社会生物学の勝利

―批判者たちはどこで誤ったか―

ジョン・オルコック (長谷川真理子 訳、新曜社、2004)

 

試みに、朝日新聞社の『知恵蔵』(2004年版)で「社会生物学」の項をみると、次のように解説されています。

社会生物学(ソシオバイオロジー)
現代進化論の考え方に基づき、動物の行動や生態を適応的な進化という観点から研究する学問。米国のE.O.ウィルソンが提唱したものだが、実質的な内容は英国学派の行動生態学とほぼ同じ。包括適応度、血縁淘汰、最適戦略などを中心的な概念とし、集団遺伝学や数理生物学と密接な関係を持つ。人間の行動や社会の進化までを適応論的に解釈することについては、人文・社会学者から強い批判がある。

最後の一文にご注目。しかし、このような評価はまだ穏やかな方です。「人文・社会学者」どころか、自然科学者・生物学者・人類学者の中にも、社会生物学に対して激烈な批判をしてきた人たちがいます。その筆頭は、一般読者向けの多くの著作で知られる、スティーブン・J・グールド。したがって、本書ではそのグールドの批判に対する反論が相当な部分を占めています。

「社会生物学」という言葉は、「社会進化論」や「社会ダーウィニズム」と紛らわしく、実際に混同されやすいのですが、後者が主に19世紀の社会思想(および20世紀におけるその亜流)であるのに対して、前者は20世紀後半に展開された革命的な動物行動学の一派です。この派の最も有名な人物が「利己的遺伝子」のリチャード・ドーキンスだといえば、おわかりでしょうか。ただし、ドーキンス自身は英国人なので「社会生物学」という言葉をほとんど使っていませんが。

社会生物学に対する批判は様々です。社会生物学は似非科学であり、検証不可能な机上の空論にすぎないというのも、その一つ。しかし、『知恵蔵』の解説にもあるとおり、影響力の大きい批判の大部分は、社会生物学の理論が人間の行動にまで適用されることに対するものです。曰く、それはナチスの優生思想の再来である(これはつまり、社会ダーウィニズムの亡霊である、という誤解)。また、遺伝子決定論であるとか、社会的現状肯定論であるとか、学習や文化伝達を無視してすべてを本能に還元しているとか・・・しかし、激しい批判・非難にもかかわらず、社会生物学は「勝利」したのです。これらの様々な批判に対して、本書は丁寧に反論しています。

社会生物学の具体的な内容、手法、理論も紹介されています。人間を含む動物の、一見したところ非適応的な(つまり環境に上手く適応していないように見える)行動に対して、適応論的な視点からの(つまり、実はこういうわけで上手く適応しているのだという)仮説を立て、それに基づいて何らかの予測を行い、その予測が実験や観察によって確認されたとき、社会生物学が最も鮮やかな成功を収めるのですが、それは他の自然科学の場合と全く同じなのです。

ついでにご紹介すると、『ドーキンス vs. グールド』(キム・ステルレルニー、ちくま学芸文庫、2004)もたいへん参考になります。

 

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