守門岳 大白川集落から守門川の谷の奧に守門岳を望む

守門岳は小出駅から只見線で新潟の山の中に分け入っていくと、越後須原の辺りから正面にひときわ高く見える。越後平野のどこからでも見えるそうだが、東京方面からだと上越新幹線を越後湯沢か浦佐あたりで下車することが多く、なかなか新潟まで行かないのでどう見えるのかよくわからない。だが南麓の大白川集落から仰ぎ見たこの山は実際の標高以上に高く見える。神々しいとさえ感じられる。反対側の浅草岳は手前の山に隠されて全く見えないため、ここの人たちは守門岳こそ「自分たちの山」として親しみ、誇りに思っているようだ。自分もここに住んでいたらそう思うだろう。さらに気高いことと思える雪解け時の姿も見てみたいものだ。


守門岳に登る前日、すぐ隣の浅草岳に登った。その日はちょうど山開きで、山上は賑やかなものだったが、ちょうど一週間前に守門岳の山開きが行われたという。浅草岳は山頂が県境になっているのに対し、守門岳は全山が新潟県である。その名も守門川が集落の真ん中を流れる大白川では、単なる行政上の区切りを越えた山への思いが聞けるのだった。
入広瀬村の大白川に入った日は雲が多くて山も途切れ途切れにしか見えなかった。その翌日の浅草岳も周囲の山々は八合目あたりから上がみな雲の中だった。だが今日は無風快晴で展望は申し分無しで、尾根を登るに従い、越後三山(この尾根上からは右から八海山越後駒、中の岳)や荒沢岳、遠くには燧ヶ岳日光白根会津駒が見えてくる。越後三山は最初そうと気付かず、谷川連峰にしてはいやに近いななどと当て外れなことを考えていたのだった。意外なことに、すぐ隣の浅草岳が頂上近くまで見えない。だが姿を現せばもちろん指呼の間だ。越後三山と浅草岳のあいだにある近場の目立つ山の名前がどうも分からない。その日山に登ってきた人みなに聞いてもわからない。たぶん未丈岳のあたりだろう。
大白川からの登路より山頂部
大白川登山口からの登路より山頂部を望む(左端が山頂の袴岳)
周囲の山並みの眺望は申し分無しだが、この守門岳そのものもまた間近に眺めて面白い。尾根を登っている最中、主峰袴岳の右の稜線にはまるでカールのような火口跡らしきが見える。溶岩流が流れ出したような跡も観察できて、登りながらときどき眺めては感心する。この守門川源頭部の谷ができたあとにこの火口のような地形ができたのではないか。もしそうなら、単なる浸食だけで源頭部の谷ができるだろうか。守門の北側は大規模なカルデラだという。こちら側の地形も爆裂カルデラなのではなかろうか....。こうして大した根拠もなくあれこれ考えながら高度を稼いでいく。
この日、眺めはよかったが暑さもなかなかのものだった。しかも前日の田子倉から登った浅草岳登山の疲労が脚に来ていた。そのせいで支稜線の突端のエデシというところから主稜線に出るまでの登りがとても辛く、一時間半ほどのコースに二時間半もかけてしまった。このコースタイムで30分休憩だけでも二回も入れれば、そういう時間になるのは当然だろう。
主稜線のすぐ下にある沢は木陰の別世界だった。まずは予想以上の水量の多さに驚いた。かなりの高度なのにふんだんに流れている。そのあたりだけ空気もひんやりと涼しく、ザックを投げ出してすぐに休憩にし、冷たい水を少しずつ何度も口に含み、味わった。気温と疲労のせいで立ち去りがたかったが「いつまで休んでいても山頂は近づかないぞ」と自分に言い聞かせて立ち上がる。急な登りはすぐ終わって緩やかなものになり、ニッコウキスゲがそこここに咲いている草原の中の道をしばしで山頂だった。
眺めは360度、と言いたいところだが、あまりに登りで時間をかけすぎたために日本海側はガスが出てきてしまってほとんど見えない。それでも浅草岳から越後三山までの名だたる山々の眺めは変わることなく堪能できる。到着したときは月曜のせいか誰もおらず、上半身裸になって短パンひとつで周囲の眺めに浸っていた。だが山の日差しは思ったより強い。一時間半ほどこうしていたおかげで背中が知らない間にかなりの日焼けになってしまった。
山頂直下から浅草岳
山頂直下からの浅草岳
一時間半も山頂にいたのは、くたびれていたのもあるが、地元新潟の単独行の方とあれこれお話をしていたせいでもある。山はマイペースで行こう、ピークハントにうつつを抜かすのではなく、山道そのものを楽しんで歩こう。こういった山談義から始まって、最近の林野行政、環境行政にまで話題は広がった。いらない林道ばかり作ってますよ、田子倉湖の周辺でも、いらないダム開発の話がでてきているみたいですね、駒ノ湯を沈めてしまう計画の、等々。(ダム開発の件に関しては「岳人」1999年7月号に記事の記載がある。守門岳山頂でもこの記事を話題にした)


人気のある山ゆえか、平日とは言え何人も登ってくる。賑やかになってきた山頂を辞して、守門の奧庭と言われる青雲岳に向かう。草原の散歩道だがもったいないことに10分くらいで着いてしまう。もっと歩かせてくれればいいのに。ここには小さな池塘があり、そのほとりではアヤメがひっそりと咲いている。静かなところだ。木道で昼寝している人もいる。山頂はわざと避けたらしく、そういう余裕もいいものだと思う。
二口登山口への下山路をやり過ごして、最後のピークの大岳に向かう。ここの山頂は東側に大きく開けており、守門岳北方のカルデラを見渡せる。だが山頂部は日本海から吹き上げてくる風のせいでガスに覆われ始めていて、山の全貌はこちら側からでは望めなくなっている。守門岳の機嫌はここまでらしい。さて下ることにしよう。ここから無人のキビタキ小屋、保久礼小屋を経て林道に出て、さらにそこからバス停まで一時間半ほど歩くのだ....と思って下りだしてからすぐ、実は最終バスまでコースタイム上時間的余裕がないことに気付いた。山頂で休みすぎたのと、今もってどこで間違えたかよくわからないが、時間の計算を間違えたせいだった。それから飛ばしたこと飛ばしたこと、キビタキ小屋前からえんえんと続く階段道の山道はともかく、車道では競歩なみの早さで歩いた。おかげで何とか間に合った。
小出駅の手前で客一人となったバスを下りるとき、運転手さんから「熊はいなかったかね」と訊かれた。下山してきて林道に出たところで「熊出没中」の立て札があったのだが、下ってからそんな注意書きを見せられても何にもならないと思ったものだ。そう言うと、「運がよかったね」と笑いながら言われた。「そりゃないじゃないですか」とこちらも笑って返して駅に向かった。駅前の橋の上から、夕暮れに霞む越後三山がご褒美のようにきれいに見えていた。
小出駅近くから夕暮れの越後三山
小出駅近くから夕暮れの越後三山
左から越後駒ヶ岳、中の岳、八海山
1999/7/26

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