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4 Love Stories

『四つの愛の物語』

【1】

福原 哲郎




■目次

第1話 『13歳のカオリ〜私はどうしたらいいの?』
【2】 【3】 【4】 【5】

第2話 『19歳のカオリ〜性を超える』
【6】
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第3話 『25歳のカオリ〜一人さまよう、世界の旅へ』
【7】
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第4話 『31歳のカオリ〜私の夫は天才だった』
【8】
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第1話 『私はどうしたらいいの?』

1 女の場合

 ネットで、1人だけ、面白そうな男を見つけた。
 年齢は48歳。職業は貿易商、だって。ほんとかしら? 年も48歳なんて、とてもそうは見えない。この写真がホンモノなら、もっとずっと若いよ。せいぜい35歳? ひょっとしたら30歳? 何か秘密がありそう。怪しいやつだ。
 海外で仕事をし、日本と海外を行ったり来たりしているという。かなり得体の知れない男。「17歳の恋人求む」なんて宣伝広告を出してる。ヘンなやつ。広告を出すなんて、お金はあってもモテナイから? 或いは少女趣味? 変態? 最近はおかしな変態も多いからな。17歳の女が欲しいなんて、ロリコンで身近な関係者に知られると困るのかも知れない。人に言えない秘密があることは間違いない。でも、一体どんな秘密だ?
 でも、この男の雰囲気は死んだお父さんと似ている。この男は面白いことをネットで言ってる。写真の顔はお父さんとは全然違うし、私の好みのタイプじゃないけど、こんな男とつき合うと私も新しい世界に出られるのかも知れない。

 私の名前は鈴木カオリ。
 隣の駅が、江戸川を渡ってすぐ東京都という、千葉県松戸市にお母さんと一緒に住んでいる。一人っ子。松戸は、田舎の都市なのに、都会みたい。都会かと思えば、まるで田舎。ちょっとだけ奇妙な町だ。千葉県にはこんな町が多い。
 いずれにしても、いま私が暮らしてる世界には、学校も、家も、町も、もう耐えられないよ。この世界が私を苦しめるというより、私にはほんとに何の魅力もない世界になってしまった。退屈。それも、死ぬほど。
 私はもう感じるということがなくなった。感覚が麻痺したんだ。誰と会っても、何を見ても、ドキドキしない。ボーイフレンドの浩介や健太たちとの一年前からのセックスも、最初の頃はよかったけど、いまでは苦痛。全然感じなくなってしまった。一体どういうことだ? まだ若いのに。感じないことがこんなに人間を苦しめるなんて、知らなかった。こんな世界にいたら伸び盛りの私が腐っちゃう。私のからだの一部はすでに腐りはじめた気がする。最近何だかイヤな匂いがからだからするようになったし。浩介や健太たちに「わたし、最近変でしょ? からだ、臭くない?」と聞いても、何も言わない。私の錯覚なの? そうじゃない。私の質問に関わるのがイヤで面倒だから、何の返事もしないだけの事を私は知っている。
 お父さんが生きていた時は、まるで違った。お父さんが生きていた時は、まだお父さんの背中の後ろの方で、何かが動いていた。それは光輝いていた。お父さんはいつも何か輝くものを引き連れていた。何だかわからないけど、それが魅力だった。でもそれもとっくに消えた。お父さんは去年死んだから。お父さんはもうこの世にいない。そしてお父さんが死んだ途端に、すべてのものに魅力がなくなった。学校も、友だちも、男も、世の中も、すべて。世界から光が失われ、私は感じなくなった。何もしたくない、だるい。私は腐りはじめた。だから私は自分からこの世界を出ていくしかなくなったのだ。
 お母さんはいい人だけど、とても私のことを理解していない。お母さんから見れば私はただの平凡な女の子でしかない。でも私のアタマの中には別の宇宙があって、ヘンな星が旋回している。見たこともないヘンな怪物が毎晩叫んでいる。私の知らない未知の力が私の内部で暴れたくてもがいているのだ。彼らが、私に勝手に、聞いたこともない物語を、私の耳元で囁いている。私と一緒に、新しい世界をつくりたがっている。その世界では私が女かどうかもわからない。そんなこともとどうでもいいみたいだ。
 最近よく奇妙な夢を見て、夜中に汗びっしょりで飛び起きるようになった。その回数がどんどん増えていく。こわいよ。いやだよ。夢の意味がわからないから。私はその意味を知りたい。でもわからない。わからない夢ばかりを見てると、確実に自分が誰なのかわからなくなっていく。私は私じゃなくて、自分でも理解できない夢のための単なる器になってしまうからだ。私は器なんかじゃないよ。私は私だよ。私はそんな夢なんかいらない。でも、夢に乗っ取られ、私が私じゃなくなっていく。一体なぜなの? なぜこんなことになるの?

 私はおかしいのかも知れない。とにかく、眠れなくなった。そして、セックスで感じなくなっただけじゃない。食べることがあれほど好きだったのに、食欲も失くした。食べることが苦痛になった。1年前には体重が45キロだったのに、昨日お風呂で計ったら35キロに減っていた。1年で10キロも減るなんて。食べないから仕方ないけど。お母さんも心配して、私の好きなものばかりつくってくれるようになったけど、効果はゼロ。何を食べるかではなく、食べること自体がイヤなのだ。
 もしかしたら私はこのまま死ぬの? 或いは、私は狂うの? 死ぬのはいやだ。狂うのもいやだ。だから、私は夜がこわくなった。眠れないし、少し眠ればすぐにまた夢の続きを見るから。そんな夢はもう見たくない。苦しいのはそのためだ。どうすればいいのかわからない。それがわかれば私は助かる。誰か、私を、助けて! 私はもう心の中で何度もそう叫んだ。助けて! 助けて! そして、泣いた。叫んで、泣いた。でももう疲れたよ。泣くのも叫ぶのも疲れた。誰も来てくれない。お母さんも、誰も、私のことを理解してくれない。そんな人たちなんて、私からすれば存在しないのと同じだ。何だか、私は、世界でたった一人ぼっちだ。
 何でこんなことになったの? お父さんが生きていたらこんなことは決してない。お父さんが生きている時は私は安心していられた。そんな夢なんて見なかった。毎日が楽しかった。私は大きな門がついた美しい城で、お父さんと一緒に暮らしていたようなものだ。それが、そのお城が突然なくなったのだ。門もどこかに一緒に消えた。一瞬にしてすべてが。ウソのように。世界ってこんなにもろいものなの? たった一人の人間がこの世から消えただけなのに。こんなことになるなんて。
 お父さんはどちらかというと、ブスの男だったかも知れない。私はお母さんに似ていて美人だと言われている。でも人間は心のエンジンを失ってしまえば、そんな皮膚の表面の美なんて何の価値もなくなる。エンジンがなければ走れない。皮膚の表面だけで生きてる人間なんてどこにもいないよ。誰だって心の生活が必要なんだ。人間は心で生きてるからだ。そんなことは私にだってわかる。心が満たされてなければ、どんな美人だって一瞬にしてゴミ箱行き。何の価値もない。ボロ屑。醜いだけ。私はお父さんが大好きだった。ゴミ箱に捨てられるのはまだ早い。私はまだとても若いんだよ。私はお父さんに会いたい。お父さんはブスの男だったかも知れないけど、魅力があった。

 もちろん、ネットで見つけた男が実際どれほどの男かは、つき合ってみなければわからない。若い女のからだが好きなだけのつまらない男かも知れない。でも、はずれたとしても、自分から動いただけの価値はあるはずだ。ひどい目に遭う心配もある。男に何をされるかわからない。でも、どんな目にあっても、いま私の周りにいる男たちよりはましだ。動かないよりはましだ。動けば何かが変わる。きっと新しく始まることがある。
 学校の先生たちも頼りにならないけど、浩介や健太たちもひどいものだ。何の頼りにもならない。いくら相談しても、私の心の中の空洞を理解してくれない。誰にも私が見る夢の意味がわからない。いま私のような女が何を考えいるかなんて、まるで関心がない。あいつらはセックスだけがお目当てで、あとは女に甘えることや、女を支配することしか考えていない。それも努力しないで女が手に入ると思い込んでいる。一度寝たらそれで女は自分のものだと考えている。まるでバカだ。こんな時世になったのに、そんな考えで安心している男たちがまだ生き残っているなんて信じられない。間抜けな男たち。古い男たち。ほっておいても女が男を好きになったり、男が女を支配できるなんて、とんでもない間違いだ。そんなことはいまの時代ではもうなくなったのだ。これからの男の役割なんて、せいぜい女のためのいい案内人になることしかない。女を支配するなんて、そんなことはもう諦めた方がいい。男は女を理解することから始め直す必要があるのだ。女が何を考えているかを理解できて、何を悩んでいるのかもわかって、それではじめて一人前の男に戻ることができる。男は女を新しい世界に案内できなければダメなのだ。だから男はいろんなことを知ってる必要がある。好きになった女がどこに行きたがってるのか、大体でもわからないとダメなのだ。それではじめて女に尊敬されるようになる。いま男に必要なのは、女から尊敬をかち取ることだ。おそらく、お父さんがそうだったように。
 お父さんは、女たちに尊敬されていたに違いない。私も男を尊敬したい。私の心の中に出来てしまった真黒の辛い闇を理解してくれたら、私もその男を尊敬できる。それではじめて私も男を好きになれる。
 お父さんはやさしかったけど、仕事で海外によく行っていて、日本にいる時とは雰囲気がまるで違う写真をよく家族に送ってきた。顔は同じでも、まったくの別人だ。異国の風景のなかで笑顔をムリにつくっている。でも緊張して心はひきつっている。お父さんが家に帰ってくるたびに、私は注意深く観察した。お父さんが好きだから、どんな変化も見逃さない。お母さんはお人好しだから、お父さんがニッコリするともうそれでだまされてしまう。本当は何かを感じているのに、疑うことをやめてしまう。お母さんは単なる善人で、善人は疑うことを悪だと思い込んでいる。私は違う。そんな笑顔ではだまされない。私は徹底的に疑う。疑いこそ相手に対する誠実さの証しだ。相手と徹底的につき合うという気持ちがあるからだ。だから少しあぶない質問もしてみる。
 「お父さんは帰ってくる度に違う匂いがからだからするけど、なぜなの?」
 「そうか、どんな匂いだ?」
 お父さんは、いつもこう言ってとぼけてみせる。
 「わからないけど。お母さんはどう思う? 目つきも少しづつ変わってきたわ」
 こういう時、お母さんは「そうかしら。カオリの気のせいよ」と言うだけで、私の話しに乗ってこない。何も気づかないというふりをしている。お父さんはニコニコしてるだけ。でも、お父さんには女の気配がいつもあった。それも一人じゃない、いろんな女たちだ。お父さんの仕事も貿易商だった。でも、扱っていたものは一体何だ? まさか、商品は女? 私は、お父さんは海外に恋人もいて、何か悪いことをしているに違いないと直感した。悪いこと? 悪いことって何だろう? お母さん以外に女をもつこと。人に危害を加えること。人間をダメにする発明をすること。戦争をすること。ふつうの犯罪ならわかりやすいけど。たとえば新しい世界をつくることは、古い世界からすれば悪いことだ。少なくても古い世界の人には理解できないことだ。
 お父さんのほんとうの仕事は何だったのか? 日本の女が海外で人気があるので、女たちをドバイとかどこかの中東の高級風俗に売り飛ばしていたのか? でも、それならただの女さらいだ。そんな仕事ならまるで新しくない。しかしお父さんは新しい世界をつくることに関わっていたに違いないのだ。だからお父さんはいつも緊張にふるえて、目もあんなに輝いていた。女たちもそれに惹かれてついて行ったに違いない。
 女をだます仕事。悪いこと。一体何だろう? 私にはまるでわからない。でも、新しい世界をつくる仕事だ。お父さんから新しい世界がはじまっていたのだ。だから、私はお父さんが好きだった。でも死んでしまった。もう私の目の前に現れることは二度とない。二度とお父さんに触れる事が出来ない。抱き上げてももらえない。ほっぺたにキスもしてもらえない。こんなに悲しい気持ちは生まれてはじめてだ。お父さんが死んでから、私の心の闇が成長をはじめた。

 それにしても、この男にも、お父さんと同じような雰囲気がある。なぜだろう? 「世界に明日は来ない。つくらない限り。そのためには昨日をこわす必要がある。時間という怪物は空っぽにするために存在するのだ。人に頼んでもムダなことがわかったから、自分でこわすことにした。私にはできる。世界をひっくり返せる。そんなことは簡単だ。但し、そのために私には17歳の恋人が必要になった。私はいま、17歳の恋人募集中」なんて、わけのわからないことをネットに書いている。世界を変えることと17歳の女と、一体何の関係があるのよ。関係なんて何もないよ。
 一体この男は何だ? この男に何ができるのか。謎に満ちている。何だか自信たっぷりだ。面白いやつ。変なやつ。こういうおかしな事を言う男が楽しい。
 お父さんもお酒に酔うと、私やお母さんや親戚の人たちをつかまえて、「明日があるのが不思議だ」なんて言っていた。「新しい世界なんて簡単につくれる」とも言っていた。誰も真剣にお父さんの話しを聞いていなかった。お父さんは周囲の人たちから少しおかしい男、と思われていた。私だけだ。お父さんを信じていたのは。私には難しいことはわからない。でもお父さんの感覚は信じられる。明日はつくるかこわすかしないと存在しないと、私だって思う。私たちが毎朝目が覚めて明日を今日として迎えることができるのも、きっと誰かがどこかで昨日をこわしているからだ。それは人が毎日死ぬことにも関係している。赤ちゃんが毎日生まれてくることにも関係している。世界は平坦な起伏なんかで成立していない。もっとでこぼこで、もっと乱暴で、空間も時間ももっと複雑に入り組んでいて、美しいドラマと残酷なドラマに同時に満ちている。だから楽しいのだ。だから思いがけないことが起きるのだ。何でこんな単純なことを他の人は感じないのか? この男もお父さんと同じことを言っている。何か面白い秘密を握っているに違いない。とんでもないことをやっている可能性がある。早く会いたい。もっと知りたい。

 しかし、最大の問題は、私がまだ13歳になったばかりだということだ。
 私はまだ13歳の中学生にすぎない。化粧して服を変えれば17歳に見えるだろうか。少なくとも15歳には見えるはずだ。いま世間の男たちが年齢の若い女子に魅力を感じていることは、テレビや雑誌で私も知っている。この男が私を気に入れば、私のからだも求めるに違いない。だって、「恋人求む」って言っている。この男は女が欲しいのだ。恋人ならきれいごとのつき合いじゃ済まない。もっとドロドロだ。セックスも大事だ。私だって本当はセックスが好きだ。それには自信がある。生理もとっくにはじまったし、私のからだの成長は早い。男たちの反応を見ても、私に女の魅力があることはわかっている。私が胸が見えそうな薄いシャツを着て短いスカートをひらひらさせて街を歩くと、男たちがじっと私を見ている。その視線は私とやりたがっているオスの目だ。私のからだは毎日オスの目にさらさられるようになり、もっとキレイになった。乳房もお尻も、同じ年齢の子に比べれば大きい。腰も引き締まっている。肌も真っ白。男をその気にさせる女だとか、目つきがセクシーだとか、退屈なボーイフレンドたちも保証してくれている。成長したのだ。
 だから問題はあの男だ。
 うまく騙せるだろうか。私のからだを「欲しい」と言うだろうか。「欲しい」と言って欲しい。でも、何であの男は17歳の女にこだわるの? 私が13歳なのがバレて子供扱いされるのは絶対にイヤだ。私はもう子供じゃない。少なくても心は、そこらの女たちよりははるかに大人だ。私はお父さんの死を通して「絶望」を学んだ。苦しかった分だけ、知恵もついて、別の世界に対する感覚も身についた。こんな私から男が逃げ出すなんて、耐えられない。男が逃げ出したら、私はまだ新しい世界の住人には相応しくないと宣告されたのと同じだ。私はいままで男に振られたことはない。ボーイフレンドたちを振ってきたのは私の方だ。私はもう何人もの男たちを振ってきた。私は小さな女王さまだ。私にはプライドがある。もし、あの男が私を子供扱いして私の事を笑ったら、それでも耐えられるだろうか?
 もちろん、この男が見当違いの男だった場合は、私はすぐに別の男を捜す必要がある。バカとつき合ってこっちが傷ついてる暇なんてないのだ。私はとても急いでいる。私の心の闇はどんどん大きくなっている。早くしないと、私は闇にすっぽり覆われて、それで私の人生はおしまいだ。どうしよう? うまくやる必要がある。こういう男をうまく扱えるかどうかで、私の力が試される。これは重要な仕事だ。
 私はいますごく緊張してきた。でも、久しぶりの緊張で、楽しい。そうだ、私は生き返ったのだ。私のからだのあちこちにあるセンサーたちも甦った。センサーたちがブルブルと震え始めた。急に食欲も出てきた。あぁ、マンゴーを、お風呂につかって一日中、死ぬほど食べたい。20個も30個も食べたい。マンゴーは私の一番好きな食べ物だ。


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