大阪高判平成18年5月31日(平成16年(ネ)第3586号)

1.判決
  控訴棄却。

2.争点
(1)イ号物件の特定
(2)第5発明についての構成要件充足性
(3)第5発明についての特許の明白な無効理由の存否
(4)損害

3.判断
「第3 当裁判所の判断
  1 争点(3)(第5発明についての特許の明白な無効理由の存否)について
    (1)第5発明の要旨等
      ア 前記・・・の前提となる事実・・・によれば,第5発明の要旨は,「長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と,上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段とを具備するナイフの加工装置において,上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備し,上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とし,加工するナイフの全長を,上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出するようにしたナイフの加工装置。」である。
      イ 本件明細書中には,本件発明について,次のとおりの説明がある(甲第2号証)。
        ・・・
    (2)第5発明と乙第25号証に記載された発明との対比
      ア 乙第25号証(欧州特許出願公開第0118987号公報。1984年9月19日公開。発明の名称「金属帯材を曲げる装置と方法」。以下「乙25公報」ということがある。)には,次のとおり記載されている(記載内容は和訳により示す。)。
        ・・・
      イ 乙第26号証(上記ア(ア)の先行出願である英国特許出願公開第2116086号公報。1983年9月21日公開。発明の名称「切断具製造装置」。以下「乙26公報」という。)には,「発明の属する技術分野」として,・・・と記載(記載内容は和訳により示す。)されている(乙26公報1頁左欄5行ないし15行)。
      ウ 前記アの乙25公報の記載によれば,同公報記載の発明において,マイクロコンピュータが「入力手段」及び「演算手段」を備え,「演算手段」への入力や出力は「データ」によって行われ,図6で示される「特性(characteristic)」もマイクロコンピュータ内ではデータとして取り扱われることが認められる。
        そして,乙25公報における・・・という記載からみて,一連の長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる入力データ(46)を生成するための「所定の曲げ又は形状」を表す入力データ及び入力データの入力手段が備えられることは,マイクロコンピュータを扱う当業者にとってその記載から自明な事項であると推認される。また,移動するピン18で金属帯材42の側面を押すことで,上記金属帯材に塑性変形が生じることは技術常識であると認められる。
      エ したがって,前記ア・・・の記載及び上記ウの認定からして,乙25公報には,「金属帯材42を一対のガイド部材(案内手段)12で保持し,上記ガイド部材12に対して離間して移動するピン18で上記金属帯材42の側面を押すことで上記金属帯材42に塑性変形を生じさせて,上記金属帯材の屈曲による曲げ処理を繰り返して,上記金属帯材42を所望の曲げ形状に加工する切断刃となる金属帯刃の加工装置において,所定の曲げ又は形状を表す入力データを入力する入力手段と,上記入力手段により入力された上記入力データに基づいてヘッド16の回転角度と帯材の長手方向の移動とを制御する出力データを算出する演算手段(48)とを具備し,上記演算手段(48)が上記入力手段により入力された入力データと,各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じる帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)とに基づいて,出力データを算出する切断刃となる金属帯刃を曲げ加工する装置。」との発明(以下「乙25発明」という。)が記載されているものと認められる。
      オ 第5発明と上記エの乙25発明とを対比すると,乙25発明の「切断刃となる金属帯材」及び「曲げ加工する装置」は,第5発明の「長尺薄板状のナイフ」及び「加工装置」にそれぞれ相当し,乙25発明の「所定の曲げ又は形状を表す入力データ」,「入力手段」,「演算手段」及び「出力データ」は,その技術的意義からみて,「幾何学的な曲げ加工形状」,「曲げ加工形状入力手段」,「演算手段」及び「ナイフの曲げ加工データ」にそれぞれ相当する。
        そして,乙25発明の「各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じた帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)」は,ナイフの曲げ加工に関する金属帯材の特性を表しているから,第5発明の「特性データ」に相当する。
        さらに,乙25公報に・・・と記載され,上記「特性データ」を測定し,記憶し,修正していることからすると,マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして,乙25発明が「特性データ」の記憶手段,及び「特性データ」を記憶手段に入力する手段を有することが推認される。そして,「演算手段」が「特性データ」を扱っていることからすると,マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして,乙25発明が,「特性データ」の記憶手段から「演算手段」に入力する手段,すなわち「特性データ入力手段」を有することも,推認される。
      カ この点について,Xは,乙25公報の「図6の特性」とは,実測値のデータベースを集積したものにすぎず,これに基づいて曲げ加工データを導くということは,所望の曲がり角に対応したデータベース上の曲げ具の変位量を曲げ加工データとして用いているだけであるから,曲げ加工データの算出に当たって演算は介在しておらず,乙25発明は,曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状とこの特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段を具備しているとはいえない旨主張する。
        しかし,前記ア・・・の乙25公報の記載内容は,実測値のデータベースに基づいて各点を通るように6次多項式を適合させて,この関係式をコンピュータに格納してデータとして使用するということであるから,この格納されたデータは実測値ではなく関係式で表される特性データであるといえる。したがって,乙25発明において,曲げ加工データは関係式(6次多項式)で表された特性データに基づいて求められるものであるから,X主張のように,「曲がり角に対応したデータベース上の曲げ具の変位量を曲げ加工データとして用いている」ものとしても,その対応した値を特性データとしての6次多項式を用いて演算して求めているものであり,乙25発明では,曲げ加工データの算出に当たって演算が介在していないとするXの主張は採用することができない。
      キ 以上によれば,第5発明と乙25発明とは,「長尺薄板状のナイフを所望曲げ形状に加工するナイフの加工装置において,ナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と,上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段と,上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備し,上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する,ナイフの加工装置」(第5発明の構成要件A@,AA,B,C,E)という点で一致するが,第5発明は,上記演算手段が,ナイフの曲げ加工データを算出するに際して,「ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する」(第5発明の構成要件D)のに対し,乙25発明は,ナイフの曲げ加工データを算出するに際して,「ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して」算出するものではない点において相違している。
    (3)第5発明の進歩性
      ア 甲第20号証の参考資料11
        (ア)甲第20号証の参考資料11(特開平2-20619号公報。平成2年1月24日公開。発明の名称「板材などの曲げ加工方法およびパイプ材の曲げ加工方法」)には,「発明の詳細な説明」中の「実施例」の項に,次の記載がある
          ・・・
        (イ)また,上記公報の第2図からは,「折曲個所イ,ロ・・・は,全体として円弧形状であり,各折曲個所イ,ロ・・・の相互間隔の合計,すなわち,間欠送り幅Dに当該円弧形状部分の折曲げ回数を乗じたものは円弧形状部分の長さとなること」が見て取れる。
        (ウ)しかるところ,前記(ア)・・・の「押し具12を・・・右方向へ移動させることにより被加工部材1を上記出口側端部11に押し付け」ることで,被加工部材1に塑性変形が生じていることは技術常識であると認められる。そうすると,前記(ア)・・・の記載事項及び第1a〜e図,第2図の記載内容によれば,上記公報には,「長尺の板材1’を一対の型材10,10で保持し,上記型材10,10に対して離間して移動する押し具12で板材1’の側面を押すことで上記板材1’に塑性変形を生じさせて上記板材1’に曲げを与える都度,上記板材1’を小さい間欠送り幅Dで送り出した後上記押し具12で上記板材1’の側面を押して上記板材1’に塑性変形を生じさせるという板材1’の折り曲げ加工を繰り返して,上記複数の折り曲げ加工によって1つの円弧形状を成形することにより,上記板材1’を所望の曲げ形状に加工すること,間欠送り幅Dに当該円弧形状部分の折曲げ回数を乗じたものは概略円弧形状部分の長さとなること,及び,所望の折り曲げ加工を正確に行うために,間欠送り幅Dを決めると共に,折曲げ回数を算出しておくこと。」という発明(以下「甲20参考資料11発明」という。)が記載されていると認められる。
      イ 乙第35ないし第39号証
        (ア)乙第35号証(特開平2-20620号公報。平成2年1月24日公開。発明の名称「曲げ加工機のNC装置」)には,「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に,・・・と記載され,「課題を解決するための手段」の項に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第35号証には,曲げ加工において,板材の材質,厚み,曲げ金型の種別,曲げ角度などの曲げ条件によって伸びによる誤差が生ずることから,各種加工データに板材の伸びに関する補正量を与えることが記載されているものと認められる。
        (イ)乙第36号証(特開平4-279219号公報。平成4年10月5日公開。発明の名称「折曲げ加工機の工程データ編集装置」)には,「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に,・・・と記載されている。また,「発明が解決しようとする課題」の項に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第36号証には,曲げ工程におけるフランジ長さはワーク(被加工板材)の伸びを考慮して定めなければならないこと,伸びに応じたフランジ長さを設定する金型の制御位置を割り出すための補正データとして,曲げ角度と伸びの補正データを定めることが記載されているものと認められる。
        (ウ)乙第37号証(特開昭62-72434号公報。昭和62年4月3日公開。発明の名称「板材折り曲げ加工方法」)には,「特許請求の範囲」に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第37号証には,板材の所定位置を折り曲げ加工するに際し,折り曲げ条件に対応する板材の延び代を含んで,基準位置から折り曲げ予定線までの距離を補正算出することが記載されているものと認められる。
        (エ)乙第38号証(特公平1-12568号公報。平成元年3月1日公告。発明の名称「プレスブレーキによる板材の折曲げ加工方法」)には,「特許請求の範囲」に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第38号証には,板材の各折曲げ箇所間の仕上外形寸法及び各折曲げ箇所の折曲げ角度に対応した伸びに基づいて展開長を演算して板材を予め展開長に剪断することが記載されているものと認められる。
        (オ)乙第39号証(特開平1-309728号公報。平成元年12月14日公開。発明の名称「折曲げ加工用金型・曲げ順設定方法」)には,「発明の詳細な説明」中に・・・と記載されている。
          したがって,乙第39号証には,板厚,材質,金型V型及び曲げ角度を参照して,演算処理手段で,特定の折曲げに伴う伸び量,内曲げR,スプリングバック量の演算処理を行うことが記載されているものと認められる。
        (カ)上記(ア)ないし(オ)の認定によれば,本件発明の出願時には,板材の曲げ加工において,曲げによる伸び(延び)を考慮して加工データを補正することは,慣用手段であったことが認められる。
      ウ 乙第32号証
        (ア)乙第32号証(特開昭59-47029号。昭和59年3月16日公開。発明の名称「折り曲げ加工に用いる展開図表示装置」)には,「発明の詳細な説明」中に次のとおり記載されている。
          ・・・
        (イ)上記(ア)の・・・(計算式)・・・のうち,・・・は材料曲げを含まない部分の長さであるから,曲げ部分の長さは・・・(計算式)・・・の計算式で表されている。
          ところで,甲第17,20号証の参考資料10(阿部邦雄著「塑性加工機械工学基礎講座11」株式会社朝倉書店昭和47年11月25日初版第1刷),乙第34号証(社団法人日本塑性加工学会編「プレス加工便覧」丸善株式会社昭和50年10月25日発行)及び弁論の全趣旨によれば,曲げ部の板厚が当初の板厚より減少することは,本件発明の出願時の技術常識であったものと認められ,上記計算式の・・・は,平均板厚すなわち曲げにより減少した後の板厚を示している。そうであるとすると,上記計算式は,曲げにより板厚が減少することを前提として,曲げにより減少した後の板厚を基に材料の必要寸法の長さを計算しているものである。
          しかし,上記計算式により算出されているのは,曲げにより板厚が減少した後の板厚の中央部,すなわち中心軸の長さであり,それは,曲げによって伸びた後の板材の中心軸の長さである。そして,前記イ(カ)認定のとおり,本件発明の出願時には,板材の曲げ加工において,曲げによる伸び(延び)を考慮して加工データを補正することは慣用手段であったから,上記計算式により中心軸の長さを求めるに当たっては,曲げによって中心軸が伸びたことも考慮されているものと認められる。
      エ 小括
        (ア)ところで,乙25発明と甲20参考資料11発明とは,「板材の曲げ加工」という同一の技術分野に属するものであるから,本件発明の出願時において,乙25発明に甲20参考資料11発明を組み合わせることは,当業者が容易になし得るものと認められる。
          また,乙25公報の前記(2)ア・・・の記載及び乙26公報の前記(2)イの記載によれば,乙25発明のナイフは,第5発明のナイフと同じく,原皮などのシート状のものから薄板片を打ち抜く切断刃であり,本件公報の前記(1)イ・・・の記載によれば,「【従来の技術】例えば,図5に示す如く,この種のナイフAは,薄肉(例えば肉厚寸法0.4〜1.0mm),帯状であって,刃先1を有し,断面が略矩形状に形成されている。そして,このナイフAは,木製,金属製,樹脂製等のナイフ保持台2に連続的に形成されたナイフ嵌入溝3に嵌入固定されて使用される」ものであるから,乙25発明のナイフも,嵌入溝に嵌入固定されることがあり得るものと認められる。
          そうすると,乙25発明に甲20参考資料11発明を組み合わせた場合に,曲げ加工されたナイフがナイフ据付台に形成されたナイフ嵌入溝に過不足なく正確に収まるようにナイフの切断加工を行うことができるようにするため,少なくとも複数の曲げ処理によってナイフを1つの円弧形状に成型する際の計算上の長さを,ナイフの嵌入溝の円弧長と概略一致するようにナイフの曲げ加工データを調整することは,当業者が当然になし得るものと認められる。
        (イ)また,前記イ,ウによれば,本件発明の出願時において,当業者は,乙第32号証に記載された発明に,板材の曲げ加工において曲げによる伸び(延び)を考慮して加工データを補正するという慣用手段を組み合わせることにより,構成要件D(上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する)につき容易に想到することができたものと認められる。
        (ウ)乙第32号証の発明は,「NCタレットパンチプレス・・・による板金加工作業におけるNC用プログラム作成の前処理としての展開図作成に関する」(乙第32号証1頁右欄4行ないし7行)が,板材の曲げ加工に関する技術分野に属する点では第5発明及び乙25発明と同様であるから,乙25発明に乙第32号証の発明及び上記慣用手段を組み合わせて,前記(2)キの第5発明と乙25発明との相違点(演算手段がナイフの曲げ加工データを算出するに際して,「ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する」か否か。)に係る構成を第5発明のそれ(構成要件D)とすることは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
        (エ)この点について,Xは,第5発明の進歩性の有無に関する判断において考慮されるべき刊行物記載の発明及び慣用手段は,第5発明と同一の技術分野に属するもの(対象とする部材,曲げ方法が同じもの)でなければならない旨主張する。
          しかし,上記考慮をするに際し検討するのは,刊行物記載の発明である乙25発明と他の刊行物記載の発明である甲20参考資料11発明,乙第32号証の発明及び上記慣用手段とを組み合わせることの容易想到性であるから,少なくとも乙25発明と甲20参考資料11発明,乙第32号証の発明及び上記慣用手段の属する技術分野とが関連性を有すれば足りる。したがって,Xの上記主張は採用することができない。
    (4)まとめ
     以上によれば,第5発明は,特許出願前に当業者が,特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である乙第25号証,甲第20号証の参考資料11,乙第32号証に記載された発明及び上記慣用手段に基づいて容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項に違反して特許されたものであり,同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかであるから,特許無効審判により無効とされるべきものと認められる。
     よって,XのYらに対する第5発明についての特許権に基づく差止め,廃棄及び損害賠償の請求は,いずれも許されない(特許法104条の3第1項)。
  2 結論
    その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面等に記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,前記認定判断を覆すほどのものはない。
    以上の次第で,その余の点(争点(1),(2)及び(4))につき判断するまでもなく,Xの請求はいずれも理由がなく,棄却を免れない。
    よって,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴(ただし,第5発明についての特許権に基づく請求に対する控訴)はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。」