1997年10月のミステリ

ポップコーン 英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞

ベン・エルトン著 早川書房 290ページ 1996年 上田公子訳
あらすじ
お名前は変えてありますが、「ナチュラル・ボーン・キラーズ」の二人組が、映画監督クェンティン・タランティーノもしくはオリヴァー・ストーンのお屋敷(まったく知らないのですが、たぶんハリウッドの豪邸ではないでしょうか)に押し入ったお話です。
感想
某HPを読んで、面白そう(^^)と思って読んだのですが・・・ ~(^^)~面白かった!
ブラック・コメディというと、割とじんわりした響きがあるのですが、この話はスラプスティック・ブラック・コメディ、文字通りの狂想曲。底の浅いような、深いような論理が続きます。全編皮肉と風刺に満ち満ちていますが、真面目に考えられてもいます。
暴力事件が起こるのは、「観てスカッとする、意味もなく殺人をくり返すヴァイオレンス映画」を作った方にも責任があるのではないか?という議論だけに収まらず、話がドンドン広がっていきます。

さぼてんが特になんとなく感心したのは、映画監督が「ミスター・チョップ・チョップは、架空の人物だ。」(つまり、映画は虚構の世界なんだ)というと、犯人が「架空の人物だって事くらい、俺も知っているぜ。だからって、存在しないってことにゃならねえ。」というヘリクツです。
おすすめ度:落としどころはないのだ。といっても考えさせられます。自分なりの答えが出せればいいんだけど★★★★1/2
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地上九○階の強奪

ユージン・イジー著 ハヤカワミステリプレス文庫 353ページ 1992年 朝倉隆男訳
あらすじ
36才のヴィンセントは、9年前まで腕利きの泥棒だった。仲間のドジから捕まり刑務所で7年間服役した。出所してからの2年は車の窃盗で暮らしていた。育ての親の元金庫破りボロは、「過去から逃れられない」ヴィンセントを心配していた。ボロは、「こんな生活から足を洗うため」最後の大勝負にでる。
感想
男と男の話です。普通の世界とは違う暗黒街で、厳しい規範を自分や仲間に科した”昔かたぎの”男たちの話です。「かくありたい」と思う人は多いかもしれない。
雪で覆われたシカゴの6日間ですが、前半はなかなか話が始まらず、あっちへベタリこっちへベタリしていました。後半はこれが生きてきます。殺し屋アニマルが殺害した49人に夢の中で追われると怯えるシーンは、映画「クリープショー」でレスリー・ニールセンが浜辺で殺害した妻とその愛人に追いつめられるのを思い出した。おかしいような恐いような哀しい所です。ヴィンセントが足を洗おうと決めるきっかけとして、うまく描かれています。
ユージン・イジーは初めて。「友はもういない」を読んでみたい。ただ、ちょっと男っぽさとそのスタイルが気になってしまった。さぼてんには所詮、入り込めない世界かもしれない。

「OUT」といい、「地上九○階の強奪」といい先立つものはやはり「大金」なのか。その点は、実にクールでドライでした。
おすすめ度:★★★1/2
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OUT

桐野夏生著 講談社 447ページ 1997年 
あらすじ
夜中の12時から明け方の5時半までの弁当工場の夜勤パート勤め、雅子、弥生、ヨシエ、邦子の4人は年齢も家庭事情もバラバラながら、辛い仕事をこなすため、チームを組んでいた。ある晩雅子の家に弥生から電話がかかった。「夫を殺してしまったの」
感想
すごい小説です。出口なしの閉塞感や、孤独が身にしみついた主婦はどこへ行くんでしょう?。普通はあきらめますね。主婦の仕事は、普通でも充足感が少ない。毎日同じ事の繰り返しで、すぐまた汚れる洗濯物をあらったり、食べるのに30分もかからない料理を何時間もかけて作ったり。それでも、家族のため自分のためなら張り合いもある。でも、それも無くなったら?
普通は見ないように目をそらしているかもしれない深い暗い穴を、じっと見通しているような小説です。
おすすめ度:★★★★★
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猟犬クラブ 英国推理作家協会賞(シルヴァー・ダガー賞)

ピーター・ラブゼイ著 早川書房 344ページ 1997年 山本やよい役
あらすじ
ミステリ愛好会<猟犬クラブ>の面々は、本格物好き、ハードボイルド好きが会合のたびに丁々発止のやり取りで口論寸前。本格物好きのマイロがジョン・ディクスン・カーの「三つの棺」(密室物のバイブル)を朗読しようとすると、最近博物館から盗まれた切手が本にはさまっていたあ!
感想
ひと癖もふた癖もある作者の、ミステリファンに対する皮肉と愛情が描かれた話です。「本格ファンは現代の日本にしかいない」と言われていますが、そうではない事を証明しています。ワーおもしろかったあ。刑事のジュリーが愛好家の家で蔵書を眺めながら「ジョン・ディクスン・カーとカーター・ディクスンは名前が似ているけれど、なんか関係あるのかしら?」(同一人物)というところや、P・D・ジェイムズ(「ナイチンゲールの屍衣」の作者)が子供の頃「ハンプティ・ダンプティ」の童謡を初めて聞いた時に「勝手に落ちたの?それとも誰かに押されたの?」と思ったとか、色々面白いんです。海外ミステリのファンには、おまけがたくさんあるみたいで嬉しい。それもウンチクたれじゃないところが、花丸です。トリックも「アッと驚く」ほどではないのがご愛敬。
でも、ふと、さぼてんも第三者の目からみると、猟犬クラブの面々のようにクレイジーに見えるのだろうか?という思いが頭をかすめる・・・?!
ダイヤモンド刑事シリーズ4作のうち読んだのは、「単独捜査」に続いて2作目。
おすすめ度:★★★★
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風が吹いたら桶屋がもうかる

井上夢人著 集英社 285ページ 1997年
あらすじ
元倉庫に住んでいる3人、超能力の持ち主・松下陽之助(まつしたヨーノスケ)、牛丼屋でバイトする勤労青年・三宅峻平(みやけシュンペイ)、プータローでたまにパチプロ・両角一角(もろずみイッカク)に持ち込まれる謎また謎の7作の連作集
感想
シュンペイの店にやってきたかわいい客人が謎を持ち込む。その謎を解決するため、「割り箸を割るのに30分かかる」低能力者のヨーノスケが汗を流して奮闘している間に、蒸しアンパンのようなイッカクが明晰な頭脳を使って快刀乱麻のごとく推理する。それがまた大ハズレという、実に登場人物の個性が楽しめる連作集です。
あんたらは、シュロック・ホームズか、はたまたドーバー警部か、ホン・コンおばさんか?
おすすめ度:著者のライフワークにしてほしい★★★★
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ベルリン・レクイエム A GERMAN REQUIEM

フィリップ・カー著 新潮文庫 469ページ 1995年 東江一紀訳
あらすじ
前作「砕かれた夜」で警察に復職したベルンハルト・グンターは、親衛隊に組み込まれ大量殺人者になることから逃れるため、国防軍へ転属した。ソヴィエト前線でソ連軍に捕まり、収容所に送られる寸前列車から飛び降り、戦後廃墟となったベルリンへ戻ってきた。細々と探偵稼業を再開した所から始まります。
感想
読むのにちょっと骨がおれました。私立探偵物「偽りの街」、警察小説「砕かれた夜」に続き、この作品は戦後冷戦下での諜報戦の幕開けを描いたスパイ物です。エスピオナージュは、複雑すぎてちょっとついていけないかな。でも、「ベルリン封鎖」直前の緊張した様子や、「第3の男」の撮影が始まるウィーンが描かれています。
戦記には疎いので、オーストリアについて「心はナチスドイツに大きく寄っていたにも関わらず、戦後、占領軍はナチスドイツの協力者ではなく被害者とみなしてくれた」と表現されているのは、驚きました。本当の事なのかな?
日本から見るとソ連はヨーロッパに見えるけれど、ヨーロッパからは決してそうではない事とか、数々の戦争をくり返してきた過去のあるヨーロッパは決して一枚岩ではありえない事とか、極東からは なかなか実感できない遠い国々です。
おすすめ度:★★1/2
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傷痕のある男 SCARRED MAN

キース・ピータースン(アンドリュー・クラヴァン)著 角川文庫 365ページ 1991年 羽田詩津子訳
あらすじ
新聞記者のマイケル・ノースはクリスマスにボスの別荘にまねかれる。楽しく和やかな雰囲気のクリスマスの夜、みんなで怪談話をはじめた。マイケルが即興で創作した「傷痕のある男」の話をすると、ボスの娘スザンナは、「やめて!」と叫んだ。彼女は、血の気がひき異常なほど怯えていた。
感想
読み始めた時は、幻想的なホラー小説かとちょっと引いたんですが、違いました。さぼてんがゾクゾクするほど好きな○・・・・○物ではありませんか。書きたいけど知らない方がいいので、がまんします。
サスペンスあり、若きロマンスあり、そこはかとないユーモアもあり、その上あっさりしたホラー風味でした。
主人公2人にとても好感がもてるし、脇役の変人チャーリー・ローズも魅力的でした。こんな風に生きたいなとちょっと思ってしまった。
−−−物足らないので、やっぱりネタバレ書きます−−−
小さい頃の記憶って、いつからありますか?。私は3才になりたての台風が記憶に残っています。恐かった記憶って残るのかもしれません。さぼてん男は小学2年生以前の記憶はないそうです。真っ白。幼稚園は何組だったかはおろか、1年いったのか、2年行ったのかも覚えてないらしい。やっぱ、エイリアンかも。(ちなみにさぼてんは、バラ組と竹組でした。松組、梅組もありました。「犬神家の一族」みたいやね。)
おすすめ度:★★★★
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真夜中の電話 

ロバート・コーミア著 扶桑社ミステリー 222ページ 1997年 金原瑞人訳
あらすじ
デニーの家では、毎年ハロウィーンが近づくにつれ、頻繁に電話がかかってくる。デニーは幼い頃から電話に出るのを禁じられていた。父親が真夜中の電話にでても、一方的に聞いているだけだ。あの電話はいったい誰からなんだろう。
感想
面白いです。面白いんだけど、巻末で絶賛されるほどは、この話馴染めませんでした。私は、スティーブン・キングもそれほど好きではないからかも知れません。
巻末の馳星周氏らによる<特別解説座談会>はもっと馴染めませんでした。どうして少年少女にこの本を、そんなに薦めるのかわかりません。(薦めない方がよいというわけでは、決してありません。)エヴァンゲリオン人気にあやかって、読者層拡大を狙っているのではと勘ぐってしまいました。自己の内面世界に目を向けるのも大事ですが、普通の人はバランス感覚が一番大事と思います。(いわずもがなの事書いてますね。)
馳星周氏の「暗い現実に即した結末をいいっていう、子供達が増えていくと思う」というよりは、「色々あるけど世の中すてたモンやないデ」の方が私は好きです。(馳星周氏の本を読んでいないので真意はわからないのですがと言い訳しておこう。そろそろ「不夜城」を読んでみようか・・・とまた著者の術中にはまってしまうのであった。)
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推理小説代表作選集1997 

推理小説年鑑 講談社 383ページ 1997年 
紹介
日本推理作家協会が、1996年に雑誌等で発表された短編推理小説から傑作15篇を収録したアンソロジー
感想
面白くて、立ち読みの価値ありは(2100円もするのです)、

 「猟奇小説家」我孫子武丸(すばる6月号)
  2転3転するプロットです。

 「彼なりの美学」小池真理子(オール読物7月号)
  ちょっと贔屓です。「コレクター」のような話と思って読みましょう。

 「刑事部屋の容疑者たち」今野敏(小説新潮7月号)
  異色でした。日本の作家にはめずらしい話です。
  4人の刑事が容疑者で、警部補の洞察力ある推理が冴えます。

 「右手に秋風」渡辺容子(小説現代10月号)
  ミステリよりも、「保安士」(スーパーやデパートで不法行為が行われていないか、目を光らせている人達)
  の職業話が面白い。

 「裁かれる女」連城三紀彦(小説すばる10月号)
  あまり好きな作家ではないのです、情緒的過ぎて。でも、15篇の中でピカ一です。

 「死ぬ時は意地悪」西澤保彦(メフィスト12月号)
  題が「死ぬ時も意地悪」でないのは、何か意味があるのでしょうかね。ほんまにいけずの話です。

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