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強制連行北海道訴訟 札幌高裁 判決要旨

 

平成16年(ネ)第187号損害賠償請求控訴事件(原審・札混地方裁判所平成11年(ワ)2154号。(第1事件),同裁判所平成14年(ワ)1717号(第2事件))

 

判決要旨

主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費周は控訴人ら.の負想とする。

 

事実及ぴ理由

第1 控訴人らの求めた裁判
1 原判決を敢り消す。
2 被控訴人国は,すべての控訴人らに対する関係で,その余の被控訴人らは,それぞれ対応する控訴人らに対し,北海道新聞,朝日新聞,毎日新聞,読売新 聞,産経新聞,日本経済新聞,人民日報(北京朝陽門外金台西路2号),中国青年報(北京東置門内海運倉2号),解放日報(上海市漢口路274号),河北日 報(石家庄市裕華中路7号),明報(香港柴湾嘉業街18号),山西日報(太原市双塔東街24号)及び遼寧日報(藩陽市溶河区中山路339号)の各朝刊の全 国版下段広告欄に,別紙(謝罪広告文)記載の謝罪広告を2段抜きで,見出し及ぴ被控訴人の名は4号活字で,その他は5号溝字で1回掲載せよ。
3 被控訴人らは,各控訴人に対し,連帯して,それぞれ対応する金員及びこれに対するそれぞれ対応する日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣書

 

策2 事案の概要
本件は,第2次世界大戦中,中国人である本件被害者らが,1審被告らによって中国から強制的に我が国の事業場へ連行され,同所において劣悪な生活環境及ぴ 労働条件等の下で労働を強制され,これにより名誉を毀損されるとともに精神的苦痛等の損害を被ったとして,本件被害者ら本人又はその相続人である控訴人ら が被控訴人らに対し,名誉回復の措置としての謝罪広告の掲載並びに慰謝料相当額として本件被害者ら1人につき2000万円及ぴこれに対する支払済みまでの 民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

 

第3 当裁判所の判断
1 事案関係(判決18頁7行目から80頁4行目まで,89頁13行目から90頁6行目まで)
控訴人らは,いずれも,昭和19年(1944年)当時,中国人であり同国内に居住していた本件被害者ら本人又はその相続人であり,本件被害者らは,日中戦 争当時,(ア)ある者は我が国への移入中国人を集めること自体を目的としたものと窺われる日本軍等の作戦行動によって身柄を拘束され,(イ)ある者は八路 軍の掃討等を直接の目的としたものと窺われる日本軍等の作戦行動によって身柄を拘東され,(ウ)ある者は国民政府下の行政機関や日華労務協会による詐歎的 な労働者の募集に応じようとしたところを身柄を拘束され,(エ)またある者は共産党の地下活動に従事していたことを理由に服役させられた後に華北労工協会 にその身柄が引き渡されたものであり,いずれも,牽北労工協会又は日華労務協会の供出という。被控訴人国の本件閣議決定及び本件次官決定において取り決め られた中国人移入の施策及びその実施の細目に基づく一方的な措置によってその身柄が本件企業らの担当者に引き渡され,その引率の下,当時母国と戦争状態に あった我が国に輸送され,終戦までの間,各事業場において,人格の尊厳と健康の保持が困難となるような劣悪な環境の下,その意恩に反する重労働を強いら れ,多大な精神的損害を受げたものというぺきである。

 

2 上記のような本件被害者らの身柄の拘束から我が国への輸送,さらには各事業場での労働の強制に至る一連の過程は,少なくとも条理に惇るという意味において違法であることは疑いがない。
上記のような本件強制連行・強制労働について被控訴人らに控訴人らに対する損害賠償等の責任があるかどうか順次検討する。

 

3 争点1(国際法に基づ<直接講求の可否)について(判決90頁11行目)
国際法に基づく直接請求に関する控訴人らの主張は,いずれもこれを採用することはできない。

 

4 争点2(中華民国民法に基づく不法行為請求の可否)について(判決90頁17行目)
中華民国民法に基づく不法行為請求に関する控訴人らの主張は,いずれもこれを採用することはできない。

 

5 争点3の1(国家無答責の法理)について(判決91頁11行目から102頁14行目まで)
(1)控訴人らは,国家賠償法1条1項に基づき,被控訴人国に対して本件強制連行・強制労働について損害賠償等を請求する。
本件強制連行・強制労働に係る被控訴人国の行為は,国家賠償法附則1項による同法の施行日たるその公布の日(昭和22年10月27日)よりも以前になされ たものというぺきであるところ,国家賠償法附則6項は,「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。」旨を定めており,この規定 は,少なくとも同法施行前の被控訴人国の行為に基づく損害について同法の適用がないことを明らかにしたものと解されるから,同法1条1項に基づく控訴人ら の被控訴人国に対する請求は,理由かない。
(2)控訴人らは,原審において,民法709条,715条に基づき,被控訴人国に対して本件強樹連行・強制労働についての損害賠償等を請求し,当審においてはこれに関連して,被控訴人国には同法44条に基づく責任がある旨の追加主張をなすに至った。
本件強制労働・強制連行に係る被控訴人国の行為は,被控訴人国の本件閣議決定及び本件次官決定において中国人移人の施策及びその実施の細目を取り決めた 上,これらに基づき,当時華北方面軍その他の日本軍が支配していた華北及び華中の一部地域において,その軍事カ又は国民政府の警察力を用いて,華北の労働 カを統制すぺき一元的機関として国民政府下の機関である華北政務委員会をして設立させた華北労工協会,又は運輸通信省が樹立した華中の中国人を港湾荷例こ 使用するという計画こ基づき労務供出の目的のために特設された日華労務協会に,本件被害者らの身柄を拘東させるとともに,厚生省において移入中国人の事業 主に対する割当を行い,もってこれらの協会と本件企業らとの間での移入中国人の使用に係る契約の締結を懲慂し,さらに大東亜省において移入中国人の引継輸 送月日等を決定し,本件企業らに移入中国人の引継,輸送時の引率,さらには各事業場における移入中国人の使用をさせつつ,内務省,厚生省及ぴ軍需省が取り まとめた要項に基づき,関係地方庁及び警察をして本件企業らに対する治安上の見地からの指導を行わせるなどしたというぺきものであり,これらの行為は,国 家機関としての権カなくしてなし得るものではなく,その本質は,権カ的な作用そのものである。
この点について,控訴人らは,本件閣議決定において定められた募集と使役という行為の性質は通常の私経済活動であって,同閣議においてもこれを契約に基づ くものと位置づけている,中国人内地移入事業は私経済的行為,非権力的行為と同視できるもので,個々の具体的な行為を見ても,労働者を募集してこれを輸送 し,使役(雇用)する法律関係は明らかに私法的法律関係であるから,本件強制連行・強制労働は,非権カ的行為として上記の民法の各規定の適用が認められる べきであり,また,被控訴人国は各企業に対して華北労工協会との契約により負う中国人労働者の生命・健康保障義務を守るよう要請,勧告,注意し,もって中 国人労働者を保護する義務を負っていたというぺきところ,これらの行為は公権力の行使たる行政作用ではないなどと主張する。
しかし,中国人移入の施策は,全体として見れぽ,国家総動員体制下における重筋労働部門の労働カの不足を補うために軍事カを直接又は間接に行使して敵国民 を我がこくに連行して労働を強制したというもので,明らかに私経済的行為,非権力的行為と同視し難いものである。
また,中国人移入の各過程を個々的に見ても,これを私経済活動あるいは私法的法律関係とのみ評価することはできず,本件強制連行・強制労働に係る被控訴人国の行為の本質は,国家機関としての権カを行使した権力作用である。
そして,本件強制連行・強制労働に係る被控訴人国の行為の本質が国家機関としての権カを行使した権カ作用である以上,仮に被控訴人国に中国人の生命・健康 の保障に関して本件企業らに対する要請,勧告,注意等をする義があったといえるとしても,それらの行為は上記のような権カ作用の一環として行われるものと 見るほかはない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。

(3)本件強制連行・強制労働につき被控訴人国に対して不法行為に基づく損害賠償等を求める控訴人らの請求ないしはその主張を是認できるかどうかは,本件 強制連行・強制労働に係る被控訴人国の行為のように,被控訴人国又はその官吏が権力的な作用そのものとしての職務その他権カ的な作用に属する職務を行うに ついて故意果は過失によって違法に他人に損害を加えた場合にもなお,民法709条,716条又は44条が適用され得るかどうかという民法の解釈の問題に帰 着することとなる。

(4)民法制定当時の法制度,立法担当着の意見,さらには国家賠償法の制定経緯等につき検討するに,現行民法が制定された明治29年当時,それ以前の行政 裁判法,裁判所構成法及ぴ旧民法の立法・立案の遇程を通じて,立法者は,国又はその官吏が権力的な作用に属する職務を行うについて故意又は過失によって違 法に他人に損害を加えた揚合に賠償の責任を負うぺきとする趣旨の一部の意見を明確に排斥して,いわゆる国家無答責の法理に基づき,上記の場合の国家の責任 は特別の法律を定めるのでない限りこれを認めないとの統一した立法政策を採用し,その一環として民法709条以下の不法行為法の規定を含む現行民法を制定 したものである。
そうすると,民法709条以下の不法行為法,とりわけ民法715条の規定は,本件強制連行・強制労働に係る被控訴人国の行為のように国又はその官吏が権カ 的な作用そのものとしての職務その他権力的な作用に属する職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合に適用されるものではな い。このことは,大審院以来の一環した判例であり,国家賠償法の施行後においても,最高裁昭和25年判決及び最高裁昭和44年判決において再確認されたと ころである。
また,被控訴人国は,民法に基づいて成立した法人ではない上に,上記の場合に民法709条以下の不法行為法が適用され得ないことにも照らすと,被控訴人国につき民法44条の規定が適用されることもない。

(5)控訴人らは,行政裁判法16条は損害賠箪請求訴訟について行政裁判所の裁判権を否定したものにすぎず,司法裁判所の裁判権を否定するものではないか ら,国家無答責の法理の実定法上の根拠とはなり得ない旨を主張するが,行政裁判法は,国家無答責の法理の実定法上の根拠というよりも,むしろ国家無答責の 法理に基づく統一した立法政策の一環として制定されたものと見るべきものであり,そのことは,行攻裁判法16条の規定上,損害賠償請求訴訟につき司法裁判 所の裁判権が否定さ'れていないことによって何ら左右されるものではないから,控訴人らの上記主張は採用することができない。

(6)控訴人らは,行政裁判法及ぴ裁判所構成法下における実定法制度上の裁判権の欠如は,実体法上の請求権を否定するものではなく,裁判上の救済(訴権) を否定するにとどまるものであると解釈する余地もあると主張するが,行政裁判法及ぴ裁判所構成法は,国家無答責の法理という実体法上の請求権の有無に係る 統一した立法政策の一環として制定されたものと見るべきものであるから,控訴人らの上記主張は採用することができない。

(7)控訴人らは,大審院の判例は,必ずしも加害行為か権力作用であると判示して民法の適用を排除していたわけではないし,権カ作用等である旨を判示して 民法の適用を排除した事案の中にぱ道路改修工事な'ど必ずしも権カ作用に当たらないものも含まれていると主張するが,大審院以来の判例は,用語の違いはと もかく,少なくとも国又はその官吏が権力的な作用そのものとしての職務その他権力的な作用に属する職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損 害を加えた場合に民法は適用されないとの点においては一貫していることが明らかである。
なお,'控訴人らは,国家賠償法附則6項にいう「従前の例」に判例は含まれない,あるいは本件では判例の先例拘束性が認められない旨を主張するか,国家賠 償法施行前における民法その他の実定法制度において,国又はその官吏が権カ的な作用そのものとしての職務その他権カ的な作用に属する職務を行うについて故 意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合に国は損害賠償の責任を負わないものとされており,これが国家無答責の法理であり,国家賠償法附則6項の 「従前の例」であるといわなければならないから,控訴人らの上記主張は採用することができない。

(8)控訴人らは,いわゆる国家無答責の法理が本件で適用されるとしても,その適用要件として,違法な公権カの行使に当たるといえるためには,当該加害行 為が実質的に強制カないし権カの行使といえる性質のものであること,当該加害行為が適法に行使されれば適法な公権力の行使と評価できるような個別の権限が 法律により与えられていること,及び当該加害行為が国の統治権ないし主権に服する者に対する行為であることがいずれも必要であるなどと主張し,また,国家 無答費の法理の根拠が「主権と責任は矛盾する」「違法行為は国家に帰属しない」であるとすれぽ,同法理は日本の主権(統治権)に服さない在外外国人には適 用されない旨を主張し,さらに,本件においては加害行為等の実態に照らし条理としての正義衡平の原則により国家無答責の法理を適用を制限すべであるなどと 主張するところ,控訴人らのこれらの主張は,国家無答責の法理の適用なるものがなされて初めて被控訴人国が本件請求につき免責されるとの理解を前提とする ものと解されるが,国家無答責の法理は,その適用によって初めて国家が案体法上の根拠を有する請求につき免責されるというようなものではなく,そもそもの 実体法上の請求権を否定する法理念ないしはそのような法律状態というべきものであるから,控訴人らの上記各主張はいずれも採用することができない。

(9)さらに,控訴人らは,憲法13条が個人の尊厳を最高価値とすることを定めて全体主義を否定し,憲法17条によって国家無答責の考えを廃し,さらに憲 法前文及び98条2項で国際協調主義を定めた現行憲法下で,しかも行政裁判所制度も廃止された司法裁判所の下では,憲法98条1項に照らしても,本件強制 連行・強制労働のような個人の尊厳を全く無視した人倫に悖る国家行為について,上記の憲法価値に反するような法の解釈・適用を行うことは許されず,これが 権力作用に基づくものであるとしても,例外的に,民法の不法行為法の適用が認められるべきであるなどと主張する。
しかしながら,憲法17条の規定及びこれに基づく国家賠償法制定過程において明らかなとおり,現憲法下においても,国又は国家公務員が権カ的な作用に属す る職務を行.うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には民法709条以下の不法行為法は適用されないものといわなければならず,そ のことの故に国家賠償法の施行前に行われた本件強制連行・強制労働につき本件被害着らの救済がなされないこととなるとしても,そのような結果をもって直ち にこのような民法の解釈・適用が控訴人ら主張に係る憲法の各規定及ぴそこに示された憲法価値に反するものということはできない。

(10)以上によれぱ,本件強制連行・強制労働に係る被控訴人国の行為につき被控訴人国に対して国家賠償法1条1項,民法709条,715条又は44条に基づく損害賠償等を求める控訴人らの請求は理由がない。

 

6 争点3の2(民法724条後段)について(判決103頁15行目から107頁5行目まで)
本件強制連行・強制労働に係る本件企業らの行為につき被控訴人国を除くその余の被控訴人らに対して民法709条又は715条に基づ<損害賠償等を求 める控翫人らの請求は,その損害賠償等の請求権か存したとしても民法724条後段所定の除斥期間の経過により消滅したから,理由がない。

 

7 争点3の3(不作為による継続的違法を理由とする請求の可否)につい下(判決103頁2行目から103頁7行目まで)
不作為による継続的違法を理由とする控訴人らの被控訴人国に対する請求は,理由がない。

 

8 争点4の1(安全配慮義務違反の成否)について(判決103頁8行目から107頁5行目まで)
(1)安全配慮義務は,私法関係たると公法関係たるとを問わず,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の 付随義務として当事者の一方又は双方か相手方に対して信義則上負う義務であると解される(最高裁昭和50年判決参照)。
本件被害看らは,いずれも,本件閣議決定及ぴ本件次官決定において取り決められた中国人移入の施策及びその実施の細目に基づき国家総動員計画に組み込まれ た形で,我が国に連行されて各事業場での就労を強いられたものというぺきところ,本件閣議決定及び本件次官決定は法律そのものではないが,当時の戦時体制 下にあって,法律と同等の規範性を有していたものと窺われる上に,国家総動員計画は国家総動員法に基づいて策定されるものであるから,本件被害者らの就労 は,公法関係たる法律関係に基づくものということかできる。

(2)しかしながら,法律関係に基づく特別な社会的接触の関係があると肯認するためには,その就労が法律関係に基づくものであるというのみでは足りず,そ れが特別な社会的接触の関係であること,すなわち当事者間に事実上の使用関係,支配従属関係,指揮監督関係が成立し,その就労につき直接具体的な支配管理 性があることが必要であると解されるところ,以下のとおり,本件企業らについては本件被害者らの就労につき直接具体的な支配管理性があるというぺきではあ るものの,被控訴人国についてはそれはないといわなけれ}まならない。

ア 被控訴人国について
被控訴人国は,中国人移入の施策及ぴその実施の細目を取り決めた上,本件強制連行・強制労働について,本件被害者らの身柄の拘東,輸送,就労に直撲・間接 に関与したものであるが,その関与の程度は,本件被害者らの身柄の拘束を除いて,極めて間接的なものであったといわなけれぱならない。
すなわち,被控訴人国は,中国人移入の施策の実施に当たり,厚生省において移入中国人の事業主に対する割当を行い,もって華北労工協会等と本件企業らとの 間での移入中国人の使用に係る契約の締結を悠慂し,さらに大東亜省において移入中国人の引継輸送月日等を決定し,本件企業らに移入中国人の引継,輸送時の 引率,さらには各事業場における移入中国人の使用をさせつつ,内務省,厚生省皮ぴ軍需省が取りまとめた要領に基づき,関係地方庁及び警察をして本件企業ら に対する治安上の見地からの指導を行わせるなどしたものであり,さらにこれに加えれぽ,本件次官決定により取り決められた中国人移入の施策の実施の細目に おいては,移入中国人の食糧の手当については農林省において特別の措置を講ずることとなっており,また,仮にこれらの関係省庁の官吏が各事業揚に臨場して 移入中国人の就労につき事業主に対する指導を行うということがあったとしても,これらの事情をもってしては,被控訴人国と移入中国人との間に事実上の使用 関係,支払従属関係,指揮監督関係が成立し,その就労につき直接具体的な支配管理性があったいうことはできない。
したが添って,安全配慮義務違反に基づき被控訴人国に対して損害賠償等を求める控訴人らの請求は理由がない。

イ 本件企業らについて
本件企業らは,公法関係に基づくものとはいえ,各事業場において移入中国人を使用したものであるから,その使用に係る移入中国人との間で事実上の使用関 係,支配従属関係,指揮監督関係が成立し,その就労につき直接具体的な支配管理性があったことは明らかである(ただし,被控訴人企業らのうち,本件被害者 らを使用したのは,被控訴人三井鉱山,同住友石炭鉱業,同熊谷組及ぴ同旧地崎工業であり,控訴人ら主張上被控訴人新日繊がその債務を承継したとされる日本 製鐵及ぴ被控訴人三菱マテリアルは本件被害者らを直接に使用したものではない。)。
被控訴人三井鉱山,同住友石炭鉱業及び同熊谷組は,国家総動員法制の下,上記被控訴人らは本件被害者らの採用や労働条件の決定等について国の指示に従わざるを得なかったのであるから,控訴人らの主張する損害の発生につき過失がない旨を主張する。
しかしなから,本件被害者らの労働環境のすぺてか被控訴人国の指示によって整えられたものと見ることはできず,例えば,各事業場の監督が本件被害者らに対 して理由もなく暴行を加えるというような行為は,およそ被控訴人国の指示によるものであるはずはなく,本件企業らには,そのような必要以上に過酷な労働環 境の下で本件被害者らを就労させたことについて,その責めに帰すべき事由による安全配慮義務違反の事実があったという余地があるから,上記被控訴人らの上 記主張は採用することができない。

 

9 争点4の2(安全配怠義務違反に基づく損害賠償償権の消滅時効)について
(判決107頁6行目から111頁12行目まで)
(1)被控訴人企業らは控訴人らに対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務を負うものと見る余地があるので,その消滅時効につき検討するに,消滅時効 の起算点を定める民法166条にいうところの「権利を行使することができる時」とは,単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく,権 利の性質上,その権利行使が現実に期待できることを要するものと解される(最高裁昭和40年第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号 771頁)。
昭和47年.(1972年)9月29日の日中共同声明に基づき日中両国の国交が正常化したことにより,権利の行使につき少な<とも被控訴人国側の法 律上の障害は消滅し,権利の性質上も,その権利行使か現実に期待できる状態になったというぺきであり,仮にその後も中華人民共和国側の法制度上の制約に よって控訴人らにおいてその権利を行使することが現実には不可能であったとしても,そのようなことは我が国の民法が定める消滅時効の起算点の基準に係る法 律上の障害には該当せず,またそのようなことの故に,権利の性質上,その権利行使の期待可能性がなかったということもできないから,日中共同声明の時から 消滅時効期間は進行するものといわなけれぽならない。
また仮に,本件強制連行・強制労働の事案の特殊性にかんがみ,控訴人らの権利の行使に係る中華人民共和国側の法制度上の制約が消滅時効の起算点の基準に係 る法律上の障害に該当すると解するとしても,同国とおいても,1986年2月1日の公民出国入国管理法の施行により,私事による出国が原則自由となって控 訴人らの権利の行使に係る法制度上の制約は消滅したというぺきであるから,遅くとも同法の施行時から消滅時効期間は進行するものといわざるを得ない。
なお,1995年3月以前は,中華人民共和国の国民が個人の戦争被客に係る賠償請求のだめに出国しようとしても,除外事由に該当するとして出国が不許可と なるおそれがあり,出国許可申請自体が痛鱗されるという状況にあり,また中華人民共和国の国民が我が国の入国査証を受けるためには,我が国側からの招請と 我が国での保証人が必要とされており,中華人民共和国の国民が我が国に渡航するのは必ずしも容易なことではなく,さらには,日中両国の法律家が戦後補償の 問題について種々の調査や協議を行ったのは1990年代になってからのことで,中華人民共和国内において。対日戦争賠償問題に関する個人の賠償請求は日中 共同声明によっても放棄されていないとの見解が示されたのが1995年3月のことであり,北海道における中国人強制遵行・強制労働の問題について札幌弁護 士会所属の弁護士らが中国に渡ったのは平成11年(1999年)1月のことであるが,これらの事情はいずれも権利の行使についての事実上の障害にすぎず、 またこれらの事情があるからといって,権利の性質上,その権利行使め期待可能性がなかったということもできない。
そうすると,被控訴人企業らが控訴人らに対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務を負うとしても,遅くとも1986年2月1日の公民出国入国管理法の 施行時から10年後の1996牛(平成8年)1月31日が経過したことにより,その債務につき民法167条1項の消滅時効が完成したものといわなけれぼな らない。

(2)控訴人らは,被控訴人企業らによる消滅時効の援用は権利の濫用であって許されないと主張する。
一般に,時効制度の機能又は目的については,(ア)長期間継続した事実状態を維持し尊重することが,法律関係の安定のために必要であること,(イ)権利の 上に眠っている者は法の保護に値しないこと,.(ウ)余りにも古い過去の事実について立証することは困難であるから,一定期間の経過をもって義務の不存在 の主張を許す必要があること等であるとされ,永続した事実状態の保護と時効の利益を受ける者との調和を図るべく,時効は当事者がこれを援用しない限り裁判 所はこれによって裁判をすることができないとされ(民法145条),時効の援用については,援用する意恩表示を要件とするのみで,援用の理由や動機,債権 の発生原困や性格等を要件としてはいないのであって,このような消滅時効の機能,その援用の妥件等に照らすと。時効の利益を受ける債務者は,償権者が訴え 提起その他の権利行使や時効中断行為に出ることを妨害してその権利行使や時効中断行為に出ることを事実上困難にしたなど,債権者が時効期間内に権利を行使 しなかったことについて債務者に責めるぺき事由があり,償権者に権利行使の機会を保障した趣旨を没却するような特段の事情がない限り,消滅時効の援用が詳 されると言うべき,時効にかかる損害賠後講求権の発生の原因となった事実関係が悪質であったこと,その被害が甚大で輩惨であったこと,債権者と債務者との 社会的・経済的地位や能カの格差等の事情は,債務者が消滅時効を援用することを権利の濫用とさせる事情とはならないと解すぺきである。
したがって,控訴人らが主張する,被控訴人企業らの安全配慮義務違反の態様の悪質性や被害が重大な人権侵害であること,控訴人らの経済的事情等は,債務者 が消滅時効を援用することを権利の濫用とさせる事情とはならないし,被控訴人企業らに控訴人らが時効期間内に権利を行使しなかったことについて責められる ぺき事由があると認めるに足りる証拠はなく,控訴人らに権利行使の機会を保障した趣旨を没却するような特段の事情が認められないから,被控訴人企業らによ る消滅時効の援用は権利の濫用となるということはできない。また,時の経週による証拠収集の困難性から当事者,とりわけ債務者として訴えられる者を救済す ることにあるという消滅時効制度の趣旨の一観点から観ても,現に本件訴訟において,本件被害者らの被害状況は前記認定の事実関係のとおりと認められるもの の,そこに被控訴人企業らの安全配慮義務に違反する具体的な行為を肯認することができるかどうかということにかかわる個々の事情こついて,被控訴人企業ら の側は見るぺき反証をしていないか,それは被控訴人企業らの怠慢によるものではなく,戦後半世紀を過ぎた現在,反証をしようにも当時の状況を明らかにする 証拠を収集することが著しくしく困難であることによるものと窺われるのであり,本件は上記のような消滅時効制度の趣皆の一つが現実の問題として顕われた事 例であるというぺきであること,また,安全配慮義務の概念は,少なくとも我が国においては,不法行為に基づく損害賠償請求権が3年の短期消滅時効により消 滅することから被害者を救済することを主たる目的として形成され発展してきたものであると解されるところ,本件強制連行・強制労働に係る本件企業らの不法 行為については,3年の短期消滅時効の期間はおろか20年の除斥期間も経過しており、本件には上記のとおりの我が国において安全配慮義務の概念が形成され 発展してきた主たる目的かそのままには妥当しないというべきであることなどに照らしても,被控訴人企業らによる消滅時効の援用がその権利を濫用したもので あるということまではできない。

(3)したがって,被控訴人企業らが控訴人らに対して安全配慮義務逢反に基づく損害賠償債務を負っていたとしても,これは被控訴人企業らの控訴人らに対する消滅時効を援用する旨の意思表示によって消滅したものといわざるを得ない。

 

10 争点5(国家間の戦後処理による賠償請求権の消滅の有無)について(判決111頁13行目から113頁4行目まで)
(1)サンフランシスユ平和条約は,個人の請求権を含め,戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放秦することを前提として,被控訴人国は連合国に対 する戦争賠償の義務を認めて連合国の管轄下にある在外資産の処分を連合国にゆだね,役務賠償を含めて具体的な戦争賠償の取決めは各連合国との間で個別に行 うという裁が国の戦後処理の枠組みを定めるものであり,この枠組みは,連合国48か国との間で締結されこれによって我が国が独立を回復したというサンフラ ンシスコ平和条約の重要性にかんがみ,被控訴人国がサンフランシスコ平和条約の当事国以外の国や地域との間で平和条約等を締結して戦後処理をするに当たっ ても,その枠組みとなるぺきものであったと認められる。そして,日華平和条約の規定の内容及び同条約が締緒された当時における中国の状況,日中国交正常化 交渉の経過と日中共同声明の内容,さらには日中平和友好条約の規定の内容等に照らせぽ,日中共同声明は,サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる趣旨の ものではなく,請求権の処理については,個人の請求権を含め,戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄することを明らかにしたものというぺきで あって,日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の被控訴人国又は我が国の国民若しくは法人に対する請求権は国際法上の法規範性と国内法的な効カが 認めちれる「中華人民共和国政府は,中日両国国民の友好のために,日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」との日中共同声明5項(日中 共同声明は,中華人民共和国が,これを創設的な国際法規範として認識していたことは明らかであり,少なくとも同国側の一方的な宣言としての法規範性を肯定 し得るものであり,さらに,国際法上条約としての性格を有することが明らかな日中平和友好条約において,日中共同声明に示された諸原則を厳格に遵守する旨 が確認されたことにより,日中共同声明5項の内容か我が国においても条約としての法規範性を獲得したというぺきであり,いずれにせよ,その国際法上の法規 範性が認められることは明らかである。そして,サンフランシスコ平和条約の枠組みにおいては,請求権の赦棄とは,請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失 わせることを意味するのであるから,その内容を具体化するための国内法上の措置は必要とせず,日中共同声明5項が定める請求権の放棄も,同様に国内用的な 効力が認められるというべきである。)よって,裁判上訴求する権能を失ったというべきであり,そのような請求権に基づく裁判上の請求に対し,同項基づく請 求権放棄の抗弁が主張されたときは,当該請求は棄却を免れないこととなる。

(2) 項訴人らの被控訴人らに対する本訴各請求は,いずれも,日中戦争の遂行中に生じた仲介人民共和国の国民の被控訴人国又は我が国の法人に対する請求権を裁判 上訴求する者というべきところ,国家間の戦後処理により賠償請求権が消滅したとする被控訴人旧地崎工業及び同新地崎工業を除くその余の被控訴人らの主張 は,以上と同旨をいう者として,理由がある。仮に,項訴人らが被項訴人らに対して上記の請求権を有するとしても,被控訴人旧地崎工業及び新地崎工業を除く その余の被控訴人らに対する本訴各請求は棄却を免れない。

 

第4 結論
よって,項訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件各控訴はいずれも理由がない。

 

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