世界七不思議〜Delhi
 
世界七不思議
〜 Delhi
 

   簡単な化学の問題をひとつ。何の変哲もない鉄を空気中に放置しておいたらどうなるか。答えは「錆びる」。2価の金属である鉄は酸素と結合しやすく、自然界では多くの場合、酸化鉄の状態で存在している。
 しかし世界は広い。特殊な加工を施していないのに錆びない鉄柱があるという。この話を初めて知ったのは中学生か高校生の頃だったか。本屋で立ち読みした雑誌に書いてあった。その所在地がインドだったため、何かオカルト的な、科学では説明できない理由によるものなのだろうと勝手に解釈していた。
 そして、月日は流れる。
「クトゥブ・ミナールは、インド最初のイスラム王朝であるデリー・スルタン朝を創始したアイバクによって建てられた勝利記念塔です。およそ800年前のものですが、石造建築物としては今もインドで最も高い建物です」
 デリー観光の最後は郊外にある有名な遺跡だった。全体は巨大な円柱を縦に積んだような五層構造となっていて、各層ごとに異なった意匠が施されている。直径は10m、いや15mはあるだろうか。高さは72.5mというから、下手な灯台よりよほど大きい。実際、下から見上げると上の方がどうなっているのかはまるでわからない。かなり離れて初めて全貌が把握できる。
「さっき、アイバクによって建てられたと言いましたが、彼が造ったのは第一層だけです。第二層から上は娘婿が造りました」
「それじゃ、なぜアイバク作なんですか」
「この周辺は過去に何度も大地震に襲われたんですが、多くの建物が倒壊する中、クトゥブ・ミナールだけはびくともしなかったそうです。よほど基礎がしっかりしているのでしょう」
 つまりこうだ。地上に見えているのは確かに五層だけだが、地下には何層埋もれているか見当がつかない。ひょっとしたら七層、いや八層あるかもしれない。もしかしたらアイバクの造った部分の方が多いかもしれないのだ。
「こちらにも来てください。面白いものがありますよ」
 ガイドに案内された広場は真ん中に何の変哲もない鉄柱が立っているだけのものだったが、その割には大勢の観光客が集まっていた。
「これは造られて1500年も経つのにまるで錆びないという、不思議な鉄柱です。後ろに手を回して掴めると幸せになると言われています。どうぞお試しください」
 その瞬間、脳裏に眠っていた記憶がスパークするかのごとく呼び覚まされた。もしかしてこれがあれなのか。
「ひょっとして、これってアショーカ王の……」
「そうです。ご存知でしたか。アショーカ王の錆びない鉄柱です」
 思いがけない突然の出会い。急速に胸が高鳴り出す。まるで憧れのアイドルに道端で偶然出くわしたような気分だ。まさか、世界七不思議にも数えられるあの代物がこんなところにあったとは。しかも、自由に触れるだなんて。
 興奮を抑えようもなかった。おずおずと近づくと、僕はあたかも壊れ物にでも触れるかのようにそっと手を差し出した。ゆっくりと撫でてみる。肌に伝わる冷たい感触は、まぎれもなく鉄のそれだった。
 

   
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