石油文明ここに極まれり |
〜 Mumbai(Bombay) |
デリーから空路で2時間。ムンバイに到着すると陽は既にとっぷりと暮れていた。送迎のバスは、宵闇の中を急ぎホテルへと向かう。しかし、これまでとは何かが違う。街の雰囲気が今までとは異なっている。車窓をつぶさに観察しながらその理由を考える。しばらくしてようやく気づいた。この街は明るいのだ。イメージ的な意味ではない。物理的に光に溢れている。他の都市と比べて圧倒的にキラキラしているのだ。 街路樹にネオンが巻き付いている。建物が節操もなくイルミネーションで飾られている。色彩とりどりの光が街のいたるところで幻想的な輝きを放っている。まるでクリスマスか、さもなければディズニーランドのエレクトリカルパレードだ。 何なんだ、これは。世界最大のエネルギー消費国であるアメリカでさえ、ここまでえげつなくはないだろう。この光景を石油文明の繁栄と呼んでよいものか。これでは消費ではなく浪費ではないか。美しさよりもむしろ悪趣味が先に立つ。 20世紀は石油の世紀だった。砂漠の中から掘り出された原油がタンカーで運ばれ、巨大な発電所を動かす一方、あらゆるモノの原料となることで僕たちの日常生活を支えてきた。その行く末がこの有様なのか。そう考えると何やら複雑な気持ちになってきた。 夕食を済ませた後、周辺を散歩してみることにした。中心街というよりは郊外のリゾートエリアといった界隈で、他にも似たようなホテルが建ち並んでいる。中庭にはヤシの高木が植えられていて南国気分を醸し出している。実際、暖かい。夜なのにシャツ一枚でも平気で過ごせる。 歩いているうちに、やたら明るい一角が見えてきた。ホテルの中庭で何かイベントをしている。入口にはアーチが掛けられ、敷地全体が紅白の垂れ幕で囲まれている。投光器を使用しているらしく、眩しさに目がくらみそうになる。 「ひょっとして、結婚式なんじゃないの?」 そうとなれば覗いてみない手はない。つたない英語で交渉すると、受付の青年は意外にも快く入れてくれた。 中庭は思った以上に広かった。あちらこちらにテーブルと椅子が出され宴席が設けられている。バイキングテーブルにはカレーだけでなく西洋風の料理の数々も。少し行くと噴水があり、その周りを見慣れない草花が取り囲んでいる。テレビクルーのように大掛かりな撮影機材を抱えた男たちが、人々の合間を縫って次々とインタビューをこなしている。 「インドの結婚式って、派手なんだね」 「まあ、こういう場所でやれるってことは、そこそこ高いカーストなんだろうけどね」 感心しながら帰路に就こうとした時、妻が突然素っ頓狂な声を上げた。 「あれ見て!」 振り向いた瞬間、絶句した。孔雀がいたのだ。もちろん模型なのだが、背中にヒンドゥーの神様であるガネーシャを乗せ、見事に羽を広げた姿で置かれている。それだけではない。なんと、電動でウイーンウイーンと首を前後左右に振っていたのだ。 「あはははは、あはははは、あはははは」 妻がまず壊れた。次いで僕も壊れた。頭のねじが外れたまま、僕たちはしばらく電動孔雀の前から動くことができなかった。 皆の者よ、見て驚け。石油文明はとうとうここまで来てしまったのだ。 |
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