インドらしさ〜Delhi
 
インドらしさ
〜 Delhi
 

   およそインドらしからぬ光景だった。碁盤の目状に交差する幅の広い直線道路。両側にはゆったりとした歩道が設けられ、街路樹が緑豊かに列をなしている。広大な区画には建物が充分な距離を取って配置され、そのいずれもが大規模ながら低層に抑えている。贅沢な土地の使い方だ。首を少し上に傾けただけで360°の空が頭上に拡がる。
 何より人がいなかった。歩いている人をまず見かけない。それどころか、車はおろかリキシャやバイクもほとんど通らない。ゴーストタウンなのではないかとさえ思えてくる。
「あの丸いのが国会議事堂ですね。向こうに向かい合って建っているのは、政府の合同庁舎です。その奥には大統領官邸もあります」
 インド政治の中心地、首都ニューデリーとは意外にもこのようなところだった。
 20世紀の初め、イギリスは植民地政府の拠点をコルカタから移すことを決定し、デリー郊外に綿密な計画に基づく新しい都市を建設する。デリーはもともと神話の時代にまでその起源を遡る由緒ある都市で、歴代の王朝により何度か首都とされたこともあった。だから、選択としては甚だ正しいのだが、こうしてその場所に立ってみると違和感を禁じ得ない。
 ぐるりと見渡していくと、街路と街路が交わるその真ん中にポツンと、小屋のような建物があった。チャトリと呼ばれるインド伝統の小亭を模した屋根が掛けられていて、なかなかお洒落なデザインをしている。
「あれは何ですか」
「警官の詰め所です。交通整理をするおまわりさんがいるところです」
 相変わらずさっきから車は一台も来ない。人通りすらない。いったい彼は何を整理するのだろう。見るからに手持ち無沙汰な様子で立ち尽くしている。
「なんだかアメリカみたいだよね。ビバリーヒルズっていうかさ」
「そもそも人のいないインドなんて、インドじゃない」
「さっき、インド門のところにいたヘビ使いくらいか」
 そう、確かにインド門の近くの路上にヘビ使いが座っていた。しかし、通りかかったのは僕たちくらいで、ヘビ使いは昨日アーグラに行く途中で見たから今さら誰も気に留めない。
 あまりに予想外な首都の姿に複雑な想いを抱きながらバスに戻り、次のポイントへと移動することにした。
 スカスカに空いている道路を快適に飛ばしていると、車窓に広告の立て看板を発見した。見慣れた清涼飲料水のロゴとともに、独特の形をしたあのビンが描かれている。
「さすがアメリカ、コカコーラはインドにも進出しているんだね」
「いえいえ、あれはれっきとしたインドのメーカーです。カンパコーラと言います」
 すかさずガイドが訂正した。同じ立て看板が並んでいたので改めて目を凝らして見ると、本当だ、「Coca」ではなく「Campa」と書いてある。しかし、書体やビンの形はそっくりだ。
「ライセンスとか、取ってるのかな」
「取ってたら、堂々とコカコーラを名乗るでしょう」
 著作権法や知的所有権をものともしない逞しい商魂。ようやくインドらしさを垣間見た気がして、なんだかホッとした。
「やっぱりインドはこうでなくちゃ」
 しかし、微妙に名前を変えているところを見ると、多少なりとも罪悪感はあるようだ。
 

   
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