自分の目で見るということ〜Angkor Thom
 
自分の目で見るということ
〜 Angkor Thom
 

   距離的に近いこともあり、日本ではアンコールに関する書籍が数多く出版されている。写真や図が多用され、見ているだけでも楽しい。これほどの情報量がある遺跡は、他にエジプトのピラミッドくらいのものだろう。
 しかし、旅行者にとっては悩ましい部分もある。その気になれば充分に下調べができてしまうため、行く前に予備知識で頭が一杯になってしまうのだ。こうなると、せっかく現地を訪れてもガイドブックに書かれてあることを確認するだけになる。観光というより一種の作業だ。新鮮な驚きがなく面白味もない。
 だから、今回の旅ではガイドブックはおろか歴史書や写真集の類も、出発前には努めて読まなかった。せいぜい旅行会社のパンフレット程度だ。知りたいことが見つかったら帰国後に図書館に行けばいい。
 しかし、知識がないだけに来る前からいろいろと疑問が湧いていた。そのひとつがアンコール・トムとバイヨンは果たして同じものなのかということだ。
 地図で見る限り、アンコール・トムの敷地は約3km四方。アンコール・ワットより大きい。しかし、アンコール最大の寺院はバイヨンではなくワットとされている。もしアンコール・トム=バイヨンであるならば、これは明らかに矛盾だ。
 それでは両者は別物なのか。しかし、それならば同じ観世音菩薩を紹介するのに「アンコール・トムの」と言ったり「バイヨンの」と言ったりするのはなぜなのだろう。トムの中にバイヨンがあるのか。だとすればトムは寺院ではないのか。
「さきほど私たちは南大門から入ってきました。バイヨンを見て、今度は北大門に向かいます。こちらにも面白い遺跡がたくさんありますよ」
「アンコール・トムとは別の遺跡?」
「いえ、まだアンコール・トムの中です。バイヨンはその中心にある寺院で、アンコール・トムには他にも王宮などいろいろな遺跡があります」
「つまり、アンコール・トムはひとつの都市だってこと?」
「そうです。古代の大都会です」
 ようやく事情がつかめてきた。そして、アンコール遺跡全体のスケールが僕の想像をどの程度超えているのかも薄々わかってきた。アンコール・トムが平安京でバイヨンは大内裏、現代的に言えばアンコール首都圏のトム市にあるバイヨンビルなのだ。
 知識は階層を以って体系化されることで初めて理解となる。対象を遺跡に限れば、階層は時間軸と空間軸のふたつで構成されていると考えることができそうだ。両方を満たす座標に位置する知識だけが、理解となって脳に刻み込まれる。まるで関数の解のように。
 個人的なことを言えば、東南アジアは正直ちょっと弱い。今でこそ日本の企業も数多く進出し駐在する人も増えているが、学生時代からあまり勉強した記憶がない。世界史も地理も教科書は欧米中心、アジアといえば中国だったし。だいたい本を読んだくらいで判った気になるのがおこがましい。やはり実際に来て、自分の目で見てみなければ。
 参道の阿修羅の顔がひとつひとつ微妙に違うこと。南大門の四面塔が意外と細長いこと。その裏壁に彫られた象のレリーフには頭が三つあること。境内が子供たちのサッカー場になっていること。木の幹が底知れない樹齢を感じさせるほど太いこと。象のタクシーにさほど人気がなく、暇そうに客待ちをしていること。
 些細なことかもしれない。だがこうして、アンコールという壮大なジグソーパズルにピースがひとつずつ嵌まっていく。それが楽しい。
 

   
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