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強制連行長野訴訟 東京高裁 判決要旨

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東京高等裁判所平成18年(ネ)第1936号 損害賠償等請求控訴事件
(原審・長野地方裁判所平成9年(ワ)第352号)
判決言渡日・平成21年9月17日(口頭弁論最終日・平成21年2月19日)

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東京高等裁判所第19民事部 裁判長・青柳薫、裁判官・長久保守夫、小林昭彦

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控訴人   張樹海ほか17名
被控訴人  国、鹿島建設株式会社、株式会社熊谷組、大成建設株式会社、飛島建設株式会社

主文

  1. 本件控訴をいずれも棄却する。
  2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事案の概要

1 本件は、第二次世界大戦中に当時の日本政府の政策に基づき、被控訴人らによって、張景五、魏景龍、李文付、羅海山、張福才、控訴人袁甦忱、蒼欣書(以下、張景五ら7名を「張景五ら」という。)が、中国から日本国内に強制連行された上、被控訴人鹿島建設株式会社、同株式会社熊谷組、同大成建設株式会社及び同飛島建設株式会社(以下、併せて「被控訴人企業ら」という。)において強制労働をさせられたこと等から、精神的苦痛等の損害を被るとともに名誉を毀損された等と主張して、控訴人袁甦忱及び張景五らのうちその余の者の相続人であるその余の控訴人らが、(1)被控訴人国に対して、(ア)(1)国際公法(条約または国際慣習法)、(2)不法行為、又は(3)安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求権に基づき損害金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるとともに、(イ)不法行為を理由とする名誉回復措置請求権に基づき謝罪広告掲載を求め、(2)被控訴人企業らに対して、(ア)不法行為又は安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求権に基づき損害金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに、不法行為による名誉回復措置請求権に基づき謝罪広告掲載を求め、(イ)事実上の労働契約による賃金請求権に基づき、未払賃金及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(主位的請求)、又は労務の提供に係る不当利得返還請求権に基づき賃金相当額及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(予備的請求)を求めた事案である。

2 原判決(第1審判決)は、(1)被控訴人国が張景五らを日本に強制連行し、強制労働に従事させたことは外形上不法行為に当り、また、被控訴人企業らは張景五らの強制連行、強制労働を被控訴人国と一体として行ったものとして不法行為責任を負担するが、国はいわゆる国家無答責の法理により不法行為責任を負わず、また、張景五らの被控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅した、(2)被控訴人国及び被控訴人企業らは張景五らに対し安全配慮義務違反による損害賠償責任を負わないし、仮に被控訴人企業らがその責任を負うとしても、時効により消滅したなどと判示して、被控訴人らの請求をすべて棄却した。そこで、控訴人等が控訴した。

3 争点(詳細は省略)

  1. 張景五らの被控訴人国に対する国際公法(条約又は国際慣習法)に基づく損害賠償請求権の存否
  2. 張景五らの被控訴人らに対する不法行為による損害賠償請求権の有無
  3. 張景五らの被控訴人らに対する安全配慮義務違反による損害賠償請求権の有無
  4. 張景五らの被控訴人企業らに対する賃金請求権の有無(主位的請求)
  5. 張景五らの被控訴人企業らに対する不当利得返還請求権の有無(予備的請求)
  6. 張景五らの被控訴人企業らに対する名誉回復措置請求権の有無
  7. 張景五らの被控訴人企業らに対するすべての請求権は、日華平和条約及び日中共同声明等により放棄され、消滅したか。
  8. 被控訴人らが日中共同声明5項等に基づき請求権放棄の抗弁を主張することが権利の濫用に当たるか。

当裁判所の判断

1 争点(1)(張景五らの被控訴人国に対する国際公法(条約又は国際慣習法)に基づく損害賠償請求権の存否)について

張景五らが、国際公法(条約又は国際慣習法)に基づき、直接、被控訴人国に対して損害賠償請求権を取得したとする控訴人らの主張は、いずれも失当である。

2 争点(2)(張景五らの被控訴人らに対する不法行為による損害賠償請求権の有無)のうち、被控訴人らの不法行為責任の成否について

(1)被控訴人国が、中国人労働者移入政策を決定した上、その実現として、張景五らを強制的に日本へ連行し、被控訴人企業らによる労働の強制を共同して実現させたことは、不法行為に該当する行為と評価すべきものである(ただし、いわゆる国家無答責の法理により被控訴人国が不法行為責任を負担しないこととなるか否かの点については、当事者間に争いがある。)。

(2)被控訴人企業らは、自ら華北労工協会との間で労働者供出契約を締結して張景五ら中国人労働者の移入を受け、職員に監視させるなどして張景五ら中国人労働者を自らの支配下に置き、その意思に反して過酷な条件下で強制的な労働に従事させたものであり、これらの行為は、張景五らに対する不法行為に該当する。そして、被控訴人企業らは、戦時中の労働力不足を補うための政策の遂行として、被控訴人国と一体となってこれらの行為を行ったものと認められるから、被控訴人企業らの上記行為と被控訴人国の上記(1)の行為とは共同不法行為を構成するものと評価すべきである(もっとも、被控訴人国が不法行為責任を負うのは、国家無答責の法理が本件に妥当しない場合に限る。)。

3 争点(3)(張景五らの被控訴人らに対する安全配慮義務違反による損害賠償請求権の有無)のうち、被控訴人らの張景五らに対する安全配慮義務違反の有無について

(1)張景五らが労働に従事した被控訴人企業らの各事業場における劣悪な労働条件は、張景五らの生命、身体に著しい悪影響を及ぼしたものと認められるのであって、被控訴人企業らには張景五らに対する安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。したがって、被控訴人企業らは上記安全配慮義務違反により張景五らが被った損害を賠償する責任を負うというべきである。

(2)原判示のとおり、被控訴人国は張景五らに対し安全配慮義務を負担していたとは認められず、控訴人らの被控訴人国に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求は理由がない。

4 争点(4)(張景五らの被控訴人企業らに対する賃金請求権の有無(主位的請求権))及び争点(6)(張景五らの被控訴人企業らに対する名誉回復措置請求権の有無)

原判示のとおり、被控訴人企業らに対する賃金請求及び名誉回復措置請求は、いずれも理由がない。

5 争点(5)(張景五らの被控訴人企業らに対する不当利得返還請求権の有無(予備的請求))について

被控訴人企業らが張景五らに対し、他にその労務の提供に対する対価に相当する金額を払っていないとすれば、被控訴人企業らは、張景五らの就労によって労働の成果を不当に受益したものと認められるから、張景五らは被控訴人企業らに対し賃金相当額の不当利得返還請求権を取得する筋合いである。被控訴人企業らは、既に賃金相当額を支払済みであるから利得は存しない旨主張しているが、この事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

6 争点(7)(張景五らの被控訴人企業らに対するすべての請求権は、日華平和条約及び日中共同声明等により放棄され、消滅したか)

(1)日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民若しくは法人に対する請求権は、日中共同声明5項によって、裁判上訴求する権能を失ったというべきであり、そのような請求権に基づく裁判上の請求に対し、同項に基づく請求権放棄の抗弁が主張された時は、当該請求は棄却を免れないこととなる(最高裁平成19年4月27日第二小法廷判決・民集61巻3号1188頁参照)。

(2)控訴人らの本件請求は、日中戦争の遂行中に生じた中国人労働者の強制連行及び強制労働に係わる不法行為、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償等の請求ないし上記強制労働に係わる不当利得の返還請求等であり、控訴人らがそれの請求権を有するとしても、日中共同声明5項に基づく請求権放棄の対象となるといわざるを得ず、自発的な対応の余地があるとしても、裁判上訴求することは認められないというべきである。したがって、日中共同声明5項に基づく請求権放棄をいう被控訴人らの抗弁は理由がある。

(3)被控訴人らが本訴において日中共同声明5項に基づく請求権放棄の抗弁を主張することは、戦争状態の終了と将来に向けて揺るぎない友好関係を築くという平和条約の趣旨に添うものというべきであり、被控訴人らの張景五らに対する不法行為は国際人道法等に違反するなど控訴人らの主張の事情に首肯しうる面が含まれていることを考慮してもなお、上記抗弁を主張することが権利の濫用に当たるということはできない。

7 以上の次第で、控訴人らの請求は、その余の争点(国家無答責の法理が本件に妥当するか、不法行為による損害賠償請求権につき除斥期間が経過したかなど)について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって、控訴人らの請求をすべて棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

 

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