キャプテン・ムスタファ〜Cappadocia Lodge
 
キャプテン・ムスタファ
〜 Cappadocia Lodge
 

   主な見どころをひと通り朝から順に訪ね歩き、戻ってきたのは夕方だった。充実した一日だったが、さすがに少し疲れた。夕食はホテルのレストラン。それまでのひととき、部屋でしばし休憩を取ることにする。
「みなさーん、洗い物を出してくださーい」
 ある程度長期の旅行になると、下着類などの衣類はさすがに全日数分持っていくわけにはいかない。勢い、数日おきには洗濯し、何度か着回すことになる。僕たちが泊るホテルには大概ランドリーサービスなどないので、通常はバスタブや洗面台を利用して妻が洗ったものをバスタオルで包んで僕が絞る。これで脱水機にかけた程度にまでは乾く。あとは翌朝まで部屋の中に干しておくのだ。今回は弟もいるので脱水がより強力にできる。
 とはいっても出番が来るのはもうしばらく後だ。それまでは手が空いている。暇つぶしにテレビでも見てみることにした。子供の頃家にあったような、ブラウン管型の古くて小さなテレビだ。しかし、映りはいまいち不鮮明、しかも白黒だ。たいして見る番組もなさそうだとチャンネルを切り替えていたところ、突然見慣れたアニメが現れた。
「キャプテン翼がやってる」
 間違いない。この絵柄、日本で見る漫画と一緒だ。
「ほんとですね。あ、これ、岬くんだ。あ、こっちは日向くん」
 ベッドに寝転がってガイドブックを読んでいた弟も、本を持ったまま近寄ってきた。
「でも、字幕は出てないですね」
「音声はどうなってるのかな。ボリュームを上げてみよう」
 すると、耳慣れない言葉がスピーカーから流れてきた。
「ひょっとしてトルコ語じゃないですか」
「吹き替えってこと?」
「まあ、放送しているのがトルコですからねえ。トルコ語の方が視聴者にはわかりやすいでしょうね」
 しょせんサッカーの話なので、眺めているだけで何となくストーリーはわかる。しかし、だんだんとあることが気になり始めた。
「さっきから注意して聞いてるんだけど、全然『ツバサ』って発音がないんだ。もちろん、『ミサキ』も『ヒュウガ』も」
「てことは、登場人物はみんなトルコ名なんでしょうか」
「ムスタファとか」
 ちょっと想像してみる。いくぞ、ムスタファくん、パスだ。アリくん、上がれ。大丈夫か、ムハンマドくん。
 ハッキリ言って、この顔でその台詞はかなりシュールだ。もしアメリカのドラマで主人公の名前が太郎や花子だったら、すんなり物語の世界に入り込めるだろうか。それとも、同じウラル・アルタイ系だから気にならないのか。そもそもトルコの人はこのアニメ顔を何人だと認識しているのだろう。
「日本の作者はこんなとこでこんな番組やってるの、知ってるのかな」
「どうでしょう。自分の作品が『キャプテン・ムスタファ』になってるのを知ったら、けっこう複雑な気分になるかもしれませんね」
 

   
Back ←
→ Next
 


 
幻想のトルコ
 

  (C)1997 K.Chiba & N.Yanata All Rights Reserved