裸 の サ ル

―動物学的人間学―

デズモンド・モリス (日高敏隆 訳、河出書房新社、1969)

 

すでに現代の古典といってもいいくらい、よく知られた本です。原書は1967年の出版。人間を「裸の(毛皮を喪失した)サル」ととらえ、動物学者の目で、人間の行動のあらゆる側面を、他の霊長類や哺乳類と比較し、人間がそれらの動物から遺伝的に受け継いだものと、それに対して人間が進化の過程で新たに獲得したものとを区別しています。取りあげられた行動は、「セックス」「育児」「探索」「闘い」「食事」「慰安」「動物たち(との交流)」と広範。

人間は類人猿(邦訳では「ヒトニザル」となっている)の仲間であり、森の中で果実や葉を主食としていたが、あるとき草原に出て、食肉類と同じように獲物を狩る「殺し屋」になった、というのが著者の論の前提です。人間の基本的な行動にみられる特徴のほとんどは、この前提から説明できる。私たちがふだん、人間らしい行動と思っていることの大部分には、数百万年も遡る遺伝的な起源が隠れている。もちろん人間においては、それらの遺伝的背景のある部分が大きく成長したり逆にやや退化したりしていますが。

「まえがき」で述べられているように、著者のアプローチの(当時としては)ユニークな点は、人間の行動の起源を研究するのに、文化人類学者や民俗学者がやるように、遠い未開の地へ出かけていって文明化されていない社会の、現代人から見れば奇異で不思議な習慣の中に、その答えを探るのではなく、現代の文明社会の「成功した人々」(中流階級と考えていいでしょう)のありふれた行動を観察し、それを他の動物と比較していることです。また著者は、(かつての)精神病医や精神分析学者のように、病的な人間の病的な行動パターンを調べることにも興味がありません。そうではなくて、動物行動学と人間観察を結びつけることが、著者の狙いなのです。

さすがに個々の主張には、その後の動物行動学や霊長類学の進展により否定されたり疑問視されたりしていることが多いのですが、そのような研究の出発点になったという点で、当時としては大きな意義があったと思われます。発表当時、各界から激しい批判を浴びたことが、視点や内容の斬新さ、先見性を物語っています。

なお、本書の続編として1994年に出た「The Human Animal」(邦訳「舞い上がったサル」、中村保男訳、飛鳥新社、1996)は、その後の研究の進歩を取り入れてはいますが、本書の修正版というわけではなく、半分は本書の内容の補強、残りの半分は新しいテーマです。

 

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