このごろ七 - 過去の部(06年7月〜06年9月) -

 最近の山越の混み具合はまさにウィナー・テイクス・オール、これもネット社会の現象のひとつでしょうか?(06年07月記す)
 うどんの日から『UDON』の終焉までの3ヶ月間。後半は『UDON』のことばかり書くはめになったが、予測したシナリオどおりとなったようだ。はずれた方がうどんに取ってはよかったのだけれど。それにしても県庁は何故うどんから恩恵を受けているはずなのに、かくもうどんに無知でかつ優しくないのだろうか?(06年09月記す)
2002年11月〜2003年3月はこっち、2003年4月〜2003年9月まではこっち、2003年10月〜2004年9月まではこっち、2004年10月〜2005年3月まではこっち、2005年4月〜2005年12月まではこっち、2006年1月〜2006年6月まではこっち

 2006年9月30日(土)  昨日の12時ちょい過ぎ久しぶりに竹清に行ったら、並んでいたのは数人程度「もう終わった(注 営業じゃなくて)」のだそうだ。香川県庁の26日付けの報道発表資料に「映画『UDON』、第四週も好調続く―本広監督&小西真奈美さんの舞台挨拶決定―」というのがあった。打ち切りが噂されるくらい全国的には不振なのに?先週も同様の発表があったが、そのときは週ごとの動員数があったのに今回はない。県民には正確に分かり易く情報を伝えなければならない、親切な麺聖は19日付けの資料とあわせて表にまとめてみた。幸いなことに麺聖はこの動員数には入ってない。

(県内累計動員数)

タイトル\週 第1週 第2週〜第3週 第4週
UDON 21,000人 50,400人 61,600人
踊る大捜査線THE
MOVIE2
13,000人 32,500人 51,400人
世界の中心で、
愛をさけぶ
10,700人 31,700人 41,500人

 まだUDONがトップだけど踊るとの差が縮まっているようだ。で、各週ごとの動員数と第1週を100とした各週ごとの指数を出してみた。

タ\週 第1週 第2週〜第3週 第4週
UDON 21,000人 100 14,700人 70.0 11,200人 53.3
踊る 13,000人 100 9,750人 75.0 18,900人 145.4
世界の 10,700人 100 10,500人 98.1 9,800人 91.6

(注 「第2週〜第3週」は1週当たりに平均した)

 香川県庁にとっても映画のつまずきが讃岐うどんブランドの崩壊のきっかけになる可能性があるのに、こんな脳天気な発表いいのかしら?と思わせるくらい動員数は落ちていた。もっともこれを香川県庁では好調と呼ぶのかもしれないけど。香川県内も全国並みに黄信号が灯ってるじゃない!それで「大ヒットを記念し」という名目で、てこ入れのための舞台挨拶を企画したのね!「県民の皆さんには、この映画を、ぜひ、何度も観ていただき、全国の知人、友人にもPRをお願いいたします」と結ぶ。チェーンメールを奨励しなくなっただけ県庁もちょっとは学習したようだが、映画以外の目的ならともかく何度も観るに値する映画とは思わないし、(事実認識に未熟さがあり脚本もスカなので)恥ずかしくて麺聖は、友人に(香川県民としてもうどん喰いとしても)薦める勇気はない。
 映画を純粋に応援する人たちには申し訳ないが、軟着陸はあきらめ讃岐うどんのためにならなかった映画だったと早々に結論づけ、失敗の原因から学ぶ時期に来ているのではないか?日頃の麺聖の主張を読んでもらえれば分かるだろうが、ヒットするかどうかにかかわらずうどんをもてあそぶ人は許さない。うどんをもてあそんだ責を川北副知事は負うべきだ、うどん喰いの一員として要求するとともに、趣味を持ち込んで仕事を私し失敗した結果責任も潔く取られることを一香川県民として提言する。

 今年に入って9月末までで県内341玉、県外87玉食べました。


 2006年9月26日(火)  週末から、今週初めにかけて気になることがあったので、長くなるが記しておく。

 作家や音楽家さんたちが、著作権保護期間の延長を要望したそうだ。以前も書いたが文化はリレーだから先人の成果は積極的に利用すべきだと私は思っている。特定の時代の人たちの独占は許されない。と言っても著作者さんたちの生活のため、ある程度の保護は必要である。でも、薬や機械の発明のように莫大な設備投資が必要なわけでないのだから、保護期間は短期間であとは自由使用にした方が活発な創作活動に寄与するはずだ。そう考えると現行の死後50年でも長すぎる、70年なんてもってのほかだ。世界標準なんて大仰に言ってもそれぞれの国の思惑の産物にすぎずない。漫画家さんからの延長要望だけは、日本として儲かる、うなずけないことはないが。もちろん出版して数年で絶版となる文庫本なんか保護は短い方が世のため人のためになる。ネットで発信する一人の著作者としての反対意見でした。
 
 24日文楽人形遣いで人間国宝の吉田玉男さんがお亡くなりになった。自慢じゃないが私の文楽鑑賞歴は短い。初めて観たのが、昨年5月の国立劇場、『冥途の飛脚』に玉男さんも出ていたはず。次が昨年夏の大阪文楽劇場の『桂川連理柵』、これが玉男さんの最後の舞台となった。玉男さんを意識して観に行った昨年9月以降休演、もっと観たかった、でもある意味私は幸せだったのかもしれない。ご冥福をお祈りします。

 ネット上を『UDON』の打ち切りの話が駆け巡っている。ネタ元は東スポのようで、真偽のほどは分からないが、フジテレビの番宣と香川県庁の大本営発表を鵜呑みにしていた県民にとってはまさに寝耳に水だ。でも、こんな話題が出るくらい全国的には閑古鳥なのだろう。 映画の中で口コミの力を描いていたのが今となっては皮肉だが、莫大な宣伝費も良識ある口コミには勝てなかったということか!そもそも前回のブームの本質を見誤ってるのだから当然と言えるが。もっとも企業としてフジは赤字の責任を取るだけでいいが、讃岐うどんが傷ついた責任を旗振り役の香川県庁の川北副知事や観光協会はちゃんと取るのだろうか?宣伝費用に換算するといくらかの効果があって県のイメージ向上に役立ったなんていい訳で許されることではない。
 忘れっぽいがひつこい性格なので何度も書くが、麺聖はうどんをもて遊ぶ人たちを許さない。地道にうどんを食べ続ける、うどんのためにはこれしかないと、麺聖は実践している。

 週末から週初め、奈良博で漆の技を観、京都で井上八千代さんの舞を観、仁左さんの話を聞いたあと名古屋に向かった。財産はありそうに見えて財布が軽い私、京都から名古屋への交通費を節約しようとして結局高くついた(秘密だがこの経路誰も当てられんやろな!)。(この前、山ちゃんで食べたので)風来坊の手羽先を食べ、中村区の平成中村座に行ってきた、当然なことと言えばそれまでだが定式幕は黒・白・柿の中村座の三色。身替座禅って、喜劇と思ってたが実は踊りを見せるものなのね!中村屋っ!何度観てもいいもんだ。ただ、高校の体育館を利用した芝居小屋風、一体感がいま一つ、まだまだ工夫の余地がありそうだ。
 女神さんに誘惑されてオータムジャンボを買ったら、お札がゼロに、何度か名古屋に行ってるのに、まだ食べたことのない名物ひつまぶしを諦め、きしめんの冷たいおろしを、これも麺聖の義務と無理やり自分に納得させる。でも冷たい麺ならきしめんもいいもんだとは思った。独特の食文化、麺文化を持つ名古屋にも讃岐うどん店が何軒かできているが、名古屋麺通団出店、映画がこけて実現はいかに?


 2006年9月22日(金) 昨日仕事で昼に大阪に行った。で、昼食は出張先に近い谷町線沿いのうどんやで取った。カレーが有名らしかったが暑かったので、(冷たい)おろしぶっかけ大800円にした。麺はなかなかよかったけど、今ひとつ満足度が低い。
 仕事が終わって、久しぶりになんばパークスの麺だらけにも寄ってみたが、5時半に食べている客は1組2名だけ、(今じゃナムコ自身も赤字だろうが)ナムコの麺のテーマパークっていったい何だったんだ?オープン時にがぼっと儲ける出店店使い捨てというビジネスモデルだったのか?だとしたら、将来の展望もなく洪水のような番宣で『UDON』ブームを起こそうとしているフジテレビや香川県庁の戦略にどこか通じるものがある。
 うどんやは1軒もなかったので早々に退散。ジャンジャン横丁で串かつを夕食にした。 


 2006年9月19日(火) 『UDON』の弊害が早くも現れたようで、3連休中はS級店等は長蛇の列。こういうのってうどん好きにとって不幸なのは間違いないが、うどん屋さんにとっては幸せなことなのだろうか?
 この前のいわゆるブームは、バブルがはじけたあとだった。インターネットの普及で誰でも情報発信できるようになっていた。という時代背景の下、食べさせる側でない、客の側からの発信によるブームだった。それを映画ではうどん屋直接ではないとしても、あっち側のプロの情報発信者が巻き起こしたブームに変換している。仮に田尾さんがブームの仕掛人だったとしても、こっち側(客側)の人で、こっち側からの発信だったことは間違いない。事実が数多く描かれているのに麺聖が違和感を感じたのは、その順番もあったろうが、そこが大きかったのではと思う。
 そこを忘れた(と言うより知らない)フジテレビや県庁がブームを起こそうとするのは、畏れを知らなすぎる。万が一ブームが起こったとしても、それは、讃岐うどんを讃岐うどんでないものにするだけである。  


 2006年9月17日(日) 土曜日は旧金毘羅大芝居(金丸座)の勘三郎襲名披露を観た。7月の康楽館で幼く感じた(弥十郎の長男の15歳の)新悟君も八千代座、嘉穂劇場と成長し、ときどき美しい表情を見せるようにまでなった。口上で勘三郎が3年以内(だったと思う)にまた来ると言った、楽しみだ。
 芝居が跳ねて、そう言えば最近東京、博多、沖縄と飛び回ってたので、週末のフィールドワークが出来てなかったなあと、19時半過ぎにおか泉に行ったら20人くらいの列、あきらめて帰った。日曜は宮武、9時前に行くと、駐車場に車が20台、うち17台が県外ナンバー。店の前に18人、食べ終わった9時半には列が110人、駐車場待ちの状態(注 宮武の定休日は水曜・祝日なので18日は休み)。ところで12時すぎに府中線を走っていたとき土器川の右岸に、車の列が上流の方から県道まで続いていたが、まさか先頭はなかむら?ブームの再来って騒いでいるうどん好きを自称する方々、本当にこんな状況を待ち望んでいたのか?
 ネット上に、うどん屋で食べただけでフィールドワークとは大げさな、なんてのがあったけど、うどん喰いがうどん屋でうどんを食べることは、禅宗の座禅、浄土真宗の念仏に相当する単純にして最高の調査・研究であると麺聖は信じている。

 麺聖はメールを送ったのに返事もよこさないなんてのもネット上であった。ごめんなさい。かっこつけて返事を書かないのではないし、出来るだけ書こうとは思ってます。いい訳をさせてもらえば、メールを書くのは苦手というより、昔から作文が苦手です。特においしいと新店を紹介してもらったとき、もう食べてまずいと思っていたときなんか、返事を書くのに苦悶し、結局そのままになってしまいます。ただヤフーのアドレスとか、大事な要件です、お元気ですか?とかの題でのメールはゴミ箱に直行しているので…。


 2006年9月13日(水) フジテレビや香川県庁の思想統制とも思える情報発信に負けず、ネット上では健全な議論が行われているようだ。ただ、『UDON』が注目されてるから、議論されるとの認識は違うだろう。みんなうどんが大切なのである。こんな中、新聞記者の批評精神をどこかに置き忘れたような記事が、9日の四国新聞エンターテインメントの『UDON』、記者の視点は星5つの最高点で、大絶賛。評価は人それぞれだろうが、この記者さん本心からこう感じたのだろうか?ここまで褒めると、ために書いてあるとしか思えない。

 本広氏がうどん好きで郷土愛もあるのに偽りはないだろう、故郷に錦を飾りたかったのも分かる。で、フジから踊るのヒットの御褒美として映画を作った。うどん店を200軒ほど回り田尾さんから話を聞き意気揚々と映画を作ったのだったが、というよりそれゆえの(人情ドラマとしての脚本の悪さを置いとくとして)ブームへの理解のなさかと思われる。中途半端な時期(手探りでなく200軒で食べたというのは、将棋で例えれば定跡から入り強いと錯覚している状態、ここで実践を積めば次のステージに進める)に田尾さん流のうどん解釈(たまたま起こったうどんブームは『恐るべき』が起こしたとの体系化を謀っているが、彼の話術があってのもの、他者が語るとたちまち破綻する)を学び咀嚼できなかった。最初の感動に任せたまま突っ走るか、もう一呼吸おいて熟成させてからだったら違ったものができたのに。

 投下資本を回収したいフジに引きずられたり、権威なんかを気にすることなく、今後も映画のためじゃなくうどんのために、褒めるにしろ、けなすにしろ、自分のことばで語って欲しい、この前の穴場うどんブームは食べる側からのそういう発信から始まったのだから。田尾さんも映画に協力している立場からか盛んに宣伝しているが、食べる側だった頃のゲリラの心を早く思い出してもらいたい!


 2006年9月7日(木) 何でも映画への感謝とPRを兼ねて夜間、香川県庁舎がUDONと点灯されてるそうだ。麺聖には県庁が何を感謝するのか分からない。映画がヒットすることでうどんブームが再びやって来ると喧伝されてるが、うどん業界や観光業界には喜ばしいことでも、ただおいしいうどんを食べたいだけの麺聖にとって何のメリットがあるのか?そもそもブームを仕掛けたとされてる田尾さんだって、今言ってることの多くは後付の理屈に過ぎない。雑誌の売上げを伸ばしたかったわけでもブームを起こしたかったわけでもなく(ちょっとはあったろうが)、麺通団の当初の理念のとおり、おいしいうどんを食べたい、ただそれだけだったはずだ。
 また、やたら使われてるソウルフードなる言葉、讃岐うどんはそんな大それたものではない。浅くなく、また深くない単なる日常、カタカナ語は似合わない。麺聖はうどんがソウルフードにされ、UDONになった結果、得たものもあろが、それ以上に大切な何かを失ったのではないかと気になっている。

 さとなお君が9月4日付けのさなメモに「そういえば関係ないけど、映画『UDON』にボクが関係してると思っていらっしゃる方がいらっしゃるようですが、まったく関与しておりませんので、あしからず。」と書いてあった、麺聖も関与していない。だからどうしたと言うのでないが、映画を見て初めてこのページを訪れて下さった方には、讃岐うどんについてこんな風に考えている奴もいるんだと覚えてもらえればありがたい。


 2006年9月4日(月)  週末は福岡へ行った。今年に入って5回目の九州、なんか居心地がいい。江戸っ子だと自称していた母方の祖父の本籍は熊本、母の生まれたのは小倉、DNAを受け継いだせいかも。まずはオープン時以外大規模な特別展をやっていないのに、先日1年もたたずに200万人を達成した太宰府の九州国立博物館へ。土曜の午後とはいえ常設展が混雑している、こんな国立博物館は珍しい。あまりの混雑で当初可能だった写真撮影が出来なくなったことは残念。夕方は薬院に戻って福岡麺通団へ、オープン効果は薄れているはずなのにそこそこの客、味もまあ合格。
 
 まだまだ夜は長いが明日に備えて体力は温存しよう!で、中洲は止めて一応麺聖の公式発表では観ないことになっている映画『UDON』へ、まっ、県外だからばれないだろう。中程度(もう見切られたのだろう)の246席に客は22人、土曜日6時なのに24時間営業のうどんの町博多でこれでは、興行的には大失敗だろう。内容?給食のうどんを食べる小学生の表情はよかった!でも、香川県に熊はいない、「めんつうだん」は一発では変換しない、ドラム缶での野焼きは法律違反(県庁が全面協力した映画での違反シーン、お詫びの字幕を入れるのか?)と言うのは小ネタとして、やっぱ『ラフ』にしとくんだった、なんて冗談も置いといて、うどんブームの描写に違和感を感じた。脚本を担当した人はあまりうどんブームやうどんを知らない人で、自らの力で穴場店を探し出した喜びを知らないのだろう。フィクションだからそれはいいのだが、じゃあ何を伝えたかったのかが不明、ひょっとしてただのギャグ映画?とにかく長すぎる。訳の分からんキャプテンUDONと下手くそなうどんやのおばちゃんの演技をカットすれば2時間テレビの枠に収まるのに。思い入れがあってもカットするのが監督の役目だと思うけど。「懐かしかった」帰りに何気なく耳にした観客どうしの会話、たまたま居合わせた坂出市出身者らしい2名と飯山町出身者らしい1名、そんな位置づけで観れば案外いい映画かもね。ならこてこての香川バージョンと全国バージョン2種類作るべきだったかも?それにしても昔映画監督を目指し、映画にも御出演なさった川北副知事はじめとする映画好きの方々の感性は分からない。ひょっとして売れないことが分かったゆえの強制動員か?讃岐うどんはおおらかでいろいろな立場を受け入れてきた、だから強制は対極にあたる。自慢じゃないが今回で生まれてから映画を観たのがやっと8本目になる私、映画に入り込めないまま終わった。うどんが可哀想で腹が立ってとてもうどんを食べたくなるはずもなく、行きつけの屋台に行き飲んだ。

 で、翌日は目的の飯塚の嘉穂劇場、勘三郎の襲名披露である。飯塚から直方経由で小倉に出て新幹線に乗る切符を選択。貧乏性なので12時開演なのに9時過ぎにホテルを出る。当然早く着きすぎて町を散策するはめに。総裁候補の麻生太郎氏の地元飯塚って炭鉱の町だと思っていたら、元々宿場町だったのね!アーケードになっている旧街道は丸亀や坂出よりずっと賑わっている。脇道に讃岐うどんの店を発見、おろし食べる、讃岐うどんと呼べる。嘉穂劇場は巨大で金丸座の2倍以上、自治体でなく個人が守ってきたと聞き再度驚く。勘三郎と弥十郎の息のあった夫婦に場内爆笑、緞帳が下りても、いつまでも拍手が鳴り止まないので緞帳が上がって勘三郎再登場。これも地方公演の良さ!

 飯塚から4時間で自宅へ案外近い。ただ急ぎすぎて折尾駅のホームで駅弁スタイルで売っていたかしわ弁当を買い漏らしたのを後悔した。


 2006年8月31日(木) 新しくできたセルフ店に行ったが、どうしたらこんなにまずくできるの!と言うくらいひどかった。どうも最近そんな新規店にあたることが多い。どこかに指導料だけガッポリ取る悪徳開業屋でもいるのか?
 
 今日で8月も終わり、8月中の出来事と言えば27日の県知事選。県選管の投票を呼びかけるコピーに「誰でもいいと思ってない」なんてのがあった。ずいぶん県民も馬鹿にされたもんだ。私なんか、どっちも人として信頼するに値しない人物と考えているので、棄権か無効票か真剣に悩んで、投票率が18時現在で前回を下回ってるのを18時45分のニュースで確認して投票に行ったくらいなのに。
 得票率の低さを筆力不足だったと反省していた新聞屋さんもいたが、謙虚なようでうぬぼれすぎ、候補者がすべて。そこに気付いていない真鍋君のこのコメント「痛みを伴う改革をしたので批判はある(29日付朝日)」ではこれからの4年間も思いやられる、まだ「反対意見はしっかり受け止めたい(29日付日経)」がまし。ところで同一人物のコメントとは思えない切り取り方、真鍋君というより新聞屋さんのセンスの違い?

 今年に入って8月末までで県内307玉、県外77玉食べました。


 2006年8月27日(日)  昨日は8月26日、そう内子座文楽の日です。何で行こうかと直前まで迷いましたが、20年もののマイカーで行くことにしました。往復300キロそのほとんどが高速、途中で止まらないかと不安でしたが、坂道での加速以外問題なく走りました。運転さえ出来ればこの利便さは捨てられませんJR利用客の減少は必然かと思われます。
 満員でした、観客の過半数が県外からだそうです(未確認ただ前夜祭は6割以上)。でもこういう状態って本当に成功なのでしょうか?ちょっと気になります。午後の部の開演前には小屋の前で、大阪の夫婦善哉では歌を歌ってた嶋大夫さんが子供達と楽しそうに写真を撮ってました。でもあのシャッター押してるのも太夫さんじゃない?奥庭狐火の段の途中から雷が轟き丁度狐が出ているとき、照明が一瞬消え蝋燭の炎の中での演技となりました、内子は蝋燭で栄えた町、あれって演出だったの?今でも分かりません。これで座り心地さえよければ芝居小屋って最高!となるんですが、狭くて脚と腰が痛くって。
 うどんを提供する店も多く、一軒気になるうどん屋を発見してたのですが、午前の部が終わって行ったときには準備中の札がかかってました。

 川北副知事の県庁職員全員動員令に続いての田尾団長の「映画、おもしろいです。目標、香川県だけで動員100万人! 県民全員やがな。(8月24日団長日記)」、「人の行く裏に道あり…」の私やはり映画には縁がないようで!まてよ県の人口は減り気味としても8月1日で1,009,624人やからまだ9,000人以上は仲間がいることになるか…。そう言えば昔チケットまでもらった瀬戸大橋博にも行かなかったことを思い出した。


 2006年8月25日(金)  もう並んでないだろうと13時過ぎに竹清に行ったら、入り口から外だけでも7人も並んでいた。うどんを食べるまでに17分、天ぷらを食べるのにそれから5分待った。ふと見ると県観光協会のうどんラリーのポスターが貼ってあった、また便乗企画かとうんざりしつつ、よく見ると「うどん人」なる言葉にローマ字がふってあり、うどんちゅと読ませている。讃岐のどの辺で使っているのだろう?麺聖は善通寺で生まれて育ったが、こんな読み方聞いたことがない。歴史ある讃岐うどんの普及に使うのだから、さぞ謂われある表現だと思い調べてみたが出典が分からない。まさか沖縄言葉の海人(うみんちゅ)とか島人(しまんちゅ)の借用なんてことはないと信じているが…。

 家に帰ってテレビをつけるとたまたま田尾先生が「歴史に残る映画…」と言ってた、でもねぇ、映画が残ってもうどんが残らないと困るんですけど、と馬鹿騒ぎはうどんのためにならないと信じる麺聖はテレビに向かってつぶやいた。


 2006年8月21日(月) 沖縄の讃岐うどんそれが讃岐うどんの正しい系譜かどうかは別として、写真のように那覇市内に讃岐うどんのノレンはあった。で、香川県庁発行『かがわ さぬき野夏』「UDON」特集の「『さぬきうどん』のノレンを出す店は沖縄県以外どこに行ってもあり、その数1600を超すというデータもある」(このごろ2006年6月29日参照)はこのノレンが最近作られたのでなければ嘘ということになる。もっともいつノレンを作りましたかとは恥ずかしくて聞けなかったから嘘と断言することは出来ないが、読み返しても記事はジョークとも思えないし真摯さも伝わってこないから軽い気持ちでちょこちょこっと書いただけだったんだろう。まあこんな冊子を発行する県庁のいい加減さを糾弾するために沖縄まで行ったことになるが、常々言ってるように、うどんで遊ぶ人は許しても、麺聖はうどんをもてあそぶ人たちを許さない。

 県庁のホームページの知事へのメールに「『さぬきうどん課』設置の提言」があった。その質問前段傍論に富士吉田市のうどん店密度が香川県より高く全国一ではないかとの蘊蓄披露があったが、知事は回答でそのことに触れなかった。うどん店の定義や何で数えるかの問題はあろうが、まんのう町の方が高いのでは?思う。ちなみに全国一位は合併してなければダントツで伊香保町だったのだが。

 麺聖には商業主義の固まりのような映画と商業主義から置いて行かれたような讃岐うどんがどうしても結びつかないが、川北副知事の公私混同の指揮のもと県庁の映画に関する攻勢はすさまじいものがある。そもそも芸術(映画が芸術かどうかは知らないが)って強制するものじゃないよな、それに三部作を目指すためにも観ろ!なんていうのは、うがった見方をすれば今回の映画が前作を超えられなかったことと、ロングランにならないものと川北さん自身が見切ってることになりませんか?私が知っている県庁の某幹部職員は強制されては観たいものも観たくなくなってしまう、とおっしゃってましたけど…。

 ところで沖縄に何しに行ったの?疑問を持つ方もあろうかと思いますが、もちろんうどん店を確認をしたかったのは大きな理由ですがもう一つは経由地としてです。東京へ行く用事があったのですが盆の前後は東京行きはマイルが使えません。行きはともかく帰りの交通費を払いたくなかった私、2区間でも片道(1区間)でも引き落としは同じ、いろいろ考えて東京から沖縄、松山経由で帰って来ました。そう今、沖縄高松直行便はありません。ソウル便の存続も大切なのでしょうが(もっとも私には大切さの程度がよく分かりません)、川北さんには現実に需要がある沖縄便の通年化も真剣に考えて欲しいものです。滞在わずか17時間だったのですが目的の三つ目、那覇市の歴史博物館で、東京国立博物館の特集陳列で写真でしか見ることの出来なかった王御冠が観られましたし、紺地の衣装の鮮やかさは印象的でした。


 2006年8月13日(日)  昨日宮武を見に車を走らせていたら、改築中のうどんやに「UDON」の看板が、ちょっと前までは、うどんをUDONと表示するのはネット上のアドレスしかなかったのに便乗もここもできたか。宮武は盆休み前の最終営業日(だったと思う)、11時過ぎで県道まで行列は伸びていた。

 本屋で講談社だったか『UDON』関連本を発見、映画紹介のガイド本だったので購入は保留した。パラパラっとめくって、うどんの用語解説に「死体」なんて紹介が、暗い気持ちになった。時間がたった作り置き麺のことを指すのだろうが、麺聖は使ったことはない。そこそこの値段の一般店での作り置きは論外だが、セルフや製麺所は時間帯を外せば作り置きに当たるのは当然だと思っている。と言うより本来製麺所で作る麺は出荷した時に作り置き麺になる、それがスーパーで売られ、食堂で提供される。香川県人は出来ちの麺を好んで食べる一方、作り置きの麺もたくさん食べている。麺が死んでいたという表現も愛情の裏返し。香川県人のうどんに対する思いを描いた映画かと思っていたが、こんな解説本を見るとそれも期待薄か?東京人にとって物珍しいことをおもしろおかしく描いただけの映画で、うどんは客寄せパンダにされただけ(パンダでも何でもうどんが美味しくなればそれはそれでいいのだが)、東京の資本に収奪され讃岐うどんは消耗させられる。それを何も分かっていない副知事(昔の夢だった映画監督のまねごとを税金で行おうとする公私混同のおっさん)を始めとする香川県人のお調子もんが囃し立てている。
 杞憂に終わって、欲しいです。


 2006年8月8日(火)  「空腹は最高のスパイス」、高松駅の本屋で偶然見た『UDON』宣伝ビデオの中の台詞だが甘い。かなりの人は雰囲気でうなずいてしまうだろうが、長年食べ歩いて修行を重ねた麺聖にはこの言葉が嘘だと断言できる。美味しいうどんは腹いっぱいで食べても美味しい、まずいうどんは腹が減っていてもまずい。
 うどん関連の単行本はガイドを除き一応全部集めているので『小説 UDON(東野ひろあき著メディアファクトリー発行)』も仕方なく読んで、まず感想を、でもどうしても著作権が気になる(麺聖には明らかに別物に思えたさとなお氏の『うまひゃひゃさぬきうどん』がだめって昔書いてた田尾さん!勝谷さん!ほぼリライトのこれはOKなのですか?)。フィクションなので物語の展開には口出ししないが、ブーム以前のエピソードの扱い方と並べ方が、今ひとつだし、ブームの終焉あたりの資料収集と分析は未熟である。事実誤認かなと思われる箇所を2箇所挙げておく。
  「全国的な一般常識で言えばほぼありえないことかもしれないが、一軒で『もう一杯別のん食べよ』は普通にありえる行為なのだ、少なくとも俺たちにとっては(p109)」大仰に書くけどこれってイメージで書いてない?全国は広い、少なくとも、鳴門では普通にうどんを二杯食べるし、越前ではそばを二杯食べていた。
  「人口およそ百万の香川県に約九百軒のうどん屋、一方、千二百五十万人が暮らす東京都にあるマクドナルドは約五百軒…‥いかにうどん屋が多いかということですわ(p135)」元々東京都のハンバーガー店は九百弱(H16事業所・企業統計)しかない、マックと比較するのも如何なものか?実は人口およそ八百四十万人の東京特別区にそば・うどん店は四千七百七十八軒、香川県より圧倒的に多い。同じ調査で香川県には六百六十五軒、人口比にすると香川が高くなるが威張るほどの差はない!

 それにしても想像を超える宣伝量である。麺聖はうどんの映画が出来てうれしくないのかと尋ねられれば、別に辛くはないが、うれしくもない。今の気持ちは勝谷さんが4日の「勝谷誠彦の××な日々。」に書いていた「ボクシングの歴史ではテレビなどなかった期間の方が遥かに長いのだ。W杯の例を出すまでもなくこの国のメディアは根拠なき楽観と衆愚馬鹿踊りで私たちの先人が大切に育ててきたスポーツをごく短期間のうちに次々と潰している。」のボクシングとスポーツをうどんに置き換えたようなものか。
 麺聖はただ美味しいうどんをいつまでも食べ続けていたいだけである。金儲けは否定しないが、浮かれマスメディアや県庁、観光・うどん関係者に対しては苦言を呈する。もちろん郷土愛から純粋に喜んでいる一般の人たちをどうこうしようとは思っていない。だだあなたがうどん通を自認するなら、その行動が明日の美味しい讃岐うどんにつながるかどうか、ちょっとだけでも考えてもらえたらありがたい、そう願っている。


 2006年8月6日(日)  1日付けの団長日記によると、田尾さんとタウン情報かがわ編集部が別々に『UDON』にあわせて本を書くようである。この両者の関係、いろいろ憶測を呼んでいるが日記を読む限りは微妙なものがあるようだ。田尾さんとタウン情報かがわの初期の功績を麺聖は否定しないが、便乗本を出すようでは、実は讃岐うどんを分かっていなかった?のかと疑ってしまう。
 ところでたまたま食べに行った根の津で手に取った『UDON』のチラシのキャラクター設定では鈴木庄介(トータス松本)なんか明らかに『恐るべき』のA藤さんと分かるのに『恐るべきさぬきうどん』の恐るべきの字すらなかった。恐るべきのあわわと映画のフジとの間にどういう話し合いがあったのか知らないが、映画という文化を創る以上、著作権は基本なので田尾さんが書いたかどうかや商標は別にして原作表示をすべきだと思う。まあ実在の人物なので『恐るべき』なんて関係ないと言えばライオンキングとジャングル大帝の関係になるにはなるが…。
 やはり気になって仕方がないので尋ねようと思うがフジ?東宝?どこすればいいの? 


 2006年8月1日(火)  長かった梅雨が明けたら酷暑です。また休んだのと言われそうだが、この前のは飛び入りこっちはずっと昔に決まっていた、佐賀城と島原城に行ってきた、城好きの私から言わせれば、どちらも努力は見えるが、見せる工夫が足りない。佐賀城は御殿が復元されていたが、特長である広大な堀は生かし切れていない。島原城は特長の石垣を見せる工夫がちっともない。どちらも駐車場の位置を変えればずっとよくなるのに。帰って子供の頃買ってもらった『日本名城100選(秋田書店刊)』で数えると70行っていた、あと30だ。ちなみに最近選定されたらしい「日本100名城(日本城郭協会)」で数えると66だった。
 今年に入って7月末までで県内270玉、県外67玉食べました。 


 2006年7月27日(木)  よく四国にはお接待の心があると言われるが、どこと比較してだろう?先日出会った山鹿の方々はずっと温かかった、もちろんお接待とはお茶とかましてやうどんを提供することではない、精神の問題である。何事も常識と呼ばれることを一度捨ててみて、自分の目で見、体験することが大切である。「日本の市町村にほとんど行ったことがある」と「自腹で行った」の2点が売りなのが、中心市街地の活性化が叫ばれる中、改正されたまちづくり3法の理論的支柱の藻谷さんという方、もちろん藻谷理論については反論もあるが…。
 
 ところで(この段落と次の段落が言いたいことであとはおまけです)、最近ネット上で、理論はともかく、この2点は何の意味を持たないとの意見を見た。ずべてを見た者にはその人物しか分からないものが見えてくる!と県内ほとんどのうどん屋で食べたことだけが自慢の麺聖は信じている。たとえ見るべき視点を持たなくても「数は質に転化する(これは高名な新聞将棋の観戦記者の言)」のも真理だと思う。

 で、こっそり更新している索引の掲載店が県内1133(廃業店含む)になった(未掲載店もあるから1133軒以上に行ったことになる)、公式最終更新時の2003年10月14日には1033だったので、3年足らずの間に100軒増えたことになる。この増加をブームだったからと単純に分析するのは、ちと浅はかな気もする。でも、ブームの初めは数百軒に行っただけでうどん通と尊称されてたのに、いまや単にその程度行っただけでは初心者扱いされる恐るべき時代となった。

 そもそも、人は便利なところに住み・集まってくる、それを覆してまでやろうとする中心市街地活性化の必要性を私はまだ理解してない。これからは人口が減ってくる、自治体はお金がないのでコンパクトな町でないと維持しきれない、くらいかと推測している。でも、だとしたら、香川県庁が行った町の分散を促進する市街化調整区域の撤廃は正反対の施策になるから、理由は別にあるのかも?


 2006年7月26日(水)  あれは何時のことだったか忘れてしまったが、歌舞伎関係の仕事もしているH川さんから、八千代座(熊本県山鹿市)に行く言よったけど、勘三郎の公演の設備見に行くんで一緒に行く?と電話がかかってきたのは多分6月の終わり頃だったと思う。行くんは行くけど11月の玉三郎ですがな、と答えていたら、チケットを手に入れたとの電話で急遽行くことになった。

 道すがら寝ぼけ眼で沿道を見ていたら、「うどう弁当」、えっ?引き返すと、近くに「ぶどう」の看板が、見間違えたのかと思ったが直接は関係ない位置だし、じゃいったい何?
 康楽館についで2回目の勘三郎の芝居小屋公演観劇である。前日までの大雨が一転の暑さ、でも小屋は冷房が入って快適、快適、集中して見られた。これだけの公演を行政がやってるのでないことに感激!で、夜は地元の公演に携わっている人たちとご厚意で一緒に食事、美味しい馬刺しを食べられまた感激!ホント美味しかった。それにしても山鹿の人って親切な人が多いし、温泉もいい、何たって泊まった民宿は24時間掛け流し!でも、ところどころにあった、「家族風呂」が気になって、気になって。

 帰りには臼杵名物のふぐのかわそばも食べた。何かむちゃくちゃ充実した旅だった、うどんを食べれなかったことを除いて。


 2006年7月22日(土)  昨日の昼、うどん屋に行き天ぷら1つ食べた。いつも2つ食べるのだが、思うところあって1つ食べた。1つだけ天ぷらを選ぶとなると選び方が違ってくることに気付いた。冒険ができない、2つ食べるときとは異なり、好きな定番ものを慎重に選んだ。

 毎日新聞21日付けの香川版で伝えていた県立丸亀高等技術学校の「さぬきうどん科」の入校式「きょう(注:20日)から10月(注:11日)までみっちり修行」、たった3ヶ月足らずの訓練期間で「みっちり」と書いて、親子手打ちうどん教室じゃあるまいし、日本語として正しいのか?
 ところで修了生のうち4人が開店って、高松高技も含めた数字?で、どこ?
 
 最近気になったこと2点。各地で梅雨末期の大雨が降り続いているが(被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます)、「寝食を忘れて」だったか「不眠不休で」だったか、ある首長が職員の災害に対処している様を述べてたが、そんな風に考えているようでは駄目だと思う。同じようなのに、「家を顧みず」というのもあるが、これも美徳として語られるようでは危機管理は怪しいものになる、と思う。それにしても狙ったわけではないだろうが、欽ちゃんの行動と結果に危機管理の重要な教訓を見た。

 滋賀県で新幹線の新駅がもったいないと知事が交替したが、250億円(盛土部分なので高いらしい)の建設費は10年で回収できるという行政側の試算以外が伝わってこない。本当に10年で回収できるのであれば、建設中止は、昔住民の反対で鉄道を回避し、やがて衰退した宿場町のように禍根を残すだけのエゴである。高い安いの話ではない、無駄な公共事業が多いのは充分承知している、滋賀県民が公共事業に不信感を持つに至った経緯も分かる、でも高いから「もったいない」のワンフレーズで凍結するのは小泉首相もどきのい愚作である、住民の未来に責任を持たねばならない政治家が取るべき態度ではない。こんな時ホントの費用対効果を何故マスメディアが取材し検証しないのか(滋賀県内では報道されているのかもしれないが、そうだとしたらこれだけ全国に注目された論点広く報道すべき)私には不思議である。
 そう言えば香川県内にも地元が要望し32億円もかけたハーフの三豊鳥坂インターなんかがあった。三豊に支店を出した弁護士さんや高瀬の関取君はネット上で喜んでいたが、こっちの客観的な試算も知りたいもんだ。

 先週の四国の三豊市の相当職は必要か?今日の四国によると否定的回答が多かった。その最も多い理由が、後輩職員が先輩職員の上位職に就く逆転現象は時代の流れであり、公務員も意識改革が必要だということだったようだ。予測したとおり四国新聞が「すでに主査になっている四十歳前後の職員」と「係長の内示を受けた三十代前半の職員」の能力に触れなかった欠陥が導き出したに相応しい結果である。聞くところによると、発令は既に昇格してた人は主査のまま、たまたま今回昇格する人は係長になる、というおそまつなもののようであった。相当職の是非より前に、能力ある者を係長にという当たり前のことができなかった能力のない人事当局を、第一に追求すべきだったのだ。何度も書いているように私は四国新聞に何も期待していないから四国新聞さんこそ「求められる意識改革」なんて嫌みは言っても無駄と思っているが、せめて、不充分な記事が読者に誤解を与える怖さは知って新聞を作ってもらいたい。


 2006年7月17日(月)  四国の15日付け「解説 内示後に人事を撤回した三豊市」、「すでに主査になっている四十歳前後の職員」と「係長の内示を受けた三十代前半の職員」の評価が書かれていない。この点は取材したのだろうか?ここを明らかにしないで読者に本音を尋ねても無理、感情的な意見だけになると思うが…。

 渋谷の町はよく分からない。知っているのは、はなまると将八、シアターコクーンとパルコ劇場だけである。京野ことみが出てるパルコ劇場の「開放弦」に行ったんだが、水野美紀の方がずっと美人だった。で、何が何やら分からないまま終演、まぁ私は歌舞伎座の玉三郎の鏡花ワールドでも昼の部の夜叉ヶ池の前半しかいいなと感じなかった未熟者ですが。はねた後、「じゃぶかま」に行ったら、同じくパルコから流れてきた客がいた。思ったよりも酒もつまみも安いし、ウエイトレスは丁寧だ。うどんもかやくで2玉まで550円、2玉食べる麺聖にとっては高くない。残念だったのは、麺聖が食べたひやあつのかやくはおいしくなかった、それくらいだった。
 開店したばかりなのでこれからなんだろうが、ただ麺聖の経験から言うと開店時より美味しくなるうどんやは少ない、その意味では心配ではあるが…がんばってね!


 2006年7月14日(金)  さぬきうどん協同組合が「讃岐うどん」を出願したのか気になって特許庁のホームページを見たら、6月29日までに全国から麺類18件の出願があり、香川県分は小豆島手延素麺だけ、讃岐うどんはまだらしい。さらに検索したら、「さぬきうどん協同組合」の商標が出願されていた、地域団体商標はあきらめたのだろうか?ところで「*讃岐(さぬき)うどん*」としては、既に「恐るべきさぬきうどん」など多数登録されてるが、こんな場合「讃岐(さぬき)うどん」が地域団体商標で登録されたらどう住み分けるの?そもそも登録って可能なの?

 『ローマの休日』をめぐる著作権法に関する判決があった、判決結果はともかく、保護される期間が長すぎる。文化はリレーである、ある映画を観て感動し、それを解釈し直して、作品を発表するのに、70年もかかったのでは寿命のほうが尽きてしまう。保護すべきは、創作活動である、創造の源を奪い権利を固定化することではない。今、著作権法で保護されている名作と呼ばれるディズニー作品も、大半は伝承を下敷きにした創作活動の賜である。

 ゼロ金利解除で時事通信が配信した父子の想定問答の抜粋、子:「生活への影響は?」、父:「資金調達コストが増えるので、銀行は貸出金利を上げようとするだろう。お父さんが借りている住宅ローンは金利変動型なので、金利が上がると返すのが大変なんだ。君のお小遣いも減らさないといけないかもなあ。」、子:「えー!。日銀総裁は村上ファンドに出資してお金をもうけていたのに、僕は損しちゃうの。ずるいよ。」、日銀総裁のもうけとこの子の損との間には因果関係はない、子供の視点と大人の視点を恣意的に使い分ける醜さ、こっちが恥ずかしくなった。

 滋賀県知事選で自民党との相乗り候補が負けてから、香川県の民主党の知事選への対応に批判が集まっているそうだ、当然だと思う。で、迷走の結果、現職推薦から、自主投票になったが不充分。有権者から投票の権利を奪うに等しいことを責任ある政党が行ってはならない、小川君自ら出馬というのも考慮し、背水の陣で候補者を擁立すべきだろう。こんな状況では有権者に投票の義務を呼びかけることの方が権利の乱用だと思う。私はどちらがましというレベルでなく、県政の舵取り役として双方とも不適格者であると判断している(1人は1回お酒を一緒に飲んだ経験から、もう1人は話したことは1回もないがマスメディア及び口コミを通じた言動から)ので、○○○とも△△△とも書けない、前にも書いたが積極的棄権を制度化すべきだ。
 でも知事のメンツか県庁は知事選の投票率上げるために広告会社に税金をむしりとられるテレビスポットを流すようだ、税金の無駄であろう。真鍋君が自ら相応しいと信ずるなら、信任投票である、投票率が低ければ辞める、と宣言する方が盛り上がるし、人気度もアップすると思うが、もう一度選挙になって税金の無駄使いになったりなんかして?


 2006年7月11日(火)  漏れ聞くとこによると、映画好きの香川県副知事の川北とかいうおっさんが、部下に『UDON』を見るように強要して、部下はそのまた部下に指示したそうな、正常な組織にはいろんな考えが必要だ、一人くらいは反対せな。それにそうして出世してきたかもしれんが、そんなことでは麺聖みたいな一廉の人物にはなれまい、まぁ誰もなりたくはないだろうけど。
 
 その『UDON』について時事通信から香川県庁の観光キャンペーンが配信されていた。その中で「900店あるとされる県内のうどん店全店に対しては、映画のポスターを張ってもらうよう要請する」、讃岐うどんのよさを分かってない人物が考えた企画やな。すべてのうどん店に同じポスターが貼られた光景なんて考えただけでも恐ろしい。麺聖は反対である、一緒に反対しませんか!

 ネット新聞を読んでたら、共同通信の配信で、「出雲そば通団」が出雲そばのガイド本を出したことが紹介されていた。どことなく麺通団をパロディった名前に笑ってしまったが、「昨秋には“ライバル”讃岐うどんのご当地から香川県職員を招いて話を聞くなど、研究に余念がない」これはいかんやろ、うどんのよさを分かってない香川県庁さんの話を聞いても、まっ失敗から学ぶってこともあるけど。


 2006年7月8日(土)  東京(たまたま東京で見つけただけで香川にもあるかもしれない)のam/pmにさぬき麺業のおっさんのポスターが貼ってあった。夏に冷たい讃岐うどんを売り出すようである。ただそれだけだが、製造は埼玉県の業者、商標登録まで考えている讃岐うどん協同組合顧問の肩書きと矛盾しないのか?

 昨日の四国「一日一言」に七夕は「そうめんの日」で、この日にそうめんを食べる風習があることを書いてあった。不勉強ながら麺聖はそんな風習があったことなどちっとも知らなかった。体験率が低いことを、一言氏は核家族化と少子化で祖母から母、娘へと継承された食文化の喪失だと嘆いているが果たしてそうだろうか?節分、半夏生、土用など太陽の動きで日が決まるものや、節目となるクリスマスや正月の行事食は一言氏が書くように体験率が高い。七夕は本来太陰暦で行っていたものを単純に太陽暦にコンバートした、「天の川の夜にそうめんはいかが」今は梅雨のまっただ中、とても天の川を眺める時期ではない。結果、そうめんを食べる風習が廃れた、それだけのことと思うが。


 2006年7月6日(木)  県立図書館の蔵書を上回るのが目標とこの前書いたが、ネットの「日本の古本屋」をのぞいたら図書館にあるのに手に入れてなかった山田竹系さんの『随筆うどんそば(四国毎日出版)』が出てたので購入した。一次ブーム後の昭和52年、公正競争規約が施行された年の出版、「思うに、さぬきうどん業界も一つの転機を迎えているのではなかろうか」歴史を学ぶ必要はここにある。
 田尾先生は(水面下では研究していると思うが)常々麺通団はうどんの現在を扱うと語っている。これに対し、ただのうどん喰いの麺聖にとってうどんの現在とは食べることであってそれ以上でも以下でもない。ただ過去からは未来も予測できるし、直接体験できないから勉強するしかないが知ると楽しいし、不勉強な知識人やうどんやの言われなき攻撃からわが身を守ることにもなると思っている。
 で、気になったネタ三つを紹介。最初は「ぶっかけうどん」、琴平の俳句作家の合田丁字路さんがうどんの食べ方として、水や湯でさばかずに、丸い玉の上へしょうゆをかけてそのまま食べる、湯だめに続いて「第三はぶっかけである」と述べられ、竹系さんが「まことにそのとおりである」とうなづいている(微妙に名前が今とは違い順に、釜上げか熱い醤油、釜上げか湯だめまたは熱いざるのようなもの、醤油に対応するのでは思われる)。この間からネタにしている源内さんの本(麺聖はしつこいよ!)によるぶっかけの語源は源内の高松店(114BKの真東にあったらしい)のエピソードだが、源内の開業が昭和47年だそうだから(本に書いてある)常識的に考えて支店の開業(本に書いてなかったと思う)はそれより後になると思う。通の間で「ぶっかけ」は一般的呼び名(同じ話は昭和47年出版の『随筆さぬきうどん』にも掲載されている)だったようだから、源内さんの本によるぶっかけの語源から伝播したとしたらタイムマシンが必要になる?次は、昭和50年度の食糧庁のうどん用小麦粉のデータが引用されていたが、ゆでめん7,056トンで全国8位(H17年39,796トン)、いかに冷凍うどんが伸びたかが分かる。最後は当時の県庁による小麦の生産が減少した理由、値段のほかに「…昔に比べ田植え時期が早くなったので…稲作の準備期間が取れなくなる。…裸麦の方が収穫期が早く…小麦はどうしても六月にかかり、梅雨に祟られる心配が…」、こんな分析があるのに今回開発した夢2000はこれらの課題になんら答えていない。その意味では失敗作だと思うんだが。

 昨日の産経香川版「讃岐裏表」で県民一人当たりのうどんの年間消費量について、麺聖も何度か言及したことのある、県庁が平成10年に農林水産フェスティバル会場でアンケート調査した数値「男性310玉、女性149玉」を紹介している。この年間消費玉数今までいろんな数値が流布している、古いところでは朝日新聞の昭和50年4月10日付の新風土記412(『新風土記四』に収録)に「大手の製粉会社が、めん類用の小麦粉消費量をもとに、香川県民一人当たりのうどん摂取量をはじいた。年間三百八十玉、全国平均の三倍、と出た」とある。数はともかく全国平均の三倍はいい線ではないかと麺聖は思っているが、この玉数は永遠の謎でしょうか?「讃岐のうどんブームは、ここ十年余りの現象である」今の話ではない、「三十八年二月、高松駅構内に立ち食い店が開業した。それが発端になったようだ」と続く、こっちもかなり気になりますが! 


 2006年7月1日(土)  もう7月です、今年も半年過ぎました。明日は7月2日うどんの日、ところで今年の半夏生はいつだった?と国立天文台のページを見ると、太陽黄経100度は7月2日一致してます。昨年の夏は渇水の印象が強いのですが、7月2日は稀に見る大雨だった。6月末までで県内234玉、県外57玉食べました。
 
 別府君も触れていた「新・恐るべき讃岐ウ論」だが、頭が硬くなった麺聖は『恐るべき』と何をどうかけたらこの演題になるのかまだ分かってない。それより講師の方は、四国新聞の「一日一言」を長年執筆されていたとのことですが、麺聖が四国新聞を壁新聞より劣ると公言(広原じゃないよ)する原因となった、傍論ではあるが新聞を複数紙購読するのは無駄と述べたり(語るに落ちるとはこのこと共同通信から配信を受けてる四国らしいと言えばそれまでだが、ちなみに私は3紙購読している)、ハウステンポス破綻のとき行かないまま酷評した(自分で見て確かめて書くのがジャーナリストでしょ)、のもこの方なのでしょうか?
 
 「福井総裁の金融資産2.9億万円」重ねて言うが、問うべきは資質である。資産が大きいか小さいかで非難するのは間違っている。「庶民がゼロ金利で苦しんでいるのに…」違うでしょ、銀行が儲けているのは否定しませんが、住宅ローンを抱える庶民は恩恵を受けているし、預貯金も借金もない庶民は金利が高かろうが低かろうが一緒だ。テレビで辛坊さんも触れていたが、この問題の根底にはねたみとひがみがある。資産公開で私が注目したは彼の年金収入、これは公的年金なのか?もしそうなら世代間仕送り方式の年金なんだから、高額所得者や資産家に仕送りする制度は改めるべきと思うけど。 


 index.htmlに戻る