大阪地判平成16年10月21日(平成13年(ワ)第9403号)

1.判決
  請求棄却。

2.争点
争点1:イ号物件の特定
争点2:構成要件充足性
争点3:第1発明についての明白な無効理由の存否
争点4:第5発明についての明白な無効理由の存否
争点5:第1発明についての先使用による通常実施権の成否
争点6:損害

3.判断
「第4 当裁判所の判断
  1 争点(3)(第1発明についての明白な無効理由の存否)について検討する。
    (1)ア 乙第25号証(欧州特許出願公開第0118987号公報。1984年9月19日公開。発明の名称「金属帯材を曲げる装置と方法」。以下「乙25公報」ということがある。)には,次のとおり記載されている(記載内容は和訳により示す。)。
      ・・・
      イ 上記アの乙25公報の記載によれば,同公報記載の発明において,マイクロコンピュータが「入力手段」及び「演算手段」を備え,「演算手段」への入力や出力は「データ」によって行われ,図6で示される「特性(characteristic)」もマイクロコンピュータ内ではデータとして取り扱われることが認められる。そして,乙25公報における「・・・一連の小さな曲げが施され,それが集まって所定の曲げ又は形状を帯材に与えるようになっている。」(上記ア・・・参照)及び「マイクロコンピータにより生成されたデータは,長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる一連の指令の形になっている。」(上記ア・・・参照)という記載からみて,一連の長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる入力データ(46)を生成するための「所定の曲げ又は形状」を表す入力データ及び入力データの入力手段が備えられることは,マイクロコンピュータを扱う当業者にとってその記載から自明な事項であると推認される。
      ウ したがって,上記ア・・・の記載及び上記イの認定からして,乙25公報には次の発明(以下「乙25発明」という。)が記載されているものと認められる。
        「所定の曲げ又は形状を表す入力データを入力する入力手段と,上記入力手段により入力された上記入力データに基づいてヘッド16の回転角度と帯材の長手方向の移動とを制御する出力データを算出する演算手段(48)とを具備する,切断刃となる金属帯刃を曲げ加工する装置において,上記演算手段(48)が上記入力手段により入力された入力データと,各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じる帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)とに基づいて,出力データを算出する切断刃となる金属帯刃を曲げ加工する装置。」
    (2)ア 第1発明と前記(1)ウの乙25発明とを対比すると,乙25発明の「切断刃となる金属帯材」及び「曲げ加工する装置」は,第1発明の「長尺薄板状のナイフ」及び「加工装置」にそれぞれ相当し,乙25発明の「所定の曲げ又は形状を表す入力データ」,「入力手段」,「演算手段」及び「出力データ」は,その技術的意義からみて,「幾何学的な曲げ加工形状」,「曲げ加工形状入力手段」,「演算手段」及び「ナイフの曲げ加工データ」にそれぞれ相当する。
        そして,乙25発明の「各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じた帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)」は,ナイフの曲げ加工に関する金属帯材の特性を表しているから,第1発明の「特性データ」に相当する。
        さらに,乙25公報に・・・と記載され,上記「特性データ」を測定し,記憶し,修正していることからすると,マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして,乙25発明が「特性データ」の記憶手段,及び「特性データ」を記憶手段に入力する手段を有することが推認される。そして,「演算手段」が「特性データ」を扱っていることからすると,マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして,乙25発明が,「特性データ」の記憶手段から「演算手段」に入力する手段,すなわち「特性データ入力手段」を有することも,推認される。
      イ 以上によれば,第1発明と乙25発明は同一であると認められる。
    (3)したがって,第1発明は,その特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明と同一であり,第1発明についての特許は,特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前)に違反して特許されたものであり,特許法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
      よって,第1発明の技術的範囲に属することを理由とする本件特許権に基づく差止め,損害賠償の請求は,権利の濫用に当たり許されない。
    (4)なお,乙第29,第30号証及び弁論の全趣旨によれば,第1発明についての特許については,Yが,平成15年7月25日付け審判請求書により無効審判を請求し(無効2003-35311号),特許庁審判官は,平成16年1月30日,第1発明についての特許を無効とする旨の審決を行ったことが認められる。しかし,同審決の帰趨については,当事者の主張するところではなく,本件記録上も明らかでない。
  2 争点(4)(第5発明についての明白な無効理由の存否)について検討する。
    (1)前記1で検討したところからすれば,第5発明のうち第1発明を引用する部分(構成要件A@,AA,B,C,E)は,乙第25号証に記載された発明と同一である。
    (2)第5発明の構成要件Dについて検討する。
      ア 乙第35ないし第39号証
        (ア)乙第35号証(特開平2-20620号公報。平成2年1月24日公開。発明の名称「曲げ加工機のNC装置」)には,「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に,・・・と記載され,「課題を解決するための手段」の項に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第35号証には,曲げ加工において,板材の材質,厚み,曲げ金型の種別,曲げ角度などの曲げ条件によって伸びによる誤差が生ずることから,各種加工データに板材の伸びに関する補正量を与えることが記載されているものと認められる。
        (イ)乙第36号証(特開平4-279219号公報。平成4年10月5日公開。発明の名称「折曲げ加工機の工程データ編集装置」)には,「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に,・・・と記載されている。また,「発明が解決しようとする課題」の項に,・・・と記載され,「作用」の項に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第36号証には,曲げ工程におけるフランジ長さはワーク(被加工板材)の伸びを考慮して定めなければならないこと,伸びに応じたフランジ長さを設定する金型の制御位置を割り出すための補正データとして,曲げ角度と伸びの補正データを定めることが記載されているものと認められる。
        (ウ)乙第37号証(特開昭62-72434号公報。昭和62年4月3日公開。発明の名称「板材折り曲げ加工方法」)には,「特許請求の範囲」に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第37号証には,板材の所定位置を折り曲げ加工するに際し,折り曲げ条件に対応する板材の延び代を含んで,基準位置から折り曲げ予定線までの距離を補正算出することが記載されているものと認められる。
        (エ)乙第38号証(特公平1-12568号公報。平成元年3月1日公告。発明の名称「プレスブレーキによる板材の折曲げ加工方法」)には,「特許請求の範囲」に,・・・と記載されている。
          したがって,乙第38号証には,板材の各折曲げ箇所間の仕上外形寸法及び各折曲げ箇所の折曲げ角度に対応した伸びに基づいて展開長を演算して板材を予め展開長に剪断することが記載されているものと認められる。
        (オ)乙第39号証(特開平1-309728号公報。平成元年12月14日公開。発明の名称「折曲げ加工用金型・曲げ順設定方法」)には,「発明の詳細な説明」中に・・・と記載されている。
          したがって,乙第39号証には,板厚,材質,金型V型及び曲げ角度を参照して,演算処理手段で,特定の折曲げに伴う伸び量,内曲げR,スプリングバック量の演算処理を行うことが記載されているものと認められる。
        (カ)上記(ア)ないし(オ)の認定によれば,本件特許発明の出願時には,板材の曲げ加工において,曲げによる延びを考慮して加工データを補正することは,慣用手段であったことが認められる。
      イ 乙第32号証
        (ア)乙第32号証(特開昭59-47029号。昭和59年3月16日公開。発明の名称「折り曲げ加工に用いる展開図表示装置」)には,「発明の詳細な説明」中に次のとおり記載されている。
          ・・・
        (イ)上記(ア)の・・・(計算式)・・・のうち,・・・は材料曲げを含まない部分の長さであるから,曲げ部分の長さは・・・(計算式)・・・の計算式で表されている。
          ところで,乙第34号証(社団法人日本塑性加工学会編「プレス加工便覧」昭和50年10月25日発行)及び弁論の全趣旨によれば,曲げ部の板厚が当初の板厚より減少することは,本件特許発明の出願時の技術常識であったものと認められ,上記計算式の・・・は,平均板厚すなわち曲げにより減少した後の板厚を示している。そうであるとすると,上記計算式は,曲げにより板厚が減少することを前提として,曲げにより減少した後の板厚を基に材料の必要寸法の長さを計算しているものである。
          しかし,上記計算式により算出されているのは,曲げにより板厚が減少した後の板厚の中央部,すなわち中心軸の長さであり,それは,曲げによって伸びた後の板材の中心軸の長さである。そして,前記ア(カ)認定のとおり,本件特許発明の出願時には,板材の曲げ加工において,曲げによる延びを考慮して加工データを補正することは慣用手段であったから,上記計算式により中心軸の長さを求めるに当たっては,曲げによって中心軸が伸びたことも考慮されているものと認められる。
      ウ 以上によれば,本件特許発明の出願時において,当業者は,乙第32号証に記載された発明に,板材の曲げ加工において曲げによる延びを考慮して加工データを補正するという慣用手段を組み合わせることにより,構成要件D(上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する)につき容易に想到することができたものと認められる。
      エ 乙第32号証の発明は,「NCタレットパンチプレス・・・による板金加工作業におけるNC用プログラム作成の前処理としての展開図作成に関する」(乙第32号証1頁右欄4行ないし7行)が,板材の曲げ加工に関する技術分野に属する点では本件特許発明と同様であるから,当業者は,上記のとおり,乙第32号証記載の発明と上記慣用手段により,構成要件Dにつき容易に想到することができたものと認められる。
    (3)したがって,第5発明は,特許出願前に当業者が,特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である乙第25号証,第32号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項に違反して特許されたものであり,同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
      よって,第5発明の技術的範囲に属することを理由とする本件特許権に基づく差止め,損害賠償の請求は,権利の濫用に当たり許されない。
  3 結論
    以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。」