2001年6月のミステリ

暗い迷宮 UPON A DARK NIGHT
1997年作 ピーター・ラヴゼイ著 山本やよい訳 早川書房 374頁
あらすじ
ピーター・ダイアモンド警視シリーズ第五作。(「バースへの帰還」 「猟犬クラブ」
病院の駐車場で倒れている若い女性が見つかる。車にあて逃げされたようだが、意識がもどった彼女の記憶はきれいさっぱり消えていた。いつまでも病院にはいられず”ローズ”と名付けられソーシャルワーカーに女性宿泊所に連れて行かれる。そこで同室になった巨漢のエイダの助けのもと自分の過去を探り始める。と、そこに妹だという女が現れた。その女は、”ローズ”と母だという年輩の女性のツーショットの写真を持っていたのだ。
一方本シリーズの主人公ダイアモンド警視は暇を持て余しイライラして血圧が上がる毎日を過ごしていた。バースの住人達すべてが品行方正な模範的市民になったようだ。犯罪事件が頻発しているブリストルに転勤させられるんじゃないかと気が気でない。そんな時年老いた農夫がこの世に愛想をつかし猟銃で自分の頭をぶっ飛ばすという事件が起こる。どこから見てもりっぱな自殺のようだが、もしかしたら殺人かも・・。バースの妄想がらみの期待が膨らむ。
感想
犯罪の動機が弱い。まあ取り憑かれた人間というのは何をしでかすかわかったもんじゃないという事か。
犯罪そのものは弱いものの、余裕を持った書き方で大男ダイアモンドの傍若無人ぶりが笑える。虫の好かない真面目一本のジョン・ウィングフル主任警部を面白がっておもちゃにするが、女性で相棒のジュリー・ハーグリーヴス警部には手痛いしっぺ返しを受けるのだ。奥さんのステファニーに頭があがらないやんちゃ坊主ぶりが面白い。万引き常習犯で警察の頭痛のタネのエイダの毒舌にもすっかりやられるし、女どもにはめためた(笑)。

この間「名探偵コナン」を読んでいたら黒白ツートンカラーのパトカーは英国で「パンダカー」と呼ばれていたって書かれていたんです。「へぇー」と思っていたらこの小説でも確かに「パンダカー」って呼ばれてましたよ。それに英国TV番組の「モース主任警部」が乗っている真っ赤な車がジャガーだった事も判明いたしました。なにも知らないもんで「かっこいい車やなあ」って思っていたんです。「信じられないほど若く少年っぽいジェームズ・メーソン」の出ている古い映画が「邪魔者は消せ」なんやろうなあと思ったり。読んでいて楽しかった。
おすすめ度:★★★1/2
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斧 THE AX(首切り)

1997年作 ドナルド・E・ウェストレイク著 木村二郎訳 文春文庫 374頁
あらすじ
バーク・デヴォア51才は、妻一人、大学生の娘、高校生の息子の4人家族。2年前まではごく幸せな中産階級の暮らしだった。 ところが勤めていた製紙会社が買収されカナダに移転し全員リストラされてしまった。 自分は製紙業界が好きだ。技術者だ。私は車を売ったり、ハンバーガーを焼くために生まれてきたんでは断固ない。「ポリマー加工紙の生産ライン責任者」以外の仕事には目もくれずアチコチ履歴書を送り面接にも出かけるが、未だに職が見つからない。巷には失業者が溢れているから。 2年のプータロー状態はバークを蝕み殻に閉じこもりがちとなり、夫婦の危機になるという不運が徐々に襲いかかる。そんなある日業界紙<<パルプ>>を呼んでいたバークは製紙会社アーカディアの生産ライン責任者アップルトン・”ラルフ”・ファロン(略称URF)の記事に目がはりつく。「コイツは私の仕事をしている」事に気づいたバークは「目的が手段を正当化する」アメリカの伝統にしたがって、計画を進めていく 
感想
実にブラックだった。「目的が手段を正当化する」ねぇ。なるほどねぇ。皮肉ねぇ。お上をアテにせず、自分の力で道を切り開くっていうアメリカのお話。自分の家族という世界をひとりで守る男なの。いい夫でいいパパなのよ。。「ポリマー加工紙の生産ライン責任者」よりも殺し屋に才能があるように思えるけれど、本人は真っ当な勤め人だと思っている。
著者のウェストレイクって方はドートマンダー・シリーズは別として「二役は大変!」とかもエキセントリックで暗いよね。でもなんか恐ろしいユーモアがあって面白いの。
おすすめ度:★★★★1/2
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クリムゾン・リバー

2001年 ジャン=クリストフ・グランジェ著 平岡敦訳 創元推理文庫 487頁
あらすじ
 「クリムゾン・リバー」
感想
原作では尼さんは手がかりのひとつに過ぎない。ここが映画との大きな違い。ジャン・レノが扮したニエマンスは拳銃を振り回したりしない。ここもちょっと違う。素手で殴る。小説ではしょっぱなにニエマンスは狂気にかられ、英国の人殺しフーリガンを半殺しの目に会わせる。こういう前ふりがあって、ほとぼりがさめるまで田舎の山の中の殺人事件をあてがわれるんですね(やっとわかった)。
ヴァンサン・カッセル(「アパートメント」)が演じた若い刑事は、カリム・アブドゥフというマグレブ人(アラブ)で捨て子であり元不良少年という過去を持つ。ニエマンスもカリムも自らの暴力性と折り合いをつけ、生きていくために警察を居場所としている。その男達の暗いロマンスでもあるんです!(驚)。真っ暗な小説なんです。
なかなか読み応えのある小説だった。地質学者のファニーは10歳の時から寄宿舎暮らしをしていたっていうのが「映画の謎」の答えでした。●●である必然性というのもやっとわかった。犯罪の証拠になるのね。映画ではわかりにくかったな。
おすすめ度:★★★1/2
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リセット RESET

2001年 北村薫著 新潮社 362頁
あらすじ
昭和4年の5月に生まれた水原真澄は一人っ子、両親に大切にされて育っている。父の仕事の都合で9才の時に横浜から芦屋の高台の家に引っ越す。家はねえやがひとり いるほどの豊かさでお嬢様女学校に通い始め、清く美しく正しい思春期をのんびり過ごしていたが、時代は太平洋戦争が勃発し戦局は悪化の一途をたどっていた。勤労動員で軍需工場で飛行艇を作りながら空襲でいつはてるとも知れない毎日を過ごしていた。
「スキップ」 「ターン」に続く「時と人」3部作の完結編。
感想
中学時代、理科にかなり風変わりな先生がいてテスト問題がまたユニークだった。ユニーク過ぎて「受験になんの役にもたたん」と親達からはかなり責められておられたようですが。覚えている問題のひとつに「鉄腕アトムと人間の違いは何か? 述べよ」というのがあったな。人間は血が通っている、いつかは死ぬ(でもロボットだって壊れるし)、ご飯を食べる(エネルギーはご飯ではないのか)とか様々な解答を生徒はあげたのですが、究極の答えは「人間は子孫を残せる」という物でした。「生物のすり込まれた使命は子孫を残すことなんかあ。うすばかげろうと同じか・・・」といささかがっくりした思い出がある。
 天皇家とか冷泉家とか近衛家とか由緒ある家柄ならともかく、大部分の家はヒイヒイじいちゃんまで遡れるかどうかって所とちゃうかな。それでもあたりまえの事やねんけど、ご祖先様達は飢餓も戦争も大災害もくぐり抜け、遺伝子を伝え続けて今の私達がいるって事やねんね。あたりまえの事やねんけど。

ネタバレあります。
意図的に子孫を残さない選択をしたのではなく、あるいは子孫を残す残さないに関わらず生をまっとうできずに、理不尽な暴力行為の結果、また災害や戦争や事故で生を断ち切られてしまったら、その人の魂は使命はどうなるのか? という悲しい問いに対する答えがここにありました。附属池田の痛ましい事件の後ではせめてこうあって欲しいと思わずにいられない。
反面、妥協して自分自身納得せずに生を終えてしまっても、遺伝子を残していたらもうその遺伝子に託すしかないという厳しい話でもあります。


風化されつつある「第二次世界大戦時代の日本人は何を感じていたのか。何をしていたのか。」という内容をひとつの視点から残しておこうという作者の努力に頭がさがる。この出来事も私達の遺伝子に組み込まれるべき歴史なんだ。二度と起こしてはならないというメッセージを。(この間TVで見たんやけど、街頭で女子校生らしき子達が『えっ、日本って米国と戦争していた事があったんですか?』って驚いていた。こっちも驚いたけど。)
おすすめ度:★★★1/2
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MAZE −めいず−

2000年 恩田陸著 双葉社 244頁
あらすじ
神隠しにあったように人が消える場所が、西アジアの最果ての地にあった。山々に囲まれた荒野にぽつんと建った四角の白い建物は、中に入ると帰ってこない人もいれば、無事帰ってくる人もいると言われている伝説の場所。まるでXファイルのように「異次元に通じた空間か?」と調査隊が送り込まれる。消えるには何かルールがあるはずだと安楽椅子探偵をひとり引き連れて。
感想
この小説の主人公は「ある場所」もしくは「ある空間」やねんね。入れ子構造になっているという設定はとても買える。土砂降りの雨の中のホラーも買える。4人が何故にこの土地に呼ばれているのかという理由も買える。

買えないのはラストですな。これだけ気をもたせておいて、映画だったらざぶとん投げられんじゃなかろか、ポップコーンが空を飛びまっせというオチで。 なにゆえこの方後半失速するんでしょうか。書くのに飽きられるんでしょうか? とは言うものの、この謎解きは合理的でいいんでないのという気もする。読者を迷路に置き去りにするっていう安易なラストよりよっぽどいい。 国家的なプロジェクトに、スタッフのひとりが中学時代の同級生を呼んでくるってのにいささか非現実的な気もしますけれど。 好奇心旺盛、風変わり、定職についていないフリーター、しかも料理ができるという貴重な人材は他にいなかったのか?。つまり「子供時代」から離れない(離れられない)のが恩田陸という作家なんでしょう。しっかし、 アイデア勝負で雰囲気でもたせていくだけではなく結末までしっかり練り上げた作品も読んでみたい。
おすすめ度:★★★
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