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●この際聞いてしまおう、あの話
【寺町】メガドライブのアフターバーナーIIは、マイコンソフトの唯一無二のコンシューマータイトルなんですが、参入された流れは? 【藤岡】 ただ単に、メガドライブがスプライトがあって、68000MPU搭載で、X68Kからすぐやりやすい(移植しやすい)ってことで。松島君が「やりたい」ってことで、じゃあ、ライセンスとってやってみようってことだったよね。 【寺町】いいできでしたね。僕も定価で買いましたし。TV-CMも流れましたね。やったーって感じじゃないですか?(^^ 【藤岡】 うん。 【寺町】メガドライブでパワードリフトが発売されなかったのはなぜなんです? 【藤岡】 えぇっと・・・・・・、これはねー(大苦笑)。 【寺町】(苦笑)やっぱり、なにかいろいろあったわけですか。(^^; 【藤岡】 あったなー(苦笑)。まあ、ちょっとね、軽くライセンスとりすぎたってとこがあったね。 【寺町】難しかったってことですか? 【藤岡】 いや、そうじゃなしに、計画不十分でライセンスを取ってしまって、じゃあ後、誰にやってもらおうかってことで、結局いい人材にやってもらえなかったってことで。 【寺町】了解しました。次に、当時、他のコンシューマー機で何か出そうとは思われなかったんでしょうか?まあ、メガドラでもいいんですけれど。 【藤岡】 うーん・・・、いろいろとプレイステーションが出始めた頃だっけ?もうちょっと後?まあ、いろいろとやりはしたよ、たしかに。PCエンジンとかね。 【寺町】え?研究開発とか?
【寺町】えぇ?!PCエンジンにリブルラブルってありましたっけ?! 【藤岡】 じゃなかったな。えっと、FM-7(FM-77AV)でも出したやつ。一応電波がおとして(移植して)、多部田くんのところに売ったって形で・・・。 【寺町】ファンタジーゾーンですか? 【藤岡】 ああ、ファンタジーゾーンかもしれないなあ。 【寺町】あれ、かなりPCエンジンの初期ですね。確かに、NECアベニューから出たんですけれど。 【藤岡】 その後にもね、もうひとつ何かつくったな。 【寺町】スペースファンタジーゾンってのもありましたけれど・・・、スペースハリアーも出ましたけど。 【藤岡】 あ、ハリアーもそうだったかもしれないな・・・・・・・。うーん、どうだったっけな・・・ 【寺町】ま、とりあえず、開発もされて、プログラムもしたんだけど、電波ブランドで出なかっただけって感じですよね。 【藤岡】 そうそう。 それが終わったくらったぐらいで、大阪に移ってきたのかな。で、こっちへ来てパワードリフトがぽしゃって、かなりショックだった。その頃からソフトだけじゃまずいってことでハードをやり始めたんだな。 【寺町】なるほど。 【藤岡】 アフターバーナーIIのアナログパットなんて結構売れたし。 【寺町】僕も買いましたし。この間も日本橋で売っていましたよ。(^^ 【藤岡】 ああ、あれはもうたたき売りじゃん。 【寺町】X68Kクレイジークライマーでも、専用ジョイパッドつくられたじゃないですか。あのあたりのセンスに私達は惚れたんですよ。「やるじゃん」みたいな。 【藤岡】 とにかく、操作は楽しくやりたいんだけれど、そういうハードがなかったらいっしょに売ってしまおうって。それは当初からそうだったでしょ?ゼビウスなんかでもゲームやりずらいから、ジョイスティックいっしょにセットでやろうっていうことで。 【寺町】うん。FM-7なんか特にハードの仕様で一度押したキーがクリアできませんでしたもんね。ジョイスティックなければ(STOP用キーを押さない限り)ソルバルウ止まらなかったし。 【藤岡】 リブルラブルなんかも十字パットつけてやったしね。 【寺町】X68Kですか? 【藤岡】うん。あのオプションだけは、傑作だと思って。 【寺町】でもね、やっぱり以前のマイコンソフトってそういう別ハードをつけて売ったことなかったわけでしょ?企画を通るのは難しかったんじゃないですか。 【藤岡】いや、やっぱりX1のキーボードじゃやりにくいってことで、ジョイスティックかなにかあった方がいいって言って。で、探したら、HORI・・・かな。 【寺町】あ、あれHORI製だったんですか! 【藤岡】 うん。その当時、HORIとジョイスティックやり始めて。 【寺町】そうだったんですかー。今はもう、周辺機器大手になりましたが。 |
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