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強制連行東京第二次訴訟東京高裁判決要旨

平成15年(ネ)第2743号 損害賠償等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成9年(ワ)第19625号)
判決要旨
控訴人 李万忠ほか89名
被控訴人 国
     青山管財株式会社ほか9社I

第1 主文

  1. 本件控訴をいずれも棄却する。
  2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要

本件は,中華人民共和国国民である第1審原告ら42名が,第2次世界大戦中,被控訴人国及び被控訴人企業らによつて,中国国内から日本国内に強制連行され た上,被控訴人企業らの事業場において奴隷的な労働を強制されたとして,被控訴人らに対し,不法行為又は安全配慮義務違反などに基づき,損害賠償として, 第1審原告ら一人当たり2000方円の支払を求めるなどした事案である。なお,第1審原告らのうちには本件訴訟提起後に死亡した者もいるため,控訴人の数 ぽ90名となっている。

第3 当裁判所の判断

  1. 被控訴人らによる強制連行及び強制労働について

    被控訴人国は,国策として,中国人労働者を日本国内に移入することを閣議決定し,そのための制度を整え,これを実行に移し,内地移入手続における中国人労 働者の取扱いの細則を定める措置を採るなどした。現実には,被控訴人国の意向を受けた日本軍,中国人関係者らが,詐言,脅追及び暴力を用いて,第1審原告 ら中国人労働者をその意に反して拘束するなどし,日本国内に連行し,さらに被控訴人企業らの各事業場まで強制連行した。'そして,被控訴人国は,取締要領 を定め,関係地方庁を介して事業場側に対し,中国人労働者の逃亡防止,外部との連絡遮断のために確実な施設の完傭を要請するなどの一般的な指示をした。

    被控訴人企業らは,中国まで出向くなどして中国人人労働者を受け取り,それぞれ被控訴人企業らの各事業場まで連行し,各事業場において,中国人労働者を監 視し,外出あるいは逃亡できない状態のもとに,勝つ,衛生状態や食糧事情等が極めて劣悪な環境下で過酷な労働を強制した。

  2. 条約又は国際慣習法に基づく損害賠償請求について

    条約又は国際慣習法に基づく損害賠償請求は,控訴人らがその主張す根拠として挙げる規定のいずれもが,控訴人らに被控訴人国に対する損害賠償請求権を付与する根拠規定とは解し難いから,いずれも失当というほかはない。

  3. 不法行為に基づく損害賠償請求について
    1. 不法行為の成否

      本件強制連行は,被控訴人企業らの関係団体からの要請を受けた被控訴人国が主導し被控訴人企業らもこれに関与して行われ,また,本件強制労働は被控訴人企 業らが主体となってこれを行ったものといえる。被控訴人国と各被控訴人企業らは,各第1審原告らに対して,本件強制連行・強制労働について共同不法行為責 任を負う。

    2. 除斥期間
      1. 起算点

        加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時がその起算点となる。損害発生の事実から離れて具体的に権利行使が可能な時点をもって除斥期間の起算点と解することはできない。

        本件は,第1審原告らが各事業場で強制労働を終了し時,あるいは遅くとも昭和20年11月末頃から12月初めころにかけて中国に帰国した時には,加害行為が終了し損害が発生したと認められるから,その時点が除斥期間の起算点となる。

      2. 除斥期間の進行の停止

        被害者が客観的にみて権利行使し得ないときは,除斥期間の進行が停止していると解すべきであるとの主張は採用できない。

      3. 除斥期問の規定の適用制限

        (ア)除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は,主張自体失当であるが,20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果が著しく正義・ 公平の理念に反することになるという特段の事情がある上,時効の停止等に準ずる根拠となるものがある場合に,民法724条の後段の効果が生じないと解する のが相当である(最高裁平成10年判決)。

        (イ)本件においては,損害賠償請求権の行使が客観的に可能になったのが平成7年3月であったとしても,その時から民法の時効停止の規定に準ずる期間内 (最長でも6か月)に上記権利を行使したことについての主張立証がない以上,同法724条後段の効果が生じないとはいえない。

        (ウ)本件不法行為は極めて悪質なものであって,その被害も重大なものといえる。そして,被控訴人国は,外務省報告書を隠蔽し,同報告書に関して国会で虚 偽の答弁を行うなどしている。さらに,第1審原告らにとって,日本における損害賠償請求権の行使が決して容易でなかったことも否定し得ない事実である。

        しかし,一方,第1審原告らは,終戦時において,自らが強制連行・強制労働の被害者であると認識していだものというべきところ,第1審原告らが帰国後の中 国の社会経済情勢を考慮しても,上記損害賠償請求権の行使が法的に不可能であったとまではいえないし,中国国内の法制度等は被控訴人らの関与できない事柄 であり,第1審原告ら個々人の法意識まで考慮すべきものともいえない。また,本件訴訟は,不法行為時から50年以上,日中共同声明からでも20年以上が経 過した後に提起されたものであり,その上,本件強制連行・強制労働自体,戦争行為との関連性を否定できず,その敗戦に伴う国家間の財産処理に関しては,そ の後関係国家間において,いわゆる戦後処理がなされている。

        これらの事情を総合考慮すると,本件において,民法724条後段を適用し20年の経過によって控訴人らの権利行使が許されないとすることが,著しく正暴・公平の理念に反するといえるような特段の事情があるとまでは認められない。

    3. したがって,その余の点について検討するまでもなく控訴人らの被控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
  4. 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求について
    1. 被控訴人国の安全配慮義務

      ア 国家総動員法4条,国民徴用令により徴用された日本国民と被控訴人国との関係が安全配慮義務の発生の前提となる「特別な社会的接触の関係」に当たると 解することはできないから,第1審原告らと被控訴人国との関係が上記関係に類似することを理由として,被控訴人国が第1審原告に対し安全配慮義務を負うと の主張は採用できない。

      イ 被控訴人国による第1審原告らの労務に対する規律や介入は,被控訴人企業らが各事業場において行う労務管理に対して間接的に統制を加え,関与していた というにすぎず,労働現場において,第1審原告らを直接指揮監督し,その労務を管理支配するなどの関係にあったとまではいえないから,被控訴人国が第1審 原告らに対し,安全配慮慮義務を負うとはいえない。

    2. 被控訴人企業らの安全配慮義務

      ア 中国人労働者は,華北労工協会と被控訴人傘業らとの契約を介し,実施細目等に基づき,`一定の労働条件が想定される中で,被控訴人企業らの直接的な指 揮監督,支配管理の下で労務を提供し,また,被控訴人企業らは,雇用契約が締結されたと同等の労働の提供を受けたのであるから,被控訴人企業らは,第1審 原告らに対して安全配慮義務を負う。

      不法行為責任と安全配慮義務違反に基づく責任とは併存しうることは明らかであり,強制連行・強制労働と,その労働における労働条件とは別途検討されるべき ものともいえるから,強制連行・強制労働の事実が存したからといつて,それが不法行為という範ちゅうにおいてのみ扱われるべきものとはいえない。

       

      イ 安全配慮義務は,被控訴人企業らが第1審原告らに対して,信義則上負うものであり,その内容は,その時代環境,場所的,地理的条件を考慮すべきもので あり,本件が第2次世界大戦末期であったということも考慮されなければならないが,当時においても,少なくとも,その生命,身体に著しい悪影響を及ぼす条 件下において,労働者を稼働させることは,安全配慮義務に反するものといわざるを得ない。

      第1審原告らが稼働した被控訴人企業ら各事業場における劣悪な労働条件は,第1審原告らの生命,身体に著しい悪影響を及ぼしたものであり,被控訴人企業らに第1審原告らに対する安全配慮義務違反行為が認められる。

    3. 消滅時効

      ア 起算点
      第1審原告らが被控訴人企業らの各事業場における労務提供を終了したときに,その損害が発生し,同時にその権利行使が法律上可能になったと認められる。そうするとその時点が消滅時効の起算点となる。

      控訴人らが,平成3年まで損害賠償請求権の行使を期待できなかったと主張する事情は,権利者の国籍,地位,教育等の事情であり,このような事情は,安全配 慮義務違反に基づく損害賠償請求権という権利の性質に由来する権利行使が期待できない事情とはいえず,上記消減時効の起算点を定めるにあたって考慮すべき 事情とはいえない。

      第1審原告らは遅くとも昭和20年12月初めまでには日本を出国し,その労務提供を終えたから,その後10年が経過した昭和30年12月初めの経過をもって消滅時効が完成したことになる。

      仮に,日本と中国に国交がないことにより第1審原告らの権利行使が困難であっ;たという事情を考慮するとしても,中国において海外渡航が自由化された昭和 61年2月には,第1審原告らは権利行使が期待できたと認められるから,この点からしても,消滅時効が完成していることになる。

      イ 消減時効の援用と権利濫用
      被控訴人企業らは,中国人労働者の強制連行に加担し,また安全配慮義務違反する強制労働を強いた。しかし,強制連行の主体は被控訴人

      国であって被控訴人企業らは,自らの利益を得るために上記不法行為に加担した面はあるものの,国策として行われた上記政策に反対できる状況にあったとも考 え難い。事業場報告書の記載内容に不正確な部分があることはうかがえるが,同報告書は,中国人労働者の実態をそれなりに正しく伝えている面もあり,強制連 行・強制労働を隠蔽するために作成されたとまではいえず,同報告書の存在が第1審原告らの訴訟提起を困難ならしめたともいえない。さらに,戦後,被控訴人 企業らが積極的に第1審原告らの権利行使を困難ならしめたと認めるに足りる証拠はない。これらの事情を総合考慮すると,被控訴人企業らが戦後,国家補償金 の取得により一定の利益を得たことを考慮してもなお,被控訴人企業らの上記消滅時効の援用が信義則違反ないし権利濫用にあたるとまではいえない。

  5. 立法不作為を理由とする損害賠償請求について

    国会議員の立法不作為が違法の評価を受けるのは,具体的な立法をすべき作為義務について,立法すべき法律の内容にわたり,憲法上一義的に明白に定められて いるか,又はそのような作為義務が憲法の解釈上一義的に明白であるにもかかわらず,それに違反して国会としてあえて当該立法を怠るなど,容易に想定し難い ような例外的な場合でない限り,国賠法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるごとはない。本件において,上記のような事情は認められない。第2次世 界大戦中に被控訴人国の政策決定の下に行われた行為によって,日本国民及び他国国民が被害を受けた場合について,どうような実体的,手続的要件の下でどの ような賠償ないし補償を行うかは,立法府の総合的政策的判断に基づき立法裁量にゆだねられていると解される。

  6. その他の請求について
    1. 賃金請求について

      控訴人らの主張は,被控訴人企業らとの間の雇用契約等の契約関係の存在を主張するものではないから,控訴人らの賃金請求は主張自体失当である。

      仮に成立する余地があるとしても,第1審原告らが被控訴人企業らの各事業場における労務提供を終了し帰国したときから1年を経過した時点,すなわち昭和21年12月初めには,消滅時効が完成したことになる。

    2. 不当利得返還請求権について

      仮に,控訴人らが,被控訴人企業らに対して不当利得返還請求権を有していたとしても,同請求権は,控訴人らが被控訴人企業らの各事業場における労務提供を 終了し帰国したときから10年を経過した時点,すなわち昭和30年12月初めには,消滅時効が完成したことになる。

  7. 名誉回復措置の請求について

    第1審原告亨が傷つけられたと主張する名誉感情を回復する定めに民法723条に定める処分を求めることはできないし,また,被控訴人らの違法行為と第1審 原告らが中国において誤解に基づく非難を受けて名誉を毀損されたこととの間に相当因果関係があるとみることも困難である。

東京高等裁判所第15民事部
裁判長裁判官 赤塚信雄
裁判官 佐藤陽一
裁判官 古久保正人

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