このごろ四  - 過去の部(04年10月〜05年3月) -

 これだけ続けば誰もブームとは呼ばないと思いますが、それにしても長いですね。本格的な更新はサボってますが、うどんにとって大事な出来事、感じたことは「このごろ」書いています。「うどんグルメの旅」はその辺に売ってある薄っぺらなガイドブックじゃないので、内容が古くなるということはありません。というよりそのあたりを期待されてる方々は薄っぺらな物をご利用下さい。
 多分不幸なことなのでしょうが、麺聖に追いつく人が現れません。追いつかれるまでサボろうかとも思ってしまいます?うどん以外の話のときもありますがお付き合い下さい。

もっと昔、2002年11月〜2003年3月はこっち、2003年4月〜2003年9月まではこっち、2003年10月〜2004年9月まではこっち、先の方、2005年4月〜2005年12月まではこっち、2006年1月〜2006年6月まではこっち、2006年7月〜2006年9月まではこっち


 2005年3月31日(木) 高松市との合併は牟礼町では再度否決され、庵治町では可決された。多くのマスメディアは合併賛成が正しく反対は誤りとの論調で報じているが、正誤を分けるのはどうも特例債の有無だけのようである。ホリエモンの行動に対して金がすべてではないと諭すが、自治体の合併ではお金が一番になるらしい。反対でしょ!
 そもそもマスメディアや町長が合併の正当性の根拠にしているのは、投票しなかった人5,696人、合併賛成4,970票、反対4,902票という実に分かりにくい民意である。
 今年に入ってうどんは通算、県内108玉、県外12玉である。


 2005年3月26日(土)  JALの事故が相次いでいるが、規模だけを追求した合併が何の効果を生まない見本のようだ。私は東京に行くときいつもJALの始発便を使っているが、不便でもANAに変えようかと思っている。東京便はもともとJASの路線だった、JAS時代はマイルも貯め易く使いがってもよかったのに。

 高松市との合併に牟礼町と庵治町の議会が反対した、善通寺市民である私がとやかく言う資格はないが、高松市の合併の究極の目的が四国州都のようなのでちょっとだけ言わせてもらう。なんでも増田とかいう高松市長の選挙公約は50万年都市実現だったそうな、高松市が自力で人口50万になれるはずないので、この公約は他の自治体への侵略宣言、地方自治の理念を踏みにじるものである。こんな人物を市長に選んだ高松市民は大いに反省すべきである。
 歴史をふまえた個性あるまちづくりを地道に行えないものだろうか?今のままではたとえ人口が60万人になっても州都の資格はない。香川県民の私だが将来選挙で州都を決めるときは松山市に投票することを宣言するし、ネットでも呼びかける。
 
 一ホームページ作者の麺聖は反対の声を上げたが、公共性があると自負しているらしいマスメディアは疑問点すら県民に提供できないまま、香川県農協の理事長に県庁OBがなることが決まったようである。
 農協の組合員でない麺聖は本来ならとやかく言う必要はないが、原因が夢2000なので声を大にして言う義務を感じた。そもそも夢2000問題での反省から新しい理事長を選ぶのである、なぜ夢2000問題では農協以上に反省が求められる県庁(県庁の失敗及び知事の自覚のなさについては「このごろ」に何度も書いてきたのでそちらを参照のこと)に人材を提供する資格があるのか?県庁だってトップをかえる必要があるのだから。
 そう言えば先日狂牛病の主犯を外国の大使に送り込むという国民を馬鹿にした事件があった。真鍋とかいう香川県知事はそこの高級官僚出身だ、農林水産省のDNAを受け継いだりっぱなOBということか?とすると(日本的意味の)リストラ以外に香川県の将来像を描けないのも、日本の農業や林業をダメにしただけの農林官僚として当然のことになる。こんな人物を知事に選んだ香川県民も大いに反省すべきである。

 春は人事異動の季節である。私の属する会社でも内示があった。大赤字の原因を作った人が規定の方針通り出世している。私に「つぶしてやる」と言った職業人の資格さえない人物も出世した。現場第一という指針は所詮建前、人事というのは顧客と真剣に向き合っている社員とはかけ離れたところで仲間意識に基づいて行われてるようである。汗水流して頭を下げて働き、成果をあげても、上に立つものの時勢に対する判断の誤りと保身のため、我々には給料カットの報いしかない。やはり早期退職を考えるべきなのだろうか?


 2005年3月22日(火) 京都検定2級の私である、当然三連休は京都へ行った。京都国立博物館では特集陳列(4/3まで)の宸翰を見た。歴史を知っているので、高倉天皇宸翰消息(仁和寺蔵)にはかなさを、大きな手印の後鳥羽天皇宸翰御手印置文(水無瀬神宮蔵)に剛毅さを、どうしても感じてしまう。
 夜まで時間があったので淀城に初めて行った。鳥羽伏見の戦いの舞台となったこの城も本丸の一部しか残っていない。天守閣復元計画もあるそうだが、淀藩は周辺に領地をほとんど持ってなかったはず、本当に町のシンボルになるのだろうか?そう言えばその町の生い立ちを忘れ城をないがしろにしてきた高松でも天守閣復元の話があるが、天守閣があるから城ではない、そこを勘違いしている。
 日が落ちてから東山山麓、花灯路へ出かけた。青蓮院から清水寺まで道ばたに行灯が設置され寺々はライトアップされる。秋のライトアップはつまらなかったが、今回の青蓮院はよかった。桜や紅葉のもとでは邪魔者だった人工光が今回は効果的であった。
 夜食は有名店でラーメンを食べた。残念ながらラーメンは何度も通いたいほどの味ではなかった。でも一緒に頼んだ唐揚げは量が多くてよかった(安くて量が多いのが第一ですから)。そう言えば他のラーメン店でも豪快な唐揚げを食べたことがある。露店でも売られているように、どうも京都人は唐揚げが大好きみたいだ。


 2005年3月18日(金) 今日の夕方、運転中ラジオ(MBS)を聴いているとアングルという番組で新聞記者とアナウンサーが自慢げにしゃべっていた。何でも讃岐うどんの取材に行ったとき、一日で八杯うどんを食べた、それが放送では二言三言、表に出ない取材ノートの量は何倍にもなる、これぞジャーナリズムだと。笑ってしまった。そんなん(一日に八杯食べるということを指してはいません)インターネットで発信するうどん喰いは普通に行っている。専門家が発信するインターネットと素人が発信するマスメディア、彼らは認めたくないのだろうが、現実となって久しい。


 2005年3月12日(土) 日差しが明るくなって来ました。みかんはいつもの年より一ヶ月くらい早くもう終わりに近づいています。
 香川県農協の理事長が夢2000不正表示の責任を取って辞めるそうです。トップの責任のとり方はいろいろあるでしょうがあれだけの事件だから辞めることも止むを得ないでしょう。ところで四国新聞の報道によると後継者に県庁からも候補者が上がっているようです、びっくりしました冗談ではありません。夢2000に関しての県庁の責任は監督責任でも道義的責任でもなく浮かれてしまって普及啓発の方法を誤った主犯そのものです。
 単なるホームページの製作者である麺聖でさえ事件が起こって以来「このごろ」において、県庁が「ブーム」便乗でうどんを食い物にしたことと、夢2000の不正表示の影響の大きさに鑑み知事の真鍋武紀君が辞めることを細々ですが求めつづけてます。一方公共性を持つと噂されるマスメディア(私はマスメディアが公共性を持つとは思ってませんし、うどん報道からその程度の低さも実証してきました)はそのあたりにはまったく触れません、問題意識がないのか、県庁からのお金が欲しいのか、どちらなんでしょうか?


 2005年3月7日(月) 雪の影響もなく土曜の朝、バーゲン運賃で東京に飛んだ。築地、混んでいるすし屋に目もくれず有名だがすいている「たけだ」のマグロのほほ肉のバター焼きを食べ、新幹線で、金箔を使っていないと最近話題になった光琳の紅白梅図が展示中の熱海のMOA美術館へ行った。風神雷神図(宗達)を置き換えると何故こうなるのか?丸亀京極家ゆかりの仁清の茶壷もあったが、翰墨城が展示してあったのがラッキーだった。
 日曜は朝8時前に勘三郎襲名披露の幕見席の列に並んだ、歌舞伎に徹夜で並ぶ人はいないとの前夜の築地虎杖のお兄さんの言葉どおり、列が延びだしたのは9時過ぎからだった。並んでた間、たまたま剣客商売を読んでたが、口上にはモデルになった(はずだった)又五郎も出演していた。
 東へ西への修業の旅、体には負担がかかるが、今の生活は悪くない、この麺聖の修行の成果に敬意を払わない社長か副社長の間違った考えで本社へ異動になったのが2年ほど前、1年で営業所に戻ったのは正解だった。「お前をつぶしてやる」私にこう言った勘違いも甚だしい本社のエリートがいたが、そんな人を出世させる会社もいまや末期症状、いやそんな人ばかり出世させてきた報いで今の危機があるのか。
 上京中東京麺通団にも寄った、うどんは延びかけ、かろうじて及第点。ところでうどんを注文する前に少し飲もうと焼酎湯割を頼んだら「席で待ってて」、悪い予感がした、待つこと6分26秒、忘れられていた。店員はしきりに恐縮していたが焼酎くらいその場で渡す方が簡単と思うが。


 2005年2月28日(月) 特許庁が今国会に「地名プラス商品名」で登録可能な商標法改正案を提出する。業界団体が申請することを想定してるそうだが、讃岐うどんは登録可能だろうか、どこの団体が申請資格を持つのだろうか?少なくとも夢2000問題で讃岐うどんを貶めた、(言葉がきつければ改めるが)ゆがんだ愛情がある香川県庁やJA、生麺組合などを構成員とする団体の申請は却下してもらいたい。

 2月博多、東京と修行したため京都へ行ってなかった、京都・観光文化検定2級の私としてはこれではならぬと週末行った。土産物屋をのぞくとNHK大河ドラマ「義経」を当て込んだ土産があふれていた、そういえば昨年は新選組ののぼりが林立してたっけ、関連のもうけがNHK(関連会社)に上納されるわけだから公共性も怪しいものだ。大河ドラマを国民的関心事のようによそおうと刷り込まれた善良な県民からは「屋島の観光資源は源平合戦だけではないと思いますが、大河ドラマで取り上げられるのは何十年に一度のことです。このビジネスチャンスを活かせなければ、民間企業では降格ものです。」なんて知事メールが来る。もともと受信料対策である大河ドラマに踊らされて翌年以降ゴーストタウンとなった町をNHKは公平に発信すべきである、そこには観光のヒントが詰まっているはずだから。
 昼は京都らしいオープンキッチンのグリル冨士屋でオムライスとハンバーグという洋食の王道を夜はめん馬鹿一代でねぎラーメンを食べた。
 今年に入ってうどんは通算、県内75玉県外10玉である。


 2005年2月21日(月) たまたま雑誌(FLASH)を見てると小泉首相の手相は生命線と知能線の始点が離れた、大胆で周囲を驚かせる発想と行動力を持つものとあった。実は私も同じ手相なので手相占いもいい加減なものになる。私のこの手相母方の祖母からの遺伝のようで、従姉妹も同じである。

 週末またJALのバーゲンフェアを利用し東京へ行った。東京国立博物館で藤原光能像を見た。神護寺の国宝の似絵三幅のうち京都国立博物館に出品されている源頼朝像と平重盛像は5月初めの虫払いに寺に帰るが、東博の光能像は帰らない、ガラス越しとはいえやっと見られた。期間限定なのでどうぞお早めに!
 土曜日は築地で三食とも食べた。朝食は高はしのあんこう煮、昼食は中栄のインドカレーとハヤシのあいがけ、夕食は虎杖のカレーうどんだった。品達へも寄ったが日曜にもかかわらず、なんつッ亭以外は空いていた。

 連日ライブドアとフジの争いが報道されている。私に言わせれば、株式を公開する意味を分かっていなかったフジの会長なんか自分で無能な経営者と宣伝していることになる。こんな人たちが言論の自由としたり顔に話すのを聞くと、堀江さんやその背後の意図はともかく、言論の自由の価値も落ちたものである。会社は株主のものであり、株主こそ社員である、従業員は当然ながら使用人にすぎない。上場する以上外国人が株主になることも敵対的買収も今の株主が許す限り避けることは不可能である。


 2005年2月16日(水) 昼にローソンに寄ると初代うどん王のラーメンとのコピーで「讃岐らーめんはまんど」のカップ麺が売られていた、話の種に買ったが高かった、もったいないので、とりあえず食べずに飾ってある。

 恐るべきをパクったセシールの讃岐うどんの頒布会を覚えてるだろうか?そこにはうどんに対する愛情のかけらもなかった。今日の新聞各紙が報道しているように、セシールがカレーに続く不祥事である、有名店の名を騙った餃子を売った責任を取り食品頒布から撤退することを決めた。畑違いの食品分野での品質管理の負担が大きいので撤退すると言い訳していたが、セシールがカタログだけ作って後は丸投げとは知らなかった。名前を借りる有名店の餃子と、商品のとの食べ比べを開発の時したと思うけどそれにさえ関与しなかったのだろうか?
 パクリと言えば先日(月曜日)何気なくテレビを見ていたら、3月に讃岐うどんをニューヨークで提供するイベントが催される予定で、そのメニューの撮影があったことを報じていた、そのことは別に反対すべきものではない。ただ、そのうどんがあの「讃岐うどん大使」で讃岐人のへらこさを遺憾なく発揮した将八のだと知ったから、気の毒だがイベントも胡散臭くなった。嫌みついでに言えば写真撮影に使われたうどんがアップになったとき、干からびてまずそうだった、こんな時こそNHK得意の引いた映像で対応すべきなのに。


 2005年2月13日(日) 自慢じゃないが私は一眼レフカメラ(デジタルでない)を四台持っている。でもうどんの写真を撮り始めたのは80万画素のデジカメを8万円くらいで買ってから、その後デジカメは200万画素、500万画素と進化した。
 吉野家の牛丼復活にもかかわらず、三連休は久しぶりにうどんツアーに専念した、と言っても一日2軒4玉、計6軒13玉だけだけど。県内のうどん屋を全店制覇するには4年くらいかかる、計算通りだと3周りはしているはずだが、デジカメ以前で二度目は敬遠したい店とか、たまたまカメラを持ってなくて写真を撮ってない店が何軒か残っている、行こうとは思ってるが新店ができるしなかなか足が向かない。
 綾歌の32号バイパスから農免道路を経て東へのツアー途中に異様に混んでいる2軒のうどん屋があった、巡礼者の評判はいいようだが複数回行っている麺聖の評価は低い、ひょっとしてその後味が向上した?と食べたが、好みと言えばそれまでだが、期待はずれ、なぜ流行るのか分からない、場所?安いから?三連休の収穫は定食が魅力的な「かもん」と「嵯峨野」の打ち込み。「ブーム」にかげりが見えるというのが嘘のように宮武には行列があった。


 2005年2月6日(日) 週末博多へ行って来た。このごろの読者の中には麺聖は毎週どこかに行ってるとうらやましがる人もいるが、毎週ではないし、これはこれで修行の一環いろいろと大変なのである、特に年を取るにつれたくさん食べられなくなったのが辛い。何故博多?と聞かれたが、自分でもよく分からない。金印、屋台、博多ラーメン、ラーメンスタジアムなど選択の理由はいろいろあるが、しばらく行ってなかったからだろうか。
 博多の街を歩くとやはりうどん屋が目立つ、人口も多いから24時間営業の店も複数ある。偶然昔食べたことがある昔そのままの店の脇を通ったので寄ってみたらやはりふやけた太いうどんだった。博多にも讃岐うどんが侵出しており地元の製麺組合はいろいろ対抗している、その一つが、博多一古いという製麺所が始めた付属のうどん屋春月庵である。ここのは伝統的博多うどんとは少し違っていた。
 この他昨日は聖一国師(京都の東福寺の開山でもある)ゆかりの承天寺で「饂飩蕎麦発祥之地」碑を見、市博物館で「漢委奴国王」の金印(想像していたよりずっと小さかった)と黒田節の槍を見、呉朝明のラーメンを食べ、屋台で飲んだ。今日は日本で4番目に古いという西光寺の梵鐘を見てキャナルシティのラーメンスタジアムに行った。半数が入れ替え中だったので特にそう思ったのだろうが暗かった、もはやラーメンテーマパークというビジネスモデルは終わってしまった。
 人の生き方はいろいろあるが、好きなことを好きなようにやり、嫌なことはイヤだといい、理不尽だと思ったことは自らのサイトで発信する今の私の生活スタイルは、友人に言われたようにある意味「勝ち組」なのかもしれない。もっとも日本経済やそれぞれの企業、組織の苦悩はこんなわがままな人々を掌握する共通の目標や価値観を持てないことにあるのは間違いないが…。


 2005年1月30日(日) 西讃の善通寺市に住む麺聖です、どこかで話題になってましたが、私の意識の中では善通寺市は西讃です。香川県は文化圏では土器川で東西に分かれますし、松平領の東讃に対しての京極領の西讃はポピュラー分け方、こんな心理が働いています。4等分(小豆郡を除く)するときは電話の市外局番と同じで善通寺市は中讃になるでしょう。東、中、西に分けるときはいろいろな考えがあり難しいのですが、旧郡をバランスよく大川・木田、香川・綾歌、仲多度・三豊の組み合わせで分けるのでしょうか?こうして見ると香川県を乱しているのが、高松市の覇権主義になります。
 
 「ほとんどどこもASWの濡れ衣を晴らすキャンペーンや施策に力を入れていない。どういうつもりかなあ。そういうつもりなんだろうけど」、「地域のマスコミの皆さん、もしできるなら『夢2000騒動』のその後の実地取材に行ってみてくれませんか?うどん店だけでなく、バスツアー関連も。何か大変なことになりつつあるかもしれませんから。ブームに乗れなかった組はほくそ笑んでいるかもしれませんが、香川県全体としては放っておくわけにいかんでしょう(「団長日記」1/24付)」、「誤ったブランドイメージをもとにしたマーケティング戦略を取ってきた県やJAの方針が一番の問題じゃないですかね(「さぬきうどん 食べ、歩き」の掲示板1/28付)」。
 田尾団長の日記を発端に夢2000問題が再びネット上で話題になってる、麺聖は警鐘の意味も込めて「ブーム」を衰退に向かわせるのは行政と夢2000であると常々書いてきたが、残念ながらそうなってしまった。夢2000の「夢」は(不幸なことだが)うどんを愛する香川県民の夢ではなく、真鍋知事の功名心とそれを利権拡大の好機と利用した県庁及びJAのとりまき連中、ブームに乗り遅れて焦っていたさぬき麺業の香川さんを初めとする製麺業者、これら讃岐うどん全体の将来を考えられない自己中心的な人たちの夢だったことが判明し、はかなくも消えてしまった。
 讃岐うどんの今後のためには田尾さんの言うキャンペーンや施策も大切だろうが、出直しのためにまずこれら関係者がお辞めになることが責任ある立場の人たちのけじめの付け方だと麺聖は御助言申し上げる。マスメディアが県庁の御用聞きで力にならないことは過去の報道が示している、うどんを愛する皆さん、地道にうどんを食べ発信しませんか、田尾さんも、食糧費問題の張本人の副知事に県庁の非常勤職員(情報発信アドバイザー)になったと喜ばれる関係から脱皮して、頑張って下さい!

 今日は久しぶりに徳島へ行き、舩本末広店の鳴門うどん、春陽軒で徳島ラーメンを食べました。ということで、香川県内で食べた讃岐うどんは17軒34玉のままです。


 2005年1月23日(日) 週末バーゲン運賃を利用して東京へ行った。簡単に言うと築地市場名物(?)の牛丼を吉野家、江戸川、きつねやで食べ、東博の唐招提寺展(堂内空間の再現が成功しているとは思えない)を見て、浅草の観音さんにお参りをして帰ってきた。新横綱が誕生する日と選んだ相撲はただの消化試合になってしまったが。
 麺は、東京に行くと足が向く築地は虎杖のカレーうどん、2時間待ちの店もある品達7軒のなかで待たずに入れたきびの支那そば、改装された高円寺さぬきや、いつもの西新宿麺通団、朝10時に開いていた浅草はなまる、で食べた。
 前から仲が悪かったNHKと朝日が、『朝日新聞虚偽報道問題』で電波や紙面を浪費して(受信料と購読料返せ!)互いに相手を攻撃している。この両者うどんに限ってもブームに便乗した不適切な番組(紙面)を作ってきた。個人のウェブサイトより質が落ちるくせに言論の自由を担っていると過信しているマスメディア、事実さえ正確に伝えられないのだからその退場の日も近い。
 年末からずっと風邪(だと思う)をひいていて、本業の方は今日まで12軒24玉相変わらず一日一玉のペースのままである。


 2005年1月11日(火) 新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 ちょっと油断している間に今年ももう10日経ってしまいました、しつこいと言われても昨年に引き続き遠慮せずに書こうと思っています(更新もするぞ!と気持ちだけは持っています)。自分でも昔からしつこかったと思いますし、枝葉末節、重箱の隅は大好きでした、というよりだからこそ今の麺聖があります。
 田尾団長が『正論や本音を吐いただけであちこちからアレルギー反応が出てきて(1/5団長日記)』なんておっしゃってますが、「うどんの人」から脱皮を図ろうとしてるからかと思います、その証拠に麺聖には抗議も嫌がらせも何も来ません、ただのうどん喰いにあれこれ言っても仕方ないことを皆さんよくご存じのようです。まあ不勉強な行政やマスメディア関係者は麺聖のホームページなど読んだことはないのでしょう(読んでたらもっとましな仕事ができるはずです)。うどんネタだけでこれだけマスメディアや行政のしょーもない行為があるのですから、全体ではいかほどと思いながら、うどん喰いが安心してうどんを食べ続けられるよう、当分このスタンスでいきます。
 今年に入って、まーさん道で八重山そば、ひさごで茶そば、第一旭でラーメン、道頓堀極楽商店街平壌冷麺屋の冷麺、今井できつねうどんと食べましたが、うどん喰いと偉そーなことを言ってる割にうどんをほとんど食べてないことに気付きこれではいかんと昨日今日と昼にはしごしました、年末に空いていた宮武も昨日は行列がしっかりありました。今日までで7軒14玉オプション7ツ、かろうじて一日一玉(2005年県内)を達成しています。


 2004年12月30日(木) 回顧続き、うどん 
 今年も県内では大方の予想に反し新規店の開業が続いた。一方「ブーム」に乗っかかっただけだった首都圏のさぬきうどん店はどんどん閉店している、また関西圏では「ブーム」にならないうちに終わったようである。
 県内外を問わず次世代を担う若者が力をつけつつあるのは収穫。ただ経験に乏しい若手が個性を発揮する前に我流に陥らないようなシステムがあればもっといいのだが。あとは昔ながらの一般店にはもう一段レベルアップを願いたい、安易に夢2000を頼り差別化を図っているようでは駄目か。
 
 知人(県庁職員)から最近の『このごろ』は県政批判でおもしろくないと嫌みを言われたが、悪いことしているのは県庁なので苦情はそっちに言ってもらいたい。おもしろくなくてもうどん界の今年最大の議論すべきテーマは夢2000であり、結果として真鍋知事の責任追及となる。
 「香川県は全国的なさぬきうどんブームに乗り『さぬきの夢』ブランドの普及を急ぐあまりに、肝心なうどん作りの現場(市中のうどん店)の声を理解していたでしょうか。行政の旗振りだけが先行した結果ではなかったでしょうか。県農協からの委託先、再々委託先の認識の甘さを問う声がありますが、私はその前に県当局の取り組み姿勢にこそ甘さがあったのではないか、と問いたい気持ちです。」、この質問は麺聖が作ったのではない、公開(香川県庁のホームページ)されている知事に宛てての県民からのメールである。
 チェーンメールのとき同様に知事ははぐらかした。こういう正当な意見に対して真鍋君は「県庁の行動指針」すら守れないようで、説明責任を果たす意思も自らの責任を認める勇気もないようである。マスメディアも同罪だが、いまだに不正を行った農協と県庁との取引を中止する(せよ)との発言は聞こえてこない。「昔ながらの讃岐の小麦で作られた『さぬきうどん』が食べたいという県民の願いに応える」と回答する知事の言う「県民」が農業団体及び一部業界、つまり真鍋君は熱烈な支持者の利益のためにうどんを利用した、との幻覚、妄想が麺聖の頭の中でどんどん広がっている。

 今年も一年ありがとうございました。いつまでたっても更新できませんが、来年こそはと思っております。皆さんよいお年を!


 2004年12月28日(火) 土曜日昼頃、宮武の前を通ったら行列がなかった、速攻寄った、席も空いててすぐ食べられた。みんな田尾さんのサイン会に出かけたの?大将によると先週くらいからこんな状態だそうである。
 一昨日朝一の高速バスで松山へ向かった。乗客は私一人だった、誰も乗っていなくても運行するそうだ。大宝寺本堂を見、路面電車に乗り、椿の湯につかり、マツケンサンバを見て帰った。
 12月は歌舞伎座での「勘九郎」最後の舞台、国立競技場のラグビー早明戦、南座の海老蔵の襲名披露、サンポートホールでのBEGIN、愛媛県民文化会館の松平健を見た。
 だいたい大慧宗杲墨蹟(畠山記念館)、三重塔伏鉢(談山神社蔵)、十輪院本堂、大宝寺本堂を鑑賞したのと対応する。これを麺に置き換えると築地の虎杖のカレーうどん、池袋うちたて家、虎ノ門の沙門空海、南座隣松葉のにしんそば、大阪麺通団後のめんちゃんこ亭、拉麺築港の六角家、道後の大黒屋のぶっかけうどんとなる。


 2004年12月23日(木) 『団長の事件簿(西日本出版社)』を読んだ、おもしろかったけど残念だった。題名が『田尾和俊の文化人講座』だったらこうは感じなかったろう。いろいろ評価はあると思うが、麺聖は田尾さんにもう一度うどんに正面から向き合ってもらいたい。
 うどんを食べずに語る識者たちを追い越し、「うどんについては麺通団に聞け」と言われるようになりたい、と語っていた頃の情熱を取り戻して欲しいと思っている。田尾さん、もう一度客のプロに戻りませんか。


 2004年12月21日(火) 12月に入り、新聞には回顧という欄が目立つようになった。私も今年一年を振り返ってみる。まずは台風、我が家は木が折れ、瓦が飛んだだけの被害ですんだが、香川県は安全という神話は文字通り神話となった。
 次に趣味の国宝巡り、累計で400をだいぶを越えた、制覇まであと600ちょいになった。この前披露した国立博物館で開催された展覧会以外にも大英博物館展、東山魁夷展、南宋絵画展、栄光のフランドル展、横山大観展、祈りの道展、四川文明展、RIMPA展、マティス展、興福寺国宝展、普賢菩薩の絵画展、中尊寺展、永世文庫の国宝展、秘められた黄金の世紀展、金刀比羅宮のすべて展、大兵馬俑展等々見たが、秀逸だったのは京都国立博物館の古写経展と根津美術館の南宋絵画展だった。
 最後、食べ歩きは新潟四大ラーメン、須崎鍋焼きラーメン、徳島ラーメン・鳴門うどん等に行った。食のテーマパークにも出来るだけ行ったが、昨年全国を席巻したラーメンテーマパーク開業ラッシュが一種のファッションに過ぎなかったことが暴露された、今年は完全に落ち目になっていた。ナムコはなんばのプリン博や神戸のスイーツハーバーと女性向けにと方針を転換したようである。ちょっと遅れてブームに便乗した理念もテーマもないラーメン店6軒を集めただけの高松拉麺築港は来年どうするのか?


 2004年12月9日(木) 「散歩好きの永井荷風が…『山師の玄関』…『実態が伴わないのに外観を飾り立てること』…豪華そうにみえる土産物でも、上げ底はその部類に含まれる」と今日の一日一言は始まった。やっと一言子さんも夢2000の上げ底キャンペーンに気付いたのかと安堵…違った。企業の不正に話が移り「被害者でもある生産農家は頑張っている。彼らの不安解消こそ『夢2000』の新たな一歩になる。」と結んでいる。これは県庁の税金投入への援護射撃である、一言子さんの目には消費者は映っていない。
 昨日の県議会で、11月のお土産うどんの売り上げが前年比1〜3割減少した旨の報告があったようである(一日一言は製めん業者、地域総合面はうどん製品、読売は製めん業界での「さぬきの夢」うどんの売り上げ、と少々表現が異なり事実未確認)。いわゆる「ブーム」に便乗して開店した東京のうどん店は次々廃業している、今「ブーム」は下り坂、県外客の割合が高い通信販売なんかを含めると前年と比べて売り上げが減るほうが当然な気がする。どこまでが不正表示の影響なのだろうか?適当な数字を一人歩きさせて業者救済に税金を注ぎ込もうとする県庁の作戦と見たが如何?県庁と二人三脚で歩む四国はともかく、数字の検証もせず、何故こんな問答を県議会でわざわざしたかの意味も考えずに記事にしたのであろう読売も愚かである。


 2004年12月2日(木) 県庁の広報誌12月号に「『夢2000』は、さぬきうどんを地元の小麦でという悲願から誕生しました」とあるが、麺聖が問うているのは誰の悲願なのかである。真鍋君か?農協か?業界か?ここに答えないとこの問題は解決しない。「『さぬきの夢2000』は、県民の思いがかなって育成された小麦ですので、今後も県民の皆さんのご理解と温かいご支援をお願いします。」、県民の思いじゃなくて、利権拡大を図りたい県庁の思いでしょ。
 ところで、うどんにお金を払う消費者は大きく3つに分類できる。うどんやの客、他人にお土産うどんを贈るために買う県内客、自分が食べるお土産うどんを買う県外客。今回の不正表示では売り上げに影響が出ると心配する関係者の声が多く報じられたが、現実はいたって冷静でうどんやの客には何ら動揺も影響を及ぼしていない。他人にお土産うどんを贈るために買う県内客が大半を占めるお歳暮においても「今のところ商戦への影響は見られていない(朝日12/1)」ようである。最後の自分が食べるお土産うどんを買う県外客の動向はどうなってるのだろうか?
 団長日記(麺通団公式ウェブサイトの11/30)を読むと夢2000に対して、長らく傍観者であった団長もここに来て、反「夢2000キャンペーン」陣営に参陣したようで、行政やマスメディアからの抗議や嫌がらせを受けないかと日々不安に思いつつ夢2000を取り巻く不透明さを追求してきた麺聖にとっては心強いものがある、なんてったって田尾先生は県庁の情報発信アドバイザーにして四国新聞の客員論説委員なのだから。
 その団長も触れた一日一言の「JA香川県による半生うどんの不当表示が発覚した直後、同協議会所属のプロジェクトチームの会合が開かれた。『豪州産小麦でも、おいしいうどんができることを宣伝してほしい』『夢2000は扱いが難しい』。席上、うどん業界のメンバーからポロリと出た本音にマスコミが群がった。」、麺聖も団長とは違う点でここに違和感を感じていた。一言子さんが高飛車になって、他のマスコミはいざ知らず自分はASWの実力も夢2000の欠点も当然知っていた、何を今ごろ言ってんの、そんなの分かって夢2000を応援しているのだ何が悪い、こう言っている気がしてならなかった。一言子さんや四国新聞が何を応援しようと(中立が要求されるテレビじゃないので)勝手だが、読者が応援するか否かの判断材料くらいは正しく提供する必要があるはずだ、四国新聞も他のマスコミも夢2000が開発されたときも今回も騒いだだけでなんら適切な情報を提供していない。
 今回の不正表示、実行犯の業者は言うまでもなく悪い、でもそこだけに責めを押しつけてはならないのはもちろん、(別府さんは夢2000に対する団長の言い過ぎを懸念していたが、麺聖はある程度の揺り戻しは必要と思っているが)建設的とは言えないASWと夢2000の争いや「ブーム」に乗った田尾先生の恐るべき派の店と「ブーム」に乗り遅れて起死回生を謀る真部先生のうどん研究会派の店の争いに矮小化してもいけない。あばくべきは我々の愛するうどんをもて遊び、税金を食い物にした県庁、農協、業界のあぶない関係なのだから。


 2004年11月30日(火) 不正表示で揺れた一ヶ月だったが、私の周りでは特に話題になっていない。 普段うどんを食べる消費者は、おいしいうどんが食べたいだけで、お土産うどんがどんな粉で作られようが関係ない、当然憤ってなんかいない。麺聖はマスメディアが何故論点のずれた報道をし「未完成の県内産小麦を強引に後押しする県の姿勢が事件を引き起こした」とはっきり伝えないのか不思議だったのだが、このように東京新聞が報じたのを見ると県庁や農協と癒着した記者達の怠慢と談合の賜だったようだ。
 麺聖はヤフーの掲示板で知ったくらいだから東京新聞の特報「さぬきうどん 『不正表示』で戸惑う現場(11/28)」に特別な関わりはないのだが、「良い物混ぜて事件になった」、「乗り遅れ組の起死回生策に」など、麺聖に代わって書いてくれた気がした、一度読まれることを!取材も適切、公平である、なかでも県庁の夢2000のPRパンフレットに対する開発者の多田さんの「『自分もどうかと思う』と首を傾げる内容だ」はいい。
 これだけ出来がよすぎると、本当に香川県にゆかりのない記者が「讃岐路を歩いた」だけで書けるのか?と疑ってしまう。それに別府さんも書いて(「さぬきうどん 食べ、歩き」の2004.11.30のTopics )ましたが、他は実名なのに何故か匿名で登場する「ある高松市議」のような立派な議員さんが実在するなんてとても信じられない(一応誉めているので実在してたらごめんなさい、その場合はもっとうどんについて語るべきである)、どこかに優秀な指南役がいる気もする。
 この記事を書いた東京新聞の記者と、的外れな「追跡 県農協の讃岐うどん不正表示(11/14)」を書いた四国新聞の3人の記者さんとの1対3での交換トレードを四国新聞にお勧めしたい。
 (と、ここまでは昨日ほぼ書き終えていた、今朝の四国の一日一言を読み怒りを感じ少し付け加え手直しした。)四国新聞の報道が消極的なのが気になっていたがやはり県庁と通じていたのか、今日の一日一言は巧妙な提灯持ちである。県庁が夢2000使用の「こだわり店」の認証を延期したことに関連して「多種類の小麦のなかで何を使うかはうどん店次第。豪州産小麦を否定するものでも、『夢2000』の使用を強要するものでもない。多くの人たちの努力で誕生した県産小麦を純粋に応援しようとするのが、協議会、ひいては県のスタンスだったはずだ」、「悪いのは不正表示」、「『夢2000』のブランド化を推進する立場にある協議会がここで足踏みするのはどうだろう」と述べている。不正表示が悪いのは当たり前である、純粋だったらこんな問題は起こらなかったのである。県庁の誇大広告に群がり夢2000を誉めASWを否定するかの報道をしたことや夢2000に莫大な税金をつぎ込んでいることをすっとぼけ、県庁を批判するふりをして、県庁のための記事を書く、不純の塊である。追跡の記事もそうだったのねと納得した。お土産うどんを売りたいのなら、品質で遙か前を走る稲庭うどんに追いつく努力の方がずっと大切だと考えるが、それが出来ないから「ブーム」便乗のブランド化を目指した?だから急ぐのか。
 「睡眠時間を削ってまでうどんを打つ店主もいる」、「うまいうどん作りに没頭するうどん店もある」と一日一言はしきりに情に訴えようとしているが、こんな事例ASWを使っているうどんやにだってある。どうせ情緒的に書くのなら 、東京新聞の「前出の市議は『客がネギを切ったり汁を注いだりするのは、貧乏くさくて他県の人に知られると恥ずかしいと昔は思っていたが、観光客から見ると、そんな遊び感覚と、うどん一玉百円以下という庶民的な値段で受けている』として『さぬきうどんの人気は、ブランド化とは一番かけ離れたものだ』と言う。」、こっちがいい。


 2004年11月28日(日) うどん以外にも県農協の不正表示がぼろぼろ出てきた。真鍋知事が県農協と取引を止めると言った話はまだ聞こえてこない、さすが知事!県庁の行動指針の『県民本位・地域本位』に加えた「農協本位」、官僚時代からの農協を助けるという『目的意識』を持って仕事に取り組んでいますね、あとはスピーディーだけですか?夢2000を売り出すのに行政の後押しも支援も不必要である、一方企業のモラルに頼れない実状では食品の監視等は行政の積極的な関与が必要である、まあ自由放任の夜警国家でも国防や治安は必要だからね。
 週末、山越、谷川に(当然他にも行ったが)行った。昨年、今年と新規開店が相次ぎ人気穴場店に行くのは久しぶりの気がする。ちなみに山越で数えた31台のうち20台が県外ナンバー、谷川は開店時に70人ほどの行列、相変わらずの人気である。 
 紅葉が美しいこんぴらさんの「金刀比羅宮のすべて展」(12/12まで)に行った。今まで何故か機会がなかった「金毘羅祭禮図屏風」を見た、これこそが大阪万博以降に名物になったはずの讃岐うどんを、元禄時代(江戸中期)から名物だったと強弁する唯一の物証になっている。11月15日の記者会見で不正表示に関連して真鍋知事が「昔の文献(注:多分「和漢三才図会」)に、小麦は讃岐産(注:丸亀ノ産だったはず)を上とする」とあると述べたが、このあとは「饅頭トナシテ色白シ」と続き、関東及び越後の小麦がいわゆるお土産うどんに佳しとの結論だったはず。歴史とか伝統とかは所詮そんなもんである。
 奥書院の花丸図の前で人が途切れたときに座って鑑賞しようとした私に、ガードマンさんは混雑すると冷たかった、ボランティアさんは越前守、筑前介とかの介を読むことすらできない不勉強さ、とても後味が悪かった。


 2004年11月21日(日) たまには気分を変えて。団長のように観光マネジメントの現地取材でもなんでもない、ただの観光で京都に行って来ました。高台寺の夜間拝観には初めて行きましたが、がっかりでした、何を見せたいのかまるで分かりません、凛とした池に写る夜のたたずまいでしょうか?運営が下手です、少なくとも境内に一時に入る人数を制限すべきです。栗林公園のライトアップの方がずっと落ち着いていて、きれいです、ブランド力が違うと言えばそれまでですが。
 秋の観光シーズン、とにかく人が多かったのですが、目的だった京都国立博物館の「古写経−聖なる文字の世界−」展は空いてました、今年度東京、京都、奈良の3国立博物館で開催された、高野山展・万国博の美術展・中国国宝展、南禅寺展・神々の美展、法隆寺展・新羅展、正倉院展のなかで一番人の入りは少なかったみたいです。でも一番よかった、お経にも書にも興味がない私ですが、写経者の思いが、時空を越えて伝わってきました。文化の日にも書いたように実は2回目だったんですが、いいですね、じっくり見られました。私の推薦では信用できない方には日経17日の文化欄「じんわり響く奥の深さ」を、28日までですのでお早めに!
 紅葉は遅れ気味です。それでも京都は車がいっぱい、バスも遅れるし、時々乗れません、真剣に市電の復活を考えるべきなんでしょうね。


 2004年11月18日(木) このごろ、いつも毒を吐いているような気がする。
 どこからも「さぬきの夢2000」の不正表示事件についてのコメントを求められないので、また書こう!
 ネット上で、うどん好き、かずさん(讃岐うどん王国)、蓮見さん(All About うどん)、別府さん(さぬきうどん 食べ、歩き)は、概ねASWと夢2000の共存による讃岐うどん発展を求めており、夢2000にも好意的である。
 今回の事件の原因“作られた讃岐うどんブーム”の主役の田尾教授が11月16日の団長日記に、問題点をほぼ的確にまとめられてたので、麺聖は、納得できないことを、一つだけ述べよう。一企業が開発、販促をするのなら当然である、何も言わない、でも夢2000は我々の税金を県庁が使っているのである。本当は誰の要望で、どれだけ税金を使い、どこに補助金をばらまき、結果誰が利権を手にしたか、そのあたりをちゃんと説明し県民の承認を得るべきである、少なくとも私は県民の一人としてそんな説明を受けた覚えすらない。
 不正問題を受けてブランドイメージ回復策を話し合う(本当においしいうどんについて話さずイメージを話し合ったのならうどん好きを見ていない証拠)県庁の検討会で「悪いのは不正表示。めんにまで風評被害が及ばないようにする必要がある(11/19朝日から、以下同じ)」と北川先生がおっしゃったらしいが、夢2000<ASWを、夢2000>ASWと不正表示したことがそもそもの誤りであり、たとえ不作為であろうとそれに加担した人たちの会合で「豪州産小麦を使ってもおいしい讃岐うどんだときちんと宣伝すべきだ」とか「『さぬきの夢』でないと讃岐うどんでない、と思われるのは残念」などは何をいまさらの議論である。「手打ちうどんの店主が『さぬきの夢』でうどんを作るのは難しい。講習会の回数を増やし、作り方を広めて」まで読んで、自分で修行せー馬鹿もん、このままでは讃岐うどんの将来は真っ暗である。


 2004年11月16日(火) 「適正表示を率先すべきJAの不正は本当に残念(日経11/16こだま、次の引用も)」自分を棚に上げるこの無責任な発言の主が真鍋香川県知事である。「長期的には夢2000の味が評価される」じゃあ95パーセントの讃岐うどんを見捨てるの?この真鍋さんもこないだの真部さんと同じようにうどんより自分の名誉なんだな、たまたま自分が知事の時に「ブーム」になり、たまたま夢2000が世にでた、それだけのことなのにどうして手柄にしたがるの、そんな姿勢がうどんを滅ぼしかけている。
 真部会長には実績があるから責めるのは酷な気もするが、真鍋知事にはそれもない。このままでは、税金で機会を作っては女性と写真を撮りたがる、言葉はもっともらしいが中身はなく丸投げするおまけに無責任と、どっかの国の宰相の縮小コピーである。
 夢を追うことは否定しませんが…麺聖はおいしいうどんを腹いっぱい安く食べたい!


 2004年11月14日(日) 不正表示について言いたいことはあらかた書いたと思ってたら、「関係者が長い時間をかけて文化を作り上げてきただけに残念。過激なブームが問題を引き起こした面もある。(毎日11/14うどん文化をこどもたちへ)」こんな発言をする化石のような人がまだいたので、書かねば。麺聖がうどんグルメの旅を始めたのはこんな学者、文化人、評論家にどこか違うと感じたからである。彼らがうどんを誤った方向に導いていた。発言の主は真部さぬきうどん研究会会長である。うどんを食べることを文化と呼ぶかどうかは別にして、関係者が作り上げたという認識が最大の間違いでありおごり。おいしい、まずいと事あるごとにうどんを食べ続けた県民みんなが、「関係者」を鍛え上げ作り上げたのが今の讃岐うどんである。麺聖は真部さんらの活動の全部は否定しない、いいこともしてきた、ただあまりに文化の面を強調しすぎて、現実にうどんを食べている大勢の人が存在することとそこには儲けという経済活動があるということへの理解がなさすぎた。それが、かってのさぬきうどんの低迷を招いたのである。「今のブームは作られたブーム。それに踊らされて不まじめでいると、いつしかしっぺ返しを食う。(四国11/14追跡)」を併せて読むと、田尾教授を非難しているらしい、真部会長は長年活動していた手柄を田尾教授にさらわれたと思っているようだ、これについては麺聖の理解では、田尾さんはブームの仕掛け人みたいな扱いをされており本人もある意味利用しているようだが、事実ではない。今までに何度も書いてきたが、従来のうどんやのうどんに満足できなかった人たちがあちこちで自然発生的に穴場を探しそれがITなどで結びつき大きな動きとなったのである。この動きに対する非難であれば、おいしいうどん求め食べ歩いてきた一人として許さない。マスメディアによる金太郎飴的な報道の中を我々は穴場に行けなくなったと嘆きながらもうどんを食べ続けてきた。この「過激」な「ブーム」を作り悪のりしたのは、県庁、農協、業界団体等の「関係者」自身である。「ブーム」になったはずがさっぱり売り上げが伸びない穴場以外の業界は、今さら穴場店を作れないし、うどんやでは限界があるので、一気に挽回しようとお土産うどんの分野で県庁、農協を巻き込み夢2000を武器に攻勢をかけた、この三者が不まじめだった、そして今回の不正表示になった。
 ところで四国の追跡、一面を使った割には、店で食べるうどんといわゆるお土産うどんとの区別、消費者の定義がきちんとされてない。守るべきは業界なのか讃岐うどんなのか?ブランドなのかおいしさなのか?今回の不正表示で讃岐うどんのブランドを揺るがしかねないと危惧しておられるが、毎日うどんを食べる我々県民にはほとんど関係ない事件である。もっともお土産うどんは食べないので「消費者」にはあたらないけど。ブランドイメージが根こそぎ壊されても讃岐うどんがまずくなるわけでもない、安心して今日も豪州産うどんを食べている。

 昨日のこのごろで書いた内容、かなりの部分、別府さんの「さぬきうどん 食べ、歩き」の11月12日のTopicsの後追いになりました(ニューヨークタイムズのところまではチェックしたんですけど、英文までしか読まなかったです)。詳細で客観的なのを読みたい方はそちらを見てください。


 2004年11月13日(土) 毎日のようにテレビ、新聞で「豪州産情報」が提供されている。追求されているのは、讃岐うどん=県産小麦であるべきなのに、外国産を使ったという点にあるようだ。一部の製造業者が夢2000に品質の悪い外国産の粉を混ぜたというのなら、その業者だけを悪者にして、報道を逆手にとってのピーアールも可能であったろうが。今回の騒動の元は県庁、農協、業界団体がまだまだ開発途上の夢2000を説明もせず「ブーム」に便乗し無理やり売ろうとしたところにあったようだ。
 団長が「『讃岐うどんを全国へ、世界へ』という方向に進めようとする進行側に対し、一貫して「讃岐うどんは調子に乗ってはいけない。思い上がってはいけない。麺の中では格下だという謙虚な気持ちで……(麺通団公式ウェブサイトの団長日記11/9)」と書いてるが、うどんを食べずに語る評論家がうどんを駄目にした過去から学ばず、県民が毎日ASWを食べ続けた成果の「ブーム」だったことを忘れ、他県のうどんを食べてないのに讃岐うどんが日本一(事実なんだが、検証もせずにである)だと舞い上がっていた。
 法に触れようとなかろうが、嘘の表示は悪い、でも県庁の処分理由にはトリックがあるようである。JAS法違反はその通りだが、「夢2000小麦粉100%使用」と表示しても条文にある「著しく優良であると示し」てはないから、景品取引法違反にはあたらないはず。未だに県庁は讃岐で作られたというだけで夢2000をいい粉にしたいようである。別府さんは「『プロジェクトX』で初めてさぬきの夢を知って、香川のうどんの原料はASWから全面的に切り替わったと勘違いしてしまった県外の人には驚きが大きかったんじゃないかと思います。( さぬきうどん 食べ、歩きの11月11日のTopics)」 と言っている。ASWと夢2000の正当な実力を説明する責任があったはずの、県庁、農協、業界団体は三位一体となり「夢2000がブームを作った究極の小麦(明らかに間違いだが、その実体を知っている関係者は口をつぐんだ、仮にしゃべっても県内のマスメディアの記者も滅多にない全国ネタと浮かれてしまい誤報した)」と誤認させるキャンペーンを行った、結果ASWをネガティブな物にしてしまった。ここに至って、生麺事業協同組合の香川さんも「製めん用に改良を重ねた豪州産小麦で作った讃岐うどんが、今日のうどんブームをつくった」、「県産小麦で作らなければ讃岐うどんではないという誤認が広まっているのではないか」、「適切な情報提供するという認識を組合内にも広め、消費者の理解を求めていきたい」と述べる(朝日11/13)が、そう思っていたのならプロXに出演したときに積極的にASWの優秀さと現状を述べて欲しかった(現在苦境にある人を個人攻撃する意図はないが敢えて記す)。
 地道に信頼回復をはかることは当然として、こんな解決策を考えてみた、(1)ケチがついた夢2000をあきらめ、ASWをプロジェクトXで取り上げてもらい「『讃岐うどん』は豪州産」とキャンペーンする。長所は成功すればうどんにとって影響が少なくおししいうどんが安く食べられること。短所は成功する可能性が低いことと、今までつぎ込んだ夢2000の開発費を捨てること。(2)早く夢2000を完成品にし県外客向け高級お土産(観光)うどんには値段の高い夢2000、香川県民の生活うどんにはおいしいASWの住み分けを図る。長所は粉の選択肢が広がることと県外の市場を失う可能性が低いこと。短所は今まで以上に莫大な税金をつぎ込む必要があることと、県内の生産量では多分まかなえないこと。いずれにしろ選ぶのは気まぐれな消費者である。業界団体には苦労していただかなくてはと思うが、無責任にして能力のなさがばれた県庁、農協は邪魔なので、うどんからきっぱり撤退されることを求めよう!


 2004年11月10日(水) 農協による不正表示はどんどん広がっている。今までも書いてきたが、麺聖は夢2000が好きではない、だから厳しいのではない。客観的意見は、夢2000でもきちんと作ればASWに遜色がない、この程度なのである。それに元々ASWは讃岐うどんのために作られた小麦であり、夢2000は昔の小麦を復活させたものではない。
 そもそも「ブーム」はうどん屋を食べ歩くことから始まった、理由は簡単、県内のうどん店の「技」は全国でトップクラスであり、それがあちこちで競うからだ。もちろん昔も今も有名店の大半はASWを使っている。これに対し、お土産うどんは、いつの間にか「ブーム」のおこぼれにあずかるようになったものである、価格を無視すれば、味は全国平均にすぎない。それであせって、開発途上の「粉」を頼ったのである。この過程で県庁と「ブーム」に乗れなかった大規模店や農協他による、夢2000の未熟さの隠蔽と実力を伴わないブランドイメージが作られ、同時に今の讃岐うどんの技術を形作ったASWとその粉で作ったうどんのブランドイメージを貶めたのである。
 それにしても県内のうどん小麦粉の消費量のたかだか数パーセントの夢2000に無駄な税金をつぎ込み、何故これだけゴリ押ししたのだろうか?「現在、県内で収穫された『さぬきの夢』はいったん県農協に集まり(朝日11/10)」なるほどASWでは県農協の儲けにはならないはな。さすが農協の味方、「県民本位」とはこういうことを言うのですね、真鍋知事さん!
 おいしんだから「『讃岐うどん』は豪州産」ときちんと説明すればよかったのである。麺聖もおいしければ夢2000だって食べるが、それにはまだまだ時間がかかりすぎるので、まずは、誤解に基づかせて作られた「さぬきの夢2000を100%使用」のブランドイメージの払拭から始めるべきである。


 2004年11月9日(火) コガネマサリと表示されてたものが、本当はコシヒカリだった、今回の偽装を米に例えればこうなるのだろうか?それが偽装かどうかはさて置き、麺聖は、いわゆる「ブーム」の足を引っ張るのは、「香川県庁」と「さぬきの夢2000」と常々主張してきたが、想像したのとはちょっと違う、あまりにおそまつな偽装と言う形で現実のものとなった。ブランド化を目指していたはずなのに、その計画性及び管理体制のなさには驚いている。
 今回の事件は、多くのうどん好きが長年うどんを食べ続けて育てた「ブーム」に悪のりした県庁の性急な施策が招いたものである。「うどんブームを支える県産小麦の夢2000(四国11/9)」、「有名店の周囲には県外客が列をつくるさぬきうどんブームを支える県産の小麦(読売11/9)」、このような「誤解」を訂正もせず、説明もせず、品質ではるか前方を走るASWの背中がちらっと見えただけの夢2000の虚像の形成に農協と結託し利用した、その責任は重い。
 それにしても「消費者の信頼を裏切る行為だ(朝日11/9)」と原因者なのに他人の振りをする真鍋知事のコメントにはあきれる(言葉の綾で麺聖は今更あきれはしない)が、農水官僚の時、住専問題で国民の利益よりも農協の利益を計った真鍋氏が、今後パートナーの農協に対してどのような態度に出るかは楽しみにしている。


 2004年11月8日(月) 県外で用事があって、昨日の「うどんフェスティバル」には行けなかった、で内容は分からない。日程はもっと早く知らせてくださいね、県庁さん!
 ちょっと留守にしていた間に、JAによるさぬきの夢2000の偽装事件がおおやけになったようだ。質の悪いもの(県産小麦)の表示で、中身は質のいいもの(オーストラリア産小麦)を提供したら、客は得するけど、やはり偽装なんですね!

 007を香川に呼ぶ運動が行われているらしい。映画を見ない私にはどうでもいい話だが、誘致団体の活動方法には「いちゃもん」をつけたい。昨日も登別市の助役と香川県の副知事が署名簿をどうしたこうしたとの出来事があったようだが、何で自分たちがやらないで行政を参加させるのか?君たちは県庁の下請けなのか?麺聖には自分の趣味のために行政におすがりする根性が理解できないし、行政がかかわることで間違った方向に進む、客のプロとしてうどんを食べ続けて10年以上になる経験から断言できる。映画そのものから経済効果に目的が転化したようだけど、考え直されることを期待する。


 2004年11月3日(水) 文化の日なのでふさわしい話をしよう、麺聖だってしようと思えば出来るのである。
 混んでるところを厭わないなら古都の秋を満喫できる正倉院展(奈良国立博物館)なんかがいいのかもしれないが、あまりにも人が多い。静かなところでお勧めなのは、国宝中尊寺展(佐川美術館、滋賀県守山市)である。とにかく金銅虚空蔵菩薩坐像(重文、岐阜県、石徹白大師講蔵、展覧会は11月28日までだがこの仏像は11月7日まで)がいい。岐阜県のほうが行きやすいい方はそっちでもいいが…。

 もう一つ、特別展覧会古写経(京都国立博物館)もいい。取っ付きにくそう?書のたしなみがない私はボケっと30分ほど眺めていたが、やがてぐいぐい引き込まれていった、無量義経(根津美術館蔵)あたりになると、泣きたくなった。郷土の宝物、お大師さん(総本山善通寺蔵)の一字一仏法華経序品も展示されている、他の町で出会うといとおしくなる。常設展では今、源頼朝・平重盛像(神護寺蔵)に如拙(瓢鮎図:退蔵院蔵)、雪舟(慧可断臂図:斉年寺蔵)が見られる、価値ある千円(特別展とも)を保証する、結局5時間いたが時間が足りなかった。特に金曜日は20時まで延長されるのでゆったりと見られる。(何度も国立博物館に行くのならパスポート三千円がお徳です) 


 2004年11月1日(月) 天皇賞があったからじゃないだろうが、昨日のなんばパークスは人が多かった。麺だらけも人がいっぱいいた、各店は混んでないのに?「プリン博覧会」のためだった。断末魔である、理屈はいろいろ付けられようが。新横浜のラーメン博物館にあった理念が、麺だらけには感じられない。
 ナムコよ、自慢げに説明していたビジネスモデルは幻だったのか?フードテーマパークとフードコンプレックスの違いはどこにやった?
 一年前、オープン当日、たくさんの客が待っているのに内輪のセレモニーを長々とやったナムコ、そのあたりから出直す必要がありそうである。


 2004年10月25日(月) 新潟の地震、お見舞い申し上げます。上越新幹線は10日前に乗ったばかり、脱線があった長岡駅と浦佐駅の間では冷凍から融けたばかりのお土産の笹だんごと沢根だんごを食べていた、ニュースに出てくる、長岡とか小千谷、十日町は、日程の都合で泣く泣くはずしたが次には行くぞと決めてたところ。一日も早く普段の暮らしに戻ることができるようお祈りします。

 昨日の日曜日、朝日「『金刀比羅宮のすべて展への招待』秘話交え田窪さん講演」、記者の無知さがよく発揮されていた。「豹が交じっていることについて、『毛皮を元に、虎の雌と勘違いして描いたらしい』」どうもこれが朝日の記者が言うところの秘話!のようだが、これは常識では?田窪先生もいい迷惑だろう、ネットにいくらでも事例が出ている、朝日は校正のレベルも低下したらしい。
 記事を読んだからではないが、こんぴらさんに高橋由一の鮭(10月31日まで)を見に行った。1時間ほど鑑賞したが、団体客がドヤドヤ来る以外は、一人っきりの静寂があった。私の仮説「美術というのは人が集まらないもの」に確信が持てた。気がかりだったのは絵の説明を掲示した位置が悪かったのと、ガードマンさんが、足が悪い方以外は杖を持って入らないでとか、絵に近づかないでと叫んでいたが、およそ美術展とは縁のない参拝客が見に来ることへの配慮が足らないようだ。
 その後、山内に行ったが、客ってこんなん少なかったっけ?原因はやはり…。


 2004年10月24日(日) 台風23号の復旧作業が続く中、真鍋知事が陜西省との友好県省提携10周年記念のため中国に出発したことについて、昨日の朝日は「被災者の一部からは批判の声も聞かれた」と卑怯な報道をしている。止めるべきか行くべきか、新聞自身の意見を表明すべきである、日和見のずるさが見えるし、比較考量できるように普段から訪中の是非や真鍋氏の適格性は検証しとくべきである。
 元々私は知事でも誰でも税金を使ってわざわざ中国に行くことは無駄との立場であるので、災害が起ころうと起こるまいと、行くべきでないと考えている。でも災害復旧で知事が必要とされる理由がリーダーシップにあるならば、先頃県の財政赤字について、つぶれた多くの会社の馬鹿な経営者と同じように、経費削減、人件費カットを打ち出すのみで、何ら有効な施策を打ち出せなかった真鍋氏はリーダーとしては不要な存在だから、災害復旧の邪魔にならないように中国に行ってもらうのも、かなりいい選択だったと感じている。
 例の「さぬきの夢ラリー」、同じ金を払ってよりまずいもんを食べるのさえイヤなのに、高い値段で夢2000を食べさせる店があったのにはひっくり返った。 


 2004年10月19日(火) まだまだ台風が来る。
 もちろん新潟四大ラーメンだけが新潟に決めた理由ではない。みかづきのイタリアンも目的だった、着いた日は夜遅く閉店、仕方なくホテル近くの寿司屋、大将おすすめ、イワシの笹寿ずし、〆張鶴、麒麟山などを一杯、なんてことじゃなくて佐渡島に渡ってみたかったのだ、ジェットフォイルは期待してたほど静かでなかったが、80キロというスピードと瀬戸内海とは違う外海を考えれば上出来か。感想は、島は豊かだった!そう昔は本島だって豊かだったのだが…。
 穴吹が新潟市内にマンションを建ててても驚かないが、佐渡島内に「はなまる」があったのにはびっくりした。確か讃岐うどんからの脱却を目指していたはずだが、看板にはしっかり「讃岐」と書いてあった。


 2004年10月17日(日) 先々週から先週にかけて、新潟県へ行った。予定では長野でオヤマボクチをつなぎに使ったそばを食べ、新潟で布海苔をつなぎに使ったそばを食べ、喜多方ラーメンを食べて帰ってくるはずだったが、石神先生の影響かいつの間にか目的が新潟ラーメンに変わっていた(詳細は記憶が薄れなければ書くつもりである)。
 新潟って寒いかなと思っていたが、暖かかった、テレビで見る限り東京より気温は高い。高くそびえた目立つ建物はサンメッセとサンポートを併せたような朱鷺メッセであった。登ったのは夜だったが人影がない寂しい場所だった。笑ったのはラーメンコンプレックスと日本海の魚を販売し漁師料理を食べさせるスポットが向かいにあったことだ、人間の考えることはどこでも同じようである。夜でも開いていた「ときめきラーメン万代島」には客はほとんどいなかった、タクシーの運転手さんに聞くと最初はにぎわっていたんですが…と言うことだった。
 
 帰りの飛行機の中で携帯が鳴った。誰のかと見回すとちゃんとした身なりの紳士だった。マナーに頼るほど客の質は高くない。携帯が本当に危険ならば、強制的に電源を切るか電源が入れたままの携帯を破壊する装置を本気で開発しなければならないと思う。


 2004年10月8日(金) またまた台風である、こらえてくれ!叫びたくなる。こらえてくれ!と同じく言いたいのが、懲りずに、今年も香川県庁他の主催で行われている「さぬきの夢ラリー」である。参加店、どう考えても、スカなのが多い、昨年の苦情店にはきちんと指導をしたのだろうか?食べずにまずいと言うと、お馬鹿な四国新聞になってしまう(分かる人には分かると思うが)ので、最近できた(名前も変わった)店で食べたが、期待通りまずかった。もちろん同じ金を払ってよりまずいもんを食べるのはイヤだから、玉数限定の夢2000は指名しなかったのだが。夢2000のブランドイメージを築く前に讃岐うどんのブランドイメージを損なってしまう企画では…。


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