共感する女脳、システム化する男脳

サイモン・バロン=コーエン (三宅真砂子 訳、NHK出版、2005)

 

脳の働きにみられる男女の差に関する類書のほとんどは、男女の行動や思考の違いをたくさん並べて、それらの起源を進化心理学的に説明したもの。それに対して本書は、さまざまな男女間の違いを、「共感」と「システム化」という2つの根本的な能力を座標軸として説明しています。

「共感」とは、他の誰かが何を感じ何を考えているかを知り、それに反応して適切な感情を促す傾向のことで、この能力(共感指数:EQ)は、平均すると女性の方が男性よりも大きい。正規分布の頂点が、女性は男性よりも右に位置します。「システム化」とは、システムを分析、検討し、そのパターンを支配する隠れた規則を探り出そうとする衝動、システムを構築しようとする傾向のことで、この能力(システム化指数:SQ)は、平均すると男性の方が大きく、正規分布の頂点は男性の方が右。どちらの能力も、男女の分布曲線は重なっているので、平均的な女性よりも共感指数が高い男性や、平均的な男性よりもシステム化指数が高い女性は、もちろんいます。

このEQとSQは、一般的には相補的な関係にあり、EQが高い人はSQが低く、SQが高い人はEQが低いという傾向がある。両方とも(男女合わせた全体の)平均に近い人はいますが、両方とも平均よりかなり高い人や、両方ともかなり低い人は、ごくまれにしかいないと考えられます。

よくいわれる、女性の言語能力・コミュニケーション能力は、もちろん共感能とおおいに関係がありますが、どちらかといえば共感能の方がより根元的。同様に、システム化能は男性の空間処理能力や論理能力などの根本にあるもの、というわけです。このような男女の脳の違いが、文化の影響ではなく、生物学的な起源をもつものであることを示す、たくさんの研究結果も紹介されています。

自閉症の研究で世界的に知られる著者だけあって、本書の大きな特徴は、自閉症とアスペルガー症候群(軽症の自閉症)は極端な男性型脳の持ち主であるという、古くて新しい学説を紹介していることです。自閉症やアスペルガー症候群の人の心の世界を詳しく調べると、他者への共感、他者の心の世界への興味が極端に乏しく、それに代わって彼らの心の中を占めているのは、環境世界の中のある限られた領域に対する異常に強い関心と、その世界の隠れたシステムを捉えようとする強い欲求です。自閉症患者は「心の理論」(他人も自分と同様に、しかし自分とは別の、その人自身の心を持っていることを、理解していること)を持たないといわれていますが、それは実はEQが極端に小さいということだったのです。

本書の最後の方には、ニュートンとアインシュタインという、人類が生んだ最高の知性ともいうべき2人の天才科学者が、じつはアスペルガー症候群だった、という衝撃的な話があります。その他にも、物理学者のポール・ディラック、シリコンバレーの礎を築いたウィリアム・ショックレー、古代クレタの線文字Bを解読したマイケル・ヴェントリス、これらの人々もアスペルガー症候群だったようです。このような極端な男性型脳を持つ人は、ふつうは社会の中で孤立しがちですが、幸運にも環境と周囲の人々の理解のお陰で、特異な才能を伸ばすことができる人もいるようです。

学校での成績がよい生徒、「頭が良い」といわれる子供は、記憶力の良さに加えて、本書に従えばシステム化能力が優れた子供ということでしょう。理数系の学科だけでなく、国語や外国語にしても、成績の評価はコミュニケーション能力より、語彙や漢字の記憶量、文法的な知識、読解力が中心で、つまりシステム化能力です。人間ではなく物やシステムを相手にする仕事なら、このような能力が必要ですが、人間を相手にする仕事には別の能力が求められます。しかし、共感能力を客観的に評価するのは難しい。

ところで、本書にも書かれているとおり、男の子の遊びと女の子の遊びは全く種類が異なり、それぞれの典型的な遊びの特徴はどの社会・文化にも共通であることが知られていますが、典型的な「男性脳」社会で活躍する女性科学者たちも子供の頃は人形遊びや「ごっこ遊び」ばかりしていたのでしょうか。それとも男の子たちに混じってボール遊びをしたりプラモデルに夢中になったりしていたのでしょうか。この種の調査があれば、遺伝と環境の影響に関して興味深いことがわかると思うのですが。

 

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