日本被団協認定基準検討会 作業文書2 2001年7月

原子爆弾医療分科会の新しい認定審査方針について

沢田 昭二

(1) はじめに
去る5月25日開催された厚生労働省の疾病・障害認定審査会 原子爆弾医療分科会(以後,「原爆医療分科会」という)は,原子爆弾被害者に対する援護に関する法律の第11条に基づく認定審査を行う「原爆症認定に関する審査の方針」(以後「新認定審査方針」という)を決めました.
DS86の線量評価と「しきい値」論の機械的適用を批判した長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決と京都原爆裁判の大阪高裁判決を受けて,厚生労働省は新しい認定基準の作成を迫られていました.さらに, 放射線影響研究所の D. ピアースとD. L. プレストンが, ABCC--放影研による8万人を越える広島・長崎の被爆者追跡調査の結果をまとめた論文「原爆被爆者の低線量における放射線起因のがん発生危険率」を発表しました. この論文の結論は,「 0から0.1シーベルトの範囲において, 統計学的に有為な危険率があり, しきい値があるとしても,0.06シーベルト以下である」というものです.この論文の結果からも, 原爆医療分科会は,「しきい値」論に代わる認定基準の作成を迫られていたと考えられます.
  しかし,新たに策定された「新認定審査方針」を検討してみると,相次ぐ原爆裁判の判決によって指摘された認定審査のあり方を抜本的に改善したと言えません. 依然として,原爆裁判によって戒められたDS86の機械的適用を続ける可能性があります.また, 「新認定審査方針」の下敷きになった,児玉和紀教授を代表者とする厚生労働省特別研究事業研究の論文(以後「児玉報告」という)にも重大な問題が含まれていて,「新認定審査方針」は問題をそのまま引きずっています. 厚生労働省の担当局の下に原爆症認定作業班がもうけられ、事前に認定申請書類を分別するようにしたことも, 「原爆医療分科会」への諮問が形骸化され, 被爆者の個々の状況に則した認定審査ではなく, 原爆裁判において批判された機械的でずさんな認定審査が継続される可能性があります.
以下(2)では,「しきい値」論の根拠をゆるがすことになったピアースとプレストンの論文の要点を紹介します. (3)では「新認定審査方針」の下敷きになった「児玉報告」の問題点について述べます. (4)では, 問題のあるDS86の線量評価をそのまま被曝線量としている「新認定審査方針」について検討します.

(2)ゆらぐ「しきい値」論
  ピアースとプレストンは, ABCC?放射線影響研究所による8万人を越える広島・長崎の被爆者追跡調査結果をまとめて「原爆被爆者の低線量における放射線起因のがん発生危険率」と題する論文を発表しました (D. A. Pierce and D. L. Preston; Radiation-Related Cancer Risks at Low Doses among Atomic Bomb Survivors, Radiation Research 154, 178?186 (2000) ). この論文には, 「しきい値」の問題の他にも, いくつかの注目すべき結果が得られていますので, この論文の内容を紹介します.
  紹介の前に, 相対危険率と被曝線量の説明をしておきます. 相対危険率 Rr は, 被爆者を被曝線量ごとにわけて, がんの発生した割合を Xとし, 被爆しなかった人のがんの発生率をCとすると
Rr = X/C
によって与えられます.
  放射線の線量には吸収線量と線量等量があります. 吸収線量は体重1kg当たり放射線から受けるエネルギーによって表します. 吸収線量の単位は, 体重1kgにつき1ジュールのエネルギーを吸収した場合を1Gy(グレイ)としています. そして従来使われていたラド ( rad ) にあわせて1Gyの1/100を1cGy (センチグレイ) = 1ラドがよく用いられます.
  生体に対する影響は, 同じ吸収線量でも放射線の種類によって異なります. ガンマ線を基準にして, その何倍の影響を与えるかを生物学的効果比(RBE)あるいは線質係数として, 生体に対する放射線の影響の違いを表します. 線量等量は, 吸収線量にこの線質係数を掛けたもので, その単位がシーベルト(Sv)です. 中性子線はエネルギーによって線質係数が変化しますが, 通常5ないし20, 平均して10ととるのが一般です. 線質係数 10の中性子線を吸収線量で1Gy浴びますと10シーベルトの線量等量の放射線被曝になります.
  さて, 表1は広島・長崎の原爆被爆者についてピアースとプレストンが解析した1958年?1994年のがん発生データの総まとめです.

表1 1958年?1994年のがん発生データの総まとめ

線量等量
(Svシーベルト)
対象
(人)
固形がん
(人)
評価過剰数
(人)
発生率
(%)
過剰発生率
(%)
3000m以遠23,4933,230013.75 0.94
0.005Sv以下(3000m以内)10,1591,301112.810
0.005〜0.1Sv30,5244,1197713.490.68
0.1〜0.2Sv4,7757396015.482.67
0.2〜0.5Sv5,86298216416.753.94
0.5〜1Sv 3,04858217719.096.28
1〜2Sv1,57037616523,9511.14
2Sv以上4701268026.8114.00

 相対危険率を求めるためには, 原爆放射線を浴びなかった人のがん発生率を求めなくてはなりません. がんの発生率には地域差がありますから, なるべく同じ地域の同じ環境にいた人で原爆放射線をあびなかった人と被曝した人とを比較する必要があります. 当初ピアースとプレストンは, 爆心地から3km以遠の人たちを被曝しなかった集団として, 被爆者と比較しようとしました. ところが, 表1に見られるように, 爆心地から3km以内で, 放射線を遮る遮蔽効果があって, 実質被曝線量が 0と見られる被爆者の方が, 3km以遠の被爆者よりもがんの発生率が低いことがわかりました. このことは, これまですべての被爆者調査において, 爆心地から3km以遠でも急性放射線症状があらわれていることと関連があると思われます.
  表1で, 発生率X %はがん発生の人数を対象人数で割って求めます. 1行目の3000m以遠の被爆者のがん発生率Xは 3230人/23493人 = 13.75%です. これに対し, 2行目の爆心地から3000m以内で放射線遮蔽物のため被曝線量が0.005シーベルト以下であった人の発生率は1301人/10159人 = 12.81%となり, 3km以遠の被爆者より小さくなりました. そこでピアースとプレストンは非被曝者のがん発生率Cとして, 爆心地から3km以内で被曝線量が0.005シーベルト以下であった被爆者の発生率を採用しました. すなわち, C = 12.81% としました. 過剰発生率はX - C で求められ, 表1の右端の欄に与えてあります.
  図1は, 被爆者に見られる充実性がん(solid cancer, 固形がん)のDS86に基づいた被曝線量等量に対する相対危険率Rr = X/Cです. この図では, 被爆者のあびた放射線量はDS86に基づいています.
  図1の左上に挿入された小さい図は被曝線量等量が 0から2シーベルトの範囲の相対危険率で, 黒い点と点線で挟まれた曲線が実際の調査によるがん発生の相対危険率です. この相対危険率は, ほぼ線量等量に比例して増加する直線と一致しています. しかし, 低い線量等量の部分を拡大した図1の線量等量の 0から0.5シーベルトのグラフをみると, 0.1から 0.3シーベルトの付近で相対危険率は, 線量等量の大きいところから引っ張ってきた直線からずれて大きく膨らんでいます. 黒い実線の両側の点線までが統計的な誤差の範囲ですから, 直線はこれからもずれています. 調査した被爆者の人数は低線量の人の方が多いので, このずれについてはっきりした説明が必要です.
  図の中に, 相対危険率が約1.03のところに横に直線が引かれていますが, これが3km以遠の人たちの平均の相対危険率です. 相対危険率1.03は過剰危険率ERRにすると 3%になる. この3%は, 多くの被爆者調査において, 3km以遠で被爆した被爆者の数%に急性放射線症状が現れたこととほぼ対応した値であり, 放射性降下物や残留放射線の影響との関連で注目されます.
この図に示された結果から, ピアースとプレストンは, 0.1シーベルト以下でも, 統計的に有意な危険率が存在することを結論しました. そして, もし, しきい値が存在するとしても, その値はどこまで許されるかを統計学的に調べて, 0.06シーベルト以下であるとしました. しきい値が0.06シーベルトであるとして, その点から高い線量領域までの相対危険率を与える直線を求めたのが図2の下側の斜の直線です. しきい値がないとした上側の斜の直線と較べると, 調査による相対危険率の曲線からますます離れていくことは明瞭です.
  ピアースとプレストンは, 低線量における相対危険率の直線からのずれには, DS86の広島原爆の中性子線量評価に原因があるのではないかと考えました. そこで彼等は, ストローメらの中性子線量評価 (T. Straume, et. al., Health Physics 63; 421? 426(1992))を一部修正したものを用いました. ストローメらの線量評価は, 広島の中性子線量を爆心から 1400mまでの実測値に合わせるようにDS86を大幅に修正したものです. その広島原爆の中性子線の線量評価は, 広島の爆心地から1400mでは DS86の約5倍, 1800mでは約15倍になっています. しかし, ストローメらの修正中性子線量でも, その後測定された1400m以遠の実測値とは一致せず, 過小評価になっています. 爆心地から1800mでは実測値はDS86の60ないし160倍だからです.
  ピアースとプレストンは, このストローメらの修正中性子線量を実測値に近付けるように再修正するのではなく, DS86に近付けるようにして, ストローメらとDS86のほぼ中間になるように修正した被曝線量を用いました. 彼等がなぜストローメらの中性子線量評価を実測値に近付けるように再修正するのではなく, DS86に近付けるように再修正したのかは, はっきりしませんが, 広島の爆心地から遠い距離の中性子線量を測定した実測値について, アメリカ側の多くの科学者が, 物理学的にまだ説明できていないことを理由に認めようとしていないことと関連していると思われます. しかし, 実測値を求めた日本の科学者達は, 原爆放射線以外の影響を丹念に取り除いた結果なので, 測定結果に自信を持っています.
  ピアースとプレストンは, DS86ではなく, ストローメらの再修正した中性子線量を用い, 生物学的効果比を10ないし40にとってがんの発生の相対危険率を求めました. これまで中性子の生物学的効果比はせいぜい30くらいまででしたが, 彼等は中性子線量の低いところでは, 中性子線の生物学的効果比を40にとりました. その結果が図3です. 図1に見られた, DS86に基づいて得られた相対危険率の0.1から0.3シーベルトの直線からずれたふくらみは消えて, しきい値もなく, 0シーベルトで相対危険率1から出発する1つの直線によって低線量から高線量までほぼすべての領域の相対危険率を表わしています. 相対危険率Rrから1を引いたものを過剰相対危険率ERRと言います. 式で表すと
   ERR = Rr-1 = X/C -1= (X-C) /C
です. このERRを用いるとERRは被曝線量等量に比例することになります. 式で表すと
   ERR ∝ 被曝線量等量 .
  過剰相対危険率ERRは原爆放射線をあびたためにがんの発生が増加した率を与えるので, これが被曝線量等量に比例するということは, 放射線をあびれば, あびるだけそれに比例してがんになる確率が高くなるということです.
  DS86の広島の中性子線量評価を修正したストローメらの線量評価を再修正した中性子線量と, 低線量の中性子の生物学的効果比を40という大きな値にとったことによってこのような結果が得られたことは, DS86の広島原爆の中性子線量評価が正しくなく, それを正すことによって, がんの発生率が被曝線量に比例するというすっきりした結果が導かれたことを示しています.
  私は, ピアースとプレストンがストローメらの修正中性子線量を再修正してDS86に近付けるのではなく, 実測値に近付けるようにすれば, 40という大きな生物学的効果比を低い中性子線量領域で用いることをしないでも, もっとすっきりした結果が得られたのではないかと思います.
  図3の0.02から0.03シーベルトというきわめて低線量のところの調査結果による相対危険率の曲線に, 統計誤差ぎりぎりですが小さなふくらみが残っています. これはストローメらの修正した中性子線量評価でも1400m以遠の実測値を再現できず, 中性子線の生物学的効果比を40にとっても, 低線量領域における線量評価とのギャップが埋められなかったためと考えられます. 私は, 実測値を再現する中性子線量評価を用いれば10〜30程度の中性子線の生物学的効果比によって, この小さな膨らみもなくなって, すっきりした直線が得られると思います.
  また, 1.5シーベルト以上の高線量の相対危険率は, 図1の左上に挿入された図に較べて図3の対応した図では, 全体を表す直線からのずれがかえって大きくなっています. これは, ストローメらの修正線量評価によって, DS86の中性子線量評価が近距離の高線量領域では, 実測値に較べて過大評価であったものを解消したために, 相対危険率が増加した結果です. さらに注意して見ると, 低線量領域に較べて高線量領域の相対危険率の方が全体として勾配がきつくなっています. この原因は, 医学的に明らかにする必要がある問題かも知れません. しかし, ピアースとプレストンの調査における被曝線量の算出において, 残留放射線による体外および体内被曝をどの程度考慮したのかも問題になります. 残留放射線による体外および体内被曝を被曝線量に加えると, もっとよい近似で, 低線量から高線量まで1つの直線で相対危険率が表される可能性があります.

(3)厚生労働省特別研究事業研究について
  今回「原爆医療分科会」が採択した「新認定審査方針」の基礎には,広島大学原爆医学研究所の児玉和紀教授を代表者とする厚生科学研究費補助金の研究事業の論文(以後「児玉報告」とします)があります.この「児玉報告」は原爆被爆者のがんなどの晩発的放射線障害について, 原爆放射線が起因したと考えられる割合を「寄与リスク」ATRによって表すことを提唱しています. 「寄与リスク」は, (2)で述べた過剰相対危険率 ERRを被爆者のがん発生率 Xで割ったもので, 式で表すと
     ATR = (X-C)/X = ERR/X = ERR/(1-ERR) = 1-1/Rr
です. この寄与リスクの使用を提唱した「児玉報告」については, すでに, 作業文書No.1の安斎育郎・清水雅美論文「『寄与リスク』概念をめぐる誤解について」に述べられているような, 寄与リスクについての誤った理解があります. また, 寄与リスクの低線量領域における非線形性のために, 被曝線量評価の不安定性を拡大するという欠陥も安斎・清水論文で指摘されています.
  ここでは, 「児玉報告」について, 安斎育郎・清水雅美論文で指摘された問題以外の原爆医療分科会における認定審査にかかわった問題点について述べることにします.
  「児玉報告」では, 晩発性放射線障害であるがんの発生には「しきい値」がなく, 放射線被曝による過剰相対危険率ERRは被曝線量に比例することを基礎にしています. そしてがんの種類ごとに調べた過剰相対危険率の被曝線量等量にたいする比例係数(1シーベルト当たりの過剰相対危険率)を用いて「寄与リスク」を算出しています. その結果を, 主要ながんの種類ごとに, 被爆時年齢が0才から30才までの年齢ごと, 男女別に, 線量に対する「寄与リスク」として表にしています.
  その1例として, 図4と図5は白血病の寄与リスクの「児玉報告」の表をグラフにしたものです. 図4は男性, 図5は女性で, それぞれ被爆時年齢0才から5才ごとに30才まで, 男性は線量が100cGy(センチグレイ)まで, 女性は15cGy まで示されています. 白血病の寄与リスクが性別によっても, 被爆時の年齢によっても大きく違うことが分かります. 一番上の曲線は被爆時0才, 一番下が被爆時30才で, 真ん中の点線が被爆時15才です. いずれにしても「寄与リスク」は, 線量0のときの0から始まって, 線量の増加に伴って100%に近づいていきます.
  図6と図7は「児玉報告」に与えられた各種のがんの「寄与リスク」の表から, 被爆時15才の「寄与リスク」をグラフにしたもので, 図6は150cGyの線量まで, 図7は1000cGyまで延長してあります.
  「児玉報告」で、寄与リスクの計算の出発点としたのは「児玉報告」の表1 がん過剰相対リスクに示された, 1シーベルト当たりのがん過剰相対危険率です. 出発点は線量等量に基づいた1シーベルト当たりのがん過剰相対危険率のデータを用いながら, 算出した表はいずれも吸収線量(センチグレイcGy)としています. (2)において紹介したように, ピアースとプレストンらの論文において, 過剰相対危険率 ERRに「しきい値」がなく, 低線量領域において, 線量に比例するという結論が得られたのは, 被曝線量を線量当量にしたからです. とりわけ, 広島の遠距離の中性子線の線量を, DS86から大幅に修正したストローメの中性子線量を再修正し, さらに低線量の中性子線に生物学的効果比40という大きな値を用いて得られたものです. こうしたことを考慮すると, 生物学的効果比あるいは線質係数を無視して, 吸収線量に対する「寄与リスク」とすることは大きな間違いです. こうした誤った「寄与リスク」を用いると, 次の(4)で述べるように, 認定審査に際して大きな過ちを起こします.

(4)原爆医療分科会の「新認定審査方針」について
  原爆医療分科会の「新認定審査方針」は, 認定に係わる審査に当たっての基本的考え方として「原爆放射線起因性の判断に当たっては, 原因確率および閾値(しきい値)を目安として, 当該申請に係わる疾病等の原爆放射線起因性に係わる『高度の蓋然性』の有無を判断する」と述べています. ここで「原因確率」は「児玉報告」の「寄与リスク」を言い直したものです. そして, 認定審査において, 「原因確率」が「おおむね50%以上である場合には, 当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定」し,「おおむね10%未満である場合には, 当該可能性が低いものと推定する」としています. その後で, これまでの原爆裁判の判決を受けたことを考慮して, 「ただし, 当該判定に当たっては, これらを機械的に適用して判断するものではなく, 当該申請者の既往歴, 環境因子, 生活歴等も総合的に勘案した上で, 判断を行うものとする」と述べています. このただし書きがどの程度実行に移されるかは, 今後の原爆医療分科会の審議を見つめていくことによって明らかになると思います.
危惧されるのは, 厚生労働省の健康局の総務課のもとに, 「速やかな審査に資することを目的として」健康局長が開催する非公開の原爆症認定作業班が設けられ, 原爆医療分科会に先立って「医学的確認作業」をすることになったことです. この健康局長のもとにおかれた認定作業班によって, 機械的に「原因確率」が10%未満は, 放射線の影響はないと判断し, 「原因確率」が10%から50%の間は個別審議にまわすことになれば, これまでの「しきい値」に代わって, 「原因確率」10%未満による, 認定申請切り捨てが新たな認定審査においても実質的に継続されるのではないかと懸念されます.
  原爆医療分科会の「新認定審査方針」は, 基本的に「児玉報告」の「寄与リスク」の使用提唱に基づいています. 「新認定審査方針」には「児玉報告」の主ながんの男女別, 被爆時年齢別の「寄与リスク」の表が, ほとんどそのまま「原因確率」として添付されています. 線量は「児玉報告」と同様, 吸収線量でセンチグレイを用いています.
  さらに, 「新認定審査方針」には, 旧来の厚生省の原爆医療新議会の認定基準と同様に, DS86 の線量評価に基づいて, ガンマ線と中性子線の線量を, 生物学的効果比を考慮しないまま, 単に合算して爆心地からの距離ごとの初期放射線による被爆線量として表にしています. 旧原爆医療新議会の認定基準では, 爆心地から1200m以遠の線量であったのを, 爆心地からの距離が, 100mから2500mまで2000mまでは50m間隔で, それ以上2500mまでは100m間隔で与えています. この表では, 爆心からの距離としていますが, 爆心地からの距離とすべきでしょう. 爆心は原爆の爆発した点で, 広島では地上580m, 長崎では地上503mとされていますので, 爆心からの距離は, 一番近い爆心地では580mまたは503mとなります. 原爆医療分科会が, 爆心と爆心地の区別ができないようでは問題です.
  残留放射線の評価と放射性降下物の考慮地域は, 広島が己斐、高須地域, 長崎が西山3, 4丁目または木場となっていて基本的に元の原爆医療審議会の認定基準と同じです.
  安斎・清水論文にも指摘されたように, 「寄与リスク」を問題にする時は, 被曝線量評価の正確さが要求されます. しかし, 「新認定審査方針」では, 実測値との不一致が解消されていないDS86を依然として使用しています. DS86の中性子線量を遠距離に適用すると桁違いの過小評価をすることになります. さらに(3)で述べたように, 中性子線の生物学的効果比を全く考慮しないで, DS86の推定した中性子線量とガンマ線量を単純に合算した吸収線量を用いていることは, 中性子線量の過小評価との相乗効果によって被爆者の初期放射線による被曝線量の算出に, 桁違いの過ちをもたらします. こうして, 「新認定審査方針」には, 古い認定基準の大きな欠陥がそのまま持ち込まれることになっています. この被曝線量の過小評価は「原因確率」の非線形性によってさらに拡大されて, 認定申請の審議に大きな過ちをもたらすでしょう.
  さらに, 「寄与リスク」あるいは「原因確率」による放射線の影響評価には, 初期放射線による被曝線量だけでなく, 残留放射線と体内被曝を含め, 被爆者が受けた放射線量を線質係数も含めて正確に判定できていることを前提にしなければなりません.
  「原因確率」は, がん発生の原爆放射線による起因性の割合を統計学的に示すものになっています. しかし, 個々の被爆者に適用する時, 被爆者が受けた初期放射線, 残留放射線, 体内被曝すべてを正確に判定することは不可能です. さらに, 被爆時年令, 性別の他に, 放射線感受性については大きな個人差があることも考慮しなければなりません. こうした要素をすべて含めて総合的に判断することが求められます.
  以上のように「新認定審査方針」にはさまざまな欠陥があり, これまで通り、遠距離被爆者、入市被爆者は切り捨てられる可能性があります. 
  具体例として, 京都原爆裁判の高安さん(ペンネーム)の例を考えてみましょう. 高安さんは広島の爆心地から1800mの距離で被爆しました. DS86による1800m地点の推定吸収線量はガンマ線が15.2cGy, 中性子線が0.13cGyです.「新認定審査方針」のように, 吸収線量を足し算すると, 15.3cGyとなり, 中性子線量は実質無視されて, 四捨五入するとガンマ線の吸収線量だけの15cGyになります. 高安さんが実際に認定申請をした疾病は白血球減少症と肝炎でしたが, 「新認定審査方針」の問題点を明らかにするために肝臓がんで認定申請をしたとします. 高安さんは被爆時年齢が19才でしたから, 「新認定審査方針」の別表7-1の肝臓がん, 皮膚がんなどの表から, 「原因確率」は7.5%となります. この「原因確率」だと,「おおむね10パーセント未満である場合には, 当該可能性が低いものと推定する」として認定申請は却下されてしまいます.
  高安さんの被爆した爆心地からの距離1800mでは, ガンマ線の吸収線量の実測値はDS86の推定値の1.5〜2倍の20〜30cGyです. また中性子線量の実測値からの推定はDS86の60〜160倍の8〜21cGyです. 中性子線の線質係数を10ととると80〜210センチシーベルト, 線質係数を20とすると160〜420センチシーベルトになります. これに線質係数1のガンマ線を加えると, 中性子線の線質係数を10とした場合, 100〜240センチシーベルトになり, 線質係数を20とした場合は180〜450センチシーベルトになり, 肝臓がんの「原因確率」を求める別表7-1からはみだしてしまいます. この表を延長して「原因確率」を求めますと(15才の「原因確率」を延長して作成した図6と図7のその他のがん(男)参照), 中性子線の線質係数10の場合は, 35%〜43%となり, 線質係数を20としますと 48%〜71%になります. このように, DS86ではなく, 実測値にもとづく線量を用い, 中性子の線質係数を考慮すると, 「原因確率」は50%に近い, あるいは50%を越える結果になり, 「おおむね50パーセント以上である場合には, 当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定する」として認定されるか, 個別審査にまわされることになります.
  認定申請する疾病にもよりますが, この例のように, 「新認定審査方針」がDS86の線量評価の適用に固執し, さらに中性子線の線質係数を無視する限り, 「しきい値」論に代わる「原因確率」によって, 実際には認定しなければならない被爆者に対して, これまで以上に認定申請の却下が行われることになりかねません. 過剰危険率が肝臓がんの1/2〜1/3である肝硬変の場合などは, こうした問題がもっと深刻になるでしょう.
  「原爆医療分科会」が, 「新認定審査方針」において, 以上述べたような多くの問題があることを十分考慮し, 認定申請をした被爆者の, 被曝直後の疾病などの経過を個別に十分密着して, これまでの原爆裁判で指摘された認定審査の問題点に留意しながら, 審議されることを望むものです.