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    2026





2/6

肺炎になって以来、長くぐずついて
いる母。昨日・今日も、デイをお休みし、
うちで静養していま。今朝の咳が止まず、
呼吸や話すのがしんどそう。今朝の
診療では点滴がなくなり、咳止めの
漢方薬が加わりました。特に夜になると
咳が出てきてしんどそう。早くすっきり
するといい。



2/4

母の肺炎は、レントゲンも血液検査の
結果も正常となり、先生は治りました
とは言ってくれるのですが、毎日面倒を見て
いる僕にとっては、まだまだぐづついていて
いつ再発するか分からない状態に見え、
実際昨夜は、肺炎になったときと同じような
症状となり、朝まで咳が止まりませんでした。
そして今朝、病院に行くと、点滴へと逆戻り
となりました。科学的なエビデンスでは、
健康になっているのに、実際は喉もガラガラ
だし、咳もよく出るし、そのギャップに戸惑い
ます。あおあお星人LIVEの前夜(1月10日)に
発症し、3週間に渡って長引いており、
高齢者になっての肺炎の危うさを痛感
しておりま。



2/3

一週間ぶりにフェイスブックが快復
しました。こんなに時間と労力を使った
のは初めてですね。とはいえ、また
いつ同じようなトラブルがいつ起こるか
わかりませんね。昨日の夜までに
描いたWISHくんは140枚。元旦に
母の願いを描いてから、11日のあおあお
星人LIVEまで一枚も描きませんでした
ので、実質1月12日から昨日までに
139枚描きました。まだまだ遅れを
取り戻さないとね。
わが家の節分は、お昼頃から大根を
炊き始め、上手におでんが作れ
ました。



1/29

昨夜、昨日の分のWISHくんを
描き終え、総数はちょうど100枚となり
ました。あおあお星人LIVE(1月11日)
までは結局絵が描けず、その後母が
肺炎となってしまい、その看護と介護で
合間合間に描いてきて、ようやく100枚
まできました。大分遅れていて、今年は、
今までで一番手ごわいWISHくん制作と
なりました。苦労よ来い。
苦労は続き、2日前からフェイスブックが
開けなくなりました。ログインしてください。
みたいになって、パスワードなどを
入れると、メールアドレスにコードを送る
から入れて下さいとなり、そのコードを
入れると、今度は、携帯に送ったコードを
whats appに入れて下さいとなり、
そのコードを携帯電話に送りました、と
書かれるも、携帯には来ず。そこで
ストップしていま。携帯が拒否設定になって
いるのでは?とその設定を外そうとau の
手続きに入っていくと、暗証番号、パス
ワード、しまいには口座番号がいるとかに
なり、ある日急になったログインしてくだ
さい画面から、なんでここまでしないかんの
だろと、お手上げ状態です。ちょっと長引く
かもしれないし、フェイスブック卒業になる
のかもしれません。不毛な時間がまだ
続きま。
しばらくは、インスタだけの発信になりそう
です。フェイスブック、メッセンジャーの情報
は読むことはできませんこと、ご了承くだ
さい。ご迷惑おかけします、ペコ。




1/23

朝、窓のカーテンを開けると自然は
真っ白な雪の化粧をしておりました。
認知症の母はそれを観て、
「わあ、きれいだなあ。」
と言いました。ほとんど発語のなくなった
母から、心情を表すこのような言葉を
聴くのは、小さな感動を覚えるものです。
「智恵子抄」のなかで、高村光太郎が、
描いた「レモン哀歌」。今朝の母の言葉は
僕にとっての「レモン哀歌」でした。
周りの人は、よく母を施設に預けることを
進言してくれますが、介護をできるだけ
自分の手でしたいという源には、10回に
一度くらい、こうした心を震わす小さな愛を
見つけることができるからのように
思います。
今日もデイで、お風呂に入れてもらって
よかったね。


レモン哀歌

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと嚙んだ
ドパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたような深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう

高村光太郎「智恵子抄」より



1/22

母は、約一週間ぶりのデイサービス
から帰りました。熱も出ず、食事も
完食したようでよかった、よかった。
なにより一週間ぶりの入浴を済ませ、
さぞ気持ちよかったことでしょう。この
調子で、明日もデイに行けるかな。
そしておかげさまで、今日は今年
初めてといっていいですが、WISH
くん制作に没頭できました。改めて
計算してみると、4月のWISHくん展
まで、一日8枚ずつ描き続けないと
いけないみたい。
苦労よ、いらっしゃい。



1/21

今朝も肺炎の母を連れ、病院へ。
血液検査の結果は、まずまず良好で
点滴卒業となり、これからは薬で治療
していくこととなりました。日曜日を
挟んで7日間毎日通って点滴を受けた
日々もひとまず終わりました。痩せた血管
を持つ母にとって、点滴はなかなか
うまく針が通らず大変でしたが、腕には
その勲章のように点滴の後があちこちに
ありま。熱も下がり、お風呂も入ってOK、
デイサービスも大丈夫とのお言葉をいた
だきましたので、明日はデイに行って
もらおうと思います。微熱が続いたことも
あり、お風呂は入れておらず、身体を拭く
程度でしたので、明日は久しぶりのお風呂
を満喫してもらいたいですね。デイに
行くことがこれからもできれば、WISHくん
作業も腰を据えて取り組むことができそう
です。



1/20

今日も朝一番に肺炎となった母を連れ
病院へ。7度目の点滴となりました。
昨日の夜から食欲は戻り、微熱も下がり、
咳も大分減りました。元気になってきた分、
活発になってきたので、目が離せません。
明日の朝、血液検査の結果を聞きに
行き、数値がよければ点滴はやめましょう
ということになりました。やっと快復の光が
差してきた気がしま。




1/19

肺炎となった母は、本日6度目の点滴に
行ってきました。毎日午前中は、病院で
過ごして終わってしまいますので、WISHくん
作業がストップしており、点滴の間だけでも、
お願い事を読んで、絵のアイデアを考える
時間にできたらと、毎日ハガキを持って
いっているのですが、どうしても認知症の
母が点滴をするというのは、針を抜いて
しまったり、動きまわってしまうリスクがあり
ますので、点滴側の手を握り、空いた手で
身体を一定のリズムで「トントン」叩くと、
それに合わせて母もトントンしますので、
点滴の間そうしていま。
今日の夕食は、久しぶりにモリモリ完食して
くれたので、このまま快復に向かうといい
ですね。




1/18

僕の場合、介護の半分くらいは、下の
お世話ですが、わざと漏らしているわけで
ないので、可哀想だなあと思えます。
最近は、100%おねしょなので、リハパンの
取り換えから朝が始まります。量が多い時は
リハパンから溢れてしまいますので、昔
漫画とかでよく見た、おねしょマークの敷き
布団です。今日はお洗濯日よりでしたので、
おねしょマークの、シーツ、敷き布団、毛布
を洗濯機で洗いました。パリッと乾いて
気持ちいい。今回は、シーツの上にペット用の
おしっこシートをガムテープで張り付けて
お布団ひいてみました。この作戦は果たして
「うま」くいくでしょうか。




1/17

僕の監督不行き届きで、肺炎にして
しまった母ですが、本日で5度目の
点滴に行ってきました。5日間、点滴と
飲み薬から抗生剤などを投与して
います。今日の診察では、肺のレント
ゲンをもう一度撮影しましたが、思った
より快復の進行は遅く、まだ肺に影が
残っていました。先生は、少なくとも悪く
なっていないので、来週も来てください
とのことでした。やっぱり肺炎は、長引き
そうですが、僕のWISHくん制作もその間
ほぼストップしており、なかなか思い通りに
いかない新年のはじまりです。




1/15

怒涛の1週間。
あおお星人LIVEの前日、母がデイから
帰ってきて、夕食をほとんど食べません
でした。ベッドに寝かせるも咳が続き、
結局、朝まで咳は止まらず、母も僕も
一睡もできませんでした。LIVE当日は
日曜日で開演は14時でしたので、
朝から僕は出発せざるをえなく、母に熱は
なかったので、事情をご説明しデイサービス
に託しました。LIVEが終わり、家に帰ると
デイから帰った母の体調はやはりよくなって
いませんでした。外は雪が降り、みるみる
積もっており、市民病院の救急に電話し
事情を説明すると、専門の医師はおらず、
救急の患者さんは多いので、大分待つ
と思いますが、心配なら来てください、との
ことでした。極寒の中、何時間も待ち合いで
過ごす選択をするか、今は落ち着いて寝て
いる母の様子をみるか、迷いに迷いましたが、
LIVE直後で朦朧としていたこともあり、
様子をみることとしました。次の日も祝日で
まだ病院はやっておらず、母も比較的落ち
着いていたので、デイサービスさんに見守って
もらいました。そして連休明け、かかりつけ医
さんに行き、肺のレントゲン、CTを撮ると、
肺炎になっていました。僕の監督不行き届き、
判断ミスでした。母には申し訳ないことをしま
した。それから三日間、点滴と薬で抗生剤を
投与し、今では快復に向かい、6割くらい
戻ったかなという印象です。(ちなみにインフルと
コロナの検査をし、陰性でしたのでご休心くだ
さい。)LIVEと大雪と日曜・祝日が重なり、
どの時点で判断を見誤ったのか、いまだ
難しい選択でした。母の咳が止まらなかった、
LIVE前日は、あおあお星人リハーサルで、それも
リハがひと通り終わった後、こんなアイデアが
あるんだけど、と「蛍の光」に歌詞をつけて
おふたりの前で唄いました。あおあお星人という
言葉を借りて、母性(母親がわが子を想う愛)を
書きたいなと思って書いたんですが、本番前日
にも関わらず、なんとか本番までに仕上げようと、
アイデアの実現に尽くしてくれたお二人には、
本当に感謝いっぱいですね。くしくも母の愛について
作り、唄っていた最中に、そんな出来事がありました。
またいつか、蛍の光~あおあおバージョンを、
皆さんと一緒に合唱したいなと思っています。、
蛍の蛍~あおあおバージョンの歌詞を
記させていただきますね。

あおあお星人 窓の向こう
見上げてごらんよ うつむかないで
いつでもあなたが誰より好き
微笑むあなたが誰より好き

あおあお星人 窓の向こう
なにがあろうとも あなたが好き
見えないけれど 見えているよ
微笑むあなたが誰より好き





1/14





あおあお星人のLIVE
2時間半が入った瓶です。
それはそれは密度の濃い
すごい2時間半が入りましたね。
皆さんの部屋にも、あの2時間半が
置いてあるでしょうか。あのときの
歓声や笑い声が聴こえてきます。



1/13

「あおあお星人LIVE」は無時幕を閉じ、
3人のあおあお星人を乗せた
宇宙船はまもなくあおあお星に到着
しま。会いに来ていただいたたくさんの
地球の皆さん、心よりありがとう。
まるで終わりを告げる紙吹雪のように
たくさんの雪が降り注ぎました。
久しぶりに訪れた地球では、いまだ
戦争は止むことなく、心痛みます。
あおあお星では、同じ種の命の営みを
繁栄させる創意工夫はあっても、同じ
種族が殺し合う生きものはひとつとして
ありません。どうして地球では、種の
繁栄を自ら拒む生きものがあるんだろう。
予約席さんという小さな部屋から
僕らは愛を撃ち放ちました。わたしという
小さなひとりから、戦争は止められない、
世界は変えられない、と思われるかもしれ
ません。それでもあの部屋でもしも愛を
感じたなら、胸がどくっと動いたなら、家に
帰ったとき、どうぞ隣りの人にその愛を
伝えて下さい。愛はそのまた次の人に
伝えられ、なにより強くないより優しく
この星を包んでいくことでしょう。
そしてつらいことがあったり、涙がこぼれ
そうなときがあったら、どうぞ空を見上げて
下さい。きっとあおあお星からあなたに愛を
降り注ぐことでしょう。どうぞ今度
お会いするその時まで、あなたが
愛に包まれますように。
we love you from aoao-seizin





1/9

今日の明け方、というより夜に属した
時間、布団の中で、夢かうつつか、
曲が降りてきて、暗闇で走り書き
しました。朝起きてもその感じは続き、
よせばいいのにLIVE2日前に、曲を
作るのです。これは11日に日の目を
見るのだろうか?それは分かりま
せんが、こうして降りてきたアイデアは、
絵であろうと音楽であろうと、最優先で
作り上げるのです。
あおあお星人を乗せた宇宙船は、
大分地球に近づいてきました。
ご来場の皆様においては、時間を
入れる小さな瓶をどうぞお忘れなく。



1/5

今日、あおあお星では、あおあお星人
リハーサルでした。いよいよ地球に
向かって、宇宙船に乗り込みました。
無事11日、江南・予約席さんに着陸
できますように。2026年、皆さんに
お会いできる瞬間を心待ちにしていま。
あお~



1/2

改めまして
あけましておめでとうございます。
元旦は、母のデイがお休みでしたので
一日母と時間を過ごしました。
お墓参りに行って、近所の神社へ
参拝に行き、母のお母さんが眠る
神社へお参りに行って、お昼を食べて
帰ってきました。書き初めは、本当は
2日にするものらしいですが、母の
お休みということで昨日、母に
書いてもらいました。何でもいいから
書いてと言うと、「直君、今年も元気に
で過ごしてくださいね。」のような文言
ばかり書いてしまいますので、お母さんの
目標を書いてと言うと、「お母さん、今年も
元気に過ごしてください。」と書きます。
しょうがないので、好きな食べ物を書いて
と言うと「もも」と書き、好きな場所、行って
みたい場所を書いてと言うと「自宅」、
と書きました。まあ、これもまた2026年
元旦の出来事として、大事にしまっておきたい
と思います。合間に、僕も一枚だけ書き
ましたが、ふと窓の外を見上げると、
そこにあったものを書きました。