越後駒ヶ岳小倉山山頂付近から越後駒ヶ岳

越後駒ヶ岳を北麓の駒ノ湯から駒の小屋泊まりで登る。この山もまた眺めても登ってもよい山であった。


東京から乗った上越新幹線は、上毛高原駅まではトンネルの外にいる限りは晴れた空の下を走っていたのだが、越後湯沢に着いた途端にどんよりした曇り空になってしまう。しかもまだ10月上旬なのに11月下旬ではないのかと思うほど寒い。ここから信越本線の各駅停車に乗り換える。初日は信越本線小出駅からバスが通う湯ノ谷温泉郷の一つ折立温泉に泊まる。サッカーワールドカップ予選などを見たりして夜更かしをしてしまう。
朝は予約していたタクシーの到着を告げられて目を覚ます。時計は6時前をさしている。3時間半程しか寝ていない。窓を開けると、空は駒ヶ岳方向が晴れている。が、山頂は雲の中だ。とりあえず雨は止んでいる。これで出発する気が確立し、大急ぎで身支度してタクシーに乗り込む。
タクシーを降りて登山口から歩き出したのが6時25分。どうせ雨になるだろうからと上下の雨具を初めから着込み、手袋を上着のポケットに予め入れておく。すぐにやたら揺れる吊り橋を渡り、ちょっと緩やかな道を進むと最初の急な登り。悪天候で寝不足だからゆっくり行こう、とりあえず二時間くらい登ってみよう、それで身が持たなければ引き返せばいいやなどと考えながら登っていく。とにかくゆっくり焦らずに登ろう。
そうこうしているうちに急緩急の登りを経て「栗の木の頭」に着く。倒れた標識があったのでようやく気がついたのだった。休むようなところでもないのでそのまま歩く。ここを通り過ぎた時点で、次の目標は小倉山となったが、小倉山まで行ってしまったらもう引き返すよりは駒の小屋まで行った方が速いのだ。歩き出して1時間もたたない内に雨が降り出していたが、このあたりでは普通降りとでもいうような感じになっていた。
小倉山への登りは最初のうちは緩やかだ。ここで後ろから来た中年の女性に追い抜かれる。たぶん駒の小屋泊まりだろう。しかしこの人歩くのが速い、あっと言う間に見えなくなる。さて登路はクサリ場まで現れて急勾配になっていく。しかも雨は気がついてみると小さな雹(霰?)になっている。さすがにだんだん疲れてきて、一度休憩して「さて行くか」と登り出すと見晴らしがいい(筈の)場所に着きそこでまた一休み、といったように徐々に休憩回数が増える。どうにかこうにか、3カ所ばかりあるクサリ場を越えてようやく小倉山に着く。


次のポイント、百草の池に向かう。山道には雪がかなり目立ち始める。何のきっかけか忘れたが、後ろを振り向くと左後方に今まさに荒沢岳が鋭い頂稜を雪雲の中から現したところだった。慌ててザックを下ろしてカメラを出す。一枚、二枚撮れるか撮れないかのうちに、再びガスが山を隠してしまった。この日、見ることができた山頂はこの荒沢岳のみ。
百草の池のあたりに来ると降り積もる雪であたりは真っ白だ。10月上旬だというのにとんでもない状況である。ここから駒の小屋までの道は急な上に雪が岩に着いて、登るに登れないところも一カ所くらいあった。むりやりに脚を回して岩に足を引っかけよじ登る。こうしてなんとか駒の小屋に着く。1時30分。先ほど追い越して行った女性が一人だけいる。後で聞いたら、2時間前に着いたそうな。私の速力なんてまだまだだ。若い管理人氏に宿泊料1000円を払い、暖気がこもるのを期待して二階に上がる。定員40名だそうだが、寝方もあろうがゆったりしたければ定員は14名だろう。寝具は毛布だけでふとんはない。2名なので毛布は何枚使ってもよかったが、混雑したときは割当制限があるはずだ。私は6枚くらい使ったが、夜はそれでも寒かった。
明日は中の岳を縦走すると駒の小屋の管理人氏に言うと、その靴じゃだめだ、スパッツもないし、と言われる。スパッツは雨具と組になっていて外から見えないだけなのだが、靴は確かに革ではなくゴアテックスの軽登山靴である。中の岳からの下りは駒ヶ岳までの斜度以上あるという。アイゼンとピッケルがないとこの天気では危険だというのだ。冬山の経験は、と聞かれるので奥多摩くらい、と答えると、奥多摩じゃぁ、と一蹴される。自分としても危険を冒すつもりはなく、明日は元来た道を帰ることにする。
着いたのが早かったせいで、特にやることもなく、お茶を入れたり腹這いになって文庫本を読んだりしているうちに眠ってしまう。気づくと4時前。管理人氏が夕食を作り出すのを耳にして、昨日は夕方5時半に既に真っ暗になったことを思い出す。そうなる前に夕食をと思ってストーブを焚いていると、管理人氏が野沢菜を差し入れてくれる。ありがたく頂く。食事をしてすぐ毛布にくるまって寝てしまう。


朝、5時に管理人氏に起こされる。外に出てみると積雪25センチだという。小屋の周りは足跡がきれいさっぱり消えているほど雪が積もっている。荒沢岳は朝焼けをバックにした真っ黒なシルエットだ。肝心の駒ヶ岳の山頂はと見ると、昨日一日中まといついていたガスがない。雪は止んでいる。登るなら今のうちだ。
いったん中に引っ込んで身支度をし、かの女性と一緒に山頂を目指す。管理人氏は下まで踏み跡を付けに行ってくれた。10分くらい登ったか、右行けば山頂、左行けば縦走路というところで、その縦走路の先に初めて中の岳を認める。予想以上の高さで聳えている富士山形の山だ。山頂への道を進むと、左側下方に2週間前に登った八海山が左端に最高点入道岳、その右に八つ峰を連ね、核心部の急涯を全て雪で白く染めているのが見える。
やっと山頂に到着。眺めは360度。中の岳の左奥に上州武尊岳、その左に笠ヶ岳、至仏山日光白根山、平ヶ岳、燧ヶ岳、荒沢岳、会津駒ヶ岳、未丈ヶ岳、ずっと左に浅草岳、頭は雲の中の守門岳。湯ノ谷温泉郷の谷を経て、魚沼の盆地まで望まれる。曽遊の山も多く感激もひとしおだ。越後三山の全ての頂を見て登るのが希望だったが眺望は期待以上だったので、縦走はできなくとも良しとしよう。
小屋に帰って朝食をとり、それから下山にかかる。新雪の道を快適に下る。途中、枝折峠から3人ずつのパーティが二組来るが、そのうちの中年女性3人連れはなかなかの軽装備で傍目にも心配になってしまう。小倉山直下で改めて荒沢岳をゆっくり眺める。まさに蝙蝠が羽を広げたような、と形容される山容で、しかも左右対称なのが美しい。振り返れば駒ヶ岳山頂は今はもうガスの中だ。
小倉山の急な下りの途中には、このルート最長の鎖が下がっているが、幸いに雪がないため岩場の斜面も凍っておらず、なんとか下ることができた。あとは長い長い下りをゆっくりゆっくり休憩しつつ下るだけだ。そして実際、そうしたのである。下っている最中は青空が広がり、縦走すればよかったかな、と何回か思ったが、そのたび、桧廊下では脚が雪だまりを踏み抜く回数が多いと言われたことを思い出すのだった。


登山口に着いたのが12時10分。駒ノ湯に直行し、500円を払って休憩舎の風呂に入る。これが、源泉が文字通り泉のように吹き出している風呂なのだが、加熱していないため泉温32度のままなのでぬるいったらない。脱衣所に戻ると本当に寒い。でもさすが温泉、湯冷めがない。そこから大湯温泉まで35分で歩き、バス停前の山本屋というハーブショップで絵はがきを買い、お礼にというわけでお茶をご馳走になった。バスは小出まで350円。信越本線で越後湯沢まで出たが、車窓から見る越後三山はみな頭をガスの中に突っ込んでいた。唯一、八海山が山頂直下の紅葉を一部、陽光に輝かせていた。
1997/10/11〜13

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue