約束

-目次-
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 レミと再会したマチアは次の日、グランドホテルに出かけようとしていた。その日にレミとリカルドの3人でパリを回る約束をしていたからだ。家を出ようとするまさにその時レジーヌが玄関に走ってやって来た。
「マチア! 私も行きたい!」
「はぁ? いきなり何言ってるんだよ……!」
 いきなりそんなことを言われてびっくりするマチアであった。
「昨日の人とか、他にも昔の友達に会うんでしょ? 私だって友達になりたいもん!」
「……」
 マチアは困った。リカルドやレミにはそんなこと連絡していないのでいきなり行ったら驚かれるだろう。まあ歳が近いので嫌がられることはないだろうが、何となくレミ以外の女の子とレミと一緒に行動するのがためらわれたのである。しかし、マチアは性格的に女の子に頼まれることに駄目と言えなかった。
「行きたい行きたい行きたい!!!」
「いや……今日だけは勘弁してくれよ……」
 強引なレジーヌの我侭に、しかしそのままほおって置いて行くわけにもいかず困っていたところ、部屋の奥からアルベルトがやってきた。
「どうしたんだい、レジーヌ」
「マチアが友達に会いに行くらしいんだけど、同じ位の年齢だから私も是非会ってみたくて」
「ああ、そういえばそんなようなこと言っていたな。誰が来ているんだい」
「リカルドとレミです」
 マチアはアルベルトに言う。
「レミとはミリガン家のご息女だね。君達の年代の友達は大事にしたほうが良い。機会があればレジーヌも交流関係を増やしてあげたいんだが……」
 アルベルトの言葉は意外にもレジーヌを連れて行って欲しい様子だった。
「ほら、お父さんもこう言っているし。マチア、行ってもいいでしょ? お願い」
 アルベルトの言葉を聞いたマチアは諦めて言った。
「……もう、勝手にしてくれよ。でも迷惑だけはかけるなよ」
「うん!」
 レジーヌは嬉しそうに笑顔をマチアに向けた。

 二人はグランドホテルに着き、中に入った。ロビーではソファーに腰掛けたリカルドとレミが談笑していた。すぐに二人が分かったマチアは二人の元に近づく。リカルドもすぐにマチアに気づき立ち上がる。
「ようマチア、久しぶり! ……?」
 リカルドはマチアが側まで近づいてきて初めてその影に隠れた小さな少女に気がつく。マチアが慌てて説明する。
「レジーヌっていうんだ。アルベルト先生の娘さん」
「! そういえば手紙に少し書いてあったっけ。初めに楽譜の読み書きを教えてくれた子って?」
 リカルドは思い出したように言う。
「始めまして。僕はリカルドって言います。レジーヌさんって何歳?」
 にっこりと笑うリカルドを怪訝そうに見上げるレジーヌは答えた。
「……16歳……」
「!? えーーーっ! 俺達より一つ下なだけ?! 俺マリアと同じくらいだと思っていた!!」
 びっくりするリカルド。レミからみたら年上ということになる。レミも同じように驚いた表情になる。
「あ、それいうとこいつ怒るから……。とにかく、連絡していなかったのに突然連れてきてごめん。先生が同じくらいの年齢なら是非友達にしてくれっていうから……」
「ふーんまあ良いよ俺は。結構かわいいと思うし……レミは?」
 さらりというリカルドにレジーヌは驚くも少し顔を赤らめる。
「え? もちろん私も嬉しいわ。始めましてレジーヌ。レミって言います。仲良くしてね」
 にっこりと笑って手を差し伸べるレミに、リカルドの先ほどの言葉から機嫌の良くなったレジーヌは遠慮がちにその手を握り返した。
「こちらこそよろしく、レミ」

 4人はパリの街歩いていた。レミとレジーヌは二人で歩きながら街のショウウィンドウを眺め、楽しそうにしている。そんな二人を少し離れた後ろから見ながらリカルドとマチアは並んで歩いていた。
「おいマチア」
 リカルドがにやにやして話しかけてきた。
「俺確かにレミが参加する社交界の日付と場所を手紙で書いたけど、まさか本当にお前がそこに行くとは思わなかったよ……相変わらず行動が早いな」
「え……いや、たまたまやりたいと思っていたカルテットの募集を見つけたんだよ、学校で」
 うろたえるマチアに面白がりながらリカルドはからかう。わずかに顔を赤らめるのをリカルドは見逃さない。
「嘘つけ。どうせ必死になって演奏者の募集を探したんだろ。本当にお前5年前と全然変わっていないな。まあそれはそれで安心したけどな」
 レミの後ろ姿を見つめながらリカルドは続ける。
「昨日は心配だったんだ。レミはずっと社交界には行きたがらなかったからさ……昨日だって行く直前まで暗かったよ。俺はレミが帰ってきてからなんて声をかけようか、ロンドンから船に乗っている間ずーっと考えていたんだぜ」
 真剣に話すリカルドにマチアは複雑な気持ちになった。
「ホテルに帰ってきたら、レミ真っ先に俺に会いにきて、ものすごく怒られたよ。なんで教えてくれなかったのかって。まぁ顔はものすごく喜んでいたんだけど」
「それを聞いて俺もびっくりしたけど……お前ならやりかねないなあってすぐに納得したけどな」
「昨日は時間がなくて殆どレミと話はできなかったけどな……」
 からかわれ続けているマチアだったが、気にせずに気持ちを話した。
「! そうだったのか。じゃあ今日は二人でゆっくり出来ると良いな」
「いや今日はお前とレジーヌがいるから無理だろ」
「大丈夫だよ。レジーヌは隙を見て俺が連れ出すから。お前はレミと買い物でもしてこい。ふたりっきりでな」
 リカルドはウインクをする。そこにレジーヌが二人を呼ぶ。
「ちょっと二人ともー。はやく来てよぉー。このお店が見たいの!」
 はしゃいでいるレジーヌの姿をやれやれと見つめる二人であった。しかし、そんなマチア達を道の端から怪訝そうに見つめる不審な人影があった。

「すっごーい。かわいいー。いっぱいあってドキドキしちゃう」
「ホントいろいろあってずっと見ていても全然飽きないね、レジーヌ」
 若者向けの洋服屋に4人は入った。レミとレジーヌはとてもはしゃいでいた。
「女の子ってこういうの好きだよな。リーズやマリアも季節ごとに服を仕立てる時のはしゃぎようすごいぜ。俺には全く理解できないけど……」
「ああ、俺も」
 二人から少し離れた所でリカルドとマチアは話していた。
「レジーヌがあんなに楽しそうにしていて、連れてきて良かったな……」
 二人が仲良く洋服を見ているのを眺めながらマチアは呟いた。
「おい、お前何のんきなこと言ってんだよ」
「え?」
「レジーヌとレミが離れた隙にお前はレミを連れてどこか他のお店に行けよ」
「……」
「レジーヌには俺がちゃんと説明しておくから。家にも送っていくから心配するな。今から夕方まで二人っきりでデートでもしてろ」
「リ、リカルド……」
「何だよ不満があるのか」
「いや、そうじゃないけど……良いのかな」
「レミに会うために社交界にまで潜り込んだ奴が何言ってんだよ……」
 戸惑うマチアに呆れたようにリカルドは言う。不意にリカルドはレジーヌが店の2階に移動するのを目にする。レミは1階に残ったままだった。
「ほらっ。はやく二人でどっかにいけ」
 リカルドはマチアの背中を思い切りどんと押して、レジーヌを追って2階に進んだ。

 沢山の夏服が並んでいるハンガーを見ているレミに近づく。気づいたレミはマチアに一つの洋服を見せる。
「マチア? 見てこれかわいくない?」
 マチアはレミの手を握り、無言で出口に向かう。レミはあわてて服を店の棚に戻して、二人は部屋の外に出た。マチアはレミをひっぱり早歩きをして、今までいた通りから出来るだけ離れようとした。かなりの距離を進んだところで、マチアはやっと歩みを止めた。
「マチア? どうしたの? レジーヌとリカルドまださっきのお店にいるよ?」
「昨日は全然話せなかったから……今日は二人きりになりたいなと思って」
 不思議そうに訊ねるレミに、マチアは自分の表情をレミに悟られないよう、レミの顔を見ずに伝えた。
「! ……私も……」
 それを聞いたレミは繋いでいる手をぎゅっと握りかえし、嬉しそうに小さく微笑んで答えた。

 二人きりになったレミとマチアは、レミの希望で雑貨屋に入った。髪留めやネックレスなどのアクセサリー、ぬいぐるみなどがいろいろ並べられている。
「かわいい〜。こんなに沢山の髪飾りがあるなんて!」
 レミは目を輝かせて喜んで商品を見ている。
「ロンドンではこういうところに行かないのか?」
 心底喜んでいるレミに、マチアは不思議そうに尋ねた。
「あまりお店には行かないよ。洋服やアクセサリーって自分では決められないの。選べるとしても2,3個の中からだし……それに全部お店の人が選んで持ってくる物だから」
 沢山ディスプレイされているアクセサリーを一つずつ目を輝かせて見ている。こんなに沢山の中から選ぶより、そっちの方が楽な気もするけど……女の子って分からないな。そんなことを思いながらもレミの後を無言でついて行く。
「いろいろな色の石があってかわいい! デザインもいろいろあるし……」
 ネックレスを見てレミが呟く。マチアも覗く。赤、青、黄色、緑、透明などそれぞれのカラーで統一されたネックレスが並んでいる。石のデザインもそれぞれ花や星、ハートなど様々だ。
「こんなにあると選ぶのが大変だな……」
 どこに視点を置いて良いのか困惑しながら、苦手そうにマチアは呟く。
「それが楽しいのに!」
 レミはマチアの言葉に振り返らずに真剣に眺めていたが、突然振り返って問いかける。
「……ねえ、マチアはどれが似合うと思う?」
「え!?」
 まさかそんなことを振られるとは思ってもみなかったので困惑するも、レミの為にと、全てのネックレスを一生懸命見比べる……が、どれも同じ様に見え、何が一番良いという気持ちは沸いてこない。
「うーん……レミのイメージは……」
 マチアにとってのレミのイメージを考えていた。レミは――真っ青な空からこぼれる日の光をあびた――向日葵のようなイメージであった。
(黄色かオレンジの花のネックレスはあるかな……)
 マチアはネックレスを一つずつ見ていく。オレンジ色のネックレスが集まっている場所に、向日葵の形ではないがシンプルな5つの花びらがついた花をモチーフとした、オレンジ色に虹が混ざったような輝きを放つ石のネックレスがあった。
「……これとか良いかも……」
 マチアはそのネックレスを取り出す。
「見せて見せて」
 マチアはレミに渡す。そのネックレスを見つめ、レミは自分の首に当ててみる。
「すごくかわいい!」
「うん、似合うよ」
 マチアは優しく答えた。
「買っちゃおうかな……。マチアが……選んでくれたし」
 愛おしそうにネックレスを握り、レミは呟いた。そんなレミを見つめていたマチアであったが、はっと気がついて、ちょっと貸してとそのネックレスをレミから受け取り、会計の所に持って行こうとする。
「マチア……?」
「俺が買うよ」
「え、でも……悪いよ……」
「昨日のバイト代、結構良かったんだ」
 申し訳なさそうにするレミに、マチアはそう告げてにっこり微笑んだ。その顔を見てレミから笑みがこぼれる。が、すぐに店の奥に行き、何やらかを手に持って戻ってきた。
「……これ」
「?」
 レミの手の中には犬のキーホルダーがあった。
「さっき見つけたの。なんかカピに似ていると思わない?」
「そうかな? 帽子かぶっていないじゃん」
 マチアは悪戯っぽく笑う。
「カピが帽子をとるとこんな感じなの」
 レミはちょっとふてくされて答えた。
「私がマチアにこれを買うね」
「ありがとうレミ」
 二人は買い物を終えて、その店を後にした。

 二人は公園のベンチに場所を移動させた。緑の生い茂る公園。夏の強い日差しと蒸し暑い空気のせいか、レミとマチア以外に人は殆どいなかった。
「リカルドやレジーヌは大丈夫かな……何しているかな」
「まぁリカルドがいるから心配ないだろ。あいつにとっちゃここは庭みたいなところだし」
「みんなは元気か?」
 思いついたようにマチアは尋ねた。
「うん、元気だよ。リーズは秋から私たちと同じシニアスクールに入るんだよ」
「え、そうなのか。じゃあレミとマリアとリーズは同じ学校になるのか?」
「うん、そうだよ。楽しみ」
 にっこりと笑うレミ。
「マリアとはずっと同じ学校だったんだっけ」
「うん」
「マリアって結構負けず嫌いなところあったよな」
 マチアは思い出したように呟く。そういえば、とレミが口を開く。
「マリアってすごいんだよ。ブライトンの別荘地に行った時なんて、そこで会った男の子に自分から声かけたりするの。今までも特別な男友達が何人かいたみたいだし……」
「へえ、マリアは積極的なんだな」
「うん、マリアは特にそういう話が多くて、いろいろ話してくれるんだけど……尊敬しちゃう」
 女の子同士ってそういう話するんだ……意外な情報にマチアは驚く。レミもそういうことがあるのだろうか。そういえばリカルドの手紙に、レミは異性から手紙とか貰っているって書いてあったな。
「レミは……レミはそういう……」
「え?」
「いや、何でもない」
 一旦口に出しかけるも、マチアはそれ以上は聞かなかった。
「レジーヌさんて……」
 ふとレミは話題を変えた。
「かわいい人だね」
「まぁ、見た目は幼いよな。でもすごくしっかりしているよ。俺楽譜の読み方とかやフランス語の読み書き、あいつから教えて貰ったから」
「へ、え。そう……なんだ」
 マチアからレジーヌとの意外なエピソードにレミの表情が少し曇ったように見えた。
「手紙ではそう言うこと全然書いていなかったから、知らなかったな……」
「そうだったっけ……。ごめん、書くほどの事じゃないと思ったんだ」
 少し、元気のない声で話すレミに、マチアはあわてて話題を変えた。
「ところでレミは学校でどんな勉強をしているの?」
「ええと、語学とか、歴史とか、宗教学とか……」
「ふーん、音楽はやらないの?」
「音楽もあるよ。歌を歌ったり、演奏を聴いたり……」
「レミは歌を歌うのが得意だったもんな」
「うん、私音楽の授業大好きだよ」
 レミはにっこり笑う。マチアはレミのこのような表情を見るといつも心が穏やかになるのを感じていた。まるで陽だまりの中にいるような暖かい気持ちに包まれた。
 が、ふと空を仰ぎ、気がついたように立ち上がりレミに言った。
「そろそろ帰ろうか」
「え? もう? まだ早いのに……」
「何だか曇ってきた。この時期スコールみたいに突然雨がふることあるから……」
 と、言っているそばからぽつりと水滴を頭に感じた。
「行こうレミ」
 二人は早歩きで公園を後にした。


「まいったな、こんなに強くなるとは思わなかったな……」
 さっきまで明るい日差しが出ていたのは嘘のように空を灰色の雲が被い、雨はあっという間にザーザー降りになった。道には早くも大きな水たまりが出来ていた。二人は大通りに面したお店の軒下で雨宿りをしていた。突然の雨にマチア達と同じように立ち往生している人が見られた。マチアは自分が濡れて帰るのはかまわなかったが、それなりの服装をしているレミが濡れてしまうのだけは避けたいと思った。
「……突然降り出した雨だから、しばらくすればやむと思うけど……」
 マチアが空を見上げる。遠くの空は雲からわずかな日差しがあふれている。雨が降ったのは、もう少しレミと一緒にいられる時間がのびるから良いけど、することもないよな……とマチアは考えつつも二人の間に沈黙が続く。
「あ、そうだ!」
 沈黙を破るように、レミは先ほどマチアに買って貰った袋を取り出す。
「これ……つけてみたいな……」
「え、ああ、つけるといいよ」
「うん」
 そう言ってレミはネックレスのチェーンを外し、自分の首に回してうしろで再びチェーンをはめようとする。しかしなかなかつけることができない。
「むずかしいな……」
「ちょっと貸して。つけてあげるよ」
 レミからネックレスを受け取り、チェーンを確認する。レミは髪をかき上げマチアに背を向ける。レミの白くて細いうなじが露わになり、一瞬手が止まる。
「……出来た?」
「! あぁ、ごめん、今つける」
 レミの声ではっと我に返り、マチアはあわてて止まっていた手を動かす。
「出来たよ」
 マチアがレミに伝えると、くるりとマチアの方向に振り返る。レミは緊張した表情でマチアを見つめている。
「……似合うかな……」
「うん、似合っている」
 マチアのその言葉にレミの表情が緩み、笑顔をほころばせた。そんなレミを見て、マチアは思い切って口を開く。
「そういえばマリアってその……ボーイフレンドとどういう事してるの?」
「えーっと……観劇を見たり、こんなふうに……ショッピングに行ったり……とかみたいだよ」
 少し言いにくそうにレミは答える。
「他には?」
「……他には……」
 レミはさらに言いにくそうにどもった。
「あの…………なんでマチアはそんなこと聞くの?」
「え? あぁ、いや……こういう時ってどうしたら良いのかなって思って」
「えーと……手をつないだりとか……」
「……ふーん」
 ふいにマチアはレミの手を握った。
「!!」
 突然の行動にびっくりするレミに、マチアは表情を変えずに続けた。
「他には?」
「え! うん…………その……だ……」
「だ?」
 聞きにくそうにするマチアであったが、更に小さな声でレミは答える。
「抱きしめたり……とか」
「ふーん」
 その言葉を聞いてマチアはレミの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
「……こんなふうに?」
 マチアはレミの耳元で尋ねた。レミは何も答えず、二人は時間が止まったように動かず雨音が軒上に降り注ぐ音だけが聞こえていた。レミの少し緊張した身体からは暖かな体温と心臓の鼓動が伝わってきた。
「……レミ?」
 マチアはレミの様子がいつもと違うことに気がついて、すっと体を離す。レミはマチアから視線をそらして話し始める。
「マチア……私ね、パリにいた頃はマチアに何度もこういう風に抱きついていたよね」
「……」
「あの時は、マチアが暖かくて、気持ちがとても落ち着いて、お父さんってこんな感じなのかなって思っていたの」
「でも、今は違う……すごく胸がドキドキして、息をするのも苦しいくらい。嬉しいはずなのに」
 レミは弱々しく話しながら目頭をぬぐった。
「……俺なんて」
「?」
「俺なんて、5年前からいつもドキドキしていたよ」
「え?!」
「レミはそうじゃなかったってのはちょっとショックだな……。まぁそうかもしれないとは思っていたけど」
 少しふてくされたようにマチアは言った。
「え……!! ご、ごめんなさい……。マチア、私……どうしたら……」
 機嫌を損ねてしまったかもしれないと涙目で焦っているレミに、マチアはレミの耳元に顔を寄せ、なにやら一言告げた。それを聞いて今まで以上に真っ赤になるレミであったが、真剣なマチアの瞳を見つめてから小さく頷き、瞼を閉じる。それを確認してからマチアは自分の唇を優しく重ねた。激しく降り続いていた雨は穏やかな水滴に変わり、雲の隙間から日差しが差しかかっていた。

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