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強制連行宮崎訴訟 宮崎地裁 判決要旨

 

平成16年(ワ)44第356号 中国人強制連行強制労働損害賠償等請求票伴
判決(要旨)
原告  邵   外7名
被告  国
被告  三菱マテリアル株式会社

主文

  1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
  2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由(要旨)
第1 事実の概要
本件は,中国の国民である原告邵長水ほか7名(以下「原告邵ら」という。)が,昭和19年から昭和20年にかけて,当時の日本政府の政策に基づき,被告ら によって日本へ強制的に連行された上,被告三菱マテリアル株式会社(当時の商号三菱鉱業株式会社。以下「被告会社」という。)が経営する長崎県日之影町の 槇峰鉱業所において過酷な労働を強制され,これによって深刻な精神的苦痛を受けたとして,原告らが,被告らに対し,不法行為,安全配慮義務違反等に基づ き,謝罪広告の掲載及び損害賠償金の支払を求めている事案である。

第2 当裁判所の判断の要旨
1 被告らが原告邵らに対し強制遂行・強制労働を行った事実の有無について
証拠によれば,要旨,以下の事実が認められる。

(1) 昭和16年に始まった太平洋戦争が拡大し,日本国内の労働力が極度に不足する中,日本政府は,昭和17年の閣議決定及び昭和19年の次官会議決定に基づ き,中国人労働者を日本国内に移入し,鉱業等の重要産業に使用するという政策を採用した。この結果,3万7515人の中国人労働者が日本内地に移入され た。

中国人労働者の供出には,日本の傀儡政権下の華北政務委員会が設立した,華北労工協会が当たって,いわゆる行政供出が行われた。
厚生省は,槇峰鉱業所に,260人の中国人労働者を割り当てたが,移入の途中で死亡した者がいたため,槇峰鉱業所が,昭和20年2月1日に受け入れた中国人労働者の人数は241人であった。

(2) 原告邵らは,いずれも,中国山東省の貧しい農民であった。
原告邵らは,昭和19年秋,日本兵や中国人の傀儡兵に銃を突きつけられ,又はだまされるなどして身体を拘束された。済南,続いて青島の収容施設でしばらく拘束された後,青島港から船で日本の門司港に送られ,さらに汽車で槇峰鉱業所に到着した。

原告邵らは,槇峰鉱業所に着いて何日かすると,坑内で,ダイナマイトで爆破された鉱石をトロッコに積み,運び出す作業をさせられた。朝早くから夜暗くなるまで働き,休憩や休日もなかった。

日本人が作業を監視しており,中国人労働者は,作業が遅いと,棒や金槌のような物で体をたたかれたり,罵られたりした。
食事は1日3食であったが,芋の干したものや,とうもろこしのマントウ様の物であり,粗末で量が極めて少なく、原告邵らは、絶えず空腹であった。

原告邵らが住んだ宿舎は,塀で囲まれ,入口には日本人が監視に立っており,作業以外で外に出ることはできなかった。十数人が一部屋に住んでおり,風呂も,十分な布団もなかった。

湿気が多かったため,多くの者が皮膚病を患ったほか,作業中にけがをしたり、死亡したりした中国人労働者も多かった。原告邵らの中には,今でもこの時の皮 膚病,内臓の病気,体の痛み,作業中のけがや,日本人にハンマーでたたかれたときのけが等が治らず,患っている者が多い。

原告邵らは,逃げ出すこともできず,このままでは家に帰れないまま死んでしまうのではないかなどと絶望していた,

(3) 原告邵らの労働は,終戦後の昭和20年8月20日に終了した。
被告会社が槇峰鉱業所において受け入れた241人の中国人労働者のうち,送還までに57人が死亡し,同年12月5日,174人が米軍船で送還された。

原告邵らは,天津まで送還されたが,原告によっては物乞いをするなどしながら各自自宅に帰り着いた。遂行中に家族が死亡していた者もおり,原告邵らが連行されたため,働き手がおらず,困窮していた家も多かった。

被告会社からは,労働が行われていた間も,労働が終了した後も,全く賃金等が支払われなかった。

(4) 以上の事実を総合すれば,原告邵らの日本への移入は,暴力や脅迫・欺罔によって行われた強制連行であり,槇峰鉱業所における労働も,賃金の支払もなく,そ の労働条件ないし環境も劣悪・過酷であり,暴言や暴力などにより,かつ拘禁・監視状態の下で行われた強制労働であったといえる(以下「本件強制連行・強制 労働」という。)。

そして,本件強制連行・強制労働は,中国の一般市民に対し,被告らが強権的・優越的な立場の下に,卑劣な手段を用いながら行ったものであって,甚だ人道に反し,原告邵らの人格権(人間の尊厳)を著しく侵害するものとして,強度の違法性を有するものというほかない。

したがって,本件強制連行・強制労働の全過程にわたって主導的に関与した被告国,及び強制連行の結果を認識・認容して強制労働を実行した被告会社の行為は,共同不法行為を構成するというべきである。

2 被告国が、国家賠償法施行前の行為につき,不法行為責任を負うか否か(国家無答責の法理の適用の有無)について

(1) 国家無答責の法理の制定法上の根拠について
被告国が国家無答責の法理の根拠として指摘する行政裁判法及び裁判所構成法の規定は,管轄を定める手続規定にすぎないから,実体法上の国家無答責の法理の根拠とすることはできない。

また,旧民法及び現行民法の使用者責任に関する規定についても,その文理上,国家無答責の法理を直ちに導くことは困難である上,その立法過程を詳細に検討すると,いずれも,国家の責任については解釈に委ねる趣旨であったと解される。

したがって,国家無答責の法埋は,制定法上の根拠を有するものではなかったというべきである。

(2) 国家無答責の法理に関する判例について
大審院の判例は,租税の滞納処分等について,統治権に基づく権力行動であるなどの理由で,国又は公共団体の損害賠償責任を否定する判断をしており,そのような判例法が形成されていたものと考えられる。

しかしながら,その大審院判例は,いずれも法令に基づく行政処分ないし行政行為に関するものであるのに対し,本件強制連行・強制労働は,被告国が国策とし て遂行した人道に反する犯罪的行為であって,大審院判例の事案とは全く異なるものであるなど,その判例法の射程範囲外にあるというべきである。

(3) 結論
以上によれば,被告国には,不法行為に関する民法の規定が適用されると解すべきである。

3 民法724条後段の適用の有無について
(1) 民法724条後段の期間制限の法的性質について
民法724条後段の規定は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。

(2) 民法724条後段の期間の起算点について
本件強制連行・強制労働のように,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為については,加害行為の時、すなわち遅くとも原告邵らが中国に帰還した昭和20年末ころが除斥期間の起算点となると解すべきである。

(3) 除斥期間の適用制限について
不法行為に起因して,時効の停止の規定が想定するのと同程度に権利行使が不可能又は著しく困難な事由があって,除斥期間の経過により請求権が消滅したもの とすることが著しく正義・公平の理念に反するものとなり,かつ,その事由が終了した後,これらの規定が想定するのと同程度の期間内に権利行使を行ったなど の特段の事情があるときは、民法724条後段の効果は生じないものと解することができる。

確かに,中国で公民出国入国管理法が施行された昭和61年ころまでは,原告邵らが提訴のため日本に出国することは中国の国内法上ほぼ不可能であったといえるから,時効の停止の規定が想定するのと同程度に権利行使が著しく困難であったと見る余地がある。

また,それ以降,原告邵らの生活状況・教育程度・法的知識,社会情勢,渡航手続上の制約,支援体制の未整備,並びに外務省報告書や槇峰鉱業所の事業場報告 書の発見が遅れたこと等の理由で,原告邵らの権利行使が事実上困難であったことは十分理解することができるものである。しかしながら,これらの諸事情は, なお事実上の障害にとどまるといわざるを得ず,時効の停止の規定が想定するのと同程度に権利行使を著しい困難に至らしめる事由であるとは認められないし, 除斥期間の経過により請求権が消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反するものとまで認めることもできない。

(4) 国際人道法等を理由とする除斥期間不適用の主張について
原告らの指摘する時効不適用条約は,個人の国際刑事責任についての公訴時効に関するものであり,これをもって,直ちに民事上の損害賠償請求権について時効ないし除斥期間の適用を排除する根拠とすることはできない。

(5) 結論
以上によれば,不法行為に基づく原告邵らの被告らに対する損害賠償請求権は,いずれも除斥期間の経過によって消滅したものといわざるを得ない。

4 安全配慮義務違反の有無について
(1) 被告会社の安全配慮義務違反の有無
前述の閣議決定及び次官会議決定においては,中国人労働者に対して契約に基づき賃金を支払うことが当然の前提とされていた。また,被告会社と華北労工協会 との間の労工使用契約においても,中国人労働者に対して賃金を支払うこととされていた。しかし,実際には,被告会社は,契約締結や賃金の支払を一方的に 怠ったものである。

そして,原告邵らは,被告会社の提供する宿舎等の設備や作業用具を使用し,被告会社から食事の給付を受けながら,被告会社の指揮・監督の下に,継続的に銅鉱の採掘作業に従事していたことが認められる。

以上によれば,原告邵らと被告会社は,実質的には,雇用契約に準ずる法律関係に基づいて,特別な社会的接触の関係に入ったものと評価することができ,被告会社は,原告邵らに対する安全配慮義務を負っていたというべきである。

ところが,被告会社は,原告邵らを,前述のような劣悪・過酷な労働条件の下,労働を強制したのであるから,安全配慮義務に違反し、原告邵らに対する損害賠償責任を負ったと解すべきである。

(2) 被告国の安全配慮義務違反の有無
国家総動員法,軍需会社法や,これらの法律に基づいて制定された勅令は,事業場等に対する被告国の強力な指揮監督権限を規定するものであった。しかしなが ら,これらの規定を逐一検討すると,被告国が直接従業者の指揮監督ないし労務管理を行う趣旨の規定であると解することはできず,これらの規定をもって,原 告邵らと被告国との間に雇用契約に準ずる法律関係が成立したということはできない。

また,原らは,中国人労働者移入のシステム設計が,被告国を派遣元とする労働者供給契約に類似する旨主張するが,そもそも,派遣元に当たる華北労工協会を 直ちに被告国と同視することはできない上,閣議決定や労工使用契約等において,原告邵らと華北労工協会との間で雇用契約等の締結が想定されていたわけでも ないし,受入企業が中国人労働者を受け入れた後,華北労工協会が受入企業に対して労働条件等の改善を求めることが想定されていたわけでもないから,原告ら の主張は採用することができない。

以上によれば,被告国の安全配慮義務違反に基づく原告らの請求は理由がないというべきである。

5 消滅時効の成否,時効援用の可否について
(1) 消滅時効の起算点
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権について,当時の客観的状況等に照らし,権利の性質上,その時からの権利行使が現実に期待できないような特段の事 情かあるときは,その権利行使が現実に期待することができろようになった時から消滅時効が進行するものと解される。
しかし,中国で公民出国入国管理法が施行された昭和61年以降については,当時の客観的状況等に照らし,権利の性質上,原告邵らの権利行使が現実に期待で きないような特段の事情があったとまでは評価することができないから,遅くとも昭和61年ころから消滅時効が進行するというべきである。

(2) 時効援用権の濫用について
原告らは,被告会社による時効の援用が,信義則に反し,権利濫用に当たるから許されない旨主張する。

確かに,被告会社の前述のような安全配慮義務違反行為は,強度の違法性を有するということができる上、被告会社が,原告邵らに対し賃金等を支払っていな かったにもかかわらず,これを支払ったことを前提に被告国から多額の補償金を受領している点は,非難されてしかるべきであるといえる。しかしながら,法定 の時効期間の経過によって,一律に権利が消滅するとした消滅時効の制度の趣旨に照らせば,債務不履行の違法性が重大であることや,被告会社に利得があるこ とをもって,被告会社が時効を援用することが直ちに信義則違反ないし権利濫用に当たるとまで評価することはできない。

もっとも,債務者が,債権者の権利行使その他の時効中断行為を妨げたなど,債権者が権利行使その他の時効中断行為をしなかったことにつき債権者の責めに帰 すべき事情がある場合は,債務者による時効の援用が,信義則違反又は権利濫用により許されない場合もあると解するのが相当である。

これを本件について見ると,原告邵らは,昭和61年ころ以降も,前述のような事情のため,提訴が事実上困難な事情があったということができるものの,これ らの事情自体,いずれも原告邵ら側の固有の事情であって、被告会社の責めに帰すべきものであると評価することはできない。

また,被告会社が,積極的に外務省報告書及び事業場報告書の隠匿又は破棄に関与し,原告邵らの権利行使を妨げたと認めるに足りる的確な証拠はない。

以上によれば,被告会社による時効の援用が,信義則違反又は権利濫用により許されないとまでいうことはできない。

6 戦後における不法行為ないし債務不履行の成否について
原告らが主張する被告らの戦後における不法行為ないし債務不履行のうち,被告国が本件強制連行・強制労働の関係者に対し刑事制裁措置をとらなかっかことな など,一般的な行為をいう部分についてはいこれが直ちに原告邵ら個人に対する不法行為ないし債務不履行となるものとはいえないし,原告邵らに対する補償等 を怠ったとする部分についても,そのことが,これまで検討した不法行為又は安全配慮義務違反とは別個の新たな損害賠償請求権の発生原因となるものというこ とはできない。また,外務省報告書及び事業場報告書の発見が遅れたことについても,そのことが,被告らの原告邵ら個人に対する不法行為に当たるとは認めら れない。

第3 まとめ
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないといわざるを得ない。

第4 最後に
当裁判所は,本件訴訟において,中国人強制連行・強制労働という極めて重い事象を審理対象として,これまで約2年数か月かけて当事者双方の主張を尽くさせ るとともに,槇峰鉱業所跡に臨場して現地検分を行った上で,証人・本人尋問を実施し,ビデオテープを取り調べたりするなど,事実審理を行ってきた。

その結果,当裁判所は,被告らが先の第二次世界大戦末期において,労働力不足を補うべく被告国が国策として中国山東省から原告邵らを強制連行し,被告会社 がその結果を認識・認容して,槇峰鉱業所において,原告邵らをして,劣悪な条件の下で過酷な強制労働をさせたという歴史的事実を認定したが,被告らの共同 不法行為については除斥期間の経過により,被告会社の安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任については時効期間の経過により,いずれも法的責任について は消滅したという判断をするに至ったものである。

このように,被告らの法的責任は時の経過により消滅したといわざるを得ないものであるが,当裁判所の審理を通じて明らかになった本件強制連行・強制労働の 事実自体は,永久に消え去るものではなく,祖国や家族らと遠く離れた異国宮崎の地で原告邵らが当時心身に被った深刻な苦痛や悲しみ,その歴史的事実の重み や悲惨さを決して忘れてはならないと考える。そして,当裁判所の認定した本件強制連行・強制労働の事実にかんがみると,道義的責任あるいは人道的な責任と いう観点から,この歴史的事実を真摯に受け止め,犠牲になった中国人労働者についての問題を解決するよう努力していくべきものであることを付言して,本件 訴訟の審理を締めくくりたいと考える。

宮崎地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官  徳岡  由美子
裁判官  小池  明善
裁判官  伊藤  拓也

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