1998年1月のミステリ

殺戮の天使 Fatale

ジャン・パトリック・マンシェット著 学研 178ページ 1977年作 野崎歓(かん)訳
あらすじ
原題の「ファタル(死をもたらす)」どおり、ヒロインは「金」のため、次々と人を殺していく。
感想
感情をそぎ落としたような文体。これもサイコパスの話かもしれない。暗い、冷たいといかにもフランスといった趣(おもむき)。こういう小説を「ロマン・ノワール(暗黒小説)」というのか。”何故、そういうことをするの”という理屈はいっさいなく、文学的、詩的でさえあります。ある種の傑作だと思う。

主人公エメが「駆け抜けた」という小説です。

おすすめ度:今まで読んだミステリとはどこかがだいぶ違う。
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不安な童話

恩田陸(りく)著 祥伝社 217ページ 1994年作 
あらすじ
24才の万由子は、25年前に死んだ女流画家高槻倫子の遺作展で、ハサミが首にささる幻影をみて失神した。翌日、高槻倫子の息子が訪ねてきて「あなたは、母の生まれ変わりです。母の殺された時の事を教えて欲しい」とせまられる。
感想
う〜ん、おもしろくはあってんけどね。プロットはよく考えられている。最後まで。
しかし、天才肌のエキセントリックな女流画家がイメージとして浮き上がってこない。そして、主人公がもらす自分や周りの女の子に対する感想が、練れていない文章でゴツンゴツンと違和感を覚える。あかん・・「4U」といい、自意識過剰な日記のような文章はダメ(<<一部ですが)。合わない。
文句言ってますが、惜しいんです。せっかくのプロットなのに。習作なんでしょうか。「ターン」の後に読んだのがまずかったのかも。
おすすめ度:★★★
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ターン

北村薫著 新潮社 352ページ 1997年作 
あらすじ
森真希29才は、メゾチントという種類の版画家の卵。交通事故に巻き込まれ、気がつくと家でうたた寝をしていた。ところが、世間の時間からたったひとり置いてきぼりになり、しかも同じ日がくり返される空間にはまりこんでしまったのだった。
感想
前半は、<時間の反復落とし穴>違うね、これは西澤作品。こちらは<くるりん>と時間が戻る空間に閉じこめらる。大昔見たアメリカのTV番組「アウターリミッツ」を思い出した。戦闘機に乗っていた主人公が時間のはざまに入り込み、全ての人、物が静止している中にたったひとり残され、元の世界に戻ろうとする話だった。
話の中に出てくる「たったひとり生き残った」映画は「地球全滅」(1959年アメリカ)かもしれない。ハリー・ベラフォンテ主演の近未来SF。

ふうーんとか思って読んでたんやけど、後半は引き込まれて読むのをやめられなかった。受話器の下に座布団を引いて、清潔なタオルをかける所はほんま、ジーンとするよ。(こんなええ男が35才まで残ってたん?とは思うけど)

家の中に引きこもってしまい、自閉症ぎみになった子がいても、細い糸がつながっていれば、いつの日か、こちらの世界にもどれるのではというような話にも読める。(読み過ぎかな)

あまり好みの作家ではないんやけど、これは一読の価値あります。素直に感動した
おすすめ度:★★★★1/2
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冤罪者 STALKERS

折原一著 文芸春秋 412ページ 1997年作
あらすじ
12年前、恋人を連続暴行殺人魔に命を奪われた五十嵐友也は、第一審で無期懲役となった未決囚の河原輝男から「私が犯人ではありません」という手紙を受け取る。
感想
短い幕切れでした。いつもみたいに、「あの時のアレはこの人だったわけで、あの時は時間が遡っていたのであって」という解説が不要というスグレものです。
前半は、連続暴行殺人で無期懲役判決を受けた未決囚は、冤罪者か否かという社会派小説じみたルポっぽい話で「おおっ、作風が変わったのか」でした。が、後半はいつものパターンで、だれともしれない独白に夢まで加わっていました。色々楽しめて三食パンみたいな味わいです。
舞台が限られた地域内であり、ドアのいっぱいある迷宮で登場者が右往左往しているような、密室物めいた味わいもあります。
最後の60ページを残して、いったんお風呂にはいる(お風呂大好き)。パインハイセンスという松ヤニからできている浴用剤の香りを楽しみながらつらつら考えたおかげて、今回はいいところまでいってました。(余すところ60ページなら、だれでもわかるっていってるの誰?)
そやけど「やけどって、痛いし恐いのにねー」と2年半前の夏、ゆで上がったそうめんの鍋を持ち上げた途端、鍋の取っ手がとれて太股にやけどをおうという漫画のような災難にあったさぼてんは、こまかい所にこだわるのであった。
おすすめ度:★★★★おまけに1/2
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氷の家 THE ICE HOUSE 英国推理作家協会 最優秀新人賞

ミネット・ウォルターズ著 東京創元社 384ページ 1992年作 成川裕子訳
あらすじ
イギリス田園地帯、10年前にだんな様が失踪し「奥様が殺したのだ」と根強く噂されている屋敷には、噂の奥様とその女友達2人が住み続けていた。「三人は魔女、レズ」といわれている屋敷の氷室(ひむろ)で、ボロボロの死体が発見される。
感想
P.D.ジェイムズ、コリン・デクスター、レジナンド・ヒル、ルース・レンデル、エリザベス・ジョージと連綿とつづく、英国重厚長大ミステリの新しい旗手(と思う)。訳が堅いのかなあ、3人の魔女の書き分けがもうひとつ。
<人間の悪意>についての話だと思う。英国ミステリって、霧のようにジメジメした意地悪の話、割と多いね。
おまけに、登場人物が冷え冷えとよそよそしい感じなん。この、個人主義的な所は決して嫌いやない。

また、文中の「身を犠牲にして次世代を再生産し、育てる」ように生物的プログラミングされている性と「お願いして生産してもらい、また、育ててもらうために常に身を粉にして働く」ようプログラミングされている性のどちらが不幸か論争に、作者の”人の悪いユーモア”があった。
「女彫刻家」より、おススメ。もう少し短かったらもっとよかった。2月にビデオがでるのが楽しみで頑張って読んだよ。
おすすめ度:★★★1/2
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死の泉

皆川博子著 早川書房 427ページ 1997年作
あらすじ
1943年、ミュンヘン近郊の村シュタインヘリングにはレーベンスボルン(生命の泉)により運営されている産院があった。レーベンスボルンは、ナチスにより設立された組織で、”国家の子供”を得るために婚姻外の出産を奨励していた。
ポーランドなどの占領国からも、金髪碧眼の正当アーリアンと見なされた子供たちが、第三帝国実現のため次々と送りこまれてきていた。
感想
本の帯に「北村薫氏、小池真理子氏、絶賛!」の文字。パラパラとめくると「カストラート」の文字。ムムッ読み通せるかな?の不安も吹っ飛ばして2日で読めました。
前半の敗戦色濃いドイツでの、芸術至上主義者の医者と私生児を抱えた娘、ポーランドからさらわれた少年たちからなる不安定な”疑似家族”の物語には引き込まれました。
それに比べ、後半の15年後の復讐物語は、登場人物も多くゴタゴタ気味。古城、地下に広がる大洞窟、闇の中を流れる川とか、不気味で幻想的な世界だけに少し残念。
ラストはよくわからない。昨日の深夜のねむた目のせいかと、今もう一度読んだけどやっぱりわからない。

本を読んでいると、映画「カストラート」「ルードヴィヒ神々の黄昏」の映像が少しよみがえってきた。
レーベンスという粉ミルクがあったな。ドイツ語で”生命”という意味やったんか・・・
おすすめ度:★★★1/2
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