レッドスネーク、カモーン! |
〜 Road to Agra |
デリー、朝7時。夜はまだ明けていない。なのに僕たちは車中の人となっている。今日のスケジュールはタージ・マハルで有名な古都アーグラへの日帰り観光。デリーからアーグラまではおよそ200km、車なら約5時間の距離だ。往復の移動に半日かかる計算だから、このように早い出発となる。 バスは大型の観光用だが、エアコンの効きが今ひとつで寒い。インドというととかく暑いイメージがあるが、少なくとも冬の北部の気温は東京と変わらない。何度も眠りかけるが、足元が暖まらないためすぐに目が覚める。それでもようやくウトウトし始めたところで突然バスが停まった。なんだろう。休憩にしては早すぎる。どこか故障でもしたのか。 「ヘビ使いです。ヘビを持って一緒に写真が撮れます。ひとり10ルピーだそうです」 隣で寝ていたはずの妻が即座に反応した。 「持ってみたい!」 飛び起きた彼女の後をカメラ片手に追う。バスを降りると道路の端に男がふたりしゃがみ込んでいる。いずれもお約束のコブラ型をした笛を手にしており、その前に置かれた篭の中では、細長い物体がうねうねととぐろを巻きながら動いている。おお、まさにイメージ通り。絵に描いたような光景だ。 ひとりの男が篭の中から一匹を取り出し妻に手渡す。妻は何の抵抗もなく受け取り、胴体を持つとこちらを向いてポーズをとった。隣で男も笛をくわえて姿勢を作る。ハイチーズ。続いてそのままもう一枚。 「いやあ、本当にいるんだねえ」 「ものの見事に思った通りのスタイルなのね」 思いがけないイベントにふたりともとても満足する。しかし、冷静に考えてみれば、ただ一緒に写真に写るだけで10ルピーとはボロい商売だ。篭の中にいたもう一匹は見た目確かにコブラだったが、それとてただそこにいるだけで、特段に操っているわけではない。 「彼らは写真に写ることが仕事なんだね」 「でも、それでお客さんが満足してるんだから、みんな幸せでいいじゃない」 妻の他には誰も挑戦者はいなかった。本当は僕も持ってみたかったが、さらに10ルピーというのはさすがに割が合わない気がしたので諦めた。いずれにせよ証拠写真は確保した。旅の記念としては充分だ。 バスに戻り改めて出発。ほどなくすると、行く手の先から太陽が姿を現し始めた。朝靄に包まれて、ぼんやりと弱々しい光を放っている。ようやく少しずつからだが温まってくる。眠気が徐々にまぶたを誘う。 次に気がついたのはトイレ休憩で停まった時だった。今度は全員がバスを降り、外に出て思い思いにからだをほぐす。 ふと、道路の反対側でうごめくふたりの人影に目が止まった。しかし、そのうちのひとりの動きがどこかぎこちない。よろよろと、まるでつま先立ちでもしているかのようだ。 「ああ、あれは熊使いです。凄いでしょ。熊が二本足で立っているんですよ」 確かに凄い。だが相手は熊だ。おいそれと一緒に写真をというわけにはいかない。第一、これだけ離れていると、見たからといってお金を渡しに行くこともできない。 本当に芸をしているのはむしろこちらの方なのだが、と少し複雑な気分になった。 |
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