2000年5月のミステリ

サリーは謎解き名人 FOUR TO SCORE

ジャネット・イヴァノヴィッチ 1998年 米国 細美遙子訳
あらすじ
「ステファニー・プラム」シリーズ第四弾。
恋人の車を盗んだ罪で起訴され保釈中逃げたマクシーン・ノーウィッキーを追うステファニー。マクシーンは相当頭にきているらしく元彼・クンツに次々暗号を送りつける。ふたりの間には何か秘密があるらしい。パズルの天才サリーの力を借りて解読していくが、まったく先が見えてこない。マクシーンの同僚の指が切られたり、母親が頭の皮をはがれたり不可解な事件が起こるだけ。
感想
ひっつきそうで、ひっつかないステファニーとジョー・モレリ。今回もいい所で”安全性の問題”が持ち上がる。サンドウィッチのビニール袋を使うってえ手もあったが・・・。ミステリを読んでいるのやらハーレークイーンロマンスを読んでいるのやら、わからんようになってきた(笑)。
車を燃やされ、家を焼かれ満身創痍のステファニー。命を狙われ歩く疫病神となったステファニーは実家にも近寄れず「家が破壊されたってまったく良心の呵責をおぼえずにすむ」ろくでなしジョー・モレリの家に転がり込む。
このシリーズの楽しみのひとつは毎回新たに登場するイカレタキャラクター。今回登場はドラッグ・クイーンのサリー・スウィート。身長2メートル近い大男がファラ・フォーセット・ヘア+マドンナ・ファッション+つけまつげ+ピアス+リップグロス+マニュキアというど派手さでご登場。「バウンティン・ハンターってかっこよさそう」とくっついてくるルーラー■とサリーを引き連れ引きずられ自称「お色気三銃士」が巻き起こす大騒ぎ。どファッショナブルにはじけています。
おすすめ度:★★★1/2
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モーおじさんの失踪 THREE TO GET DEADLY
    CWA(英国推理作家協会)シルヴァー・ダガー賞

ジャネット・イヴァノヴィッチ 1997年 米国 細美遙子訳
あらすじ
「ステファニー・プラム」シリーズ第三弾。
キャンディやアイスクリームを30年売り地元民に親しまれていたモーおじさんが行方不明となる。拳銃不法所持で捕まった後、店を閉めて出ていってしまった。追うステファニーの前にごろごろする麻薬密売人の死体。
感想
今回ステファニーの身に起きた災厄は、ブルーネットの髪に赤でちょいアクセントをつけようとヘアカラー中、獲物を見つけショッピングモールで追いかけっこしたばかりにちりちりの”オレンジ色”に染まってしまったクセ毛。凄腕バウンティ・ハンターのレンジャーがその盛り上がったオレンジ頭を形容して言う「マクドナルドのドナルドくんみたいだ。」からもその惨状が想像できる(クククッ)。この作品では相棒もでき、保険保証会社にファイル係として就職した体重104キロの黒人大女元娼婦ルーラーは「面白そう」とばかりにハンティングに付いてくる。が、警察嫌いのルーラーは警察の姿が見えるやいなやサッサとずらかりステフを置き去りにするという実に頼りになる相棒。何度も死体に遭遇するこの作品のドタバタ度はシリーズ中最高。空からも降ってくるんだよ(笑)。
おすすめ度:★★★★
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あたしにしかできない職業 TWO FOR THE DOUGH
  CWA(英国推理作家協会)最優秀ユーモア賞

ジャネット・イヴァノヴィッチ 1996年 米国 細美遙子訳
あらすじ
 「私が愛したリボルバー」に続く新米バウンティン・ハンター「ステファニー・プラム」ご町内シリーズ第ニ弾。
喧嘩騒ぎから仲間の足を撃ち捕まったケニー・マンキューソは保釈中逃亡する。ステファニーがケリーの恋人の家を張っていると男がひとり入っていった。ケリーだと踏み込むと中にいたのは因縁浅からぬ仲の警官ジョー・モレリ。従兄弟のケニーの行方を捜すよう家族(ファミリー)に頼まれたと言う。モレリの一族もマンキューソの一族も男は酒飲みで女の尻ばかり追いかけ回しくずばかりだ。というのが一般的な世間の評価。プラス、ジョー・モレリは嘘つきだ。なにかもっと理由があるのよ。
感想
このシリーズは面白い。原作もさることながら(と思う)訳もうまい。間の取り方が実にうまい。

告別式に行くことを趣味にしているメイザお祖母ちゃんが今回も大活躍。つまずいてグラジオラスの花瓶をひっくり返し遺体に水をぶっかけるやら、弾があたった後を見たいと蓋の閉じられた棺に”偶然”袖をひっかけるやら、ハンガリーからの移民でジプシーの血がどえらく流れている。45マグナムを構えたメイザお祖母ちゃんが悪党に言う 「お前の考えている事はわかるよ。この銃にまだ弾丸がはいっているかどうか。さあてね。頭が混乱して最初の方を忘れちまったよ。(中略)そこで自分にひとつ質問をしてもらおうか。今日はラッキーだと思うかい? ええ、どうだい? 小僧 」 というダーティ・ハリーになりきったセリフに大笑い。小説に映画を使うならこういう風につかってもらいたい。このメイザお祖母ちゃんはミステリ史上最強のキャラクターだ。恐ろしくてとても認めたくはないがその血を色濃く受け継いでいるステファニーに事件の方が吸い寄せられ”嫁入り前の娘”のしでかした大騒動が新聞にもデカデカ載ってしまうという親不孝物語(笑)。
おすすめ度:★★★★
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名探偵は密航中 −オムニバス・ミステリ−

若竹七海 2000年
あらすじ
1921年(大正10年)倫敦行きの豪華客船・箱根丸は横濱を出航する。壱等船客には東西新聞社社長である兄の命を受けた鈴木順三郎が乗っている。倫敦までの紀行文を逐次送れという兄に酒浸りの日々を綴り送る順三郎。英国に駐在中の外交官である婚約者の元に向かうはずの山之内男爵令嬢初子。亡くなった母親違いの姉の身代わりに差し出された妾の子・初子は脱走のチャンスを狙っている。初子のお目付役の元教師・鹿内ヒデ、女中の沢田ナツ、絵描きの大庭富美などなど、一癖も二癖もある人物達とともに起こる7つの事件簿。
感想
最初はパズラーかとEXCELに登場人物を書き込み整理しもってぼちぼち読んでいたのですが、中途で違う事が判明いたしました。大正時代の風物とレトロな船旅と”ちょっと意外な真実”を楽しむ、大胆な事を言えばアガサ・クリスティの向こうを張った(ような気がする)連作短編集です。
「一.殺人者出航」  まあつかみとしては、よくできているのですが幾分腰砕けのような気が・・・
「二.お嬢様乗船」  ドタバタユーモアミステリ&ちょっともの哀しく、これは二番目に面白かったです。
「三.猫は密航中」  色々な味が楽しめる連作に、ミステリに合う猫様のご出演が楽しい。工夫の跡が見える。
「四.名探偵は密航中」これがクリスティっぽい作品だったのよね。
「五.幽霊船の出現」 これもそうなんだけれども、この連作集の中ではイチオシ。ホラー・・・。
「六.船の上の悪女」 子供の視点からみたサスペンスという、これまた定番ながらなかなかよし。
「七.別れの汽笛」  ふむ。
全ての作品に今までのミステリを踏まえた勉強の後が見え、仁木悦子、クレイグ・ライスの後を継ぐのはこの人しかいないとは思うんだけれども(ほんまか?)残念ながら小粒な印象が惜しい。
おすすめ度:★★★
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静寂の叫び A Maiden's Grave(乙女の墓)

ジェフリー・ディーヴァー 早川書房 1997年 460頁
あらすじ
FBIの危機管理チーム交渉担当者(「交渉人」のサミュエル・L・ジャクソンとケヴィン・スペイシー)のアーサー・ポターは休暇中に緊急呼び出しを受ける。看守を殺し刑務所から脱獄した3人が車を手に入れるためカップルを殺害し通りがかったスクールバスも乗っ取り、廃屋の元食肉加工場に立て籠もったのだ。
感想
スクールバスに乗っていた聾学校の教師2人と8才から17才までの生徒8人の人質を盾にヘリコプターを要求する犯人と交渉人との手に汗握る13時間の攻防戦。「何故奪った車をかっ飛ばして逃げずに、立て籠もったのか?」というほん最初の疑問は次から次と繰り出される緊張の連続に飲み込まれ忘れてはててしまう。うまい。 最初にユダがいるような事が示唆されているが、「誰がユダなんだろう?」と読み進めていく内に「読者の興味を持続させるためだけだったのかも。ひっかけか?」という疑問となり、いつしかめまぐるしく変わる展開に忘れ果ててしまう。うまい。

が、いまひとつ後味がよろしくない。全てが無駄だったようなむなしい気がする。特にクライマックスのひとつ前がよろしくない。今まで慎重に冷静に事を進めていたのに頭に血が昇ったのか? あまりに無謀と思う。とはいえ「じゃこのクライマックスに持っていくためにはどうすればよかったの?」 と言われても何のチエもありません(汗)。ポターが人質の教師メラニーに一目惚れするのも唐突といえば唐突。しかしこうしないと話が進まないって訳なの。アメリカ社会のルールとは別の「弱肉強食」の世界で生きている犯人のリーダー・ルーが野獣に思えてくる。「柔らかい殻」を見ていたせいか頭の中ではヴィゴ・モーテンセンがルーをしていました。

交渉人のポターは、立て籠もった犯人だけではなく、義務感やら功名心やらを持った州知事の配下、マスコミ、州法務次官から邪魔だてされ、「前門の虎、後門の狼」状態に陥る。異常事態に対応しようと俺が俺がと出たがる姿を見ていると「心臓発作を起こした人がいると、助けて英雄になろうと我も我もと駆け寄る」お国なんだというのがよくわかる。「情報を渡さないからこうなったんじゃ?」という気もせんではないが、こういう非常事態に対処するには「ひとつの強い意志」に全てが従うべきなんだろう。つまり「船頭多くして船山に上がる」「山で遭難した時リーダーが複数になると待ち受けるのは死」という訳ですね。反対に日本はよほどの経験者でなければ「自分がよけいなことをしたばかりに助かる人も助からないかも」と考え後込みしてしまうらしい。こういう気質がいい方に出てこの間のバス・ジャック事件では上層部の縄張り争いがなかった事を期待しています。「ああすればよかった。こうすればよかった。」と後から批判している人達がいるようですが、後からではなんとでも言える(取り込みの最中に外野がヤイヤイ言うのはもっとよろしくないが)。もっとよく考えてから建設的な意見を言って欲しい。批評家はいらない。他の被害者の心情を思うと簡単には言えませんが、この本を読んだ限りチャンスがあればひとりでも逃げる方がいいのではと思う。ひとりでも人質が少なくなった方がいい。中の情報を伝える事もできる。ここらあたり専門家のお話をぜひ聞きたい。「男達が唯々諾々とバスを降りたうんぬん」等と非難するのは本当によろしくない。被害者ではないか。

しっかし、多くの経験を持ったリーダーに信頼する参謀、そして有能な若手達というピラミッド体制の方が組織はうまく働くといった見本のような話だったな。高齢化の波が企業に押し寄せている今、中高年のリストラは避けられないって訳なのね。つまり後方支援として弁当の用意なり使い走りなり仕事を選ばす働けっという引導を渡されてるんだよ、私達(笑)。
 「眠れぬイヴのために」「ボーン・コレクター」、 「監禁」と読んできましたが本作が一番早く読めました。しかし一番読むのに骨をおった「眠れぬイヴのために」がもっとも個性的だと思う。本書はドラマティック過ぎて作り物めいているような気がする。作り物なんですけれど。 
おすすめ度:★★★★
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象牙色の眠り

柴田よしき 廣済堂出版 2000年 293頁
あらすじ
瑞恵は35才、夫が知人の連帯保証人になった事から多額の借金を背負ってしまった。家計を助けるため富豪の原家に通いの家政婦として働き始める。原家はワンマンだった当主はすでに亡く、先妻の子かおりと裕次、後妻の愛美と連れ子の祥の4人が暮らしていた。優雅な暮らしをしていた原家に不幸が降りかかる。長女のかおりが自宅近くでひき逃げされ眠り込んだまま意識がもどらないのだ。
感想
瑞恵の視点から語られる暗い調子の「家政婦は見た!」。
登場人物が少ない上に次々死んでいくので、どんでん返しは「少ない中でやりくりしました。」と思えてちょっと・・・苦しい。犯人はそういう事をしでかす様にはまだまだ思えないというのが欠点かな。よく出来た話とは思うのですが、犯行の動機となる「人の心の内」がさぼてんを納得させられる程「描けていない」のが惜しい。この本では重要なポイントだと思う。その分物語が軽く感じられる。

「不条理な殺人」を読んだ時にも感じたんですけれど、作者は主婦に対してなかなかシビアですね。どうしてなんだろう。キャリア・ウーマンの傲慢さに怒る主人公・瑞恵の姿を読者はどう受け取るのかな。専業主婦を経験した作者が「主婦の社会的地位の低さ」を憤っているとも取れるし、「主婦はひとりで生きられない人々」と思っているようにも取れる。私は後者だと思う。そう感じられるのが問題なんだな。
もしかしたら「外で働くのは苦痛だ。家庭の事をしていたい。」という女性がいる事を肯定しつつも、自分はそうならない。経済的に自立したいし自己実現もしたい、瑞恵にならないためにも作家として頑張りたいという決意の表れなのかもしれない、と思ったりもする。
おすすめ度:★★1/2
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