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4 Love Stories

『四つの愛の物語』

【2】

福原 哲郎




■目次

第1話 『13歳のカオリ〜私はどうしたらいいの?』
【1】 【3】 【4】 【5】

第2話 『19歳のカオリ〜性を超える』
【6】
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第3話 『25歳のカオリ〜一人さまよう、世界の旅へ』
【7】
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第4話 『31歳のカオリ〜私の夫は天才だった』
【8】
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2 男の場合

 僕の名前は篠原ヒロシ。48才。
 僕はナミコが死んでいたことを知らなかった。懐かしい思い出。ナミコは高校2年生の時の恋人で、同じクラスだった。ナミコが23才の若さで死んだことは、40才になった時に友人からはじめて聞いた。送られてきた校友会のクラス名簿で「斉藤ナミコ 逝去」という記述を発見し、地面がひっくり返ったようなショックを受けた。すぐその友人に電話した。

 友人はにわかには信じがたいという目つきをして、僕に言った。
  「えー、お前知らなかったのか? 嘘だろう?」
 友人はほんとに驚いた様子だった。
 「だってあいつと一番親しかったのはお前じゃないか」
 「そうかも知れないけど。でも、知らなかった」
 僕は大学を最初の1年で中退し、その後は海外に住むようになっていたので友人たちとの連絡も途絶え、ナミコがその後どうしているかも本当に何も知らなかったのだ。
 「あいつが23歳の時だよ。病死。血の病気だったらしい。もちろん俺は葬式に行ったよ。当時の友人たちはみんな来た。お前だけ来なかった。子供が一人いたよ。5才の可愛い女の子だ。夫はいなかった。お前の子じゃなかったのか? もっぱらお前の子という噂で、俺たちもそう思っていたけど」
 子供がいたなんて話しも何も知らない。調べてみる必要がある。僕に内緒で生んだのか? まさかそれはないだろう。5才だとすればナミコの18才の時の子だ。1年違う。僕たちはその時はもう別れていたはずだ。しかし、ナミコと最後に抱き合ったのがいつだったのか? それははっきりとは思い出せない。
 それにしても、23才で死んだなんて、つき合っていた17才の時からわずか6年後のことじゃないか。何ということだ。血の病気? 白血病か? 病気がちだったわけじゃないし、健康ではちきれそうな女の子だったから、とても信じられない。何かわけがありそうだ。
 ナミコの事は、僕の青春の最大の過ちだ。
 ナミコは文学少女で、声楽家をめざしていた。東京の音楽大学に進学するつもりだった。女としても、人間としても、僕よりずっと早熟だった。僕は、要するに、ナミコの早熟さに呑み込まれてしまった。セックスでも、ナミコは信じられないほど僕を求めた。当時の僕は、肉体的なことよりも抽象的なことを求めていたので、僕は彼女について行けなかった。僕には彼女が可愛い子で、美しい目をしていて、キレイなからだをしているということだけで充分だった。だから僕は彼女を眺めているのが好きで、抱いている時間は長くはなかった。射精も一度で充分だった。しかし、彼女はそうではなかった。17才なのに大人の女と変わらない。貪欲だった。何度も求めた。一度はじまると離れるのをいやがった。それで、僕は辛くなり、自分から言い出して、ナミコと別れてしまった。そして、わざと大して好きでもない別の女の子を恋人にして、ナミコに見せたのだ。
 しかし、別れた後になって、大変な事になった。僕にも大学に入ってからいろいろ問題が起き、悩むようになり、人生について真剣に考えるようになった。それで、日本にいるのも嫌になり、アメリカのボストンに飛び出した。ボストンに母の親類がいて、ホームステイできたからだ。しかし、何かあるたびにナミコを思い出し、いま自分が考えていることをあの当時すでにナミコが考えていたことがわかった。
 そういえば、ナミコはいつも本を持っていて、「この本読んだ?」とか、「あの映画が面白いわ」とか、「アフリカで毎日たくさんの子供たちが死んでるのを知ってる?」とか、「日本はつまらないわね」とか、よく言っていた。それで、ますますナミコが恋しくなり、何度も思った。振った女を、後になってつよく思う。バカな話しだ。しかも23才で死んだという話を聞くまで、ナミコがどこかで生きていると思っていた。いざとなればすぐに会いに行けるし、実際に会いに行きたいと思い続けていた。それが僕の生きる希望の大きな部分を占めていた。僕の心の中では、ナミコがやはり好きだという思いが渦を巻いていた。それなのに、僕の思いは彼女の実体に触れることなく、この世をむなしく旋回していたわけだ。彼女はもうとっくにこの世の存在ではなくなっていたのだ。何ということだ。とても信じられない。

 僕は、48才にもなった最近になってやっと、あらためていろいろ考えるようになった。やっと余裕が出てきたのか。そして、やり直しできるなら、17才のあの日の自分に戻りたいと痛切に願うようになった。この思いが日に日につよくなるのはなぜだろう。いまやっている実験の影響なのか? 危ない実験だからあり得ることだ。或いは、本当にナミコが僕を呼んでいるからなのか? 或いはナミコの子供のせいか? ナミコの子供は僕の子なのか?
 あの日。冬休みに入ったばかりの寒い日だった。僕の高校は、富士山の麓にあった。朝から雪がふっていた。ナミコとのはじめてのデートで、一緒にスケートに行った日曜日だ。僕は有頂天だった。彼女も興奮している様子だった。顔が上気していた。朝早く二人で電車に乗り、30分ほど乗った大きな街にあるスケート場に行った。電車の中で僕が「好きだ」と言ったら、ナミコも「わたしも好き」と言った。嬉しくてからだが熱くなった。行きも帰りも電車がすごく混んでいて、僕ははじめて彼女のからだに直接触れた。夜になり、家まで歩いて送り、門の前で最初に抱き合った。記念の日だ。キスをした。熱いくちびるだった。胸に触れた。ナミコの乳房は思ったより大きくてやわらかかった。口も、胸も、その感触はいまも鮮明に残っている。
 その日以来、冬休みの間中、ナミコの家か僕の家で、毎日会った。毎日一緒に勉強し、親の目を盗んで抱き合った。そしてどんどん深入りしていく。まさに青春の日々。3学期がはじまって関係はさらにエスカレートし、片時も離れたくないという関係になり、学校の帰りも手を繋いで二人で帰った。その頃は高校生の熱愛カップルは地方都市ではめずらしかったので、学校中の評判になっていた。そして、3学期も終わりそうになった或る日、ナミコは、「あなたの子供が欲しい」と突然言い出した。それまではナミコは避妊薬を飲んでいた。でも、もうクスリを飲むのをやめたいと言う。
 「あなたの子供が欲しいの。いいよね?」
 ナミコは真剣な目をしていた。
 「え? いま何て言ったの?」
 ナミコが祈るような顔をして僕を見いている。
 「子供が欲しいの」
 「僕たちの子供?」
 「うん。私、落ち着きたいの。毎日どんどん楽しくなるけど、でも同じだけどんどん不安になるの」
 「えっ、不安なの?」
 「とっても」
 「どんな?」
 「心が壊れそうな感じ。痛くてたまらないとてもつらいの。耐えられそうにないの」
 その日から二人の気持ちのすれ違いがはじまった。単なる少年に過ぎなかった僕には、正直何のことかわからなかった。女は何でそうなるのか? 僕は落ち着きたいのではなく、これから冒険をしたかった。同じ思いでいることが愛の証しと思い込んでいたので、僕には彼女の気持ちが理解できなかった。彼女も音楽家になり世界を飛び回りたいというつよい希望を持っていたはずだ。アフリカで子供たちのために働きたいとも言っていた。それはどうなったんだ?
 「ナミコ、聞いて。高校生で、子供なんて、早いよ。僕たちにはその前にやることがたくさんあるじゃないか」
 僕が「理解できない」と言った時、ナミコは一瞬とても悲しそうな顔をした。つき合ってから、ナミコのこんな沈んだ顔を見るのははじめてだった。ただ僕は彼女には自分と同じ気持ちでいて欲しいと思った。17才なりに、世界に対して燃えているつもりだった。子供をもつなんて、世界への窓が一挙に閉じる気がした。とんでもないことだ。僕は安定した場所に閉じこもりたいのではない。世界に出たいのだ。そう思っていた。
 男と女は、ある時期を過ぎると、別々の立場でいた方がいいことがある。その方が二人の関係がうまく行くことがある。そんな大人の知恵は当時は思いもよらなかった。今なら喜んで「うん」と言えただろうに。高校生カップルで、子供が出来ても、それで男の行動が制限されるわけではない。いくらでも工夫の仕方はある。

 「この女にしよう」と決めたのは、この女がナミコに似ていたからだ。
 「17才の恋人求む。当方48才・貿易商。二人で新しい世界をつくりたい。私にはその力がある。しかし、そのために必要な相棒がいない。条件は写真の女に似ていること。詳しくは面談で」という文面でネットの複数の出会い系サイトに書き込みを入れたら、1週間で全国から30人も返信があった。世の中はいま一体どうなっているのだ。何で若い女が僕のような中年男に関心があるんだ? 返信があってもせいぜい2〜3人と思っていた。世の中には変わった女も少しはいるだろうということで。いまの女たちは世界に飽きているのか。僕のような男にも興味があるのか。もちろん全部は信用できない。単なる金目当てや暴力団が裏にいるとか、危ないケースが混じっている可能性もある。
 しかし、この女を選んで正解だった。最初に会った日、カオリと名乗っていたが、ウソみたいにナミコにそっくりで驚いた。顔はもちろん、からだつきも、特にしゃべっている時の相手の見つめ方が。ナミコの目つきに僕はいつも誘いこまれた。カオリの目つきも素敵だ。相手を誘惑する力がある。それは男を誘うだけではない。そして、最初はカオリが適当なことを言っていると思いいい加減に話しを合わせていたが、聞いているうちにそうではないことがわかった。カオリが言うことは、この年頃の女からすればかなり変だ。若いのに、世界に絶望していると言う。毎晩おかしな夢を見て眠れないと言う。夢の内容を聞いたら、いくつかの場面で注目すべきポイントがある。僕としても興味深い。最後に、カオリは「ほんとうは、わたしは17才じゃなく15才だけど、それでもいいですか?」と心配そうに聞いたので、「いいですよ」と丁寧に答えておいた。
 どうせナミコとの関係を正確に再現できるわけではない。それに似たことがやれればいいのだ。17才よりもっと若いなら、その方がいいのかも知れない。脳は、幼児期は使い物にならずにダメだが、若いほどいい。柔軟に新しい刺激に対応するからだ。実験の成果をうまく生かせば、ナミコとの関係に似たことをやれる。場合によっては、「それ以上の関係」に化ける可能性もある。カオリがナミコ以上のナミコになることもあるかも知れない。ナミコは途中で人生を中断してしまった女だ。その分、僕の人生も中断している。その先がどうなるのか、そろそろやってみる必要がある。少なくとも、いまの僕は昔の17才の時のひ弱な男ではない。女が何を言い出しても、もう驚かない。

 いずれにしても、実験を通して面白いことがわかるだろう。
 僕はこの女とならやれる気がした。意識がつよくないとこの実験はつとまらない。或る程度進行すると、整理できないカオスが一挙に出てくるからだ。それに根気よく付き合える意識の力が必要だ。これまで4人の女で試したが、4人とも途中で根を上げてダメだった。カオリは5人目。この女は度胸がありそうだ。話しは聞いてみなければわからないものだ。見かけは、いまではどこにでもいる可愛い女の子に過ぎない。しかし、アタマの中はまるで違うようだ。「私のアタマの中には古代の邪悪なけだものが住んでいます。私に触ると危険です。ふつうの男は退屈。もう飽き飽き」とカオリが言った時、正直驚いた。こんな女が世間に埋もれているということは、世界はまだまだ面白くなるということだ。
 15才? 若すぎる? 年齢なんて関係ない。僕をそう思わせるかどうかだけが重要だ。この女にはそれがあるかも知れない。


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