日本の歴史認識ヨーロッパが歩んだ道第1章 / 1.1 古代ローマ / 1.1.4 パクス・ロマーナ

1.1.4 パクス・ロマーナ

カエサルが作ったレールに乗って、事実上の帝政を実現したのはオクタヴィアヌス(のちのアウグストゥス)だった。それから五賢帝時代までのおよそ200年間、地中海はパクスロマーナ(ローマによる平和)とよばれる絶頂期を迎えるが、その後は衰亡への道をたどっていく。

 図表1.4 ローマ帝国の衰亡とその後

ローマ帝国の衰亡とその後

(1) アウグストゥス後の皇帝たち

ユリウス・クラウディウス朝(14~68年)

アウグストゥス帝のあとを継いだのは、アウグストゥスの妻リウィアの連れ子ティベリウスだった。その後、カリグラ、クラウディウス、ネロ、と世襲皇帝がつづくが、いずれも凡庸でなかでも暴君といわれたネロ(在位54-68)は、凝った衣装で民衆の前に登場したり、贅を尽くして大判振る舞いをしたりで、財政を破綻寸前にしてしまい、軍や元老院に追われて自害する註114-1
この頃のローマ帝国全土の人口はおよそ5000万人註114-2、贅沢と放縦の風潮に満ち溢れていた。ローマの平和を象徴する言葉に「パンとサーカス」があるが、パンは穀物であり、サーカス(circus)は戦車競走や剣闘士試合などの見世物娯楽である註114-3

フラウィウス朝(69~96年)註114-4

ネロが自害したあと、各地の軍団に擁立された皇帝が3人登位するが、内乱状態がおよそ1年にわたって続く。これを収拾したのは、ドナウ軍団に擁立されたウェスパシアヌス帝(在位69-79)だった。ウェスパシアヌス帝は公明正大な人で、財政を引き締め、風紀の取り締まりも行った。ウェスパシアヌス帝のあとは息子のティトゥスが継ぎ、ティトゥスが病死したあとはその弟ドミティアヌス(在位81-96)が継いだ。ドミティアヌスは猜疑心が強く、暗殺の陰謀におびえて貴族や騎士たちを処刑するが、逆に処刑されることを怖れた側近に暗殺された。

(2) 五賢帝時代(96~180年)註114-5

ドミティアヌス暗殺の当日、元老院は66歳の元老院議員ネルウァを帝位につけた。これからはじまる次の5皇帝の間には血縁関係はなく、皇帝としてふさわしい資質を持った者が養子縁組によって即位した。この5人の皇帝の時代、広大な帝国はよく治まり、相対的に安定した時代であった。

・ネルウァ(在位96-98) … 元老院議員。後継を指名するだけで在位16ケ月で病死。

・トラヤヌス(在位98-117) … ゲルマニアの属州総督。ダキア(現在のルーマニア)、メソポタミアなどを併合し、ローマ帝国の版図は最大になる。その戦利品により、公共建築、貧民救済事業などを行った。

・ハドリアヌス(在位117-138) … シリアの属州総督。領土拡大路線を放棄し、国境安定化路線へと転換。治世の半分を属州の視察に費やした。

・アントニヌス・ピウス(在位138-161) … ハドリアヌス帝時代の執政官。アントニヌス帝の時代は平和と繁栄の時代で特記すべき出来事はない。

・マルクス・アウレリウス(在位161-180) … アントニヌス帝時代の執政官。前帝の時代とうってかわって、疫病、パルティア(=古代イラン)との戦争、ゲルマン人の侵入など、多難な時代だった。

トラヤヌスの円柱

トラヤヌス帝の戦功をたたえて113年に建てられた大理石の円柱(高さ約30m)。ダキアでの戦争の様子が描かれている。右はその下部を拡大撮影したもの。ローマ市内にある。

(3) 繁栄と忍び寄る危機

都市の繁栄註114-6

属州や同盟国にはローマ支配以前からある都市のほか、ローマが植民した都市が多数あった。都市は、その都心部に広場をもち、神殿、劇場、闘技場、公共浴場、水道などをそなえていた。こうした設備を建設したのは、商工業で富を築いた者や軍人出身の富裕階級の人々だった。帝国各地の特産品は、街道を使って交易が行われ、それが各地の生産を刺激して農業や工業の発展をうながした。

ローマの地位低下註114-7

共和政末期から帝政初期にかけてのローマ財政の源泉は、大規模奴隷制農場による資本の再生産と、属州からの徴税請負、つまり属州民からの搾取だった。奴隷制農場は領土の拡大が止まって、新たな奴隷を入手することが困難になり、属州各都市の繁栄によりローマで生産する商品の販路を失う結果になった。また、徴税請負は属州民を貧困化させ、税収減や市場の縮小を招いた。

国家財政の悪化

こうしたローマ経済の低迷や暴君的皇帝の奢侈、土地の没収などは、それまで主としてローマ市民に依存してきた帝国の財政を悪化させることになる。徴税業務の官僚化、属州の自由民へのローマ市民権授与などで税収増をはかるも、そもそも資本の蓄積が行われなくなった帝国においては、外敵の侵入に対応するために増えていく軍隊の費用負担は国家財政に重たくのしかかってくる。


1.1.4項の主要参考文献

1.1.4項の註釈

註114-1 ユリウス・クラウディウス朝

本村「地中海世界とローマ帝国」,Ps3064-

註114-2 ローマ帝国の人口

北村暁夫「イタリア史10講」,Ps325-

註114-3 パンとサーカス

本村「地中海世界とローマ帝国」,Ps3139-

註114-4 ウェスパシアヌス朝

本村「地中海世界とローマ帝国」,Ps3113-

註114-5 五賢帝時代

弓削「ローマ帝国とキリスト教」,Ps3730- 本村「地中海世界とローマ帝国」,Ps3209-

Wikipedia「ネルウァ」「トラヤヌス」「ハドリアヌス」「アントニヌス・ピウス」「マルクス・アウレリウス」

註114-6 都市の繁栄

弓削「ローマ帝国とキリスト教」,Ps3760-

註114-7 ローマの地位低下

弓削「ローマ帝国とキリスト教」,Ps3935-