぺんで真夏の日差しを受けていると虫になった気がする。
 風に揺れながら朦朧と虫になる。
 そのうち背中が割れて羽を開きどこかへ飛んでゆく。

 抜け殻が木にかじり付いて鋏を動かしている。
 抜け殻のまま地面に降りてクルマを運転して帰ってきた。
 今日はもう寝てしまおう。
 

 

2001/06/19(火) 23:35:00  軍鶏

 

 夜の粒子が少しずつ増えていちにちが終わる。
 きょうも錆びた。
 錆びを落としに極楽へ行った。
 極楽では初老の男が滝湯を浴びて夜空に飛沫を上げていた。
 その飛沫が灯りに照らされていた。
 雨も降っていた。
 雨と飛沫と夜風に吹かれた。 

 イメージ(喩)の生成発展を人間の価値の歴史とするのなら、オレがオレであることの当事者性は、オレは人間ではなくオレであると言うしかなくなる。なぜなら固有のものとしてのオレは、歴史の中の非歴史としてしか立ち現れないからだ。歴史の中の非歴史。そのことを手渡すことでかろうじて人は生き得たのではないか。そうではないか。喩よ。

 久しぶりにマンガ喫茶で夜更かし。
 妻は「GO GO モンスター」松本大洋。
 オレは「軍鶏」たなか亜紀夫。
 

2001/06/20(水) 21:05:00  びょん、びょん 

 

 いちにち刈り込んだ。

 睡眠不足でやる気がない。退屈。
 現場からの帰路、また海を見ながら走った。
 凪いだ東京湾をふいに情動が走った。
 言葉じゃないものがまっすぐ棒になって見えない富士まで。
びよん。びよん。

 突き刺されよぉ〜。
 おらの日のすきまよぉ〜。
 

2001/06/21(木) 22:20:00   新聞紙とタオル

 

 まいにち雨ですな。合羽の乾くヒマがない。

 雨の昼休みは弁当食べた後、新聞紙を抱きしめてクルマの中で寝る。
 新聞紙はあたたかい。合羽の濡れをほどよく吸ってくれる。
 家人は大阪の事件の後、もう新聞なんかとらないと息巻いていたが、新聞紙は地べたに寝る時も、濡れた身体を暖める時も、(もちろんヒマなときの時間つぶしにも)、とても重宝する。
 タオルもそうだ。夏はハンチングをやめてタオルを頭に巻く。これで汗が拭けるし、手も拭ける、寝るときは枕になる。ケガをしたら止血に使える。
 最近は和式の「手拭い」に凝っている。今はあまり出回っていないが、頭に巻くときのきりりとした感じがいい。染め込まれた模様も思いがけなく斬新で粋だ。

 ま、とにかく毎日雨ですな。
 草まみれ泥まみれで帰っても、家には熱い風呂があり、雨露しのげる屋根、壁がある。
 ふんとに、ありがてえこった。
 もう寝るべ。
 

2001/06/23(土) 20:29:00   サブロー

 

 昨日は思いっきり早く寝た。今朝は夜明け前に起きてお勉強だ。
 日が退屈なときは早めにリセットするに限る。気分はわがままな子どものようだ。
 (おらはサブロー。シローじゃねえ。)
 きょうは道路の植樹帯にサツキの植え込み。
 432本。どうってことねえ。きっちり5時前に終わらせた。
 それからキャベツ畑を自転車で帰って、アノマロカリスと風呂に入って、赤い発泡酒飲んで、送りものの仙台の牛タン喰って、テレビのニュースで政治家の顔を見て、酔っぱらった。
 いまメシが出来るまでここにいるわけさよ。
 おらは今日サツキ植えながら歴史について考えた。
 金象印のスコップで穴ほりながら前後千年の来し方行く末を見た。
 まいっちゃったね。あんた。
 おら搾り汁になってここにいるよ。
 ここにいるんだよ。どうしようもなく。
 さてそんなこんなを受け取ってまたリセットしますかな。
 

2001/06/24(日) 21:55:00  要するに


 日曜日。少しはゆったりした気分で本を読む。洗濯などしながら。
 午後からは軽トラに妻を乗せて駅前に買い物。
 図書館で松岡祥男の『哀愁のストーカー』(ボーダーインク社)を読む。
 松岡祥男は失職して苦しんでいる。松岡祥男ももう50歳なのだ。5冊の著作があるマイナーメジャーも生活レベルではなんらオレらと変わらない。むしろ貧しいくらいだ。
 自己状況を高度な歴史認識と言葉の感度で切開してみせる力量は相変わらずだが、(だから一気に読めたが)、どこかで抜けきれない同じ鋳型が保持されていて、定型の歌を聴いたという感じになってしまう。その歌に惹かれながらも、「また同じサビを聴かせるのかよ」と思ってしまう。要するにオレは自分の歌をうたいたいということだ。
 こちらも毎日会社をやめることを考え、独立を考え、お先真っ暗と思い、躊躇し、少しずつ日をつなぎ、けれどその日が錆びだしたらおしまいだから、なんとかアンテナを張り、目を光らせ、しかしそのことを疑い、さぼり、ダレ、保留し、たまに吠えている。ま、要するにオレは自分の歌をうたいたいということなんだな。
 

2001/06/25(月) 22:05:00  うじゃうじゃ

 


 こんなに人嫌いでどうしたらいいんだろう、というくらい他人をなめている。にんげんをなめている。じぶんを。意識をなめている。ナタで叩き切りたいんだが、叩き切る手が嗤っている。田舎者め。三億光年失せろ。にんげんの歴史。うざい。なぁ〜にが、歴史だ。ひとつもつながってなどいねえじゃねえ〜か。馬齢。世間。じぶんの死も死ねない。オレは別の喩の歴史を作る。喩ってのはな、メタファーてのは次元の意味の定着だよ。喩の歴史は次元の意味づけの歴史に他ならない。にんげんの次元はいま錆びた。新しい喩の歴史が始まらないからだ。まったく新しい位相からの言葉があるはずだ。みんなどうでもよくなるような。けれどそれぞれが味わいのような。それはこれなんだけどな。まぎれもなく今なんだけどな。そんなワームホールがアタマとココロとカラダにうじゃうじゃうじゃうじゃ。今日も終わる。
 

2001/06/26(火) 21:42:00  ニッポンの夏

 

 シュロの木が生えていることから日本を熱帯と区分した学者がいるそうだ。
 なにが言いたいかというと日本の夏は暑い。今夜はマニラだ。
 上京して新聞配達しながら受験勉強していた最初の夏、配達のシャツが白い粉をふいた。汗が乾いた塩だった。東北の太平洋岸に生まれ育ったので、東京の夏の高温多湿には面喰らった。
 はじめてヨーロッパ旅行し、シンガポール経由で福岡に帰った。シンガポールより福岡の方が熱帯的に暑かった。
 太宰府近くの私鉄の駅のクスリ屋の2階の塾の教室は日中40度を越えた。生徒が来る前に教室に入り、決死の思いでエアコンにスイッチを入れる。そんな毎日。
 宮崎の農家は真夏の日中は戸外に出ない。比較的涼しい朝夕に作業する。だからこちらも11時から4時くらいまでたっぷり喫茶店で涼んで、短期決戦で農家を襲う。「こんにちわ。現代農業です!」
 植木屋やって最初の夏は休憩ごとにシャツを着替え洗って干した。一日5枚着替えた。新入りの務めのお茶だしもしないで水道でじゃぶじゃぶやっていて、兄弟子にえらく怒られた。
 鹿児島の宮之城町というところを現代農業の行商で回って、ある真昼、なにかカラダが変だなとカブを止めると、路傍のカンナが歪んでいる。宿に帰って熱を計ると39度を越えていた。町に一つの知識内科で診て貰い、当時の宿が国道そばで騒音がひどく、暑く、劣悪なので、頼み込んで診察室の横のベットに入院させてもらった。3日間、先生の問診を聞きながら寝ていた。
 ずらずら書き連ねてしまった。
 なにが言いたいかというと日本の夏は暑い。今夜はマニラだ。

2001/06/27(水) 21:59:00  ダボシャツ

 

 公園の草刈り。
 最近はチップソーの代わりに、プラスチックの紐を回転板の穴に差し込んで回す方式の刈り払い機を使うことが多い。カナブンかスズメバチが飛んでいるような音を立てて草を蹴散らせてゆく。
 オオバコ、オオバコ、チガヤ、スズメノカタビラ、チガヤ、オオバコ、ブタクサ、ヒメジオン、ヒメジオン、ブタクサ、オオバコ、タンポポ、イヌビユ、ハルジオン、ギシギシ、ツユクサ、ツユクサ、ブタクサ、ドクダミ、ドクダミ、ドクダミ、………。
 ドクダミの群生から久しぶりのガマがのそのそ出てきた。傷つけないように追い払う。おい、いのちをなくすぜ。刈り払った後にはいつの間にかムクドリが5〜6羽降りてきて、ミミズの類を追っている。地べたの世界は大わらわだ。大わらわを熊手できれいに片づけ写真に撮って仕事を終わる。

 今日、作業着屋に安いダボシャツが大量入荷していたので買ってきた。夏はこれにかぎると古い職人が言っていた。帰ってすぐ鏡の前で試着してみた。オウ、ノウ!とBeckyのように妻が叫んだ。

2001/06/28(木) 00:11:00  雌犬の乳を飲んで

 

 今日も公園で草刈り。
 休憩時間にジュースを飲みながら古新聞を読む。
 6月20日の朝日の夕刊に驚くべき記事があった。
 引用する。

  南米チリで、15匹の野良犬を引き連れて2年にわたって放浪生活を送っていた10歳の少年がこのほど警察に保護された。「雌犬の乳を飲んで朝食代わりにした」と話している。
  名前がアレックスとだけ分かった少年は、5歳の時、両親と離れて福祉施設に引き取られたが、2年前に抜け出して行方不明になっていた。チリ南部の町、タルカウアノで野良犬を集め、洞窟などで寝起きしていた。ゴミ箱の残飯をあさったりして食いつないでいたという。
  警察に通報されたが、海に飛び込んで逃げようとした。警察官が飛び込んで助け出したという。健康には問題なかったが、前歯が2本なかった。少年は長期のカウセンリングが必要だという。(ロイター)

 新聞には得意気に放浪の様子を絵で説明する少年が写されている。「汚れた血」「ポン・ヌフの恋人」のアレックス役、ドニ・ラバンに顔が似ている。震撼した。
 この少年が言葉を獲得したら、どんなにすごい詩を書いてくれるだろう。雌犬の乳を朝食代わりにして、ゴミ箱をあさって、15匹の野良犬を引き連れて放浪2年、それだけでもう詩なのだけれども。
 オレにとって詩は現実を切り開くもの、現実を創り出すものだ。この少年の2年の放浪、その起き伏しを想像してみるだけで、ダレた日常に強烈なカンフルを打たれた気になる。
 

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