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4 Love Stories

『四つの愛の物語』

【3】

福原 哲郎




■目次

第1話 『13歳のカオリ〜私はどうしたらいいの?』
【1】 【2】 【4】 【5】

第2話 『19歳のカオリ〜性を超える』
【6】
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第3話 『25歳のカオリ〜一人さまよう、世界の旅へ』
【7】
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第4話 『31歳のカオリ〜私の夫は天才だった』
【8】
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3 脳さらい

 男の要求を聞いて私は驚いた。
 朝10時に東京駅で待ち合わせた後、最初の日から、品川駅周辺にあるホテルに連れて行かれた。「触らないでよ」と、私はちょっとした脅しておいたけど、この男には効かなかった。男は私を簡単に手に入れた。私のからだに触り、抱きしめた。昔からつき合っている女に対するやり方だ。あまり自然なので抵抗できなかった。このホテルが東京の滞在先だという。金持ちが泊まる高級ホテルだ。
 男は私を裸にして、一日中無言で私とやりまくった。もちろんそれも予想していたので、何ともない。私も自分が知っているサービスを全部やってみた。嬉しそうにしていたから、私のテクニックも通用するのだ。男の要求は全部聞いた。変態じゃなかった。学校の制服を着たままがいいとか、ちょっとだけ少女趣味があるだけ。まぁ、それは17歳の女が欲しかったのだから当たり前か。制服の私に興奮するみたい。男は自分で制服を用意してきた。でも、ずいぶん昔の制服みたいだ。私は何も言わなかった。実際、こんなセックスは何でもない。寝たからといって私の心は汚れない。私は何も変わらない。それ以上はイヤということも何もされなかった。私は少しもこの男を警戒しなかった。お父さんに似ている気がしたから。でもそれで信用されたみたいだ。次の日にほんとうの目的を打ち明けられた。
 とにかく、私からいろいろ聞いてみる事にした。無口みたいなので、私が黙ってると、ずっとこの男も黙ってる気がした。沈黙は怖いからね。このままだと、私はまた自分の心の闇に一人で彷徨ってしまうよ。

 「あなたのしたいことって、まさかこれだけ? 目的は私のからだ?」
 男がやっと口を開いた。別に無口じゃないみたいだ。
 「もちろん、違う。昨日は男と女がふつうにやることをやってみて、君を試した。君についてもっと知りたいからね」
 「何がわかったの?」
 「君がからだを売る金目当ての女ではないこと」
 「どうしてわかるの?」
 「お金のことを何も聞かない」
 「興味ないから。それから?」
 「君は、ずっと僕の様子を見てるね。なぜ?」
 「別に。あなたの顔が珍しいから」
 「僕の顔が珍しいの? よくある顔じゃないか」
 何だか、私の方が詰問されてるみたい。私は慌てて答えた。「帰る」なんて言われたら大変な事になるから。
 「いいえ、懐かしいから」
 「懐かしい? 君は確かに変わってるようだね」
 男が、不思議な動物を見るような顔をして私を見ている。
 「変わってないよ。それから何がわかったの?」
 「タフな子だ。年齢の割りに上手だね。正直、驚いたよ」
 「セックスのこと? それならいまの私の学校の女の子と同じよ。私のお母さんの時代は秘密にされていて違ったみたいだけど、セックスについて畏れる必要がないことは、どんな女子にもわかってきた。セックスと愛は別。サービスなんて大した技術じゃない。何の自慢にもならない」
 「君は面白いね」
 「それより、あなたの目的は何? 早く教えて」
 男は、隠す風でもなく、あっさり答えた。
 「君の脳を借りたい」
 「え?」
 「君の一番大事な部分とコンタクトしたいね」
 「どういうこと?」
 「男と女のほんとうのつき合いをしたい」
 「全然、何のことかわからない」
 「一番深いところで、何も隠せないところで、君とつき合いたい。心と心を結んでみたい」
 「へぇ、驚いた。真剣に言ってるの? からかってるのね?」
 「真剣だよ」
 たしかに、男は真剣に言ってるみたい。でも、何の事かしら。
 「だって、私みたいな子供に。それに、昨日会ったばかりじゃない」
 「年齢は関係ない。いつ会ったかも関係ない」
 「やっぱり、あなたは変ね。変だと思ったから、興味を持った来たわけだけど」
 「僕はいたって普通だよ」
 男は冷静で、ほんとうに普通に喋っているだけみたいだ。一体、この男は、何?
 「あなたはロマンチスト? それとも変態? そんなことを言うなんて思わなかった。でも、それも素敵かも知れない。私はどうすればいいの?」
 私も好奇心が旺盛だがら、何だかゾクゾクしてきた。好奇心をくすぐられと、なぜ人間はこうも楽しい気分になるのか。今私は楽しい気分だから、頑張って冒険してよかったのかも知れない。
 「君の脳に僕の愛を挿入する」
 「はぁ? あなたの愛を? 挿入? やっぱり、ますますわからない」
 「ごめん。正確に言うと、君の脳をちょっとだけいじって僕の記憶を加えるのさ」
 男が、ニコニコ笑った。私ははじめて男が笑うのを見た。やっぱりお父さんに似ている気がする。私には男の話しはわかりそうにないけど、男の様子を見ているのが楽しい。だって、これは異星人との会話みたいだ。この男、もしかしたら、地球人じゃない?
 「依然として、わからないわ」
 「君の脳をいじって、僕の昔死んだ恋人の記憶を移植したいのさ。それで、君がどこまでその女になるのか見たい」
 「それって、真剣に言ってるの? あなた、正気?」
 「正気だよ。僕の顔もそんな感じだろ?」
 たしかに、男は正気で、宇宙人かも知れないけど、からかっているのではないみたい。それにしても、相当にヘンな実験だ。聞いたこともない。たしかに世界は広いのかも知れないね。

 「そんなことができるの?」と私が聞くと、外国の病院に行くと出来ると言う。私を連れて行くつもりなのだ。えーっ、一体、私はどうなるんだろう? こんな男の話しを信じていいのかしら。
 「私は外国で暮すの?」
 「そうだよ。僕と一緒にね。もちろん君がOKなら」
 「永く?」
 「ある程度の時間がかかる。最低1年」
 「その後はどうなるの? ずっと一緒にいるの?」
 「たぶん」
 「たぶん?」
 「この実験で僕たちの心がうまく結ばれると、どこにいても好きな時に会える」
 「ほんと?」
 「会っている時と同じように、何でもできる。セックスも、一緒にいる時も、離れている時も、好きなだけできる」
 「そんなこと、私が信じるわけがない」
 「やってみればすぐにわかるよ」
 「ふーん。でも、そんなことをして何になるの? あなたの自己満足だけじゃない? 私がその女になれるわけじゃないし。その女が蘇るわけでもないし」
 「いや、カオリはまだ知らないけど、これはいま世界中でもっとも注目されている実験のひとつなんだ。成功したら世界の仕組みが完全に変わる。人間の忘れていたすべての記憶が蘇る。死んだ人間たちもある意味で生き返る」
 「私には全然理解できない。そんなこと面白いとも思えない。死んだ人間が生き返るなんて、気持ち悪いだけじやない」
 「君のお父さんにも会えるとしたら?」
 私は、ハッとした。そんな事を言われたら、私だって真剣になるしかないよ。
 「えっ、そんなこともできるの!」
 「不可能ではない。君がつよく望むなら」
 「つよく望むなら? 望まないとダメなの?」
 「そう。望む度合いで、成功率が決定される」
 「それなら凄いと思う。そりゃ、私のお父さんに会えるなら、私は何だってするわよ。死ぬほど会いたいんだから」
 でも、待てよ。この男は、何で私のお父さんの事まで知ってるの? 私が昨日話したかしら。そこまで話した記憶はないけどな。
 「それだけじゃない。君は、新しい世界の住人としてもっと大きな存在になれる」
 「何それ? 大きな存在って」
 「君が日々憧れてきたもの。夢の中で悩まされてきた事。わかっているはずだ」
 「どういうこと? あなたは私の事をどこまで知ってるの? なぜ、私を選んだの?」
 「それは最初に言った。ナミコに似ているから」
 「それだけ?」
 「それと、君が予想以上に面白い女の子だから。君の話しは面白いよ。君は心に怪物を飼って苦しんでいると言ったね。それって、本当に生きてる生物かも知れないよ」
 「私、そんな事まで話したかしら? あなたの話しは、飛躍し過ぎていて、ついて行けない」
 「君は昨日、僕に大きな変化を望んでいるとも確かに言ったよ。覚えてないの?」
 「覚えてないわ」
 「そう。いずれにしても、僕も同じなんだよ」
 「同じって?」
 「僕も苦しいんだ。僕の心にも怪物がいる。僕も君と同じ病気を持っている。早く解放されたい。だから、今度の計画は二人にピッタリの実験だよ」
 「もしかしたら、あなたは私の事を調べた? 昨日会う前に」
 「そうだね。会う約束をしてから一週間あったから、多少はね」
 「それであなたは私の事をよく知ってるのね」
 「まぁ、でも、そんな事はあまり気にしなくてもいいよね。昨日の君の話しで新しい事も沢山わかったし」
 「それはそうだけど。ところで、あなたの脳もいじるの?」
 「勿論だ。君と一緒にね。生活も共にする必要がある」
 「危なくないの?」
 「からだのこと?」
 「そう」
 「10年前は大変だったけど、いまはもう大丈夫。技術は格段に進歩した」
 「私はどうなるの?」
 「うまく行けば、君はカオリであると同時にナミコ。君が望むなら、僕も支配できる」
 「あなたはその女ともう一度やり直したいのね?」
 「出来れば。ほんの一時でもそう思える瞬間が持てるなら、僕はそれで変化する。僕の心の中に住んでる怪物もいなくなる。実際にどうなるか調べたい」
 「あなたは彼女をいまでも愛しているのね?」
 「正確に言うと、ナミコをますます愛するようになっている」
 「私はどうでもいいの?」
 「実験がうまく行けばナミコになるのは君だ」
 「私を愛してくれるの?」
 「そうしたい」
 「ひょっとして、これは新しい恋愛の実験かしら?」
 「そうなるかも知れない」
 「あなたはほんとに貿易商なの?」
 「いまは言えない」
 「日本人?」
 「それも言えない。生まれは日本だけど」
 「名前は?」
 「ヒロシ」
 「普通の日本人の名前ね」
 「ニックネームだよ」
 「実験は日本ではできないの?」
 「日本では法にふれる」
 「警察につかまるの?」
 「罰金を取られるだけ。でも中止させられる。実験データも没収される」
 「海外では安心なの?」
 「医学的には安心だけど、別のリスクがある」
 「どんな?」
 「カオリは安全だけど、僕が命をねらわれる」
 「なぜ? 誰に?」
 「詳しくは言えないけど、アメリカにある、イタリアのマフィアみたいな組織」
 「どうしてそんな危険を冒すの?」
 「それが僕の人生だから。実験成果を買いたいという日本の政府関係者がいる」
 「売れるの?」
 「高くね」
 「わかった。それがあなたの貿易なのね?」
 「そういうことになる」

 でも、こんなことってほんとうかしら?
 意味がまるでわからない。これも世界をつくること? でも面白いのかも知れない。少なくても、いままで聞いたこともない事ばかりだ。私の脳とあの男の脳を繋ぐなんて。それで、あの男の死んだ恋人を私の内部に生き返らせるなんて。この実験がうまくいけば、死んだお父さんにも会えるかも知れないだなんて。
 私が住んでいた世界にはない新しい刺激だ。男も一緒にやるなら、そんなに危険じゃないのかも知れない。やってみようか? からだをいじると言っても、ピアスや刺青の次元とは違う。いじるのは、脳だって。それで、新しい恋愛の実験をするんだって。でも、やはりヘンなことを考えている男だ。お父さんもこんなことをやっていたのだろうか。人さらい、ではなく、脳さらい?
 私はついに家出した。お母さんに相談したらびっくりしてひっくり返るに違いない。あやしい中年男と海外で一緒に暮らすと言っただけで、確実に真っ青になる。100%理解不能という、世界の外側にはじき出されたような顔をするだろう。 お母さんでなくても、誰だって腰を抜かす。私の脳がいじられるのだ。失敗して死ぬ可能性だってある。お母さんに相談したら、学校や親類中に騒ぎまわって私を部屋に監禁するに違いない。だから黙って行くことにした。「悟りを得て、つよい人間になるために、家を出ます。一年か二年、一人で修行してきます。心配しないで。連絡します」って、昔の出家僧のような置手紙をして。私は男が住む品川のホテルに向かった。家出は憧れの一つだったから、何だか楽しい。
 男は毎朝ホテルを出て、夜になると帰ってきた。どこに行っているのか言わなかった。私は留守番で、簡単に食事の準備をしたり、何だか奥さんになったみたいで嬉しい気分。日本を出るまでの1ヶ月間、私は毎晩男に抱かれた。もちろん、こんなに男に抱かれたことはない。男はやさしくて、セックスが済むと、ベッドの上で私を抱いたままボソボソといろんな話しをしてくれた。危険な男ほどやさしいのかも知れない。どうやら私が気に入ったみたい。私も、自分の考えを面白いと言って聞いてくれる男にはじめて出会った。こういう人間が、私の周囲にはいなかったのだ。
 ひょっとしたら、私は愛されているのかも知れない。男が私に特別な気持ちをこめているのを感じるから。私はいままでこんな風に人からあてにされたことはない。こんな男にめぐり合って、私はラッキーなのか?
 この男は、私の期待通りで、お父さんのように、何か特別な存在なのだろうか? そうあって欲しい。だから途中から心配になった。私でいいのかしら? もっといい女が出てきたら私はご用済み? そんなの絶対に許せない。


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