The Sault Star 2009年1月10日 記事紹介
水銀で毒された金
第三世界諸国の金採鉱での水銀使用は
手っ取り早くて安いが現実の脅威

情報源:The Sault Star January 10, 2009
Toxic gold: Using mercury in Third World countries to mine gold
is fast and cheap, but poses a real threat
MICHAEL CASEY, THE ASSOCIATED PRESS
http://www.thestate.com/world/story/639039.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2009年1月11日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_09/090110_sault_star_toxic_gold.html

 一人の金採掘者が汚染された池の中で腰までつかりながらカップ1杯の水銀を金鉱石の入ったバケツに注ぎ、素手でそれをかき回している。
 液体金属は金を包み込み、銀色のビー玉サイズの小球になる。
 インドネシアでは金採鉱での水銀の使用は、人の健康と環境に有害なので違法である。

 ”もちろん、私は心配しているよ”と野球帽をかぶったいかめしい顔の男、23歳のハンドコは言った。”でも、これが仕事なのさ”。

 人里離れた数万の金採掘場はほとんどがアジア、ラテンアメリカ、及びアフリカにあり、毎年1000トンほどの水銀を使用している。水銀は採鉱者とその家族の神経系を蝕む。水銀はまた大気中を数千キロも移動し、ヨーロッパや北アメリカの海底や川床にたまり魚を通じて食物連鎖に入り込む。

 小規模な金採鉱は、世界の水銀汚染源として、化石燃料の燃焼に次いで二番目に大きな汚染源である。そしてインドネシアは金採鉱における水銀使用で中国の次にランクされる。

 水銀の影響は、ボルネオ島の中部カリマンタンのような金採掘地域で明らかである。数ヘクタールの熱帯林は現在では事実上砂漠である。村人は漁獲量は70%減少したと言う。ガランガン金採鉱現場は数キロメートルにわたっており、木は伐採され、水銀で汚染された池が点在する。

 月面のような丘を車で飛ばしながら、”この地域はもう終わりだ”と金販売店の所有者ファウジ・アクマドは言い、採鉱現場を捨てた。

 水銀は危険ではあるが、金採鉱現場で水銀を買うことは歯磨きを買うのと同じように容易である。水銀の国際取引は大部分が規制されていない。小規模金採鉱が広く行われている55か国のほとんどに、この有毒な金属が 1,000万〜1,500万人の貧しい採鉱者の手にわたるのを防ぐための、政治的な意志も能力もない。

 ”金採鉱における水銀は、地球規模の大気汚染源なので、世界中で数百万の人々を脅かしている”と、世界の40団体からなる連合組織で水銀使用削減キャンペーンを展開しているゼロ・マーキュリー・ワーキング・グループのミカエル・ベンダーは述べた。

 ”我々は、科学が妊婦、胎児、及び大量の魚を食べる人々への脅威を明確に示しているということについて話をしているのだ”。

 金採鉱での水銀の使用は数千年前にさかのぼる。ローマ人は奴隷と罪人に水銀で金と銀を抽出させた。

 20世紀までに、採鉱会社はシアンのような化学物質に切り替え水銀使用はやめた。しかし小規模採鉱者らは、使いやすく、手っ取り早く、安く、在来の選鉱なべで洗う方法より金を手際よく抽出できるので、水銀を好む。

 ”採鉱者らは水銀から離れることができない”と金販売店の所有者で採鉱者に水銀使用を少なくするよう説得するキャンペーを行っているアクマドは言った。”水銀を使えば仕事がはやい”。

 取引は、かつてはスペイン、アルジェリア、中国、及びキルギスタンからの水銀に依存していたが、現在ではほとんどの水銀鉱山は閉山され、中国だけが自国の市場向けに供給している。したがって、国連とゼロ・マーキュリー・ワーキング・グループによれば、水銀は閉山された水銀鉱山の余剰備蓄品か、又は古い蛍光灯、バッテリー、又は産業廃棄物から水銀を回収しているヨーロッパやアメリカの数十の会社から供給されている。

 ブリュッセルに拠点を置く水銀貿易の専門家ピーター・マクソンによれば、フラスコ数杯の水銀が数百ドルで、不透明で多くが規制されていない世界中を縦横にめぐるブローカーのネットワークに売られている。彼らは合法的目的のために供給された水銀を金採鉱に転用するが、そこでは他の世界市場におけるより10倍の高値で売ることができる。

 ”多くの国は、歯科やその他の合法的利用のために必要とするよりも数百倍多い水銀を輸入している”と国連産業開発の世界水銀プロジェクトのプロジェクト・マネージャーであるパブロ・フイドブロは述べた。”余りの水銀はブラック・マーケットを通じて金採鉱者に向けられる”。

 マクソンと他の専門家らは、それらの水銀は金採鉱者にはブローカーや犯罪組織すら経由するのでその流れを追跡することはほとんど不可能であると述べた。例えば、フラスコ1杯の水銀がスペインを起点としてインドでブローカーに売られ、シンガポールやベトナムのような知られた中継点を経てインドネシアに送り込まれる。

 アメリカだけでも2007年には450トン以上の水銀を輸出したが、それは2006年の343トンを上回る(訳注1)。アメリカ地質調査所(U. S. Geological Survey)によれば、そのほとんどはカナダ、スリナム(南米)、香港、メキシコに輸出されている。

 過去5〜10年間、全ての貿易はアンダーグランドで、非常に秘密裏に行われているとマクソンは述べた。”水銀を取引している会社は誰が顧客なのか、誰が最終ユーザーなのかも告げないであろう”。

 水銀貿易の専門家らは、 D. F. G. Mercury Corp と Bethlehem Apparatus が世界の水銀供給者のトップであると述べている。イリノイ州エバストンの D. F. G. Mercury Corp 社長ロバート・ゴールドスミスは、同社は国内向けに販売しているが、それがどうなっているのか調べるのは困難であると述べた。ペンシルベニア州ヘラータウンの Bethlehem Apparatus 社長ブルース・ローレンスはこの問題を話すことを拒否した。Bethlehem 社は同社のウェブで、高級純粋のバージン水銀の世界的な供給会社であると述べている。

 水銀取引業者らは、金採鉱現場で起きていることで彼らを責めるのは公平ではないと言っている。


 ”もし、人々が、水銀が手工業的金採鉱現場、特に中国、インドネシア、及び南アメリカで使用されることを望まないなら、彼らは輸入をやめるべきである”と、世界で年間 25,000〜30,000フラスコ(flasks)の水銀を販売しているイギリスの会社 Lambert Metals International のディレクターホワード・マスターーズは述べた。

 ”これらの国の輸入は全ては認可のを受けたものだけなので、それはその国の政府の問題である”と彼は述べた。”しかし、世界の本物の水銀消費はとまらない。それは非常に良い用途であり、正しく使われれば環境問題ではない”。

 ラテンアメリカ、アフリカ、ヨーロッパに毎年180トンの水銀を売っているオランダの会社 Claushuis Metals のディレクターであるマーク・クラウシュイスは、水銀の用途をコントロールできないことに苛立ちを見せた。

 ”もちろん、私はハッピーではない。製品を輸出した国でそれが多くの汚染を引き起こしていること知れば・・・”と彼は言った。”できることはそれほど多くない”。

 インドネシアに関しては、水銀はスラバヤやジャカルタのような大都市の化学品取扱店を経由して運び込まれ、発見されないようにエネルギー飲料やビタミン飲料のビンに詰め替えて採鉱現場に輸送される。そして最後には中部カリマンタン、パプア、北スラウェシの金販売店のカウンターの後ろに行き着く。

 インドネシアは定期的に不法な金採鉱キャンプを取り壊し、3年前には採鉱での水銀使用を禁止したが、水銀の値段は倍になった。中部カリマンタンの政府環境担当のイルワント・トーマスは、水銀が広く使用されており、採鉱者らがもっと良い仕事を見つけるまで続くであろうということを認めた。

 ”彼らは政府はどのような仕事を彼らに提供したかと問う”とトーマスは言った。”現在まで、政府は彼らに答えていない”。

 インドネシアの金採鉱の町ケレンパンギのほこりっぽいメインストリートには数十の金販売店が並んでいる。丁寧に店の主人に水銀について問い合わせると水銀を取りに後ろの部屋に小走りに急いだ。

 ”時には、私は水銀を採鉱者に売ったっり、無料で与えたりする”と水銀も扱う店の主人ラクマディは述べた。

 水銀は、世界中のほとんどの採鉱現場で容易に見ることができる。アフリカでは、採鉱者は、タッパーウェアやビタミンCチューブの容器に保存されている小さなプラスチックの袋に入った水銀を買う。ペルーでは歯科医院で売っている。

 金採掘では1グラムの金を得るのに1〜3グラムの水銀が失われる。しかし水銀はゆっくりした無言の殺人者であり、したがって採鉱者らはその健康の懸念をあざ笑う。彼らは長年、何も問題なく、水銀蒸気を吸い込み、有毒な液体を扱ってきたと言う。国連の報告書によれば、あるインドネシア人たちは、より強くなると信じて水銀を肌に塗りつける。

 ”時には、金と水銀が口の中に入ることがある”と1996年以来中部カリマンタンで金を採掘しており、妻と一緒にテントのキャンプで暮らす36歳の陽気な採鉱者スマディアントは言った。”私は大丈夫だ。私はどこも病気ではない。水銀を使うことに不安はない”。

 水銀で死んだり障害を持った人の数を明確にすることは不可能であると専門家は言う。しかし、2006年の国連の報告書によれば、インドネシア、フィリピン、コロンビア、ガイアナ、ジンバブエ、タンザニア、及びブラジルにおける採鉱者のテストは世界保健機関の制限値よりも50倍高い水銀レベルを示した。運動能力の低下、疲労、体重低下というような症状は、採鉱現場では日常のことであると国連報告書は述べている。金販売店の所有者らもまた燃やすときに水銀蒸気を吸っている。

 国連は、インドネシアをふくむ6カ国で、水銀について採鉱者と金販売店を教育するために700万ドル(約7億円)を使っている。欧州連合は2008年の初めに水銀の輸出を2011年から禁止することを決定した(訳注2)。そしてブッシュ大統領も10月に上院議員バラク・オバマがスポンサーの2013年までに水銀輸出を禁止する法案に署名した(訳注3)。

 水銀回収業者らはその禁止は、もっと多くの水銀採掘を促進し、水銀輸出を西欧諸国からインドのような開発途上国にシフトすると主張する。

 米環境保護局によればすでにアメリカの水銀の83%は、外国から来ると信じられており、44州が水銀で汚染された魚の摂取についての健康注意勧告を発行している。

 ”政府を最も高く動機付けることは、水銀は世界の汚染物質であるという強い認識である”とブリティッシュコロンビアにあるビクトリア大学の小規模採鉱に関する専門家ケビン・テルマーは述べた。”小規模採鉱は世界の水銀問題となっていることは明らかである”。

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AP記者イルワン・フィルダス(ジャカルタ)、ジョージ・サインツ(マドリード)、ルクミニ・カリマッチ(ダカール、セネガル)がこの報告書に貢献した。

更なる詳細:
Zero Mercury Global Campaign: www.zeromercury.org/
Global Mercury Project: www.globalmercuryproject.org/


訳注1
水銀の輸出入状況 (単位:kg)
(出典:日本貿易統計(財務省))
2001 2002 2003 2004 2005 5ヵ年平均
輸入量 11,045 6,902 5,459 3,454 3,453 6,063
輸出量 16,502 5,773 125,872 53,825 107,031 61,801

出典:我が国における水銀のマテリアルフロー作成のための基礎調査結果
http://www.env.go.jp/chemi/tmms/1802/mat03.pdf

訳注2
訳注3
訳注:関連情報


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