最判平成20年4月24日(民集62巻5号1262頁(平成18年(受)第1772号))

(原審:大阪高判平成18年5月31日(平成16年(ネ)第3586号)

<事案の概要>
 X(原告,控訴人,上告人)は,発明の名称を「ナイフの加工装置」とする特許権(特許第2139927号,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
 本件特許の,出願から設定登録までの経緯は,以下のとおりである。

平成 5年 4月21日 出願
平成 6年12月16日 公告決定(起案日)
平成 7年 7月26日 異議申立
平成10年 2月24日 異議決定,特許査定(起案日)
平成11年 1月22日 設定登録

 Y(被告,被控訴人,被上告人)は,自動刃曲加工システム(以下,「本件製品」という。)を製造,販売等している。
 Xは,Yに対し,本件製品は,請求項1に係る発明(以下,「第1発明」という。)の技術的範囲に属する旨,主張し,本件特許権に基づき,本件製品の製造,販売の差止め及び損害賠償を求める訴えを提起した。訴え提起以後の経緯は,以下のとおりである。

平成13年 9月10日 訴え提起
(審理の途中で,本件製品は請求項5のうち請求項1を引用する部分に係る発明
(以下,「第5発明」という。)にも属する旨を追加的に主張。)
平成15年 7月25日 Yによる無効審判請求(本件特許の請求項1に係る発明を無効とする。)
平成16年 1月30日 上記無効審判の審決(請求成立)
平成16年 3月15日 上記無効審判の審決確定
平成16年 7月15日 第1審口頭弁論終結
平成16年10月21日 第1審判決(大阪地判平成16年10月21日(平成13年(ワ)第9403号)
平成16年11月 2日 X控訴
平成17年 1月21日 Xによる訂正審判請求(以下,「第1次訂正審判」という。)
平成17年 4月11日 Xによる第1次訂正審判請求取下,
Xによる訂正審判請求(以下,「第2次訂正審判」という。)
平成17年11月25日 第2次訂正審判審決(請求不成立)
平成17年12月22日 Xによる第2次訂正審判請求取下
平成18年 1月20日 控訴審口頭弁論終結
平成18年 4月18日 Xによる訂正審判請求(以下,「第3次訂正審判」という。)
平成18年 5月31日 控訴審判決(大阪高判平成18年5月31日(平成16年(ネ)第3586号)
平成18年 6月16日 X上告,上告受理の申立て
平成18年 6月26日 Xによる第3次訂正審判請求取下,
Xによる訂正審判請求(以下,「第4次訂正審判」という。)
平成18年 7月 7日 Xによる第4次訂正審判請求取下,
Xによる訂正審判請求(以下,「第5次訂正審判」という。)
平成18年 8月29日 第5次訂正審判審決(訂正を認める。審決確定。以下,「本件訂正審決」という。)

<判決>
 上告棄却。
「2 所論は,本件の上告受理申立て理由書の提出期間内に本件訂正審決が確定し,請求項5に係る特許請求の範囲が減縮されたという本件の事実関係の下では,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴法325条2項)というのである。
3(1)よって検討するに,原審は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて,第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして,Yらの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め,Xの請求を棄却したものであり,原判決においては,本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして,本件訂正審決が確定したことにより,本件特許は,当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条),前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず,上記無効理由が解消されるとともに,本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは,Xの請求を容れることができるものと考えられる。そうすると,本件については,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。
  (2)しかしながら,仮に再審事由が存するとしても,以下に述べるとおり,本件においてXが本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,XとYらとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。
    ア 特許法104条の3第1項の規定が,特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきである。
    イ そして,前記・・・の事実関係の概要等によると,@Yらは,既に第1審において,第5発明に係る特許について無効主張をしており,平成16年10月21日に言い渡された第1審判決は,特許法に同法104条の3の規定を新設した平成16年法律第120号の施行前であったが,前掲最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決に従い,上記無効主張を採用して上告人の請求をいずれも棄却したこと,AXは,平成16年11月2日に上記第1審判決に対して控訴を提起し,平成17年1月21日に請求項5について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求をしたが,同年4月11日にこれを取り下げ,同日再度請求項5について訂正審判請求をしたこと,B上記再度の訂正審判請求については,同年11月25日に同請求は成り立たない旨の審決がされ,Xは同年12月22日に同請求を取り下げたこと,Cそこで,原審は平成18年1月20日に口頭弁論を終結したが,Xは同年4月18日に3度目の訂正審判請求をしたこと,D原審は同年5月31日にXの控訴をいずれも棄却したが,その理由は,第1審判決と同じくYらの上記無効主張を採用するものであったこと,EXは,同年6月16日に上告及び上告受理の申立てをしたが,その後3度目の訂正審判請求を取り下げて4度目の訂正審判請求をし,さらに4度目の訂正審判請求を取り下げて5度目の訂正審判請求をしたのが本件訂正審判請求であること,以上の事実が明らかである。
    ウ そうすると,Xは,第1審においても,Yらの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと,少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして,本件訂正審決の内容やXが1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると,Xが本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって,Xが本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく,XとYらとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。
4 以上によれば,原判決には所論の違法はなく,論旨は採用することができない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官泉徳治の意見がある。
 裁判官泉徳治の意見は,次のとおりである。
 私は,本件上告を棄却するとの多数意見の結論には同調するが,その理由を異にする。本件訂正審決が確定し,特許請求の範囲が減縮されたことにより,特許査定が当初から減縮後の特許請求の範囲によりされたものとみなされるに至ったとしても,民訴法338条1項8号所定の再審事由には該当しないから,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないと考える。
  1 一般に,特許権侵害訴訟において,原告の特許権を侵害したと訴えられた被告が,特許法104条の3第1項の規定に基づき,当該特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告においてその権利を行使することができないという権利行使制限の抗弁を主張した場合には,原告は,当該特許に係る特許請求の範囲のうち被告主張の無効理由が存在する部分(以下「無効部分」という。)が,訂正審判を請求して特許請求の範囲を減縮することにより排除することができるものであること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証して,権利行使制限の抗弁の成立を妨げることができる。訂正審判の請求により無効部分を排除することができる場合には,特許法104条の3第1項にいう「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」ことにはならないのである(ちなみに,最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁も,「訂正審判の請求がされているなど特段の事情を認めるに足りないから」特許権に基づく損害賠償請求が権利の濫用に当たり許されない旨判示している。)。そして,被告において,権利行使制限の抗弁を成立させるためには,既に特許無効審判が請求されているまでの必要はなく,特許無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められることを主張立証すれば足りるのと同様に,原告において,同抗弁の成立を妨げるためには,既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく,まして訂正審決が確定しているまでの必要はないのであり,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ,かつ,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる。すなわち,原告は,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができることを主張立証することにより,訂正審決が現実に確定した場合と同様の法律効果を防御方法として主張することができるのである。原告は,現実にも,事実審口頭弁論終結時までに,訂正審判の請求を行うことが可能であり,請求が理由のあるものである限り,通常,訂正審決の確定を得ることも可能であるが,被告の権利行使制限の抗弁の成立を妨げるためには,現実に訂正審判を請求し,訂正審決を確定させておくまでの必要はないのである。
    以上のように,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することは,被告の権利行使制限の抗弁が成立するか否かを判断するための要素であって,その基礎事実が事実審口頭弁論終結時までに既に存在し,原告においてその時までにいつでも主張立証することができたものである。原告としては,事実審口頭弁論終結時までに,上記の主張立証を尽くして権利行使制限の抗弁を排斥すべきであり,事実審が,当事者双方の主張立証の程度に応じた訴訟状態に基づく自由心証の結果として,権利行使制限の抗弁の成立を認めた以上,事実審口頭弁論終結後になって,原告が訂正審判を請求し訂正審決が確定したとしても,訂正審決によってもたらされる法律効果は事実審口頭弁論終結時までに主張することができたものであるから,訂正審決が確定したことをもって事実審の上記判断を違法とすることはできないのである(なお,最高裁昭和55年(オ)第589号同年10月23日第一小法廷判決・民集34巻5号747頁最高裁昭和54年(オ)第110号同57年3月30日第三小法廷判決・民集36巻3号501頁参照)。
    民訴法338条1項8号は,再審事由の一つとして,「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」を掲げている。事実審が特許法104条の3第1項の規定に基づく権利行使制限の抗弁の成否について行う判断は,当初の特許査定処分を所与のものとして行うものではなく,上記のとおり,訂正審判の請求がされた場合にはそれが認められるべきものであるか否かも考慮の上,換言すると,訂正審決によってもたらされる法律効果も考慮の上で行うものであるから,その後に訂正審決が確定したからといって,上記判断の基礎となった行政処分が変更されたということはできない。仮に,原告が,事実審口頭弁論終結時までに,訂正審判の請求をした場合にはそれが認められるべきものであることを主張しなかったため,事実審がその点の判断をしなかったとしても,その後に原告が上記主張を行うことは許されないから,訂正審決が確定したから上記の再審事由が存するということはできないのである。
    更に付言すると,事実審口頭弁論終結後に訂正審決が確定したから再審事由が存し,原判決を破棄すべきであるというためには,訂正審決が確定したことにより,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるということがいえなければならない。しかし,訂正審決が確定しても,原告において,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証しない限り,権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。また,被告においても,減縮後の特許請求の範囲による特許がなおも特許無効審判により無効とされるべきものであることを主張立証することができ,この主張立証に成功したときは,権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。すなわち,これらの原被告の主張立証を待たなければ,原判決に法令違反があるということができないところ,法律審である上告審ではこのような原被告の主張立証を審理することができない。そうすると,訂正審決の確定により特許請求の範囲が減縮されたとしても,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないのであるから,この点からしても,訂正審決が確定したから再審事由が存するということはできないのである。
2 したがって,本件においても,原審口頭弁論終結後に本件訂正審決が確定したからといって,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するということはできず,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできない。
3 ちなみに,特許権侵害訴訟においても,事実審が特許権者の請求を認容した場合は,当該特許権の成立,効力を前提として,その侵害行為があったことを認定するものであるから,事実審口頭弁論終結後に訂正審決があり,当該特許権に係る特許査定処分が変更されたときは,民訴法338条1項8号にいう「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」に該当する。しかし,本件は,特許権侵害訴訟ではあるものの,原審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案であるから,特許権者の請求を認容した事案とは区別する必要がある。
4 なお,最高裁平成14年(行ヒ)第200号同15年10月31日第二小法廷判決・裁判集民事211号325頁は,特許権者が,特許取消決定の取消しを求めて訴えを提起し,事実審で請求を棄却する旨の判決を受け,事実審口頭弁論終結後に訂正審判を請求し,上記訴訟事件が上告審に係属中に訂正審決が確定したという事案に係るものである。特許取消決定は,対世的に特許権がはじめから存在しなかったものとする決定である。上記第二小法廷判決は,上告審係属中に当該特許について特許請求の範囲を減縮する旨の訂正審決が確定した場合には,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,原判決には民訴法338条1項8号所定の再審事由がある旨判示した。上記第二小法廷判決は,特許取消決定により取り消された特許査定処分を審理の対象としているのであるから,審理の対象である特許査定処分が訂正審決により変更されたことは民訴法338条1項8号所定の再審事由に該当すると判断したものである。しかし,特許権侵害訴訟は,特許権そのものを審理の対象として特許権の効力を対世的に確定したり消滅させたりするものではないのであって,特許取消決定の取消しを求める訴訟とは異質のものである。したがって,上記第二小法廷判決の判示を,特許権侵害訴訟において事実審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案に適用することはできない。」